2018年6月-8月 雑誌記事

ポスト平成の天皇制は沖縄、アイヌ、創価学会との接し方が鍵
2018.06.02 07:00
思想史研究家の片山杜秀氏
作家の佐藤優氏と思想史研究家の片山杜秀氏が「平成史」を語り合うシリーズ。
国際情報誌SAPIO誌上で行われた対談は最終回を迎え、単行本『平成史』(小学館)としてまとめられた。
最後のテーマは、「今上天皇の足跡」となった。

 * * *
片山:今上天皇は昭和天皇のカリスマが付与された上、
祭祀への熱心さや災害時での国民と共感共苦する姿勢の顕示によって、
公と私のバランスはよくとれていたと思います。
ところが皇太子になりますと、もっと私の方につっこんでいる印象がある。
今上天皇は人間天皇として素晴らしいと言える。それなら皇太子が人間皇太子を突き詰めて、
本当に人間になってしまった方がいいのではないですかと言いたいくらいに、
あまりに普通な感じになってくるのではないか。
それこそ人間天皇の最終型とも言えるけれど、
それで天皇像が新たな民主主義的強固さを獲得できるかというと別問題でしょう。

佐藤:私はポスト平成の天皇制と日本社会は、日本の外部空間との接し方で変わると考えているんです。

片山:外部空間ですか?

佐藤 :そうです。日本には沖縄、アイヌ、そして創価学会という天皇神話を共有していない領域が三つある。
この領域との軋轢がどうなっていくかが天皇制の将来を左右するのでは、と。

片山:とくに沖縄とアイヌに対して、今上天皇は意識的にアプローチされてきたように思います。
ただ、いまだに沖縄との断絶は存在するし、アイヌについての理解は進んでいない。
こうした外部空間との付き合い方から、次代の天皇のありようが更新されていかないと。
万世一系というだけでは持続性に陰りが見えてくるように感じます。

佐藤:いま日本は危機に陥っています。それが分断であり、政治の右と左の対立であり、格差です。
平成以後、日本人の天皇観がどう変わるか。
すなわち直面する危機や、世間外との軋轢を調整できる形になるのか。
逆に、その世間外の人々を非国民化していき、さらなる分断や格差を招く形になるのか。
ここが一つの大きなポイントになるでしょう。

片山:とすると平成の次の時代、一つの議論が蘇ると想像できます。
天皇制ではなく、日本共和国でよいのではないかと。
平成とは今上天皇の思想と行動によって特徴づけられた時代でした。
今上天皇の「譲位」とともに、天皇のありようは変わるでしょう。

佐藤:その天皇のありようによって、ポスト平成の日本社会の方向性が決まっていくと言えるでしょうね。

●かたやま・もりひで/1963年生まれ。慶應大学法学部教授。思想史研究家。
慶應大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。
『未完のファシズム』で司馬遼太郎賞受賞。近著に『近代天皇論』(島薗進氏との共著)。

●さとう・まさる/1960年生まれ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。
主な著書に『国家の罠』『自壊する帝国』など。共著に『新・リーダー論』『あぶない一神教』など。
SAPIO連載5年分の論考をまとめた『世界観』が発売中。

※SAPIO 2018年5・6月号
http:// www.news-postseven.com/archives/20180602_670856.html


眞子さまがお忍びで1泊2日の箱根“女子旅”へ
2018.06.06 16:00
秋篠宮家の長女・眞子さま(26才)が6月上旬、箱根温泉で“女子旅”を楽しまれていた──。
梅雨の季節が迫る神奈川・箱根は、間もなく見頃を迎える紫陽花(あじさい)に彩られていた。
家族連れや年配の夫婦、大きなリュックを背負った外国人観光客に交じって、
若い女性4人のグループは少しだけ目立って見えた。
目的地までの道順を確認しているのか、1人が手に持ったガイドブックに全員で目を落とす。
別の1人がスマホを操作し、やがてぞろぞろと歩き出す。
少し不安そうなのは、今いち道がはっきりしないからだろうか。
でも、小学校の頃から一緒だった女子の4人旅では、ちょっとくらいの失敗は笑い話に変わる。
そして、親友たちとの間なら“恋のつまずき”だっていい思い出話になるはず。
江戸時代の五街道の1つ「東海道」に沿った箱根温泉は、時の将軍にも献上されたほどの歴史ある名湯だ。
以降、箱根の地は、「心身を癒す場所」として多くの人に親しまれてきた。
新宿から小田急ロマンスカーで約1時間半。
都心の喧騒から離れたその場所に、6月最初の週末、眞子さまがお忍びで足を運ばれた。
「1泊2日の『女子旅』だったそうです。学習院初等科から女子高等科まで同級生だった親友3人と一緒の4人旅行。
高等科時代には、スキー部や茶道部でご一緒だったそうです。
眞子さまは学習院大学ではなく国際基督教大学(ICU)に進学されましたが、
以降も頻繁に連絡を取り合われていたと聞きます」(宮内庁関係者)
眞子さまと小室圭さんの結婚延期が発表されてから、4か月が過ぎた。
うら若き眞子さまにとって、心に決めた相手との将来に暗雲が垂れ込めたままの日々は、
耐えがたいものだったに違いない。
《皇后さまは、(中略)眞子さまや秋篠宮両殿下の周辺で、
静かな熟考のために保たれるべき環境に思いも寄らない様々な雑音が立てられていることを驚き、
悲しんでおられ、陛下もまたそのことに深くお心を痛めておられます》
5月25日には、宮内庁が《眞子内親王殿下に関する最近の週刊誌報道について》という
異例の声明を発表するにまで至った。
眞子さまにとっても、自身の結婚が最愛の祖母に心労を強いてしまったことは不本意だったことだろう。
だが、箱根での眞子さまは、そういった現状をまったく感じさせないほど明るい表情を見せられていた。
2日土曜日のお昼頃に箱根の玄関口「箱根湯本」に到着。当地を観光して1泊され、
翌3日の夕方4時前、小田急線と箱根登山鉄道の利用客で混み合う箱根湯本駅のホームに、
眞子さまたちは立たれていた。黒いキャリーケースを引かれた眞子さまは、
黒のフレンチスリーブのカットソーに、裾にゴールドのラインの入ったグラデーションがかったスカートを合わせ、
歩くたびにふわりと浮き上がる。ワンサイドに流したロングヘアから、時折大ぶりなイヤリングがのぞいていた。
◆「ご一緒の旅行はかなり珍しいことです」
箱根登山鉄道の駅名看板の前では、3つしかない駅員の制帽を4人の誰が被るかでキャッキャッと笑い声を上げ、
順番に何度も撮影タイム。売店に足を運べば、土産物や記念グッズを手に取りまた笑顔を浮かべる。
東京に向かうロマンスカーの車内では、2人がけのシートを後ろ向きに回転させ、
4人だけの旅の終わりの時間を過ごしていた。
ある宮内庁関係者が明かす。
「その年頃の女性にとってみれば友人との週末1泊旅行はありふれたことかもしれませんが、
眞子さまがお友達とご一緒に旅行されるというのは、かなり珍しいことです。修学旅行や部活動の合宿などを除くと、
大学時代に沖縄のお友達のところに遊びに行かれたというのを聞いたことがある程度です。
まして、小室さんとの結婚問題が事実上棚上げとなっている状態で、
しかも6月4日から秋篠宮ご夫妻が公務のためハワイに旅立たれる直前というタイミングで
“外泊許可”が出たというのは、眞子さまとご夫妻の間で、何かしらの“進展”があったのではないでしょうか」
眞子さまが女子旅から帰京された翌4日朝7時過ぎ、小室さんの自宅から、
まず大きなゴミ袋を抱えた佳代さんが、続いて小室さんが姿を見せた。
すでに高い位置にある太陽の光に目を細めながら、2人並んで最寄り駅に向かう。
駅が近づき人通りが多くなると、小室さんはマスクを、佳代さんはサングラスをかけた。
身動きが取れないほどではないが、少し混み合う電車に乗り、横並びでつり革につかまる。
途中、佳代さんの前の席が空く。小室さんが座るよう促すが、佳代さんはそれを拒否し、
「圭ちゃんが座りなさい」と言わんばかりに目配せし、小室さんが腰を下ろした。
「当初は美談のように語られた母子関係も、ここまでの密着度には首を傾げる声も多く聞かれます。
秋篠宮さまは、延期に伴って警備費用が膨れあがることなどを大変気に掛けられているようで、
頻繁にタクシーを利用したりする小室さんと佳代さんの収入に見合わない金銭感覚に、
眞子さまも疑問を持たれることもあったそうです。
小室さんへのお気持ちが燃え上がっていた頃から、
少しずつ、冷静な視点を取り戻せるようになってきたのでしょう」(前出・宮内庁関係者)
帰京するロマンスカーの車内で、眞子さまは過ぎ去っていく車窓の風景にどんな思いを重ねられていたのだろう。
※女性セブン2018年6月21日号
https:// www.news-postseven.com/archives/20180606_692290.html

英国留学の愛子さま、飛行機はお友達とご一緒にエコノミー
2018.06.08 07:00
「5月末に行われた1学期の中間テストも全教科受けられました。
最近は欠席もなく、毎日お元気に登校されていると聞きます」
宮内庁関係者は、愛子さまの近況をそう明かす。現在、愛子さまは学習院女子高等科の2年生。
この夏、愛子さまは学校の短期留学プログラムを利用して、7月中旬から8月上旬までの約3週間、
英ロンドンの名門・イートン校で学ばれるという。
愛子さまにとっては、2006年、4才の時に雅子さまの療養に同行されたオランダ以来の海外訪問になる。
イギリス王室に詳しいジャーナリストの多賀幹子氏が解説する。
「イートン校は1440年に英国王ヘンリー6世が創設した寄宿制の男子校です。
ウイリアム王子やヘンリー王子のほか、ロイヤルファミリーや貴族の子息も多く通い、
エリザベス女王の住むウィンザー城も目と鼻の先です。
私が以前訪れたときには、イケメン生徒ばかりなことに驚かされました(笑い)。
愛子さまの留学時は夏休みですが、クラブ活動などのために学校に留まる生徒も多く、
“ジェントルマンの卵たち”が愛子さまを迎えるはずです」
プログラムは学習院女子の中3、高2、高3の希望者が対象で、参加者は毎年約40名。
費用は60万円ほどで、現地滞在中には、午前中にグループワークを通して
イギリスの歴史や文化を英語で学び、午後には大英博物館やストーンヘンジ、
バッキンガム宮殿などに実際に足を運んでフィールドワークを行ったり、
スポーツやゲームなどのアクティビティーを楽しむという。
「滞在中は寮生活を送ります。愛子さまも、同級生4~6人と同室で生活されることになります。
寮では洗濯や掃除もすべて自分たちでやらなければなりません。
愛子さまにとっては新鮮な経験になるのではないでしょうか」(前出・宮内庁関係者)
宮内庁職員の同行も必要最小限の人員に限られるという。
「往復の航空機は、お友達とご一緒にエコノミークラスに搭乗される予定です。
一般人が愛子さまと同じ飛行機に乗り合わせることになると思います。
皇族方は戸籍を持たないため、愛子さまは『外交旅券』という1往復限りの特別なパスポートを取得されます。
お名前の欄には、アルファベットで〈プリンセス アイコ〉と綴られるそうです」(前出・宮内庁関係者)
来年5月には、愛子さまは「天皇の娘」となられる。あくまで学問のための訪問とはいえ、
イギリス王室としても、そんな立場の愛子さまが自国を訪問されていながら
“ノータッチ”というわけにはいかないだろう。
「留学プログラムに支障のない範囲で、イギリス王室からお茶やお食事へのお招きを受けられるかもしれません。
愛子さまは『天皇の孫』ですから、王室でのカウンターパートはエリザベス女王の孫に当たるウイリアム王子やヘンリー王子です。
ご夫妻でそろって歓待されるかもしれません。愛子さまの英語力は相当なものだと聞きますから、
初めての『皇室外交』を滞りなく果たされることでしょう」(皇室ジャーナリスト)
愛子さまにとって、一生忘れられない夏がやってくる。
※女性セブン2018年6月21日号
https:// www.news-postseven.com/archives/20180608_692899.html

雅子さま、ご成婚25周年で会見を開かれなかった本当の理由
2018.06.15 16:00
降りしきる大粒の雨が地面を叩き、マントの肩には水染みが広がっていく。
海から吹きつける冷たい風は、温度計の18℃という数字よりも格段に寒さを感じさせた。
それでも、天皇皇后両陛下は、手向けられた白菊の花束の前で、静かに祈りを捧げられた。
6月11日、両陛下は東日本大震災で大きな被害を受けた福島県相馬市に足を運ばれた。
2泊3日の最終日となったその朝、美智子さまは38度を超える高熱に襲われていた。
「初日は25℃近い汗ばむほどの陽気だったのに、2日目に屋外で行われた全国植樹祭の式典では、
小雨の中、16℃前後まで一気に冷え込みました。
ご体調不良を受け、最終日は一部の予定をキャンセルすることも検討されたそうですが、
美智子さまの強い要望もあり、すべてにお出ましになりました。
大変おつらそうな様子でしたが、帰京のため福島駅に到着されたときにも、
集まった地元住民に傘を差さずに手を振られ、別れを惜しまれていました」(皇室記者)
来年4月末の退位を前に、天皇皇后としての最後の被災地訪問となる見通しだっただけに、
これまで「祈りの旅」に全身全霊をかけてきた美智子さまの思いも一層強かった。
両陛下が福島に到着された6月9日は、皇太子ご夫妻にとっても特別な日だった。
1993年のご成婚から25年、ご夫妻は「銀婚式」を迎えられた。
《天皇皇后両陛下のご成婚25周年の折に、陛下に皇后様が差し上げられた「感謝状」という言葉以上に
私の気持ちに相応しい答えが見つかりませんので、このお答えに私も倣わせていただいて、
皇太子殿下にも「感謝状」を差し上げてもよろしいものでしょうか…》
雅子さまは、25年という年月をともに歩まれた皇太子さまへの思いを、「文書」にそう綴られた。
「記念すべき節目ですから、宮内記者会は、おふたり揃っての『記者会見』を要望していました。
来年5月の御代がわりを迎え皇后となられれば、記者会見は避けては通れません。
宮内庁側も、会見の可能性を最後まで模索したそうです」(宮内庁関係者)

◆皇室に存在する絶対的序列
雅子さまの会見は、2002年12月の誕生日などの会見が最後で、実に15年以上前だ。
翌年の誕生日直前に帯状疱疹を発症し、その後長きにわたる適応障害の
療養生活に入られてからは、一度も開かれていない。
そもそも、記者団に囲まれること自体、大変な緊張を強いられる。
加えて雅子さまの場合、過去の会見で言葉尻を取られ、かまびすしい批判が向けられたことがあった。
今年4月、『女性自身』が《銀婚式「会見」を断固拒否で宮内庁&記者クラブと冷戦再び!》という見出しで、
雅子さまがそうした「トラウマ」を理由に、会見を開かれないと報じた。
たしかに、記者会見は行われなかったが、その理由はまったく別のものだ。
「ご夫妻の結婚記念日と、両陛下の『最後の被災地訪問』の日程が重なっていたことが本当の理由です。
16年ぶりに雅子さまの会見が開かれたとなれば、各メディアはその報道で一色になり、
両陛下の地方公務への関心が低くなってしまいかねません。
皇室内には絶対的な序列が存在します。それは、一般の人が考えるような『上下関係』よりも重要視されるものです。
両陛下の、しかも最後となる被災地訪問の“裏”で、会見を開くわけにはいかなかったんです。
今回、文書回答が報道陣に届けられたのは、結婚記念日前日の15時頃。
療養期間中、雅子さまの誕生日文書などは、発表予定時刻からずるずる遅れ、夜遅くなることも頻繁にありました。
それだけ、文書回答とはいえお考えを出すのはかなりデリケートなこと。
今回、例を見ないほど早かったというのは、それだけの余裕があったということです。
実際には、雅子さまは会見を行うのに充分な気力も体力も快復されているのではないでしょうか。
両陛下との“バッティング”がなければ、会見も実現していたように思われます」(前出・宮内庁関係者)
※女性セブン2018年6月28日号
https:// www.news-postseven.com/archives/20180615_698716.html

雅子さま、小和田家の両親帰国と妹の離婚で囁かれる不安
2018.06.22 16:00
ほとんどの人にとって、「実家」は心安まる場所だろう。
それは、来年皇后となることを控えられた雅子さま(54才)も決して例外ではない。
長く海外生活を続けていた両親の帰国に、しかし不安を覚える声も聞こえてきて──。
東京・元赤坂にある赤坂御用地には、大小合わせて6つの門がある。
北西に位置する明治記念館に面した場所にあるのが、東宮御所正門だ。
6月17日の夕方6時少し前、その門を通って続々と車が御用地内に入っていった。
そして6時半過ぎ、天皇皇后両陛下を乗せた車も、静かに到着した。
その夜、皇太子ご一家のお住まいである東宮御所で、皇太子ご夫妻の「銀婚式」を祝う内宴が執り行われた。
「参加されたのは、両陛下をはじめ皇族方や元皇族など50名ほど。
食事はホテルオークラのケータリングで、ご夫妻への祝福の言葉のほか、
先日イギリス留学から帰国されたばかりの佳子さまの現地での生活ぶりも、話題にあがったようです。
愛子さまは、周囲のお話にニコニコと笑顔で相づちを打たれていたそうです。
食事中は宮内庁の楽部が音楽を演奏し、食後にはご夫妻と以前から交流のある
ピアニストとバイオリニストが登場したといいます」(皇室ジャーナリスト)
内宴の食事メニューや催しなどは、ホスト役の雅子さまが中心になって決められたというから、
好調ぶりが伝わってくる。来年5月に皇后となられる日に向けて、雅子さまは着々と準備を進められている。
それは、雅子さまの周囲にとっても同様だ。
6月7日、雅子さまの父・小和田恆氏が、オランダ・ハーグにある国際司法裁判所の判事を退任した。
「2021年までの任期を残しての、途中退任です。85才という高齢であることに加えて、
雅子さまが皇后となられたときのことを考慮しての判断だったようです。
先立って今年2月に、安倍晋三首相に退任の意向を伝えました」(政治ジャーナリスト)
小和田氏が判事に任命されたのは2003年。2009年には同裁判所の所長になった。
2012年の所長退任後にも判事を継続し、ハーグを拠点にした生活を続けた。
もちろん、年末年始などには一時帰国していたが、
今回判事を退任し、日本に戻ってくることになれば、およそ15年ぶりのことだ。
だが、小和田氏と優美子さん夫妻の帰国に、一抹の不安を漏らす声がある。宮内庁関係者が明かす。
「外交官だった小和田氏とともに、雅子さまは幼少の頃から当時のソ連やスイスでの海外生活を送られました。
周囲に日本人が少なかったということもあるのでしょうが、雅子さまと小和田夫妻の結びつきは強かった。
『仲のいい家族』という程度ならよかったのですが、雅子さまが皇室に嫁がれてから、
その固い絆がマイナス方向に見られることがありました。
小和田夫妻の帰国によって、それが再び起こってしまうのではと危惧されているのです」
◆雅子さまがこぼされた「私の実家では…」
雅子さまは、1986年に皇太子さまと運命の出会いを果たされ、1993年に皇室に嫁がれた。
「皇太子さまからのプロポーズを“住む世界が違いすぎて、自信がありません”と一度断られたほど、
雅子さまは不安を抱えられていました。民間初の皇太子妃として嫁がれた美智子さまは、
かつてつらい思いをされました。雅子さまに同じ経験をさせてはならないと、
雅子さまと実家との専用電話も設置され、優美子さんはマイカーで荷物を運び込んだりと、
当時の東宮仮御所を頻繁に訪れていました」(ベテラン皇室記者)
心細い思いはさせたくないという美智子さまの配慮だったのだろう。だが、それが思わぬ批判を呼んでしまう。
「結婚後2か月で、優美子さんが雅子さまの元を訪ねたのは十数回に及びました。
雅子さまと実家との距離感が近すぎて、“嫁いだという自覚があるのか”という批判が起こりました。
雅子さまが、“私の実家では…”と、皇室のやり方に異を唱える場面も何度もあったといいます。
皇室のやり方になじむことは、小和田家のやり方を否定されるようにお感じになっていたのでしょうか。
美智子さまが嫁がれた際に正田夫妻が“娘は皇室に差し上げた”と話したことを引き合いに出し、
小和田夫妻へのバッシングにも繋がりました」(前出・ベテラン皇室記者)
2001年12月に雅子さまが愛子さまを出産された際には、
小和田夫妻が、両陛下に先んじて病院を訪れたということもあった。
2004年3月、前年末から体調を崩されていた雅子さまは愛子さまを連れ、
長野県軽井沢町にある小和田家の別荘での療養に入られた。
「民間の別荘に皇太子妃が滞在するのは、警備上の問題がありました。
また、皇太子さまがお見舞いに行かれることに“小和田家は皇太子殿下を呼びつけるのか”という
批判まであがりましたが、別荘での療養は続けられました」(前出・ベテラン皇室記者)
雅子さまが適応障害の療養生活に入られたのと前後して、小和田夫妻はオランダに渡った。
それから長い時間をかけ、雅子さまは快復のステップを歩まれてきた。
その間は、年に数度、顔を合わす機会があった程度だ。
冒頭の内宴には、陛下の妹にあたる島津貴子さんや、紀子さまの両親・川嶋夫妻らも参加した。
雅子さまの双子の妹である礼子さんと節子さんの姿もあった。
幼少の雅子さまは、妹たちの面倒を進んで買って出られるほど、礼子さんと節子さんとは「仲よし姉妹」だった。
療養中には、雅子さまの支えになるべく“お世話係である女官に礼子さんを据えるべきだ”という意見が出たこともあった。
「昨年、節子さんは19年連れ添った男性と離婚しました。
子供もおらず、現在は目黒区内の雅子さまのご実家でひとり暮らしです。
今後、皇后としての重圧や負担の増す雅子さまのために、
今度は“節子さんを側近に”という意見が出てもおかしくありません。
小和田夫妻の帰国と、妹の側近化が、小和田家にとっても
20年前の批判の汚名を返上する機会と考えているかもしれません。しかし、せっかく“実家離れ”をされたのに、
再びかつてのようなマイナスの結びつきになってしまわないかと不安が囁かれているんです」(前出・宮内庁関係者)
だが、別の宮内庁関係者はそれを否定する。
「雅子さまは確かに、小和田家の娘としてふさわしく育てられてきました。
そこから離れられ、『皇族』となられるには時間もかかったでしょう。
しかし今や、次期皇后で、ご自覚も以前とは比べものにならないほど強くなっています。
一時の登校不安などから愛子さまが脱却されたのも大きく、それに何よりも、雅子さまには皇太子さまがいらっしゃいます。
そうした心配は杞憂に終わるでしょう」
銀婚式に際しての文書回答で、雅子さまは25年後の金婚式の「金メダル」を目標に掲げられた。
これからも、ご夫妻は共に手をたずさえて歩みを進められていく。
※女性セブン2018年7月5日号

雅子妃「ぎっくり腰」で茶会欠席が当日まで決まらなかった事情
2018.07.03 16:00
「雅子さまが座るはずだった席だけがぽっかり空いたままで、不在が強く印象に残る会になりました」(皇室記者)
6月25日、優れた業績を上げた研究者に贈られる日本学士院賞の授賞式が開かれた。
その夜、皇居宮殿の晩餐会場「連翠(れんすい)」で、受賞者を招き、天皇・皇后主催の茶会が開催されたのだが、
皇太子の隣は空席のままだった。
出席予定だった雅子妃が、急遽欠席することとなったからだ。
「1週間ほど前に患ったぎっくり腰が理由ですが、宮内庁の記者クラブに欠席が伝えられたのは、当日の昼すぎでした。
その直前までご出席が検討されていたようです」(同前)
茶会は3~4人の受賞者が丸テーブルに座り、それぞれのテーブルに用意された2脚の椅子に
天皇・皇后、皇太子夫妻、秋篠宮夫妻らが順々に入れ替わって座り、受賞者と歓談しながら食事する段取りとなっていた。
雅子妃が立ったり座ったりを繰り返すのは難しいという判断だったようだが、もっと早く欠席の発表はできなかったのだろうか。
「雅子さまは昨年8月に『フローレンス・ナイチンゲール記章授与式』に14年ぶりに出席され、
今年5月の『全国赤十字大会』にも15年ぶりに列席されました。
今回の茶会にご出席されていれば15年ぶりのこと。宮内庁としては、
皇后陛下がとりわけ大事にされてきた3つの行事に雅子さまがお出ましになれば、快復されていることを国民に示し、
来年の代替わりへの期待感が高まるという思惑があったのでしょう。
だからギリギリまでご出席の可能性を模索していたのではないか」(皇室ジャーナリスト)
「皇太子妃」としての公務は残り少なくなってきた雅子妃。10か月後に控える皇后即位まで立場の重みは増していく。
※週刊ポスト2018年7月13日号
https:// www.news-postseven.com/archives/20180703_711691.html

ぎっくり腰を患われた雅子妃、いまだ改善されない“昼夜逆転”のお暮らし 来年の公務激増に懸念
社会週刊新潮 2018年7月5日号掲載
このまま10カ月で「新皇后」――。先ごろ宮内庁は、雅子妃が「ぎっくり腰」を患われたと発表した。
一方、かねて指摘されていた「昼夜逆転」生活は、いまだ改善されていないという。
6月9日にご結婚25周年を迎えた皇太子ご夫妻。17日には、両陛下をはじめ元皇族の方々まで招き、
東宮御所で盛大な内宴が催されたという。
アクシデントは、その直後に起きていた。さる宮内庁担当記者が言う。
「6月22日に行われた小田野展丈・東宮大夫の定例会見で、雅子さまが数日前から腰に痛みがあり
『腰椎ねんざ』と診断されたことが明かされたのです」
すなわち、ぎっくり腰のことである。
「大夫によれば、痛みを感じられたのは内宴のあった17日以降だといい、日常生活に差し障りはないものの、
車での移動や立ったり座ったりの動作には痛みが伴い、不自由を感じておられるとのこと。
その原因として、5月の滋賀県でのご公務や、ご結婚25周年の行事でのお疲れを挙げていましたが、
結論としては『それが直結しているかは分からない』と言うばかりでした」(同)
ご存知のようにぎっくり腰は、誰もが日常生活のふとした拍子に襲われる危険をはらんでおり、
巷ではさほど深刻な症状とは見なされていない。が、新皇后になられるお立場とあっては、決して等閑視できまい。
現に雅子妃におかれては、25日に皇居・宮殿で催された日本学士院賞受賞者を招いた茶会へのご出席が
叶わなくなるという「実害」も生じているのだ。

「昼夜逆転」の暮らし
あいちせぼね病院の伊藤全哉院長が言う。
「ぎっくり腰は、くしゃみや掃除機の操作など、ささいなことで腰に力がかかって誘発される場合があります。
腰回りの筋肉に無理な力がかかり、筋肉や筋膜がちぎれる肉離れを起こし、痛みに繋がる。
加齢で筋力が衰えた40~50代、中でも力の弱い女性の方が、かかりやすい傾向にあります」
主な要因としては、
「まずストレスです。緊張状態になって血管が収縮すると血液循環が悪くなり、腰に疲労が溜まります。
さらに、生活リズムが不規則な方も要注意。睡眠時には腰の筋肉が緩んで休息できますが、
リズムがまちまちだと、どうしてもその休息が不十分になりがちです。そして、太っている方も危ない。
同じようなサイズの背骨ならば当然、体重が重い方が、支えるための負担が大きくなるからです」(同)
ここで思い起こされるのは、かねてより雅子妃の“習わし”となってきたライフスタイルである。
お住まいの東宮御所では、数年前から生活サイクルが著しく崩壊し、
いわば「昼夜逆転」の暮らしを送られていると報じられてきたのだが、「実は、その生活は現在でも変わっておりません」
そう明かすのは、さる宮内庁関係者である。
「そもそもこの問題は、愛子さまが学習院初等科に通われていた時期に遡ります。2年生の終わり頃、
いわゆる『不登校騒動』が持ち上がり、皇太子殿下や雅子妃殿下はおよそ1年半にわたり、
愛子さまのご登校にお付添いなさってきました。ですが、その問題も4年生の中頃にはほぼ解消され、
妃殿下のお付添いも終了。つまりは愛子さまに合わせて早朝に起床なさる必要がなくなったのです」
毎朝のお役目から解放された結果、リズムを崩してしまわれたのだという。
「以前から妃殿下は、殿下や愛子さまとは朝食をご一緒なさらず、お一人だけ遅れて召し上がるのが日常でした。
現在でもお出ましのない日は、まずお昼前に起床、午前11時頃に最初のお食事を摂られ、
2度目となる『ご昼食』は夕刻を過ぎてからとなる。その時間帯は、
ともすれば殿下や愛子さまのご夕食時間と重なることもあるのです」(同)

「アジャスト」は数日前から
そのスタイルは、今なお続いているといい、
「数年前に比べ、妃殿下のお出ましは目に見えて増えていますが、基本的にこのサイクルは変わっていません。
現在は、ご公務の日に照準を合わせ、ご体調をアジャストさせるよう数日前から生活時間を修正なさるなど、
準備に入られます。そして、1つのご公務が終わると大きな疲れが残り、次のお出ましまで、
また元のパターンに戻ってしまう。これが『ご体調の波』と表される状態なのです」(同)
いきおい、就寝時間もずれ込んでしまうのだが、
「日付が変わって深夜1時頃から食事をお召しになることもしばしばです。つまりは、その日の『ご夕食』となるのですが、
こうしたサイクルはすっかり妃殿下のお体に沁み込んでしまっています」(同)
先の伊藤院長の話に当てはめれば、ストレスや不規則な生活、それにともなう深夜の過食――。
ぎっくり腰の要因を十分に満たしているではないか。
皇室ジャーナリストの神田秀一氏が言う。
「ぎっくり腰になられたことで、雅子さまのご公務が再び滞ってしまうのではないかと懸念しています。
来年、皇后陛下となられてからは、さらにご公務をなさっていかねばならないのに、その妨げとなってしまうかもしれません」
現在、皇后さまのご公務の数は年間でざっと340件。対して雅子妃は約60件と、差は歴然。その上で、
「昼夜逆転が続いているのは、適応障害が全快しないことが大きな原因だと思います。
皇后になられるまでの時間は限られており、いかに病気と向き合われるのか決断なさらないといけません。
それには、ご病状やご公務について自らの言葉でお話しし、世間の理解を求めるのがよろしいかと思います。
また、14年間かけても治療に成果がみられないのですから、皇后になられる前に主治医を替えるなど、
治療体制を見直すべきではないでしょうか」(同)
お立場は、より重くなる一方なのだ。
https:// www.dailyshincho.jp/article/2018/07070800/?all=1

雅子妃、朝まで寝つけず「真夜中のご散策」… ご欠席がちになった「愛子さま」とのシンクロ
社会週刊新潮 2018年7月5日号掲載
腰椎ねんざ、つまり「ぎっくり腰」を患われ、雅子妃は6月25日に皇居・宮殿の催しをご欠席された。
あいちせぼね病院の伊藤全哉院長は、主な要因のひとつに“不規則な生活リズム”があると解説する。
「睡眠時には腰の筋肉が緩んで休息できますが、リズムがまちまちだと、どうしてもその休息が不十分になりがちです」
かねてより雅子妃の生活リズムが崩壊していることは報じられているが、
「昼夜逆転」のお暮らしは今も変わらないという。
お昼前に起床され、午前11時に最初のお食事、夕刻に“ご昼食”となるというリズムにあっては、
「日付が変わって深夜1時頃から食事をお召しになることもしばしばです。
つまりは、その日の『ご夕食』となるのですが、こうしたサイクルは
すっかり妃殿下のお体に沁み込んでしまっています」(宮内庁関係者)
宵っ張りのお暮らしは、やはり安らかな眠りとは縁遠いようで、これまで皇太子ご夫妻のご動静として
“ジョギングやご散策”は知られてきたのだが、
「実は妃殿下は、深夜によく赤坂御用地を散策されています。朝が遅い分、
なかなかお休みになれないのでしょうが、決して好ましい状態とは言えません」(同)

愛子さまご欠席の懸念
合わせて気がかりなのは、愛子さまのご体調である。中等科3年生だった2016年秋には激しくお痩せになり、
長らく学校を休まれていたのは記憶に新しい。その後いったん回復されたものの、
昨年、高等科に進学した直後のGW前後には再び長期欠席なさるなど、危うげなご様子が続いてきた。
さる宮内庁担当記者は、
「今年5月下旬の中間テストは、無事、全科目お受けになっています」
というのだが、ほどなく予期せぬ事態が。
「6月2日、女子高等科は他校と運動部定期戦を行ないました。愛子さまも参加なさったのですが、
日曜を挟んで4日の月曜、愛子さまは午前中の授業を欠席され、午後からのご登校となったのです。
続けて翌日の5日は、まる一日ご欠席。宮内庁に尋ねても
『(定期戦当日は)暑かったのでお疲れになった』と、要領を得ないままでした」(同)
さらには、
「東宮大夫によれば、6月21、22日の2日間も『お咳や37度台前半の熱があったため、
大事を取ってお休みした』という。実際の程度はわかりませんが、お体だけでなく、
お気持ちの面でも不安定な部分が残っているのが窺えます」(同)
愛子さまは今夏、学校のプログラムを利用して英国の名門・イートン校へ短期留学されるご予定。
が、これでは、不安が募るばかりである。

シンクロする母娘のご体調
精神科医の片田珠美氏に聞くと、
「社会的に望ましい時間に入眠できず、午前中に起床しても眠気や疲労を感じて仕事が困難な症状を
『睡眠相後退症候群』と言います。ご公務が終わるとまた元に戻ってしまうというのは、
雅子さまご自身に症状を治そうというご意思があるのか疑問です。
人間は朝日を浴びて16時間で眠くなります。生活リズムを整えるためには、ご散策は朝方になさればよいかと思います」
また愛子さまについても、
「ご自分が登校する時間になってもまだ寝ておられるお母さまの姿をご覧になって、
『私だって少し休んでもいいのでは』と思われるようになったのではないでしょうか」
これまでたびたび指摘されてきた通り、母娘のご体調は見事に「シンクロ」しているというわけだ。
https:// www.dailyshincho.jp/article/2018/07080800/?all=1&page=1

ボブスタイルになった愛子さま 英国留学はエコノミーでご出発
2018.07.27 16:00
夏休みが始まった羽田空港の国際線ロビーは、
蒸し暑い日本を脱出しようとする家族連れで、早朝から混み合っていた。
7月22日午前中、そんな雑踏の中に、学習院女子高等科の同級生たちと並んで、
ワインレッドの大きなトランクケースを引く愛子さまの姿があった。
エメラルドグリーンのトップスに黒のパンツ、グレーのスニーカー。
ひときわ目を引いたのは、きれいに櫛を入れられたボブスタイルだった。
「2日前の終業式のときは、ポニーテールで結んでも肩甲骨まで届くほど長かった髪を、
毛先がようやく肩につく短さにカットされ、前髪もパツンと切り揃えられていました。
出発の前日にカットされたようです」(皇室記者)
愛子さまは学校の留学プログラムとして、イギリスの名門イートン校で約3週間、夏期研修を受けられる。
おひとりで海外に滞在されるのは初めてのことだ。
「愛子さまの訪英は、現地メディアでも報じられ、注目されています。
イギリス王室としても、来年5月に“天皇の娘”となられる愛子さまに歓迎ムードが高まっているようです。
研修プログラムに支障のない範囲で、エリザベス女王の孫に当たるウイリアム王子・キャサリン妃夫妻、
ヘンリー王子・メーガン妃夫妻から、お茶やお食事のお招きがあるかもしれません。
イートン校はそもそも2人の王子の出身校でもありますから。
愛子さまが髪を整えられたのも、そうした“孫外交”に備えてのお心遣いだったのかもしれません」
(皇室ジャーナリスト)
愛子さまの今回の留学は、公務ではなく、あくまで学校行事という位置づけだ。
「飛行機はエコノミークラス。男性の侍従はお供せず、60代の東宮女官と20代の出仕の2人だけが付いていきました。
とはいえ、2人は皇太子ご夫妻との連絡係というスタンスで、留学中、愛子さまにぴったり張り付くことはなく、
宿泊する建物も別になるそうです。ほかの生徒と助け合いながら生活する愛子さまを、
適度な距離を置いて見守りながら過ごす予定です」(宮内庁関係者)
愛子さまは、この留学を心待ちにしてこられたようだ。
「英語の勉強に熱心に取り組まれ、家庭教師とだけでなく、
皇太子ご夫妻とも英語で日常会話をされることもあったそうです。
海外からの賓客とも直接、積極的にコミュニケーションを取ってこられて、準備は万端でしょう」(学習院関係者)
雅子さまも、新しいチャレンジをする愛娘を、ほどよい距離感で見守られている。
「3週間もの長い期間を離れて過ごされるのは初めてのことのようですが、
雅子さまは愛子さまを空港まで送ることはせず、お住まいの東宮御所で見送られました。
皇后となるべく準備を進められる雅子さまとしては、子育ては一段落とお考えかもしれません」
(前出・皇室ジャーナリスト)
愛子さまの留学先であるイギリスは、皇太子ご夫妻にとってもゆかりのある土地だ。
「皇太子さまも雅子さまも、英オックスフォード大学に留学経験があります。
皇太子さまはその折、イートン校を訪問されて、校長先生とお話しされたそうです。
おふたりはそうしたことも愛子さまに話して聞かせているそうです。
海外で学ぶことの重要性を身をもって理解されているご両親ですから、
今回の夏期研修をきっかけに愛子さまには海外の名門大学への進学も考えられるかもしれません」(宮内庁担当記者)
平成最後の夏は、愛子さまにとって、新たなチャレンジの夏になりそうだ。
※女性セブン2018年8月9日号
https:// www.news-postseven.com/archives/20180727_727600.html?PAGE=1#container

安倍首相、皇太子の背後に「反安倍派」が見え隠れで懸念
2018.08.16 07:00
自民党総裁選3選後に本格的に「憲法改正」に乗り出すとみられている安倍晋三・首相だが、
内心気を揉んでいるのが、「次の天皇である皇太子の憲法観」だという。
今上天皇は「平和への強い思い」を語り、憲法を守る姿勢を見せてきた。
そのため、「代替わりによって改正論議に弾みがつく」(安倍側近)と見る向きもあるが、
皇太子も今上天皇のそうした「平和への思い」を受け継いでいるだけに
状況は変わらないとみる宮内庁関係者は多い。
安倍首相は天皇には「内奏」と呼ばれる国政報告を行ない不定期に面会しているのに対し、
皇太子とはほとんど接点がない。
「ご進講など、安倍首相が皇太子と会われた記録はない」(宮内庁広報課)という。
加えて、皇太子の“ある人脈”を首相は警戒しているようだ。政治ジャーナリスト・野上忠興氏が話す。
「皇太子妃・雅子さまの父で元国際司法裁判所所長の小和田恆氏は、
安倍政権を痛烈に批判している元首相・福田康夫氏と一緒にスキーに行くほど仲がいい。
安倍首相にすれば、“反安倍派”の存在が皇太子の後ろに見え隠れすることに懸念を覚えているようです」
※週刊ポスト2018年8月17・24日号
https:// www.news-postseven.com/archives/20180816_735277.html

雅子さま笑顔のハプニング 愛子さま拾われたのは…納豆タレ袋
記事投稿日:2018/08/24 16:00 最終更新日:2018/08/24 16:00
お盆の最後の日となった8月16日、静岡県にある伊豆急下田駅は活気にあふれていた。
須崎御用邸でのご静養のために、駅に到着された皇太子ご一家をお出迎えしようと
集まった地元住民や観光客は230人ほどもいたという。
皇太子ご夫妻そして愛子さまは、例年以上に一人ひとりと時間をかけ、お話しをされていた。
そのなかの1人が高校2年生の女子生徒だった。田園調布雙葉高校に通う彼女は、雅子さまの“後輩”にあたる。
「現在の校長先生は雅子さまの先輩にあたります。雅子さまはそのお話をされていました。
愛子さまは私がデンフタの2年生であることをお聞きになると、
『○○ちゃんはご存じですか?』と話しかけてこられました。
私が知っていますと答えると、『幼馴染なんです』と、おっしゃっていました。
ニュースでも、これまで愛子さまがお話しされている姿は見たことがなかったのですが、
とても優しくてお話ししやすかったです」
駅構内での語らいは、雅子さまと愛子さまが交互に話しかけられることで、
いつも以上に盛り上がり、微笑みに満ちたひとときとなった。
「例年では下田駅のおふれあいは10分ほどなのですが、この日は25分にも及びました。
皇后になられるまで、8カ月あまり。雅子さまも“これまで以上に国民と親しんでいきたい”と、
お考えになったのでしょうか。そんなお気持ちを、愛子さまも察せられ、
さりげなくフォローされていたようにも見えました」(皇室ジャーナリスト)
笑いに満ちた“母娘トーク”は、駅構内ばかりではなかった。
この日、須崎御用邸近くの三井浜では16年ぶりに取材が設定された。
愛子さまが海辺で拾われた貝について語り合われるご一家のお姿も報じられたが、
愛子さまは意外なものも拾われていたのだ。宮内庁関係者は言う。
「ゴミでした。納豆のパックに入っているタレの小袋もひそかに浜で拾っていらしたのです。
それを取材陣にすっとお見せになったのですが、愛子さまの思わぬ行動に、現場で大きな笑いが起きたのです」
雅子さまと愛子さまは、タレの袋について、こんな会話を交わされたという。
雅子さま (袋の中身が)固まってますね。
愛子さま ちょっと待ってください。これ(袋が)開いてます。
雅子さま (中身は)砂なんですね。賞味期限切れでしたね(笑)。
前出の関係者が続ける。
「取材会は10分ほどでしたが、ゴミを巡っての雅子さまと愛子さまのユーモラスな会話に、
居合わせた人々は、ほのぼのとした気持ちになったそうです」
雅子さまと愛子さまの公開“母娘トーク”、ぜひ今後も続けていただきたい。
https:// jisin.jp/domestic/1658419/

皇太子さまのフランス訪問 雅子さまがご同行断念された理由
最終更新日:2018/09/13 16:00
髪をアップにされ、白いスーツをお召しになった雅子さまがお見送りの言葉をかけられると、
皇太子さまも晴れやかなご表情をお見せになった。
9月7日の朝に出発された皇太子さまは、15日までの日程でフランスを訪問されている。
「フランス政府から皇太子ご夫妻に招待があった公式訪問です。
4月には、雅子さまも同行されるという報道があり周囲の期待も高まったのですが、実際にはまだ検討段階でした。
9日間にわたる長丁場であり、ご滞在中も行事や交流会が目白押しの過密スケジュールということで、
最終的に雅子さまのご同行は断念せざるをえなくなりました」(宮内庁関係者)
外交官として活躍されていた雅子さまにとって、皇室外交に携わることはご結婚当初からの悲願。
それゆえに渡仏断念はつらい決断と思われる。しかし、皇太子さまを見送られる雅子さまのご表情はとても明るかった。
「外国への公式訪問ですから、国内の行啓のように行事ごとに出席するか否かを選択するのは難しいのです。
すべての行事に出席されるか、ご訪問自体を取りやめるか、二者択一だったわけです。
残念ながらすべてをこなすのは難しいと、雅子さまご自身が判断されたと聞いています。
9月末には九州北部豪雨の被災地を訪問されるご予定もあり、
そちらを優先したいというお気持ちもあったのでしょう」(前出・宮内庁関係者)
立教大学教授で精神科医の香山リカさんは、こう話す。
「主治医の判断に依存せず、ご自身でご公務への出席を判断されるようになっていらっしゃるならば、
かなり回復されているとみてよいと思います」
雅子さまの「劇的ご回復」があったからこそ、渡仏断念も前向きに受け止められたはずだと語るのは、
皇室ジャーナリスト。
「この夏のご静養先では、皇太子ご一家は駅頭の取材だけではなく、
須崎御用邸、那須御用邸の中で記者に対応されました。
雅子さまは今年6月の銀婚式では会見を見送られるなど、
これまでは報道陣の取材に苦手意識を持っていらっしゃいました。
それでも2度も積極的に取材対応をされたのは、雅子さまのご体調がよいことの証であると同時に、
新皇后への決意の現れにも感じられます」
皇太子さまはフランスへのご出発を前にした記者会見で、雅子さまの国際親善への関わり方についてこう述べられた。
《外国への訪問だけではなく、賓客の受入れや日本で開催される国際的な行事への出席など、いろいろな形があります》
《外国で暮らした経験、あるいは仕事で外交に携わってきたことは、必ず役に立つものと思います》
前出の皇室ジャーナリストは、皇太子さまの発言に“新皇后”へのビジョンが垣間見えると語る。
「皇太子さまが、雅子さまの外交官の経歴をこれほど強調されたことは、今までにありませんでした。
このお言葉には、順調に回復されている雅子さまへの大きな期待がこめられていると思います。
雅子さまの海外ご訪問が実現するには、まだ時間がかかるかもしれません。
だからこそ皇太子さまは、まずは国内のご公務で外交官の経験を生かすことを提案されたのでしょう。
雅子さまとおふたりで『新しい皇室外交』を築くことを切望されているのです」
皇太子さまの後押しで、雅子さまは焦ることなく、“新皇后外交”への第一歩を踏み出される――。
https:// jisin.jp/domestic/1663906/

佳子さまのティアラ、眞子さまの航空運賃など皇室の財布事情
2018.09.15 16:00
憲政史上初となる天皇の譲位によって、皇室には前例のない数々の変化が訪れる。
そのなかでも、とりわけ大きく変わると考えられるのが、天皇家の「お金」である。
膨大な量の開示資料から、その一端が垣間見えてきた。
皇室には「4つの財布」がある。天皇と内廷皇族(皇后、皇太子、雅子妃、愛子内親王)の
プライベートな費用の「内廷費」(3億2400万円)。
それ以外の皇族に支出されるこちらもプライベート用の「皇族費」(3億6400万円)。
公務を始めとした公的な活動に使われる「宮廷費」(91億7100万円)。
そして、宮内庁職員の人件費や物品費などの「宮内庁費」(114億6600万円)だ。
特に先の3つを合わせて「皇室費」と呼ぶ。
内廷費と皇族費は、一度支出されると「御手元金」となり、具体的な使い道は明かされない。
一方、皇室費のなかで予算額が91億7100万円と、突出して規模が大きい宮廷費は公的な意味合いを帯びる。
佳子内親王が成年皇族になった2014年に2892万円で調製(皇室が所有する宝石を利用して製作)された
ティアラの費用も、「儀礼に必要なため」との理由で宮廷費から支払われた。
このティアラは貸与扱いで、結婚して臣籍降下すれば皇室に返却しなければならない。
今回、本誌が宮内庁から開示された資料のほとんどがこの宮廷費で、2015~2016年度のもの。その使途は幅広い。
天皇皇后、皇太子夫妻、秋篠宮夫妻の海外訪問費用を比べると、お金の使い方に違いがあることがわかる。
2016年1月26~30日、天皇皇后はフィリピンを訪問した。政府専用機が使われたため、航空運賃の記載はないが、
天皇皇后と随員を含めた宿泊料は1泊約114万~145万円。
また、消耗品費として、4000円の日焼け止めが8個、130円のウェットティッシュ10箱に加えて、
フィリピンの環境を考慮してか虫除けのアースノーマット1220円が33個計上されていた。
次に皇太子夫妻のトンガ国王の戴冠式出席(2015年7月2~6日)には、政府専用機ではなく、
全日空のチャーター便が使われた。「航空機借上代」は7000万円。
割引が適用されたのか、そこから約760万円が引かれていた。
療養期間中の訪問だった雅子妃は、皇太子と別行動でホテルで休んでいる時間もあったが、宿泊費の明細はなかった。
かわりに「御贈進品梱包代」として百貨店に3万2400円の支払いがあった。
トンガ側への贈答品の梱包代と思われるが、どんな品物をいくらで購入したかは、資料が黒塗りされていた。
「贈答品の内容や金額が公になると、“皇室御用達”と宣伝に利用されかねない。
民間に対しては公平でいたいという皇室側の配慮でしょう」(宮内庁関係者)
一方、秋篠宮夫妻のブラジル訪問(2015年10月27日~11月10日)は、
一般客も搭乗する定期便のファーストクラスを利用した。往復の航空運賃は夫妻で約723万円。
随行員を含めた航空費の総額は約2817万円だ。
2016年9月6~16日にパラグアイを訪問した眞子内親王の航空運賃は、
こちらもファーストクラスで往復約495万円だった。
※週刊ポスト2018年9月21・28日号
https:// www.news-postseven.com/archives/20180915_758155.html

  • 最終更新:2018-10-26 20:30:12

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