2016年1月-5月雑誌記事

週刊文春Woman 2016新春スペシャル限定版
天皇陛下と皇太子さまは一般な父子と違い、言葉をやりとりする機会も少ないので意志疎通も難しい。
美智子さまと雅子さまの嫁姑問題は天皇陛下の72歳誕生日の時に浮き彫りに。かなり険悪なムードになった。
雅子さまは数年後の美智子さまの誕生日でも途中退席。
そもそも清貧さを良しとする天皇家の家風と雅子さまの志向は相容れない。
雅子さまには現代的な「自分の権利を主張する」というプリンシパルを強く感じる。
天皇陛下からは国民があって、自分たちがある、というメッセージが伝わってくる。
両陛下は警備上の理由などで一般客に迷惑になるからと海外訪問中でもほとんどレストランで外食をしない。
一方、雅子さまは外食好き。マンダリンのシグネチャーやウェスティンのビクターズ、富麗華、ロオジエなどの高級店にも行く。
那須どうぶつ王国で、他のお友達はママお手製布製ポシェットなどなのに、愛子さまだけグッチのバッグ。
美智子さまは一目でブランドとわかるものは避け、仕立て直ししたり何年も大事に使う。人柄はそういうところに滲み出る。
美智子さまは、「紀子ちゃん」「雅子さん」と呼ぶ。
黒田清子さんとは御宿かわせみ事件が決定的。東宮御所に泊まりたいと言った清子さんを雅子さまが断った。
雅子さまはプライベートを大事にされる。

週刊文春2016年1月21日号
宮中重大スクープ
12月23日天皇誕生日の夜に「お呼び出し」
美智子さまが雅子さまを叱った!
「東宮と共に人々の前に姿を見せるのが最善の道です。小和田家とは文化が違うのですから」(美智子さま)
「心に刻みつけるようにいたします」(雅子さま)

千代田関係者によれば「現在でも皇后陛下が折に触れて口にされる小和田家の記憶がある」という。
「ご成婚の時、小和田さんは『両陛下からぜひにという挨拶があれば』と言われたそうです。
正田家から嫁がれた皇后陛下にとっては驚かれる言動ばかりで、『何度も思い出してしまうことがありのよ』と洩らされのです(同前)

(秋篠宮妃殿下のことは)上られる以前のお親しくしていた時期が長かったので、
普段は『紀子ちゃん』と、その頃の呼び方でお呼びしております。
(平成3年4月18日、22歳お誕生日の文書ご回答より)

週刊文春 2016年2月18日号
“夢の国”で弾ける笑顔の愛子さま-滞在中ずっと生き生きとした表情
試験休みに御学友3人とのお出まし。
全身ディズニーファッション
常に無線連絡用のイヤホンを付けたコワモテの私服警官たちが常に辺りを警戒し、
東宮侍従やキャスト(スタッフ)など総勢20名ほどが愛子様に合わせてゾロゾロ歩く。
事情を知らない一般客は「この辺オジサンばかりで怖い。グラサンもいる」と怪訝そうだ。
「有料の「プレミアムツアー」に申し込まれていたようで、
特典を使い、ほぼ全てのアトラクションでファストパスを利用されれるか、特別な通路から入られました。
女性の津青ガイドが御要望を伺い、お帰りの6時過ぎまでご案内していました」(対応したキャスト)
カレー味のポップコーンが気になり、ツアーガイドが買いに走った。
昼食は豪華なコース料理中心の「マゼランズ」で。

週刊文春2016年3月3日号
皇太子さまと愛子さまのテニス
皇太子さまが打ちやすく球を返してやるのが愛子さまはスマッシュを打ち込む
最近は夜型の雅子さまに合わせて三人で22時ごろ赤坂御用地を散策
愛子さまは2月中旬に熱は無いが食欲不振や倦怠感といった症状で、大事をとって一週間学校を休む


週刊女性2016年3月1日号
5年前の震災直後は、都内の避難所や東北3県を皇太子さまに従いお見舞いをした雅子さまだが、
翌年に被災地に足を運ばれることはなかった。
'13年には、宮城県、福島県、岩手県を視察したが、'14年はなし。
'15年の昨年は福島県に行かれただけだった。
「毎年、東北3県のほかにも私的旅行やご静養の機会を利用して被災者を励まされる両陛下と比べると、
皇太子ご夫妻の数は、どうしても見劣りすることは否定できません。
やはり、被災地のお見舞いや復興状況の視察となれば、ご夫妻そろわないと成り立ちにくいので、
雅子さまの体調を考慮すると、日程を組みにくいのだと思います」(宮内庁担当記者)

テーミス2016年4月号
追悼式での陛下のお言葉
陛下が即位なさった年齢より上になったにもかかわらず、皇太子の誕生日会見は
「皇太子というよりも、一人の父親としての思いが今まで以上に強く出ていた」(皇室関係者)
「『雅子とともに…』を6回も繰り返されたのは、いかがなものか」(同上)
「ありがたく」を「うれしく」と言い直したのを取り上げ、 「日頃のお気持ちが出たのではないか」(皇室記者)
愛子さまについて「中学生としての自覚がいっそう高まってきた」と述べたが、
「皇族としての品格や自覚」を示してほしかったとの意見も挙っていた。
愛子さまの学校欠席が目立つ。20人の警備をつれてディズニー・シーに行ったと報道されたが、
同時期に悠仁さまはフィリピンから帰国された両陛下がいらっしゃる葉山を秋篠宮両殿下とともに訪れてらしただけに
「皇太子ご夫妻の教育方針も問われ始めている」(皇室関係者)
記者会見で愛子さんの海外訪問について問われたのに対して「若いときに体験しておくのは大切」と答えているので、
愛子さまも含めて皇太子一家が海外訪問することもあるかもしれない。
が、皇室にとってもっとも大事な宮中祭祀を皇太子ご夫妻が今後続けるご意思をお持ちなのかという問題である。
皇后陛下は明治天皇の御製を引いて宮中祭祀を疎かにしてはならないと語られたが、これは皇太子夫妻に対するメッセージと考えて良い。
国連女子差別撤廃委員会が、皇室典範の改正を求める勧告を盛り込もうとしていた。
政府の抗議で削除されたものの、この動きは止まっていない。
「国連では典範改正問題とヘイトスピーチ、JKビジネスの問題が同一線上で語られ、極めて不自然。
中国系の委員が画策しているという情報もあるが、ある有力外交官は
『雅子さまの父・小和田恒氏が国連に対して何らかの働きかけをしているのではないか』と言っていた」(国連に詳しい政府関係者)
・小和田夫妻がここ数ヶ月、帰国したという話は聞かない。
皇室典範改正は「愛子天皇」に道を開くことにもつながるだけに、国民としても注視する必要がある


この13年近く、年14回の祭祀にはほぼご欠席
雅子さま、宮中祭祀への参加がなかなか叶わなかった原因とは
2016年04月06日(水) 11時00分
〈週刊女性2016年4月19日号〉
4月3日に、没後2600年といわれる初代天皇の神武天皇陵を参拝するため、奈良県を訪問される予定だった天皇・皇后両陛下。
「両陛下の地方行幸啓に、ほかの皇族方が同行されるのは異例ですが、
初代とされる神武天皇の慰霊ということで特例だったのかもしれません。
今回は、秋篠宮ご夫妻が両陛下に同行され、皇太子ご夫妻は東京に残り、
宮中祭祀の『神武天皇二千六百年式年祭の儀・皇霊殿の儀』に臨まれることになっていました」(宮内庁担当記者)
両陛下と秋篠宮ご夫妻が不在のなか、皇太子ご夫妻のほかにも、
秋篠宮家の眞子さま、佳子さまや各宮家の女性皇族方も参列されることになっていた今回の祭祀。
宮中祭祀は、そもそも国家の安寧や五穀豊穣を祈り、皇室の祖先を祀る伝統行事で、戦後は天皇家の私的行為として行われてきた。
皇居の鬱蒼とした森のなかにある、「賢所」「神殿」「皇霊殿」からなる「宮中三殿」で行われる儀式だが、
「ほかの皇族方は基本的に洋装で、皇霊殿の階段の下から拝礼されるだけで、皇太子ご夫妻とは大きな違いがあります」
と、今回の儀式について説明するのは、皇室制度史に詳しい京都産業大学名誉教授の所功さん。
「皇太子さまは、宮中三殿の奥にある綾綺殿で着替えなどをした後、
廊下づたいに三殿のひとつである皇霊殿へ移動して内陣に進み、拝礼してから、
神武天皇への御告文を読まれます。ついで皇太子妃の雅子さまが皇霊殿の内陣に進み、拝礼をされますが、
その時間は短いので、それほど負担感はないと思われます」
所さんはそう説明するが、雅子さまは長期療養が始まってから、宮中祭祀にほとんどご出席していない。
この13年近く、年に14回ある祭祀はほぼ欠席されている。皇室記者が説明する。
「直近は'09年1月に行われた『昭和天皇二十年式年祭の儀・皇霊殿の儀』で、
このときは両陛下が武蔵陵墓地を訪問されたので、皇太子ご夫妻が皇霊殿で拝礼されることになりました。
その前は、'03年9月の『秋季皇霊祭の儀・秋季神殿祭の儀』です。
今回は、両陛下のご名代という意味合いもあり、ほかの皇族方も多く参加されるので、雅子さまにとっては、かなり重圧になったはずです」
皇后美智子さまは'13年のお誕生日の際の文書回答で宮中祭祀について、
「最近は身体的な困難から、以前のように年間すべてのお祀りに出席することはできなくなりました」
「前の御代からお受けしたものを、精いっぱい次の時代まで運ぶ者でありたいと願っています」と、その過酷さと、伝承の大切さを吐露されている。
7年前の祭祀のときに、雅子さまは東宮職のスタッフや主治医と何度も打ち合わせを重ねて体調を整え、“本番”に臨まれたという。
雅子さまが祭祀になかなか参加が叶わない原因を、前出の所さんが続ける。
「雅子さまの場合、古式の髪型や装束の準備に相当なご苦労があるといわれています。
十二単の重い装束をお召しになりますが、それ以上におすべらかしと呼ばれる髪型は、
匂いの強い油で髪を整えるのに、かなり長い時間を要するといわれています。
療養中の雅子さまにとっては、負担となるかもしれません」
http:// www.jprime.jp/tv_net/imperial_household/25807


女性セブン2016年4月21日号
皇太子妃雅子さま(52)7年ぶり宮中祭祀「静寂の戸惑い」
4月3日はあいにくの空模様だった。皇居周辺の桜の見物客から歓声が上がる。
午前11時過ぎ、半蔵門から雅子妃が車に乗って姿を現す。
「その表情は穏やかで、安堵というか達成感が見られた」(皇室記者)
しかしその3時間前皇居に入る際の雅子妃は別人かと思うほど緊張と不安の色が浮かんでいた。
皇室に嫁いで以来、雅子妃は宮中祭祀に消極的だとされてきた。
「海外での生活が長く、帰国子女でキャリアウーマンという経歴。
雅子さまにとっては宮中祭祀という“神事”はなかなか理解することが難しいとされてきた」(宮内庁関係者)
実際雅子妃が宮中祭祀に臨まれたのは最近は2009年1月の昭和天皇二十年式年祭。
その前は2003年9月の秋季皇霊祭まで遡る。
ここまで宮中祭祀との距離ができた理由。一つめは神事になじめないから。
もう一つとして考えられるのは宮中祭祀には潔斎が伴うこと。
宮中祭祀に臨むときには起床してからすぐに歯を磨いて口を清める。そのあと半畳ほどのござを敷き、この上に座って両手と片肌を脱ぐ。
直径約40センチほどのたらいのお湯で顔、腕、襟周りを洗い清める。
そして髪を結い上げ整えたあと、湯殿にて座って下半身を清めてから桶の湯を柄杓で肩からかけ、
体全体を清める。その後着替えの間に移動し、古式の衣装を着用する。
これは女官の潔斎だが、宮中祭祀においては雅子妃も同様。
「こうした潔斎を雅子さまは女官に全身を晒し、女官の手によって受けるといいます。
複雑な手順を遵守するだけでも療養中の雅子さまにとってはかなりのご負担であったに違いありません。
それを他人の手によって受けるというのは精神的にも大変な面もあったことでしょう」(宮内庁関係者)
さらに雅子妃を悩ませる慣例があった。
「宮中では生理を御所ことばで“まけ”といいます。このまけの際には血の穢れという概念から、
宮中祭祀には関わってはいけないと言われているのです。
雅子さまは皇室に嫁がれて以来、頻繁に生理のチェックをされたことに対しかなりご負担にお感じになっていたようで、
それが巡って宮中祭祀への見えない隔たりとなってしまったと聞きます」(前出・宮内庁関係者)
「皇居の中でも奥まった場所に位置し、周辺を木々で囲まれた宮中三殿。ただでさえ霊験あらたかな上、
時が止まったような静けさに包まれる。聞こえるのは衣擦れの音だけ。
そんな静寂への戸惑いやプレッシャーも雅子さまにはおありになったのでしょう」(前出・宮内庁関係者)
2006年2月皇太子誕生日記者会見。
「宮中で行われている祭祀については、私たちは大切なものと考えていますが、雅子が携わるのは
通常の公務が行えるようになってからということになると思います。」といわれています。
十二単の重い装束をお召しになりますが、それ以上におすべらかしと呼ばれる髪型は、
匂いの強い油で髪を整えるのに、かなり長い時間を要するといわれています。療養中の雅子さまにとっては、負担となるかもしれません」


佳子さまが秋篠宮家旅行で籠城した理由と眞子さまの思いやり
2016.04.13 16:00
秋篠宮ご一家は3月末、栂池高原スキー場(長野県)でのスキー旅行へ向かわれた。
このスキー場は、紀子さまがご成婚の直前にご両親と弟の4人でいらっしゃった思い出の地でもある。
3月26日の午前9時半を回り、上下黒のスキーウエアにハンチング帽、
サングラスをかけた秋篠宮さまがゲレンデに姿を見せられた。グレーのウエアの紀子さまと、
空色のウエアを着た悠仁さまが笑顔でお話をされている。
眞子さまは大きなポンポンのついたニット帽がかわいらしい。
大学時代にスキー部に所属されていた眞子さまが、悠仁さまとご一緒に滑られるシーンも見られた。
微笑ましい“家族スキー”のワンシーン。だが、そこに佳子さまの姿は一度も見られなかった。
ご家族がスキーを楽しまれている間、佳子さまがホテルから外に出られなかった理由を、事情を知る秋篠宮家関係者がそっと耳打ちする。
「実はスキー旅行を巡って、佳子さまと秋篠宮さまとの間で大きな衝突があったようです。
その結果、佳子さまは頑なにゲレンデにお出にならなかった」
今回、私的なご旅行でありながら、ゲレンデにはスキーを楽しまれるご家族に、三脚を立ててテレビカメラを向ける存在があった。
「あとからわかったことですが、どうやらご一家のプライベートタイムを映像と写真で記録するため、
撮影クルーが同行していたようなのです。そして佳子さまがゲレンデに姿を見せられなかった理由は
この撮影クルーの存在にあったようです。佳子さまは、ご公務など公の席での写真や映像は
仕方がないと受け止めていらっしゃいますが、ご自身やご家族とのプライベートな面が広く世に出ることに
大きな不満を持っていらっしゃるのです。根っこにあるのは、小学校時代のフィギュアスケートのトラウマだということです」(前出・秋篠宮家関係者)
幼少からフィギュアスケートを習われてきた佳子さまは、小学校時代に大会に出場し、優勝経験もあるほどだ。
「伸びやかに元気よく演技されるお姿が公開され、当時は佳子さまのかわいらしさがよく伝わると
大変評判のよいものでした。しかしその後、佳子さまが成長され、高校や大学進学、
さらに成人と人生のターニングポイントを迎えるたび、繰り返しメディアで流された。
年頃の佳子さまとしては、幼い頃のご自身の姿が画面に映し出されることに、
大変な苦痛を感じていらっしゃったということでした」(前出・秋篠宮家関係者)
翌27日もゲレンデに姿を見せられたのは紀子さまと眞子さま、悠仁さまの3人だけ。
同日午後に帰京されるまで、佳子さまは前日朝から約30時間にわたってホテルに“籠城”されたまま、
姿を見せられることはなかった。できあがったのは、佳子さまが写っていない“4人の家族写真”。
ここに新たな火種があった。
「宮内庁は、今回のスキー旅行の写真と映像を機を見て公開する予定でした。
しかし帰京後、眞子さまが秋篠宮さまに強く異を唱えられたのです。佳子さまのお気持ちをくんで
妹君に味方する立場に立たれました。実際のところ、スキー場でのお写真に佳子さまのお姿はないわけですから、
問題もないように感じられます。ですがもし4人だけの写真や映像が公開されたら、
“なぜ佳子さまはいないのか?”と、やり玉にも上がってしまうことを心配したのでしょう。
佳子さまを思いやっての眞子さまの行動でいらっしゃったようです」(前出・秋篠宮家関係者)
さらには、こんな逸話もある。
「秋篠宮さまは、悠仁さまの躾についてともすれば寛容すぎるという面があるそうです。
悠仁さまが何かいけないことをしても、大目にみて叱らない。一方の眞子さまと佳子さまは、
小さい頃に同じようなことをして叱られた経験があり、どうにも腑に落ちないわけです。
そんなときには眞子さまと佳子さまが、秋篠宮さまに対して“もっと叱ったほうがいい”と、
目配せされることもあるようです。秋篠宮さまもそれには少々お困りのご様子なんです」(前出・宮内庁関係者)
大人になられた姉妹はなんとも頼もしいが、ご一家の仲睦まじい家族写真をぜひ目にしたいと願うばかりだ。
※女性セブン2016年4月28日号
http:// www.news-postseven.com/archives/20160413_403281.html

テーミス2016年5月号
小和田恒氏の動きにも注目が
皇太子ご夫妻「宮中祭祀」へ賭ける覚悟
新聞やテレビは「雅子さまが公務に復帰されつつある」と手放しの喜びようだが
神武天皇二千六百年式年祭に関連して
直前まで雅子妃の“欠席情報”が流れていたが、ギリギリまで関係者の調整や説得があったと思われる。
天皇陛下は100年ぶりということで大祭との認識があり、皇太子夫妻による“御名代”としての拝礼を強く希望されていたようだ。
皇霊殿への昇殿は両陛下及び皇太子夫妻にしか許されておらず、他の皇族では儀式が執り行えないという事情あり。
雅子妃の体調が改善されているという情報も流れ、雅子妃は「私の予定表」なるものを作成し、活動への意欲を見せていたという。
式年祭直前には、皇后陛下が2度ほど雅子妃にお会いになられたという情報あり。
当初、皇太子夫妻は今回の式年祭を、数ある宮中祭祀の一つとしてそれほど重要視されていなかった節あり。
しかし、周囲からの奮起を望む声も強く、「雅子さまは相当な覚悟を持って臨まれた」(東宮関係者)
夕方からの「御神楽の儀」に雅子妃は欠席。「妃殿下については出席は義務付けられておらず、問題はない」(皇室関係者)
午前中の祭祀と夜の祭祀では時間が空きすぎており、現代風に考えれば「非合理な行事と言える」(皇室研究者)
外務省のキャリア官僚として活躍してきた雅子妃が、それらの古式ゆかしき伝統行事に“拒否反応”を持つのはある意味当然だった。
迎賓館館長と小和田氏の関係
迎賓館が4月から通年公開始まる。
迎賓館の山崎日出男館長は元ボスニア・ヘルツェゴビナの駐在大使。外務省の私的流用問題('01年)で懲戒停職になった。
小和田恒氏と親交が深いと言われ、今回の迎賓館開放の裏に、外務省の小和田一派の動きがある。(外務省関係者)

  • 最終更新:2017-06-03 19:12:54

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