2012年9月-12月雑誌記事

女性自身2012年9月11日号
「悠仁さまは7月に北海道、8月に軽井沢へ旅行されましたが、
どちらの地でも虫捕りをされました」(秋篠宮家関係者)
9月6日に6歳の誕生日を迎えられる悠仁さまは、楽しい夏休みを過ごされたようだ。
来春には小学校に入学される悠仁さまだが、秋篠宮家の教育について、ご夫妻の知人は言う。
「紀子さまの教育方針の一つは”子供たちにテレビ番組は見せない。ゲームは厳禁”というものです。
携帯ゲームやテレビゲームは秋篠宮家にはなく、眞子さま、佳子さま、そして悠仁さまにも、いっさい
ふれさせていません。お子さま方が見るのを許されているのは
ニュースと自然ドキュメンタリーだけだそうです」
ちなみにNHKで放映されている動物番組『ダーウィンが来た!~生きもの新伝説~』は数少ない例外番組の一つ。
悠仁さまは、お父さまと一緒にご覧になることを楽しみにしているという。

女性自身2012年9月18日号
愛子様スマホデビュー
8/28の那須どうぶつ園
お友達一家のスマホでゲームをしてる愛子さまが「ものすごく興奮」
そして翌日はそのスマホを一日中借りて持っていた。撮影もしていた。(登山客)

週刊朝日2012年9月21日号
秋篠宮さまが優しい口調で話しかけ、悠仁さまが、「はい、お父さま」とうなずく場面もあった。
皇太子さまが愛子さまに、「(写真)撮った?」と声を掛け、愛子さまが、「うん」。
松崎敏弥
陛下は10月に3回皇太子を御所に呼んで雅子の病状を詳しく尋ね、国民への説明が必要とさとした。

女性自身2012年10月2日号
寛仁親王家の次期当主問題
信子さまは実際は、寛仁さまがいらっしゃる病院に何度か行ってらっしゃった。
ただ、病室に入ることはなかった。病室には女王様方がいて会わせてもらえなかった。
いまわの際にも面会させてもらえないわだかまりがあった。

女性セブン2012年10月4日号
「秋篠宮ご夫妻は、保護者や幼稚園の協力でプライバシーが守られ、落ち着いて教育を受けられる
お茶の水の環境がお気に入りだそうです。多くの保護者たちから協力が得られているのは、
紀子さまの普段からの努力があってこそだと思いますよ」(幼稚園関係者)
“紀子さまの努力”とは、ママ友たちとのかかわり合い方にあった。
悠仁さまが入園された当初、ママ友たちからは紀子さまを特別視する雰囲気があったという。
しかし紀子さまは、そんな雰囲気を自ら取り払われようと努力されたという。
「運動会では親子で一緒に行う『はとぽっぽ体操』というプログラムがあるんですけど、
紀子さまは妃殿下というお立場であるにもかかわらず、
他のお母さんたちと同じように参加されていました」(前出・幼稚園関係者)
同幼稚園では、毎年10月に恒例のバザーが行われる。
このバザーは保護者が作った品物を売って、その売り上げを幼稚園に寄付するというもの。
「昨年までのバザーでは、紀子さまは、ご公務でお忙しい合間を縫って、お手製のエプロンや
女の子の髪飾りを作ってきてくださったんです。しかも、その品々はとても丁寧に作られていて、
誰もが“プロ級だ”と舌を巻くほどで、本当に頭が下がる思いでした」(前出・幼稚園関係者)
そして今年は、この催しをバックアップするバザー委員を自ら買って出られたという。
「バザー委員になると、商品を作ってきてくれる保護者たちに布を裁断して配ったり、
できあがってきた品を仕分けしたりと結構忙しいんです。
直前になれば、ほぼ毎日のように集まらなければなりません。紀子さまはお忙しいにもかかわらず、
それでも参加してくださって、有り難いことです」(別の幼稚園関係者)
紀子さまのママ友たちとの交流はバザーだけにとどまらない。
「紀子さまは、幼稚園の玄関前の落ち葉掃きや園内の草むしりなど、時間を見つけては積極的に
参加してくださっています。隅から隅までいつも完璧にやっていただいて、
そんなお姿にママ友たちは驚くばかりだそうです」(前出・幼稚園関係者)

週刊朝日2012年10月5日号
平成皇室12の証言
テニスの練習ににじみ出る皇太子ご夫妻の“相思相愛” 佐藤直子
皇太子殿下に初めてお会いしたのは、オックスフォード留学中の殿下が、ウィンブルドン観戦に来られた時
今でも時折テニスをご一緒させていただく
今年の夏も両殿下のテニスにご一緒させていただいた
雅子妃「人生で初めてというほど多くの汗をかきました」
皇太子殿下は足が速くお上手、雅子妃はフォームがきれい
皇太子殿下は雅子妃の様子を良く見ていて、
雅子妃が疲れたとみると、「休もう」とか「何か飲もう」と気づかう。
豪放磊落な人柄の昭和天皇はいつも大きな話し声だった 安西香(元皇宮警察護衛官)
隠し事が大嫌いだった昭和天皇、20年近く仕える中、一つだけお叱りを受けたことが
那須御用邸での散策中、二又の道にさしかかり、侍従に小声で進む方向を聞くと、
「私に聞こえるように話しなさい」ご自身の声も大きかった

週刊朝日2012年10月12日号
平成皇室12の証言(下)
火炎瓶を投げつけられても毅然と公務をこなした両陛下 山本和昭(全国豆記者交歓会代表)
1975年のひめゆりの塔での過激派による火炎瓶投げ付け
お二人は驚いたご様子だったが、毅然とした表情に戻り日程をこなされた
帰郷の際、空港でお見送りする高校生たちに気づき、車を降りてきてくださった。
この子たちは以前豆記者として、皇居でお会いしていた。

悪戯っ子のような表情浮かべ 妻をからかった秋篠宮さま 正田陽一(美智子様の父・英三郎氏のいとこ)
家畜の遺伝について研究しているため、秋篠宮とは研究の会合などでお会いすることがある
1998年、秋篠宮はニワトリの研究のため中国雲南省へ
紀子様も村に伝わる鳥に関係する踊りを調べるため、同行された
ご夫妻はバスの移動中も、説明者への質問を一生懸命まとめていた
お二人は仲むつまじく、紀子様が何か失敗したことを、翌朝朝食の時、秋篠宮が「実はね」と話そうとし、
紀子様は「それは言っちゃだめ」と慌てて止めた
この旅行の成果を、秋篠宮は「鶏と人」という本に、紀子様は季刊誌「民族学」に寄せた紀行文にまとめている。

雅子さまが歌会始で見せた鋭い言語感覚に驚く 岡野弘彦(歌人) 
雅子妃に初めて会ったのは、ご結婚3カ月前、お妃教育の和歌の相談役をつとめた。
語学が堪能なので、英語・仏語を省き、代わりに和歌の講義を10時間と長めにとったようだ。
雅子妃の鋭い言語感覚にハッとしたのは、古事記の仁徳天皇が詠んだとされる歌謡から、
「この『おしてる』は今の和歌に詠み込んでつかってよいものでしょうか」との質問があった時
こんな鋭い質問を受けたのは初めてだった。
「お使い頂いて結構だが、大変な古語なので現代和歌に使ってそこだけ違和感があったら失敗です」と答えた。
そして、おしてるを詠んだ和歌を2首暗誦、雅子妃は分かりましたと答えた。
本当にお分かりかと思ったが、6カ月後の歌会始、不安は喜びに
「君と見る波しづかなる琵琶の湖さやけき月は水面おし照る」と見事におしてるを使われた。
その後も月に一度ほど相談役として講義、雅子妃はそのたび両手に資料の本を抱えて熱心だった。

三笠宮さまが語る夫妻の絆「家内は私の前見人です」 工藤美代子(ノンフィクション作家)
8月31日、三笠宮は聖路加国際病院をご退院。お元気な姿を見て安心
三笠宮ご夫妻と初めてお会いしたのは6年前、貞明皇后の本のためのインタビューをお願いした
三笠宮のおそばにはいつも百合子さまのお姿があった。御年を召して始めた日本舞踊も二人三脚
「世間では後見人という言葉があるが、うちの家内は前見人なんです」
意味をお聞きすると、「私が踊る時は家内が前方から見てアドバイスしてくれるから、前見人」とにっこり
インタビューを終え、帰る時もお二人でお見送り、門で振り返るとまだこちらをご覧になっていて胸が熱くなった

「福祉の現場監督」から届いたドライシャンプーと瓶詰食品 白江浩(重度障害者自立支援団体常務理事)
6月13日、宮邸でのお通夜で寛仁殿下にお別れをした
殿下とは福祉を通じ、40年近いお付き合いだった
常々「自分は福祉の現場監督でありたい」とおっしゃっていた
私の関わる自立支援施設は仙台にあり、東日本大震災の翌日には殿下からご連絡があった
「ライフラインが機能していないので頭も洗えず、冷蔵庫も使えない」と言うと、
すぐにドライシャンプーや瓶詰食品が送られてきた。
2カ月後には仙台の施設まで来てくださり「また手術するんだ」と軽くおっしゃって愚痴めいた言葉はなかった。

週刊新潮2012年10月11日号
9/11、宮邸にて紀子さまのお誕生日の「お茶会」。
恒例行事だが、去年は大震災から半年ということで、中止。
OB職員ら約100人が出席。
一昨年は、扉を開けると無邪気に紀子様に駆け寄っていた悠仁さまも、ずいぶんと成長され、
今年ははにかみながらも落ち着いて来客にご挨拶。
悠仁さまは学習院初等科ではなくお茶の水付属小への入学が確実視されている。
当初特別枠扱いで冷たい目もあったが、紀子さまが気さくに振る舞われて馴染んでいかれた。
保護者から警備に対する不満が出ていない点は愛子さまと大違い。
あえて他校に移る理由はない。
保護者の間ではそのまま進学されるのが『共通認識』となっている。
ともに学習院を出られたご夫妻。現在の母校の様子は、ご友人などからお聞きになっているそうです。(松崎)
学習院も、一連の愛子さまの不登校問題でイメージダウンしました。現在の教育が順調である以上、
学習院に進んで煩わしい問題が生じるような事態を避けられるのは、自然なことでしょう。(渡辺みどり)

女性自身2012年10月23日号
雅子さま、闘病9年凍える日々に皇太子さま「無言の抱擁」!
小和田家へ里帰りした雅子妃は体調から横になっていることが多く、
皇太子が「愛子様のミルクをあげてもいいか」と台所に入ってきたことがあり、
小和田家は慌てて止めさせた。
人格否定発言について両陛下から説明を求められた皇太子は反応の大きさに驚いたという。

週刊文春2012年10月25日号
宮内庁記者も思わず絶句 愛子さま「運動会ドタキャン」の余波
一ヶ月前からの練習はほぼ欠席。リレーに選ばれなかったのが原因(父兄)
愛子さまが欠席したので今年は例年になくのどかで良かった。 (父兄)

女性セブン2012年11月1日号
運動会。午前6時半、すでに6人の侍従が学習院初等科正門前に並んでいた。(中村久之侍従ら)7時半開門。
愛子さま姿を見せず。欠席決断がぎりぎりになったことが波紋を呼ぶ。
宮内庁内部から、休む可能性が高かったら、東宮職を席取りに並ばせる必要はなかったのでは?と声が上がる。

フライデー2012年11月2日号
赤坂御用地内で保護された4匹の子猫の一匹が「ニンゲンちゃん」
(宮内記者会の)「どこの社もそれについて質問しない」
飼い始めたのが愛子さまの不登校騒動の頃なので、
「わかりたい」「わかって欲しい」の思いが込められているのではないか。

テーミス2012年11月号
民主党政権が「女性宮家創設」を急ぐ中
「天皇家VS小和田家」戦争で皇室消滅へ
雅子妃のプライベート優先路線や皇室への尊崇が消えてきた今がチャンスか
天皇家と皇太子一家のコミュニケーションが十分ではない(宮内庁関係者)
皇后陛下の喜寿のお祝い、本来は東宮ではなく、皇居で行われるのが普通
雅子妃が皇居に参内するのを嫌がっている。恒氏は欠席
小和田夫妻の「金婚式」には皇太子一家で参加

美智子さま 誕生日の写真でひそかに伝えた被災地への励まし
昨年3月11日に東日本大震災が起きて以来、美智子さまは天皇陛下を支え、被災地と被災者に寄り添い続けている。
10月20日に78歳の誕生日を迎えた美智子さまだが、その素顔を知る人々の証言から浮かび上がるのは、
「国母」といってもいいほどに、円熟味を増した皇后の姿だ。
美智子さまと被災地を語るうえでは、「花」というキーワードも欠かせない。
昨年の美智子さまの誕生日に、宮内庁は皇居に咲くハマギクと、そのそばにたたずむ両陛下の写真を公開した。
このハマギクは1997年、両陛下が岩手県大槌町を訪れた際に贈られた種を皇居に植えたものだった。
同町立図書館・城山図書室の責任者を務める佐々木健氏は何げなく花言葉を調べ、声も出ないほど驚いたという。
「花言葉は『逆境に立ち向かう』だったのです。美智子さまから、復興のために頑張る大槌町の住民への
励ましのメッセージだと感じ、ハマギクをあしらった新しい図書カードをつくりました」
美智子さまは今年の誕生日の文書でも、被災者についてこう気遣った。
「どうかこれらの人々が、もっとも的確に与えられる情報の許(もと)、
安全で、少しでも安定した生活が出来るよう願うと共に、今も原発の現場で日々烈しく働く人々の健康にも、
十分な配慮が払われることを願っています」
美智子さまの言葉からにじみ出る優しさは、皇太子妃、皇后として長い歳月を経て培われた末に
生み出されたものなのだろう。
※週刊朝日 2012年11月2日号
http:// dot.asahi.com/wa/2012102400029.html

女性セブン2012年11月22日号
皇太子ご一家の長女・愛子さまは11月3日、お友達3人と、
佳子さまが通われている学習院女子中・高等科(東京・新宿区)の文化祭『八重桜祭』に出かけられた。
「愛子さまは売店で“カツサンド”を買われていましたね。
でも、召し上がらずに、持っていた手提げの袋に入れてましたから、
もしかしたら雅子さまへのお土産だったのではないでしょうか」(学習院関係者)
職業紹介のコーナーでは『声優・アイドルのなり方』を最も熱心にご覧になっていた。

週刊新潮2012年11月22日号
「皇太子ご一家」葉山散策を妻子に漏らした「東宮侍従」親父の背中
長引くご病気のため、公務への完全復帰が叶わぬ雅子さま。
一方で、妹の池田さんとのハロウィン・パーティーに参加されるなど
時に妃殿下の「公私」の感覚には疑義が呈されることもある。
そして皇太子ご一家に仕える東宮侍従にも葉山散策での公私混同疑惑が持ち上がっている。
池田東宮侍従の妻子がいたのは『葉山しおさい公園』
その日たまたま偶然に。実は『しおさい公園』取材の時に
「規定外の記者がいた」と、東宮職が日本雑誌協会に注意した。

週刊文春2012年11月2日号
美智子さま「この歳でこれほど苦労するとは…」
雅子の病状については現在でも両陛下のお耳には全く入ってこない。
心配をいっそうつのらせる皇后陛下。
今回のルクセンブルクの帰国後皇太子の報告について。
皇后陛下「なにかしきたりだけに終わってしまって」と憂えていらした。(千代田関係者)
本当は報告の場において各国王族とどのような会話をなさったか等を詳しくお聞きになりたかった。
両陛下は海外から皇室が正しく理解されるように心を砕いていらっしゃる。
そのベースとなるのが海外王室との交流。
だが今回のように皇太子が1人で参列して
その先であらぬ誤解をされるという状況はとても残念に思っていらっしゃる。

週刊新潮2012年11月29日号
「天皇陛下」お誕生日会見打ち切りで「侍従職」と記者の戦争
陛下のお誕生日会見に向けた質問を記者達が協議してる最中(11月12日)に、
高橋侍従次長から「会見中止」の通告が来た。
ご負担の軽減のためにこれからは「文書回答のみ」にするとのことだったが、
陛下のお考えを肉声で聞ける唯一の機会なのに、と記者達が猛反発。
だが、陛下はお言葉の準備にかなりの時間と労力を費やされるのも確かだ。
「ましてやここ数年、雅子さまのご体調から東宮ご一家に関する質問もあり、ご心痛のほども察せられる。」
陛下は出発1時間前までお言葉の推敲を重ねることもよくある。

週刊文春2012年11月29日号
天皇皇后両陛下の変わらぬ沖縄への想い-皇太子夫妻時代から通算9回
即位前からの両陛下と沖縄について。火炎瓶事件。
献花後、皇后陛下から言葉を掛けてもらえて嬉しかった。
正直、皇室については思うところがあったが両陛下のおかげでそんな気持ちが薄らいだ。
宮内庁によると雅子妃は1度しか沖縄を訪れていない。もう十五年は訪問していない。
両陛下が沖縄に出発される前日皇太子夫妻は愛子さんの授業参観に参加。
「妃殿下は保護者の中でほぼ一番にいらっしゃった。
1時間目から4時間目まで約四時間にわたって授業を参観された。
子育てに熱心だと、改めて感じました。」(皇室担当記者)

テーミス2012年12月号
「国民への説明が必要だ」と…
天皇陛下が憂える皇太子ご夫妻の「行動」
雅子さまの公務出席やご病状に関する説明を皇太子さまに迫られた背景とは
最近、雅子さまのご体調は良好のようだ。国立劇場で雅楽を鑑賞されたり(10月1日)、
東宮御所でコスモス国際賞を受賞したエドワード・オズボーン・ウィルソン氏に接見(26日)など、
急なお出かけが増えている。私的なご活動も活発で、9月末には「獣医臨床フォーラム」に出かけられ、
都内のホテルでおよそ半日、アルコール依存症や不登校児などへのアニマルセラピーの成果発表に耳を傾けられた。
10月29日には青山学院大学で行われた国際政治学者のアダム・ロバーツ卿の講演も聴講された。
しかし、雅子さまが会ったのはどちらも母校・ハーバード大学の教授だ。
これでは結局、「やりたいこと、できることをする」という
大野裕医師の治療方針は何も変わっていないことになる。
会う会わないの基準について小町恭士東宮大夫が「ご体調を勘案して…」と同じ答えを繰り返すばかりでは、
国民の理解はとても得られない。
一方で、小和田家の家族との交流も相変わらず活発だ。10月31日のこと。
雅子さまの妹、池田礼子さんのタワーマンション近辺で、ハロウィンイベントが開かれた。
雅子さまは、東京湾の花火大会やクリスマスなどにたびたびこの高級マンションを訪問されたが、
国民から見れば違和感もある。愛子さまは皇太子ご夫妻より一足先に到着し、とんがり帽子をかぶりマントを着けて、
かぼちゃのオバケに変装して池田さん一家と練り歩いた。
雅子さまは皇太子さまが秋田で行われた「第15回全国農業担い手サミット」から帰京後、
18時半ごろ、池田さん宅に到着。その後22時までパーティを楽しまれた。
■足元がふらつくなか沖縄訪問
雅子さまのご体調の波がなかなか穏やかにならないなか、両陛下は相変わらず忙しい。
11月17日から20日まで沖縄県をご訪問。12月には京都にお出かけになる機会を利用して、
台風の影響で日程を切り上げ、立ち寄れなかった岐阜県大垣市を
「一度約束したことは果たしたいということで」(宮内庁関係者)訪問される。
実は陛下だけでなく、皇后さまも「足元がふらつくのを国民に悟られないように、
お互いに支えあっている状態」(宮内庁関係者)。
「両陛下は雅子さまのご体調と現在の状況を案じて、ご心労を重ねていらっしゃるようです。
10月中、皇太子さまは3回、皇居を訪ねられています。陛下は雅子さまのご病状について詳しく尋ねられ、
国民の理解が得られる形での説明が必要であるというお考えを示されたようです。
雅子さまか皇太子さまの口から直接ご説明があるのが一番だが、難しいでしょう。
しかし、少なくとも医師が会見しなければならない時期であることは確かです」(松崎氏)
皇太子ご一家を通した皇室観がいままでのイメージと異なるなか、女性宮家創設も不透明になってきた。
「10月の論点整理は女性宮家しか選択肢がないようなもので、最初から結論ありきだったのは明白。
男女同権論者の“女系派”が息を吹き返した形だ。雅子さまの父・小和田恒氏が頻繁に帰国している理由は、
女系派との連携を深めるためなのではとみられている。しかし、次期首相とされる安倍晋三氏は男系維持派だから、
皇室典範改正はまたふり出しに戻るだろう」(永田町関係者)

女性セブン2012年12月6日号
10月の休日が4日だった両陛下に比べ、雅子妃は外出公務1件、東宮御所内4件のみ。
雅子のために公務を一身に引き受けられる両陛下の体調を案じる声は日に日に高まる。(皇室記者)
皇太子のポリープに絡めて両陛下の検診、侍医の勤務態勢、宮内庁病院概要など。
退任した金澤氏に名指しで批判された大野氏など、外部からの招聘の弊害も起きている。
大膳課では"焦がすな、捨てるな、腐らすな"をたたき込まれた。(工藤極(きわむ)氏)
昭和天皇の好物は、ウナギの茶漬け、バナナのベーコン巻
皇后陛下は、若い頃は結構肉を好まれたが今は野菜を中心とした一汁一菜。(皇室関係者)

女性自身2012年12月11日号
雅子さま、愛子さま<撮影禁止令>に秘められた「悪夢の砂場」事件!
9年前の2003年5月13日と23日の公園訪問。
23日は近所の人が大勢出てきて、カメラや携帯で撮影、新聞にも報道された。
直後、砂場に硝子の破片がまかれていた。雅子さまはショックをうけた。
愛子さまを狙ったかどうかも警察は断定できなかったが、そう推測しているようだ。
真似される危険があるので、このばらまき事件は公表されず。
この年の12月から長期療養。
公園デビュー頓挫は「普通の子どもと同じように育てたいと願っていた雅子さまにとってショック。

週刊女性2012年12月11日号
11月23日の東京都私立小学校体育発表会
愛子さま参加の学習院初等科バスケ部は二戦二敗。
雅子さまはいなかった。他校の保護者にも箝口令。撮影禁止。
皇太子が雅子妃の意向を受け写真流出の懸念を東宮職に。
東宮職から各校へ「撮影自粛」伝達。

女性セブン2012年12月13日号
新嘗祭は、その年の新穀を神々に供えて感謝し、来るべく新たな年の五穀豊穣を祈り、願うものだ。
そして、この祭祀が行われる宮中・神嘉殿の中では、陛下によって、皇位継承者にだけ受け継がれる
“一子相伝”の秘儀が執り行われる。
“一子相伝”というのは、学問・技芸の奥義を、自分の子ひとりだけに伝えることで、この宮中祭祀の場合、
“天皇”だけしか執り行うことができないため、“皇太子”にのみ継承される。
「そのため、陛下は毎年、新嘗祭が近づくと、儀式の練習をなさる際に、皇太子さまをお呼びになり、
その所作をお見せになって、事前に教示されているのです」(宮内庁関係者)

週刊文春2012年12月27日号
悠仁さまはお茶の水付属小へ 秋篠宮はなぜ学習院がお嫌いなのか
秋口に秋篠宮と三浦科長の話し合いが持たれ、『初等科への進学はありません』と最終通告。
現在の付属幼稚園に世話になっているから、との理由。
ところが理由はそれだけでなかったようだ。
殿下は最後に『愛子さまのことがあるので』とおっしゃった。
愛子さまと同じ時期に学習院に在学するのは控えたい、といったニュアンス。
学習院の父兄の間でも、愛子さまの特別扱いには賛否が分かれる。
愛子さまの不登校問題への学習院側の対応に不信感」をもたれた。
秋篠宮家の教育方針に合わない。
今年春に波多野院長直々に殿下に電話したものの、
「親王の教育問題に関することでしたら」とお会いするのを断られてしまった。(学習院関係者)
その後、秋口に三浦科長との話し合いがあり、最終通告なさった。

女性セブン2013年1月1日号
雅子さま、周囲がひやっ!誕生日「2つのご変更」
12月9日15時20分過ぎ、雅子さまと愛子さまは参内。
夜には両陛下、秋篠宮ご一家を招いての夕食会。
12月7日、誕生日のご感想と医師団の見解が午後4時から8時に。
4時間遅れの配布になったとき、「またか…」と。
'07には12/7配布予定が翌日に。2ヵ月遅れの発表になった年も。
今回の遅れは雅子さまの強い要望
本人が最後の最期まで文章を練った。
通常の皇族の参内は午前なのに今回は午後。
万が一午前に設定して、雅子妃が起床できず参内できないとなると大問題なので、
東宮職は午後に設定したのではないか

女性自身2013年1月8.15日合併号
美智子さま<5年ぶり再会に感動>・・・皇后さまは日本のお母さんです
12/11に「ねむの木学園作品展」を鑑賞された皇后陛下は、
途中から案内役の宮城まりこさんの車いすを押しながら会場を回る。
東宮御所に招かれたとき、皇太子殿下(当時)の「ブラジルから贈られたねむの木があったね」の言葉に、
美智子様が自ら枝を切ってくださった。
5年前は園生の一人が「帰っちゃイヤだ」と車に乗り込んでしまった。

会員雑誌「選択」2013年1月号
学習院「皇族教育機関」の終焉
「将来の天皇」悠仁親王が他校を選択した理由は明白。
「愛子さま問題」で東宮側に服従し、伝統ある学府の矜持を何ら示さなかったからだ。
規模拡大路線の学校経営が、建学の精神を失わせた。今や「普通の私学」だ。
2010年には愛子内親王の不登校問題が初等科で起きた。
学習院は東宮の求めで幼稚園長を養育担当女官に推薦するなど手厚い協力体制を敷いていたが防げなかった。
学習院が東宮側に振り回されているかのような印象も与えてしまった。
波紋は初等科と幼稚園の志願動向にも影響を及ぼした。
級友や「皇室の母校」を槍玉にあげたとも受け取られる東宮側の発表は結果として同校も皇室も傷つけてしまった。
悠仁親王が御茶ノ水女子大付属小学校に入学することが決まったことで、
将来は長年にわたり皇族の在籍がなくなる可能性も出てきた。
学習院と皇室との伝統的な蜜月関係が当然のように続く時代は終わったのだ。

フライデー2013年1月4日号
天皇家の孫たちの「ゆく年くる年」
愛子内親王は「オール5」、悠仁親王は「お茶大附属小」進学へ
「先日、学習院女子大(東京・戸山)の構内で、愛子さまとお友だち4~5人が遊んでいるのを目にしました。
鬼ごっこをしたり、『せっせっせのよいよいよい!』と元気よく手遊びをされていました。
この日は、初等科生向けの英語セミナーがあり、お友だちと一緒に参加されていたようです。
授業開始までに時間があったので、お友だちと遊んでいたのですが、とても楽しそうでした。」
11月24日に行われた「初等科祭」では、愛子内親王はバスケットボールクラブの一員として
ユニフォーム姿で下級生を先導し、ドリブルの仕方などを丁寧に指南していた。
「成績もきわめて優秀で、初等科の通信簿は5段階評価なのですが、ほとんどの科目が5。
なかに一つか二つ、4が交じるだけと聞いています。
学年順位でもトップ10に入るほどで、ある父兄などは、『東大に進まれるのでは』と話しているほどです。
算数はお嫌いのようですが、主幹(担任)の先生が国語が専門ということもあり、
国語にはとくに力を入れておられるのでしょうね。すでに小学校の課程の漢字はすべて習得済みだそうです。
それから、書道は抜群にお上手です。初等科祭で発表された『成長』という字も、横に添えられたお名前も、
お世辞抜きに学年で文句なしの一番でした」(学習院初等科に子どもを通わせる母親)
もともと得意な国語に加え、最近は英語にも力を入れている。こちらは海外での生活が長く、
英語を自由に操る雅子妃が、自ら「特訓」しているという。
「雅子妃『直伝』のクイーンズイングリッシュで、発音はとてもきれいです。管弦楽のお友だちなどを誘って、
5年生から英語セミナーに通いはじめ、競うようにして勉強されています。
セミナーには、電車で通われているようですね」(前出・母親)
一方でこんな危惧を抱く父兄もいる。
「仲良しグループができたのはいいことだが、それによってクラスが二分してしまった印象もあるのです。
愛子さまはお友だちを御所に招いたり、静養先の葉山でも合流するなど、親密さを深めているのですが、
小学校5年生になるとかなり大人びてくる子どももいます。あまり子どもっぽい遊びはしたくないという子もいる。
そういう子は、愛子さまとお友だちの様子を、冷ややかに見ているようです。
それに対して仲良しグループの子どもや、親は、愛子さまを守りたいという意識がますます強くなっている」
9月4日、学習院大学理学部で、初等科5年生の希望者を対象にした「理科研究体験」という催しが行われ、
約70人が参加した。理学部の教員、大学院生らが「低温の世界の不思議」などをテーマに小学生を迎え、
実験の面白さを伝えるという試みだが、この場に唯一、親同伴で来た児童がいた。
「実は愛子さまだけが、皇太子殿下と一緒にいらっしゃったんです。
ほかにご父兄は一人も来られていなかったので、驚きました」(学習院大学関係者)
愛子内親王は、皇太子の勧めに従ってチェロを始め、御所で合奏するなど「お父さん好き」。
最近はインターネットで皇太子とチャット(会話)することもあるという。
ある宮内庁関係者は、皇太子一家についてこう話す。
「12月12日に皇宮警察音楽隊創設60周年の記念演奏会が皇居内の桃華楽堂であり、
天皇・皇后両陛下、秋篠宮ご夫妻、常陸宮ご夫妻、高円宮妃久子様が出席したのですが、皇太子一家は欠席でした。
皇太子一家はこの日学習院初等科で5年生の音楽発表会があったため欠席したということですが、
娘の行事を優先したことに会見で記者団から質問が出て、小町恭士東宮大夫が弁明する場面がありました。
皇太子ご一家は、親子の結びつきがとても強いんでしょうね。
それによって周囲からどう思われるかということよりも、
娘を守りたいという気持ちがきわめて強いように思います」(宮内庁担当記者)
一方、秋篠宮家の長男・悠仁親王(6)は、かねて噂されていた通り
「お茶の水女子大学附属小学校」に進学すると発表された。皇族が学習院以外の小学校に通うのは初めてのことだ。
「発表はこのタイミングになりましたが、実際には秋篠宮夫妻は
かなり以前からお茶の水に進学させると決めていたようです。
幼稚園の3年目に進まれるときにも転園されませんでしたし、
学習院初等科の学校説明会にもどなたも来られませんでした。
実は、学習院の幹部の一人が事前に秋篠宮に連絡をとられ、
『ご説明にあがりたい』と話したことがあったそうですが、秋篠宮は、『(話が)進学のことなら会わない』と
きっぱり断ったと聞いています。ご夫妻は学習院が嫌いというよりも、
お茶の水という学校に深い信頼を寄せています。これまで3年間、悠仁親王の写真が流出したり、
情報が漏れたということが一切なかったですから。
もちろん、同級生の質の高さにも、価値を見出しておられるのでしょう」(前出・宮内庁関係者)

FRIDAY DYNAMITE (フライデーダイナマイト) 2012年1月9日号
佳子さまは小学生の時に頭に鶏を乗せられるいたずらをされたが、普通の子なら泣き出すところ、
平然としていたのはさすがに肝が座っているというか、動物に囲まれた生活をしておられるからだろう。

週刊文春2013年1月17日号
雅子さま東宮大夫会見を紛糾させたベテラン宮内記者の一言
12月最後の東宮大夫定例会見で、雅子妃の予定を巡って紛糾。
新年祝賀の儀に出席予定となっていたため。
約10分の両陛下への挨拶はできて、それ以降が未定とは?
皇后陛下がティアラを外されながらも出席されるほど重要な式。
ほぼ同じ内容の一般参賀に出られるのは
小町東宮大夫の会見で、ある記者が「お手振りには何故出てこられるのか。ガラスを隔てているからか?」と質問。
例年通り、24日は池田礼子さん宅でクリスマスパーテイー。
28日に皇居の餅つき、29日はこどもの城と表参道のイルミネーションに行った。

  • 最終更新:2019-10-31 11:47:08

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