2011年10月-12月雑誌記事

週刊文春2011年11月10日号
「皇位の安定的継承が課題」宮内庁長官が異例の発言 5年ぶりの葉山ご静養
雅子さま「ご病状」は悪化していた
悠仁さま「着袴の儀」が、ようやく11月3日に執り行われる。
「碁盤から飛び降りる『深曽木の儀』は男のお子様だけの儀式で、
そのお姿を見られるのは秋篠宮殿下以来41年ぶり。」(宮内庁関係者)
眞子さまが成年を迎えるなど、慶事が続く皇室だが、
一方でお子様方のご成長は、皇統の問題を改めて明るみに出した。
定例会見で羽毛田宮内庁長官は異例とも言える言及をした。今回の長官発言について、
「意義深いのは、皇位継承の資格や、優先順位という問題を別にして、
当面まず『女性皇族の宮家創設』への可能性を開くほかない、
という問題提起をしたことです。」(所功氏)
「ここに来て雅子さまのご体調はあまりよくないようなのです。
お付き添いも、10月28日には東宮女官に替わってもらっている。
31日にお忍びで予定されていた妹の池田礼子さんとの夕食会もキャンセル。
サウジアラビアへの弔問に向かう皇太子のお見送り、お出迎えもお出になりませんでした。」(東宮職関係者)
10月中の公務についても、文化庁芸術祭、震災関連のご進講など直前まで検討されるが、
結果キャンセル、ということが続いていた。
ご体調を崩されたきっかけは、8月初旬の被災地訪問(岩手県)でのお疲れだったという。
その後の那須ご静養でもお疲れの様子。
「妃殿下のご体調については、我々もよくわからない。もっと国民に説明すべきではないか。
すべて『体調の波』『お疲れが出た』で片付ける。」(宮内庁担当記者)
12月は愛子さま、雅子さまの誕生日と続き、国民へ向けての映像や「所感」が公表されるが、
「これらの準備は妃殿下のご負担のひとつ」(前出東宮職関係者)。
療養中の雅子さまにとっては11月は“ご多忙な月”なのだ。
11月1日からの初等科入試に合わせて、葉山でのご静養が予定されていた皇太子ご一家。
だが、前日になり、愛子さまのお風邪で、出発延期が発表された。
以前皇太子ご一家が葉山で両陛下に合流しようとされ、断られてしまった“不幸な事件”があった。
「それ以来、ご一家は葉山では静養されていない。」(前出宮内庁担当記者)
皇太子ご一家が5年ぶりに、今回葉山を静養先に選んだ理由は、
この時期、御料牧場へ行かれることが多いのですが、
震災による損壊があり、宿泊できないためでしょう。」(前出宮内庁記者)

週刊ポスト2011年11月11日号
天皇陛下は昭和天皇以上に祭祀に熱心で、ここでも両陛下と皇太子ご夫妻との温度差が強く感じられる。
愛子さまの行事には参加するのに宮中祭祀に参加しないのはおかしいという声が掌典職を中心に上がっている。
それを「雅子さまバッシング」の材料にしようとする輩もいただけないが、雅子さまの現状を利用して
自分たちの「皇室像」を実現しようとする勢力が少なからずあることも見逃してはならない。
小泉元首相のもとでの動き。それぞれが個別に動いたものとばかりは言えないだろう。
昭和帝は「天皇の地位」まで持ち出して祭祀簡略化に抵抗。陛下も同じ敵と戦っている。
2月11日の祭祀は2年続けて行われなかった。
入江氏、小泉元首相や"改革派"が同じ「皇室像」を描いているか、
究極的な目的も判然としないが昭和天皇、今上陛下と支持者達はそれと対決してきた。
10月25日、全国から(新嘗祭に供えられる)新穀が献納。宮城・岩手・福島からも例年通り。
献穀された名称を短冊に書きながら陛下を待つのは美智子様が独自に始めた習慣。
雅子妃が祭祀にどう取り組むかは今後の宮中祭祀のあり方、
皇室のあり方を占う分水嶺になるかも。(宮内庁関係者)
いわゆる「雅子妃問題」とは、実は皇室のあり方を守るのか、
変えるのかという国民的大命題の一断面なのである。

女性自身2011年11月22日号
11月3日夜に秋篠宮邸で開催された悠仁さまの内宴には皇后さまと川嶋ご夫妻が出席。
天皇陛下はお風邪のため欠席。
愛子さまは入院していたが、この日皇太子ご一家は葉山御用邸で静養の予定だった。
つまり当初から悠仁さまのお祝いの席には皇太子ご一家は出席する予定がなかった。
5年前の愛子さまの内宴には秋篠宮ご一家が出席されたのだが…。
美智子さまは山中湖同伴騒動の一件も「国民に理解してもらえるだろうか」と心配した(松崎敏弥氏)

週刊女性2011年12月6日号
雅子さま付き添い優先で「おひとり天皇」の孤独
11月18日の11時過ぎ、ブータンの両陛下は福島県相馬市に向けて迎賓館を出発。
療養中の雅子さまは一連の行事を欠席。
元外交官だった雅子さまは皇室外交ができないことに複雑な思いだったのでは。
しかしそれから90分後の12時半頃、雅子さまを乗せたワゴン車が迎賓館隣の学習院初等科へ到着。
この日の愛子さまは朝、車に乗ってのひとり登校だったが雅子さま合流。
皇后陛下は毎日8時18時に天皇陛下と食事を取られるために東大病院へ。
愛子さま入院中は15階の洋食店にパスタやケーキの注文が度々あった。
陛下は注文したことがない。

文藝春秋2012年1月号
雅子「皇后」は公務に耐えられるのか 友納尚子
校外学習同伴は学習院の同意の下。小町東宮大夫も東宮職トップでありながら
「正常な状態とは思っていない」と述べたことで雅子妃は落胆。
数ヶ月ぶりに医師の大野氏に電話を掛け、悲しみを訴えた。
皇后陛下誕生日の祝宴を20分早く退席したが、プライベートな食事会ではこれまでにもあった。
天皇陛下のお見舞いに雅子妃だけ行かなかったことについて、千代田側は批判するが、
風邪を引いている状態で見舞いに行き陛下にうつしでもしたら大変だと考えられないのだろうか。

週刊新潮 2011年12月29日号
宮内庁LAN(関係職員限定)の皇族方のスケジュール表で、天皇誕生日の祝賀行事には
雅子妃の「欠席」「未定」等早々に”不穏”な字句が並び、宮内庁職員「ああやはり」
10月の皇后陛下のお誕生日の昼食会は「未定」としつつ当日「キャンセル」

週刊文春2012年1月12日号
皇室担当記者が一切報じない雅子さまと美智子皇后「途絶1年9カ月」の葛藤
3.11後の皇太子ご夫妻の慰問は愛子さま付き添いスケジュールを配慮して決められた。
愛子さまの管弦楽部の朝連のため皇太子さまがお付き添い。
千代田側は東宮の情報は届かず週刊誌で知るできごとも (校外学習の件など)
クリスマスイブの夜は皇太子ご一家は池田礼子さん宅で夕方から5時間以上滞在。

  • 最終更新:2019-10-30 14:27:03

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