2011年1月-3月雑誌記事

AERA2011年1月3日-1月11日合併特大号
雅子さま「治らぬ病の深層」
2009年は両陛下ご即位20年、ご成婚50年の大きな節目の行事があり
雅子さまも体調不良をおして参加しなければならなかった。
2010年はそのくびきから離れ「雅子さま飛躍の年」になるはずだった。
1月の阪神淡路大震災追悼式典出席で雅子さまは涙を流し、20分と短いながらも濃密な時間を遺族と過ごした。
だが3月に愛子さまの登校問題が発生し、公務復帰とならなかった。
なぜ雅子さまは回復に時間が掛かっているのか。
「適応障害」という病名から雅子さまが皇室という環境に適応できていないかのように読めるがそうではない。
米国精神医学会の定義は「強いストレス体験のため、不安や恐怖を感じたり、うつ的になったりしている状態」。
ストレスとは「トラウマ」のこと。雅子さまの受けたトラウマとは何か。
関係者の話から公的な場で大変ショックを受ける体験があった、と推測される。
長年子どもに恵まれなかったことで受けた対応も関係しているかもしれない。
男児ではなく女児が誕生したことに対する周囲の「反応」にも強いショックを受けた。
適応障害の一番の治療法は「ストレス因子を除くこと」。
なかなか治らない雅子さまは因子が取り除かれていないのでは。
お妃候補時代から追いかけ回されたマスコミも因子の一つ。入内後は宮内記者会との軋轢に苦しむ。
特に愛子さま誕生直後の最初の会見では、体調や精神状態が悪い中でやっと出席したのに、
なぜもっと早く会見できなかったのか、としつこく質問され
親しい人に「涙が出るほどつらかった」と語った。

テーミス2011年1月号
愛子さまの付き添い登校はできても公務はできない。
3月に愛子さまの通学問題が生じて以来、病気療養中の雅子さまのご体調の矛盾が大きくなっている。
愛子さまのためなら、他人の視線も気にならないご様子だ。
12月7日 かまぼこ館へ。
12月9日 東宮職は雅子さまの47歳のお誕生日に際し、
1年間の「ご感想」と、医師の病状報告、「東宮職医師団の見解」を公表した。
回目の公表となる「見解」は、引き続き着実にご快復されているが、
心身の状態の波は続いているという木で鼻をくくったようなものだった。
しかし、ご体調の矛盾については、公的な色彩のあるものを含めて、
限られたものにならざるを得ない状況であると断言した。
それでも雅子さまの心身の状態の波には不思議な傾向があるのも事実だ。
この1年間、公務に出席したのは16回(12月13日現在)に留まるが、
実家の小和田家に縁が深い国連の要人には接見されている。
雅子さまは5月にもユニセフのアンソニー・レーク事務局長とお会いになった。

週刊朝日2011年1月21日号
皇太子妃雅子さまを“隠密行動“にしてしまう宮内庁東宮職の愚
愛子さまの「通学問題」は未解決のまま年を越した。
問題の長期化とともに表面化したのは宮内庁東宮職の対応のまずさ。
たとえば、昨年女性セブンに掲載された「かまぼこ事件」記事への対応。
東宮職は、付き添いは一週間前に決まっていたと主張、抗議。
「問題は親が見学に付き添い、愛子さまが特別扱いされたこと、
雅子様に子離れを進言できない環境が東宮御所にあり、問題を長引かせ加熱報道の一因に」学習院初等科関係者
宮内庁は皇族の私的外出をオープンにしていないが、取材は過熱している。
「宮内庁記者クラブでは東宮大夫が週一会見で、皇太子一家の活動を発表。
記者クラブに入ってないメディアは独自に情報をつかみ、激しい取材合戦に」皇室担当記者
とくに雅子さまは公務出席がごく稀で、私的外出が取材対象になりやすい。
東宮職がそれを公表しないため、東宮ご一家が“隠密行動“をしているように報じられかねない
実際、12月22日の皇太子さまと愛子さまの行動がネット上で批判を浴びた。
「お二人はバレエ「くるみ割り人形」を鑑賞。この日は終業式で、愛子さまは雅子さまと登校、
ホームルームだけ出席のせいか、東宮職は極秘にしたかったのだろうが、
ネットにお二人の“隠密行動“の目撃情報が。
夫妻への批判的書き込みも相次いだ」別の皇室担当記者
東宮職が根本的解決に乗り出さない限り、東宮一家と国民の距離は広がる一方だろう。

テーミス2011年2月号
「陛下は皇太子ご一家の現状に非常にご心痛だと思う。
06年のお誕生日会見で陛下は、『愛子とあまり会う機会がない』と発言された。
以来、両陛下と皇太子ご一家の関係は不安定な印象があった。
きっと愛子さまは陛下とあまり打ち解けておらず、
お会いになってもほとんどお話をされないのではないか」(皇室ジャーナリスト・松崎氏)
一方、陛下は秋篠宮家3人のお孫さんとのエピソードについては具体的に語られ、
新年に際して悠仁さまをテーマに御製も詠まれた。
ある皇室関係者
「陛下はただ単に『もっと愛子と交流したい』といっているわけではない。
皇族としての自覚や振る舞い方は、年に数回、それも公式行事のようなときだけ会うのでは身につかない。
通学問題がもう1年になろうとしている中で、
陛下には皇太子ご夫妻に対して腹に据えかねるような感情があっても不思議ではないだろう」

週刊新潮2011年2月24日号
冠動脈硬化 「天皇陛下」が口にされないご心痛
このたびの検査で、心臓のまわりの冠動脈に動脈硬化が見つかった天皇陛下。
天皇陛下はご自身の公務について、格別の思い入れがおありになる。
強い決意と信念で公務をお続けになっている。そのため、これまで何度かご体調の不良があったが、
陛下ご自身が公務数を減らすお気持ちはさらさらなかった。
今回のご病状、および検査の発表に至るまでには、ある経緯があった。
「実は発表に先立ち、御所の職員は両陛下に、発表内容の確認をお願いしたそうです。元より陛下は、
昭和天皇が崩御されたときのような情報統制はしたくない、というお考えです。今回も職員が詳しい病名や
経緯を伏せた点を指摘され、ディテールまで明らかにするよう指示されたとか。」(皇室ジャーナリスト)
「医師団は陛下のご病状を考慮し、もしものときに東京で緊急治療にあたれる体制を維持するため、
できるかぎり遠出をしないように求めています。ウィリアム王子の結婚式は皇太子ご夫妻にご出席いただこう、
という背景にも、同様の事情があると聞いています。」(宮内庁関係者)
「陛下は公務でのお言葉ひとつとっても、資料を読み込み、ご自身で最終チェックまでなさる。祭祀についても、
昨年の新嘗祭など、深夜は神職が代拝しているというのに、午前1時すぎまでご自身も臨まれた。
お身体への負担が大きかろうと、そうなさるのがいわば“生きがい”なのです。」(宮内庁担当記者)
しかし、心臓を病まれた陛下のご心痛のタネは、ほかにもないわけではない。
陛下の心臓の異変が初めて明かされた2月9日、両陛下がウズベキスタン大統領夫妻を招いた
午餐に参加されているころ、「雅子さまは愛子さまにつきっきりでした。」(東宮一家ウォッチャー)
「しかし、下校時に友達と一緒に初等科の校舎から出て来られた愛子さまは、雅子さまから
だいぶ離れての徒歩での下校で、その様子からは、不登校の問題はないように見えました。
公務より愛子さまへの付き添いが優先なのは、あくまでも雅子さまご自身の問題ではないでしょうか。」(同)
「両殿下がウィリアム王子の結婚式に参列されることに、両陛下は賛成されています。
しかし、イギリスからご帰国後、雅子妃殿下がまた療養生活に戻られるようでは非難される。
天皇陛下はそのことを非常に心配されていると思うのです。」(元宮内庁職員 山下晋司氏)
検査入院から退院されるや否や、すぐに公務をこなされた天皇陛下。
「早い退院と公務への復帰は、皇太子殿下に対する意思表示かもしれません。」(松崎敏弥氏)
「雅子さまの方ばかり向いておられる殿下に向けた、早く目を覚まして自分の立場を認識してほしい、
というメッセージではないでしょうか。殿下は1日も早く陛下のお気持ちに気づかなければなりません。」(同)
「将来の皇室がどうあるべきか、という重要な問題について、皇太子は天皇陛下と話し合われることもない。
雅子さまのご病気に触れられたくないからだと思いますが、
そんな状況ではますます陛下の心臓に負担がかかります。
陛下は公務に向かうことで、足下の東宮問題から気分を紛らわせておられるのではないか。」(橋本明氏)
ちなみに、秋篠宮家は両陛下と密に交流し、「2月2日から7日まで両陛下が葉山でご静養されたときも、
4日に紀子さまと悠仁さま、5日には秋篠宮殿下が合流され、
6日まで一緒に過ごされました。」(皇室ジャーナリスト)
「黒田清子さんもよく皇居を訪れ、両陛下と一緒に時間を過ごされています。
一方、東宮ご一家だけは去年の誕生日の会見で天皇陛下が話されたように、
なかなかお会いになられていないのです。」(同)
皇后陛下は時間が許す限り、連日陛下に同行し、付き添うようにされていた。

週刊文春2011年2月24日号
実は、一切報道されていないが、雅子さまは以前から(ご養蚕に)高い関心を持たれ、
すでに複数回、ご養蚕を受け継がれる準備をされているという。

女性自身2011年3月8日号
2月18日。学習院初等科では2年生と3年生による『小さな小さな音楽会』が開催された。
皇太子も初等科を訪問。平日の昼間ということもあり、父親たちの参加は少数だったという。
皇太子さまの“パパ奮闘ぶり”は二人でのお出かけばかりではない。
「昨年9月ごろから皇太子さまは知人たちに相談されています。“愛子にテニスを始めさせようかと
思っています。いい先生はいらっしゃいませんか?”とおっしゃっていたそうです。
しかし残念ながら、半年ほどたったいまでもコーチは決まらないそうです。
声をかけられた人たちの辞退が続いていると聞きました」(皇室ジャーナリスト・松崎氏)
皇太子のテニス仲間は、両陛下と共通の知人も多い。
なかには“まず両陛下のご了承を得てください”という人もいたという。
昨年12月の天皇陛下の誕生日会見のお言葉で、
天皇陛下と皇太子さまの“溝”を感じた宮内庁担当記者も多かったという。
ある宮内庁関係者も嘆息。
「古参の宮内庁職員のなかには、『あの素晴らしかった皇太子さまが
最近はいったいどうなさったのだろう』とはっきり口にするものもいます。

週刊現代2011年3月12号
異色レポート/父兄が明かす
愛子さまと学習院初等科3年生南組の春
2月18日(金)、学習院初等科では、2年生と3年生による音楽会が行われた。
音楽会のテーマは「みつけよう大切なもの」。クラスごとの合唱と、縦笛を使った合奏も行われ、
愛子さまも大きく口をあけて歌っていた。
皇太子夫妻はビデオカメラを手に熱心に愛子さまが歌う姿を撮影。
ところが、この音楽会の最中に異変が。
愛子さまがいる3年南組に、10名近いインフルエンザによる欠席者が出た。
結局3年南組は、音楽会の日の午後から21日まで学級閉鎖となった。
「最近の愛子さまは以前よりも活発になり、積極的に勉強や運動に取り組んでいます。
とにかく運動が得意で、ドッヂボールなどのスポーツが好きだそうです。手足もすらりと伸びて
同級生のなかでもかなり背の高い方ですからね。それから、書道や音楽がお好きなようです。
親しい友人と話したり笑いながら、休憩時間を過ごしているそうです。依然として
雅子さまが付き添われての“時短登校”は続いていますが、最後の授業(6時限目)まで
学校にいらっしゃる日も増えていますね」(学習院に子どもを通わせる父兄)
愛子さまが登校拒否に陥った騒動からちょうど1年が経った。
先日の皇太子の誕生日の記者会見を聞いた宮内担当記者の感想。
「1年経ってもまだ、『怖い思い』とか『つらい体験』という厳しい言葉を使わざるを得なかったところに、
皇太子一家の苦衷を感じる。1年生、2年生のあいだに経験したことが、
愛子さまの心にはまだ重いものとして残っているのだろう」。
愛子さまはようやく、穏やかな日常を取り戻しつつあるように見えるが、実際にはどうなのか。
「確かに1年生から2年生にかけて、4~5人問題がある児童がいたようです。東園理事の言うように、
授業中に歩き回って、先生に怒らるとそのまま教室を出ていってしまったり、体育の時間に
じっとしていることができず、他の子を叩いたり、通学の途中、別の児童の帽子を放り投げたりという
行動があったと聞きました。しかし、最近はそういった行動もおさまり、
学年も落ち着きを取り戻しています」(学習院初等科OB)
一時は学習院初等科内で「数人の問題男子児童がいる」などの噂が流れたが、なかでも
もっとも乱暴と思われている一人は、放課後のボール遊びを得意とする活発な男子児童で、
愛子さま以外の女子児童を小突いたりすることもあった。
問題行動がもっとも顕在化していた2年生の夏休み前には緊急父母会が開かれ、児童一人が
退学を申し出るという一幕があった。しかし、この児童の退学理由はいまだに明らかにされないまま。
噂になった男子児童以外にも、乱暴と思われる児童はいた。東園理事は会見で、
「突然廊下をもの凄いスピードで走ってくる二人の男の子がいて、愛子内親王が恐怖を感じた」
と話していて、愛子さまが「登校拒否」に陥ったのは、3月初めのこの廊下事件が直接のきっかけだったという。
事態を憂慮した、雅子さまは「付き添い登校」を始め、愛子さまが出席しているときは、
教室の後ろのスペースで子ども用の椅子に座り、授業を見守ることを続けている。
「学校側でも、これまで以上にきめ細やかな指導を徹底していくつもり。愛子さまが
校庭で遊ぶようなときは、主管や副主管、副院長などが望遠鏡で注視している。
望遠鏡は愛子さまだけを見ているわけではなく、腕白なこどもの行動にも注意していて、
何かあったらすぐに対応できるようにする目的で使っている。以前のように、
教室に鍵をかけたりということはしていない」(学習院初等科関係者)
こうした手厚い態勢によって、愛子さまは徐々に勉強に集中できるようになってきている。
「授業中の愛子さまは、挙手をすることはあまりない。主管が愛子さまを呼ぶときは、
敬宮さまと言って指名するが、答えられないことはほとんどない。ただ、声は小さいですね。
時々、教室の後ろにいる雅子さまを見やるときがあるが、そういう時雅子さまはにっこり笑い、うなずいている。
先生の質問に答えなさいと、促しているのでしょう」(別の学習院父兄)
「書き取りの授業では、愛子さまの文字の丁寧さ、まとまりがクラスでもっとも美しいと
評価されたことがある。その時愛子さまはクラスメイトから拍手されて、かすかに笑みを
浮かべたそうです。学業は優秀で、字も上手ですし、習字が得意のようです。最初は
『愛子さん』と呼ばれていたが、最近は親しいクラスメイトから、敬宮さまとか、
トッシーと言われることもあるようですね。食事は相変わらずクラスメイトとは別行動で、
雅子妃とともに教室でお弁当を食べていますが、月に一度の『お弁当の日』は、
友達と一緒にお弁当を広げられる」(前出・別の学習院父兄)
皇太子一家は、昨年夏の那須での静養の際、数人の親しい同級生を御用邸に招いている。
「学習院幼稚園時代からのお友達のほかに、
初等科に上がってから親しくなったご友人も招いたそうです」(前出・宮内担当記者)
こうした友人たちについて、前出の学習院OBはこう違和感を語る。
「愛子さまが初等科に進学されてすぐの頃、お迎えの時などに雅子さまに
積極的に話しかけている父兄がいた。ほかの方はあまりそういうことはしないのですが…。
結局、いまも雅子さまと親しくしているのは、そういう積極的な方達ですね。
愛子さまも、比較的よく話しかけてくるお友達と仲良くされているそうです。
3年生のご父兄に聞くと、多くの同級生の方が一度は御所に招かれて御所内で遊んだりしているそうですが、
なかにはまだ一度も招かれていないという子もいるようです」
旧華族などの出身者は、愛子さまや雅子さまに積極的に近づくのをむしろ抑制する傾向にあるという。
また、自らも学習院を卒業したという父兄は、学習院が変質した、と嘆く。
「最近は生活費を切り詰めても子どもをお受験塾にやり、名門小で学ばせたいという親御さんもおり、
そういう方にとって、学習院の教育が物足りない思うことがあるようなんです。
『もっと丁寧に勉強を教えて欲しい』と要望する親が増えていると聞きます。」
「愛子さまと同じ学年ではないが、何人か初等科在学途中で公立や別の私立小に転校された
例も耳にしている。学習院に通う子どもたちの父兄も、時代と共にかなり変わってきている
のではないだろうか」(ジャーナリスト・渡辺みどり氏)
かつて院長を務めた乃木希典が「質実剛健」を唱えた学習院がいま、大きな岐路に立たされていることは間違いないようだ。

女性セブン2011年3月24日号
愛子さま/給食時間、今日も別室で雅子さまとお弁当/もうひとつのいじめ事件
春休みには、毎年恒例となっている長野県へのスキー旅行へ一家で出かけられる予定。
「昨年、愛子さまはパラレルに挑戦されました。傾斜のきつい斜面も滑れるようになって、
スキーへの自信を深められました。
そのため、スキー旅行がいまかいまかと待ち遠しい様子だそうです」(宮内庁関係者)
3学期になると、これまでより1時間早い、2時間目から登校され、
さらに6時間目の最後の授業まで学校にいられることが多くなられた。
しかし、学習院関係者や宮内庁関係者によれば、まだ二つの懸念事項があるという。
まず一つ目は、1時間目の授業に出席されていないこと。
もう一つが児童全員が集まる食堂での給食にいまだに愛子さまが顔を出せずにいることだという。
実はこの背景にはこれまで明かされなかったもうひとつのいじめ事件があるという。
愛子さまへの“いじめ問題”が浮上する直前の昨年2月のこと。
学習院初等科では、お腹にくる風邪が流行していたという。
愛子さまも何度か体調を崩され、主管に「お腹が痛い」と訴えられたこともあったという。
そんな中、愛子さまがお友達と食堂で給食を召し上がっているときだった。
仲良しのお友達が風邪の影響で、愛子さまの目の前で給食を嘔吐。
「すると一部の男子児童が“うわっ!きたない!”などと声を上げる騒ぎとなって、
その女の子は顔面蒼白になって泣き出してしまったそうです。
その事態をご覧になっていた愛子さまも、もう呆然とされて言葉も失われ、
ショックをかくせないご様子だったといいます」(別の学習院関係者)
更に前出の学習院関係者は、「このとき、愛子さまも同じような症状の風邪をひかれていましたから、
“もしかしたら自分が同じようなことになっていたかも”と思われ、恐怖を感じ、
トラウマとなってしまい、それが今も消えないのではないでしょうか」

週刊女性2011年3月29日
前日3/10、この日で学習院の通常授業は修了。1:40、女児3人が門前に。
すぐに愛子さまが雅子さまと出てきてそのまま約300メートル離れた東宮御所へ。
「今日は敬(とし)ちゃんちで遊ぼー」となったのかも。
学習院では下校途中に友達宅へ寄り道して遊ぶことは厳禁なのだが、と苦笑する前出・学習院関係者。
お稽古事なども事前に場所や時間などお届けをしている。ただし、とフォローして
「お友達は東宮御所で愛子さまと一緒に何か習い事をしているのかも。それなら学習院も許可するだろう」

  • 最終更新:2019-10-30 13:44:09

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