2010年5月-9月雑誌記事

週刊現代2010年6月5日
雅子さまが小和田家の意見を優先させているように思えることも皇太子を悩ませている。
5月12日のユニセフ事務局長との接見。これには後日談もあった。
野村一成・東宮大夫が14日の記者会見で、「妃殿下はユニセフに非常に関心が深いと拝察しました」と口を滑らせたのだ。
「雅子妃の母・小和田優美子さんは、日本ユニセフ協会の評議員に名前を連ねているんです。
そのため、雅子妃がユニセフ活動に関心があるのは、小和田家の影響力ではないか、と捉えられてしまう。
聞きようにおっては他の公務には出ないがユニセフにだけ熱心な雅子妃に対する皮肉ともとらえられかねない」(宮内庁担当記者)
雅子さまの病状は回復の兆しを見せず、雅子さまが唯一信頼する大野氏を通さないとどんなことでも話が進まない。
彼をラスプーチンと呼ぶ者も。(宮内庁関係者)

週刊文春2010年6月3日号
御料牧場静養:天皇陛下の時は数日前に告知される。
皇太子ご一家の場合は2~3時間前に警官が教えに来るだけ。夕方や夜に来ることもある。車のスピードが速い(付近の住民)
写生、秩父校外学習は欠席したが、説明会には東宮侍従が参加。しかし前日に愛子さま欠席決定。
一方、家庭では元気で、那須や貸切スケートへ。家庭では元気そうなだけに、学校での異常事態が際立つ。
騒動から3ヵ月。発端となった事件そのものにも謎が残る。
学習院の対応に、東宮側はいまだに不信感を持っている。波多野院長がいじめを否定しているため。

女性自身2010年6月29日
■雅子さま・ご成婚17周年お祝い夕食会<ドタキャン>の断腸! ※
皇太子夫妻は(愛子さまの問題があるので)2週間ぐらい前から6/9の夕食会を11日にずらすことを検討していた。
もともと秋篠宮殿下は地方公務のため欠席。悠仁さま風邪のため紀子さまも「出席が難しくなってしまったそうです」
11日未明、亀井大臣が辞任、後任の自見大臣認証式が11日夕方から予定のため、皇太子夫妻は中止を決めた。

女性自身」(平成22年6月29日号)の記事について
平成22年6月17日
1.「女性自身」(平成22年6月29日号)の
「雅子さま消えた夕食会 ご成婚17周年のお祝いドタキャンの断腸」は,
皇太子同妃両殿下が6月11日に予定されていたご成婚17周年をお祝いする夕食会を中止された旨報じております。
本来この種の内輪の御夕餐については,そのご予定も含め対外的に明らかにしておりませんが,
同記事には,全く事実に反する記述が見られますので,次の通り事実関係を明らかに致します。
同記事では,この夕食会が中止となった理由として,天皇陛下の御公務やご健康状態や,悠仁親王殿下の御体調が挙げられておりますが,
今回の御夕餐は,皇太子妃殿下の御体調により,止むを得ず延期になった次第です。
2.宮内庁東宮職においては,「女性自身」編集部に対して,事実関係の誤りを指摘し,抗議しました。

週刊女性2010年6月29日
愛子さま学校ではわりと元気そうで、男子児童ともお話している。
雅子さまは疲れているようで、愛子さまと帰宅してくるとすぐに自室に戻り休んでいる。
7日の皇太子一家と池田礼子さん一家の「大哺乳類展見物」午後4時過ぎから午後7時まで。

週刊朝日2010年7月9日号
秋篠宮ご夫妻ご成婚20年 今だから話せる「婚約スクープ秘話」
元職員宿舎で始まった、おふたりの新婚時代 
礼宮さまに恋人がいるようだ、との情報を朝日がつかんだのは昭和60年暮れ。
平成元年にはお二人の交際は広く知られるようになった。
昭和天皇の崩御や礼宮の留学、紀子様は大学院在中などで、また兄の皇太子より先のご結婚はないと思われていた
8月に礼宮の帰国、25日に川嶋家のご両親が御所に来るとの情報が。
記者が川嶋家を訪ねたり、会議や朝日上層部へ報告などして「婚約固まる」の記事発表。
宮内庁も「両陛下より手続きに入るようご指示あり」と認める。
それから20年、おふたりは温かい家庭を築かれた。
眞子さまは「見るものすべてが新鮮」と大学生活を楽しまれ、佳子様はスケートに熱心に取り組まれている。
悠仁さまは可愛い盛りで好奇心旺盛。
ご夫妻の道程は平坦ではなかった。
新婚生活は乳人官舎として建てられた木造平屋。100平米ほど。直前に新築した高円宮邸は690平米。
秋篠宮家の皇族費は5人で年間5500万、宮家の職員は東宮職の5分の1なので侍女などを私的に雇用。
人件費、生活費・教育費、交際費等を賄うのは大変。
お子様も増え、みかねた宮内庁が宮邸増築を打診、秋篠宮さまは「やめておきましょう」と断る。
ご夫妻は多忙な公務でも出会いをおろそかにせず、霞ヶ関の人事にも詳しい。
「兄夫妻に対しても控えめで、将来仲たがいにつながるようなことはならないよう、というお気持ちのようだ」(ご夫妻をよく知る人物)
悠仁さまのご誕生も、野心があるかのように言う人もいてお気の毒で仕方ない。
陛下の昨年の即位20年会見「将来の皇室の在り方については、皇太子と秋篠宮の考えを尊重」で秋篠宮の名を挙げられたことに期待の大きさがうかがえる
岩井克己朝日新聞編集委員
(構成・永井貴子)

女性自身2010年7月20日号
6/22、能楽師の関根祥人氏が急性大動脈瘤乖離のため急逝。
関根氏は学習院幼稚園時代の遊びのグループ「ロケット団」のリーダーで皇太子さまは他の6~7人の仲間とよく一緒に遊んだ。
93年9月、東宮仮御所で皇太子ご夫妻成婚を祝う会が開かれたとき、関根氏を含む4人の能楽師は舞を舞う。
大学時代の皇太子さまが将来の自分の立場などについて悩んでいたとき皇后様は
「関根さん、金井さん達を見なさい。伝統に悩んでいても勉強と両立させているでしょう」と話され、皇太子さまは「ああ、そうだね」というように答えた。
皇室とは全く重みが違うがそのような気遣いに感激した。(金井氏)

週刊女性2010年7月27日号
両陛下「週休0日」激務への信念
国事行為を始めとする天皇陛下の公務の過密ぶりを振り返る。
上半期181日間で公務日数は天皇陛下140日・皇后陛下123日
皇太子さま91日・雅子さま19日
天皇陛下の激務が目を引く。
編集部が宮内庁に問い合わせたところ
「両陛下は公務を大切に思っていらっしゃるので回数を減らすのではなく、方法や内容を変更している」
として祭祀の軽減や大会での挨拶無しなどを挙げて理解を求める。
土日は原則休みだが、各資料に目を通されるためお忙しい。
3,40人程度の茶会では全員とお話になるべきと考えておられるため、会場では漏れがないか侍従が常に注意を払っている。
例えば先週皇后陛下が出席された吉永小百合のコンサート出席などのような公的行為を、国事行為と同程度に扱うことに疑問を呈する声もあるが
「天皇陛下の歴史的役割を振り返れば、国と国民のために祈ってきた。国民を知るために公的行為は必要である」

週刊女性2010年8月24日号
8/4から須崎御用邸で皇太子ご一家は静養予定。御用邸は少し老朽化していたため最近改装したらしい。
設備が古く暗い感じがするので適応障害の雅子さまのため。
葉山も海が近いが一般人が入れるため、プライベートビーチのある須崎に。
愛子さまがプールに入れなかったのは乱暴児童と遭遇するかも、のほかに水泳が上手ではないという事情もあるようだ。
初等科では6年生になると2キロの遠泳の伝統がある。愛子さまは3才の頃こどもの城では水遊びをしたが、上達していない。

週刊文春2010年8月12日・19日号
■雅子さまはネットをご活用?
雅子妃がママ仲間と学習院のラウンジでお茶をしていたのをたまたま目撃した父兄が語る。
「愛子さまの持ち物に刺繍をしてあげたいという雅子さまに、一人が動物の図案集をみせたところ、
雅子さまが『あら、これいいわね』。友達が『お貸ししますよ』と言ったところ…」
雅子妃は書名をメモしながら「いえ、アマゾンで注文いたします」
携帯電話はお持ちなのか?
「お持ちではないと思います。メールはされるが、
贈り物の礼状や夏祭りの案内などにはよくファックスをお使いになるそうです。」(宮内庁関係者)
■雅子さまの病状は?
7月二十日、雅子妃はバングラデシュのノーベル平和賞受賞者ムハマド・ユヌス博士と接見。
「当初は皇太子だけの予定だったが、直前に同席することに。現地の新聞は同博士が妃殿下の父、
小和田恒(77)の友人だったから会えたと報じたそうです」(皇室担当記者)

週刊文春2010年8月12日19日号
今だから語れる時代の主役51人 私は見た!
新婚の雅子さま
横断幕で迎えた宮内庁職員
あの頃は本当に素晴らしい浩宮様で、“私たちの殿下”だった。
だから六月九日の日はみんなでお迎えしようと盛り上がっていた」(宮内庁職員)
そして迎えたご成婚当日―
『御用地の中で、横断幕でお迎えしたら喜んでもらえるんはないか』と、上司の了解を得てやったみたいです」(宮内庁関係者)
その横断幕には〈皇太子殿下、雅子妃殿下、おめでとうございます〉と書かれていた。
皇太子夫妻は横断幕を目にされて満面の笑みで職員達に手を振られ、そのまま仮御所のほうへ向かった。
「いま振り返ると、あの頃は良かった。最近の皇太子ご夫妻のことは、私たちにも分からないんです」
宮内庁関係者は、最後に一言「残念です」とつぶやいた。

女性セブン2010年8月6日号
美智子さま「夕食のお誘い」に東宮家から音沙汰なし4か月-側近が吐露
皇后陛下は愛子さまの不登校を心配しておられるが、経過や事情をほとんどご存じない。
雅子さまから相談されることがない。夕食を共にしたのも3/18が最後。
この時両陛下からの、いつでも相談に乗りますから、との言葉に皇太子ご夫妻は笑顔で頷いたが。
皇后陛下が東宮職に夕食会の打診をしたが返事がない。音沙汰がない。
6/11の皇太子ご夫妻結婚記念夕食会が雅子さまの体調を理由に取りやめになったが、その理由が公表されたのは異例のこと。
6/29の秋篠宮両殿下のご成婚20年記念食事会は皇太子ご夫妻に遠慮して取りやめに。
節目ということで、両陛下と食卓を囲んでお祝いされたい気持ちはお持ちだったと思うが。
皇太子さまが愛子さまを連れて参内すればよいと思うがお見えにならないのです(側近)
両陛下が那須ご静養中、悠仁親王が合流されたが、一回り成長された姿にまなじりを下げっぱなしで相好を崩される。
両陛下と皇太子ご一家が共に夏休みを過ごす予定はない。

文藝春秋2010年9月号
勝つ日本40の決断
■紀子さまご懐妊、美智子さまがもらされた感懐
岩井克己氏
皇室に次々代の「世継ぎ」が一人もいない。にもかかわらず、皇太子夫妻に第二子誕生の気配はない。
05年、天皇陛下の心労はピークに。
前年(04年)には皇太子の「人格否定発言」があり、長期療養に入った雅子さまにこれ以上期待できない。
前立腺がんなどの体調不良を抱えた陛下の「皇統断絶」への不安と苦悩は端で見ていられないほどだった。
「愛子さまに継承権を」と皇室典範の根本改正に挑んだ小泉内閣。
宮内庁の官僚や官邸にも「安定政権のこの機を逃しては」との焦りがあった。
「皇室典範に関する有識者会議」はわずか十か月の審議で最終報告に達した。
しかし古来から、皇位は男系の皇族以外は継げないというのが
いかなる権力者といえども侵せない天皇の正当性の根源と信じられてきた。
反対の火の手はみるみる燃え広がり、小泉チルドレン含む二百人近い国会議員が反対・慎重論に回った。
筆者(岩井氏)は、最終報告発表の会見に立った吉川弘之座長の足ががくがく震えているのに気づき同情を禁じ得無かった。
女系容認も「皇統断絶の先取り」となるというジレンマの中であらゆる関係者が七転八倒して悩み苦しみ、険悪な争いになりつつあった。
皇室が国家分裂の因を作る構図に天皇の苦悩は倍化されつつあるようにみえた。
06年2月7日。あと数日で改正法案上程が決まるという瀬戸際で、突然、白いコウノトリが舞い降りた―「秋篠宮妃が懐妊」
改正の機運は一気にしぼみ、秋篠宮ご夫妻の「決断」に多くの関係者が救われた思い。
皇后さまは、「あの二人なりに心配し、苦しみ悩んだ末に自分達に何が出来るか考えたのではないでしょうか」との感慨をもらした。
2000年暮れ、ある側近は皇后さまに「秋篠宮家に男児でも…」と申し上げたら、
皇后さまは「紀子ちゃんがどんなに苦しむか…佳子ちゃん懐妊の時に遠慮もなく、と言われて、
どんなに苦しんだか…」と嘆息しておられた。皇室内でもそんな声があったようだ。
雑誌等でも「紀子様の妊娠は雅子様へのプレッシャー」など、秋篠宮両殿下の「人格否定」に等しい記事が散見された。
恐らく秋篠宮ご夫妻はずっと「遠慮」され続けていた。
しかし、皇太子夫妻にはまわりがいくら心配を募らせても一向に男児を運ぶコウノトリが舞い降りる気配は無し。
01年、皇室の産婦人科担当医を四十年務めた坂元正一御用掛が退任。
同年二月、お別れの挨拶で御所にて両陛下と長時間語り合った際、
別れ際に、「紀子様もそろそろ(限界が)来られている、お考えになった方がよい」との言葉に両陛下は深く頷かれた。
同年十二月一日愛子さま誕生。しかし女子だった。皇位継承の危機は依然打開されず。
それまで第三子について否定的に答えていた秋篠宮さまだが、愛子さま誕生の翌年(02年)の誕生日会見から答えが変わった。
「確かに子供たちが妹なり弟なりいて、何か世話をしてあげたいという気持ちがあるような印象があります」
紀子さまのほうを見てにこやかに「どうですか?」
この直後の同年十二月、秋篠宮さまのこの発言について記者団から問われた湯浅宮内庁長官は
「皇室の繁栄を考えると、三人目を強く希望したい」と述べた。
湯浅宮内庁長官の発言は両陛下、秋篠宮ご夫妻の気持ちをくんだものと見るべき。
この後、紀子さまは愛育病院に度々健診や体調の相談に通うように。
皇統の危機、国論分裂の危機を救った決断ではあるが、「天の配剤」とでもいうしかないドラマ。
■内掌典が初めて明かす美智子さまご成婚の日
元内掌典が振り返る、皇后陛下ご成婚の日。
衆人環視の中、全くのぶっつけ本番で昇殿された皇后陛下の胸中はいかほどであったか。
平民ということで事前に見学することはなかった。
常陸宮殿下・華子様の時には習来(しゅうらい)として事前見学、
雅子さまの時には庭に同じ間取りの線を引いての練習が行われた。

週刊女性2010年9月7日号
愛子様、笑顔の那須ざんまい
20日、那須りんどう湖で花火鑑賞。夕食は近くのホテルで。
皇太子ご一家はこの夏は徹底的に遊ぶ方針のようで、那須でも予定が満載らしい(宮内庁記者)
18日、皇太子と愛子さまは愛子さまの友達3家族6人とテディベアミュージアムへ。
大きなネコバスのぬいぐるみに友達と入った愛子さまを皇太子さまが記念撮影。
8日に秋篠宮一家も那須御用邸へ。御用邸内の供奉員(ぐぶいん)宿舎へ宿泊。

週刊新潮2010年9月2日号
雅子さまの新作「フェンディ」バッグが波紋を呼んだ
須崎へ行ったときの雅子さまは近年稀に見るほどの上機嫌だったので驚いた。(雅子さまウォッチャー)
那須到着時に愛子さまは一度もニコリともせず、お手振りする両親をよそ目に一人でスタスタと歩いて行ってしまった。
また皇太子ご夫妻がそれを注意するそぶりも見せなかったことに驚いた。(同ウォッチャー)
しかしそれ以上に雅子さまが手にしていたバッグが波紋を呼んだ。
フェンディのバゲットバッグ。バブル時代の日本では"フェンディの毛皮・エルメスのケリー"が
高級品の代名詞で女性のステイタスの象徴。(服飾評論家・堀江瑠璃子氏)
2010年春夏コレクションの新作で値段は11万1300円。同じバゲットでも30万、100万のもあるので比較的リーズナブル。
雅子さまのニュースを見た、との問い合わせも。(フェンディ松屋銀座店)
手を出しやすい値段なので雅子さまも入門編として持つにはいいのでは。(表参道店に来店していた客)
自分は欲しくない。フェンディを長年使っている者からすれば
カジュアルすぎてあえて買う気になれない。(表参道店に来店していた客)
テレビを見て驚いた。皇后陛下や紀子様のような正当な皇族ファッションとは随分かけ離れている。
やはり雅子さまは装いに関しても皇室の枠にはまらない人なのか。
ひょっとして批判を承知の上で持ったのかとも思うし、
そんなところにまで反抗心が見えてくるようで逆に気の毒(女性服飾ジャーナリスト)
皇族は外国ブランドをまず使わない。少なくとも香淳皇后、皇后陛下、紀子様が
公私ともに海外ブランドをお持ちの姿を見たことがない。
人々の注目をどうしても集めてしまう立場だからこそ
特定のブランドを身につけないように気配りしている。(渡辺みどり氏)
皇室ファッションの基本は気遣い。その一つが"国民への気遣い"税金で暮らしているという立場上贅沢を控えている。
皇后陛下は芦田淳・和光・ミキモトなどを好まれるがそれらのブランドだとわかるようなものは一切身につけない(前出・堀江氏)
皇族ファッションは常に女性達の耳目を集めてきたばかりか、と前置きした上で。
ホステス時代、皇族方の着物・履き物・バッグなどを見て勉強するようにママ達から教わってきた。
上品な物を身につけ、清潔感ある着こなしだから。今でも上から下までじっくり見るがどこのブランドかわかりにくい。(銀座・有名クラブママ)
(だからこそ)ブランドのロゴ入りなど好ましくない。特定の商品を宣伝しないよう特に気をつけるのが皇族の慣わし。
皇族にも当然好き嫌いはあるが、もし"林檎よりバナナが好き"と言えば林檎農園やこれまで献上してきた果樹園の方々に悪いという判断が働く。
20年ほど前の皇太子さま誕生日記念写真で、写りこんでいるパソコンのメーカー名を公開前に急遽修正したほど。
先帝は(記者会見で)好きなテレビ番組を答えなかった。
これほど左様に皇族方は細心の注意を払っている。(元宮内庁職員・山下晋司氏)
雅子さまは以前からたびたび海外ブランドを身につけている。
シャネル・フェラガモ・グッチのバッグ。ティファニーのブローチ。エルメスのダウンコートなど。
成婚後もブランド物に躊躇しない雅子さんファッションは注目を集めたし、これぞ新しい皇室スタイルだと圧倒された。(雅子さまウォッチャー)
しかし適応障害で公務に出られなくなった頃から雅子さまファッションは随分と様変わり。
一言で言えばバランスが悪く、周囲からどう見られているか気に留めていない。
例えば7月の終業式は詰め襟・ジャケット・パンツスタイル。
「冬物ですからかなり暑苦しい。周囲のお母さま方は涼しげな半袖姿なのに、雅子さまだけが完全に浮いていて可哀相でした。」
ファッションだけでなく行動も周囲の感覚からズレた感じのことが多いので、やはり病気のせいでそうしたバランス感覚が崩れたのだろうか…。(同上)
愛子さまの同伴登校や今回のブランド品問題など雅子さまの行動は如何な物か、という声が宮内庁内部で少なからず上がっている。
バッグは友人・妹たちなどへプレゼントもあるだろうが、公の場で身につけるなどやはり判断を誤っているとしか言えない。
私はもはや、雅子さまは自分で自分の行動の是非を判断できなくなっているのでは、と心配している。(松崎敏弥氏)
宮内庁はそうした指摘にノーコメント。(報道室)
公務を殆どこなせない一方で同伴登校するなどの行動への不信感が批判を招くのだろう。まずは公務復帰が本人にとって一番大切(久能靖氏)

テーミス2010年9月号
「皇室の将来」へ素朴な疑問
皇太子ご夫妻「皇位継承」か「離婚」かの挟間
世論や政治家に迎合するばかりの側近たちがやがて皇室を崩壊させる
天皇陛下から相撲協会に届いた書簡の形での「お言葉」
川島侍従長からの書簡という形を取ったが、天皇陛下が優勝力士に対して激励するのは極めて異例
内容は名古屋場所で優勝した横綱白鵬に対する労いとお祝い。
皇室関係者の話
白鵬は表彰式で涙ぐみ、「賜杯がなくて寂しかった」と明かす
陛下はこの言葉を「外国人横綱が皇室に正当な敬意を表した」と受け止められたのだろう。
大麻事件やドルジ追放など、外国人力士に対する協会の処分は国際問題に発展しかねなかった。
陛下は書簡を通して、白鵬の出身国であるモンゴルへ国際的な配慮を示されたのではないか。
■閣議決定された韓国併合100年にあたる菅首相の「首相談話」
今回の談話は、’95年の「村山談話」の明文化
宮内庁保管の李氏朝鮮王朝時代の儀典書「朝鮮王室儀軌」を韓国側への引渡し決定
両陛下も了解されていると考えるのが自然
民主党政権のアジア外交重視していくなか、
「陛下が“リベラルな民主党と足並みを揃えた」と捉える政界関係者も多い。
皇室の政治利用につながるのではないか。
評論家・八幡和郎氏の指摘
もしかすると、陛下はやや戦後民主主義的なお考えをお持ちなのかも
しかし、宮中祭祀に非常に熱心で伝統的でいらっしゃる。
陛下は「これからの皇室は国際的な評価を受けなければならない」とお考えなのだろう。
皇室が「平和の守護者」であることは、万世一系を守るための“保身”だと思う。
世論や政治に迎合的な動きを許しているのは、陛下の周辺に問題があるからではないか。
「ネオ皇室」「皇室の国際化」などの言葉がよく聞こえてくるが、側近の配慮のなさが働いているようだ。
■「象徴天皇制」の未来への不安
テーミス8月号の記事を読んだ読者からは、「離婚もやむなし」の声が多し。
皇太子が発信する「妻と子どもを大切にする」というメッセージを、
国民が十分理解しているのかどうか極めて疑問
カリフォルニア大サン・ディエゴ校のタカシ・フジタニ教授の話
象徴天皇制は、後期資本主義における経済・社会・政治・文化の変容及び
グローバルな諸関係の中で論じられるべき
その上で、天皇及び皇室のネオ国際化は、今後も親米的コスモポリタニズムであり続けると同時に、
イギリスやヨーロッパとの関係は犠牲にしても、次第にアジアとの文化的、
ときに人種的つながりさえをも追求していくことになると思ってよい。
今上天皇が’01年12月22日に桓武天皇の母は朝鮮王の子孫だったと発言して周囲を驚かせたが、
これも上記の流れの中で理解されるべき
フジタニ教授の研究の根本には「天皇は今もなお、より大きな差別的システムと
共鳴する日本のナショナリズムを固定することに役立っている」という概念。=日本に対する批判
皇室の崩壊を待ち望んでいる勢力が、現状を喜んでいるのは確かだ。

  • 最終更新:2017-09-17 10:43:13

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