2009年10月-12月雑誌記事

テーミス2009年10月号
この夏休み中は、那須御用邸と長野県の奥志賀でご静養された。
東宮御所への引っ越し作業で周囲がバタバタしていたとはいえ、かなり”ゆっくり”した夏休みだった。
ご静養中の雅子さまは、念願の親子登山に挑戦したり、りんどう湖ファミリー牧場で遊覧船を借り切って花火観賞されるなどして過ごされた。
その後、公務で外出されたというニュースはない。
「雅子さまは、多くの人に見つめられるとお疲れが残ってご回復までに時間がかかる。
このまま治らないのではないかという悲観的な声すら上がり始めた。」(宮内庁関係者)
御所内の”ご活動”にも傾向がある。外務省国際情報統括官からのご進講はよく”受講”されるが、そのほかのものについてはなかなかご出席にならない。
「公務をえり好みしている」と受け取られがちだが、これが主治医の大野教授の一貫した治療スタンスだ。
■渡辺新侍従長が語る宮中祭祀
秋篠宮家の悠仁さまは94センチ13.6キロと健やかに成長されているようだ。
ほぼ週1回のペースで皇居を尋ね、両陛下とご団蘭。
元宮内庁関係者
「秋篠宮ご夫妻は将来、天皇になられる悠仁さまに対し、“帝王教育”と考えられている。
まずは挨拶や感謝の気持ちを持つことを第一にし、ちょっとした受け答えも”ですます調”の丁寧語を使うように教育されているようだ。
天皇皇后両陛下と頻繁にお会いになっていることからも、早くも将来を意識されている。
宮中祭祀は歴代天皇が「国民の幸せと国家の安泰」を祈り続けてきたいわば皇室の存続基盤だ。
現在、両陛下に10年以上仕え、現在宮内庁侍従職御用掛りの渡辺前侍従長は、両陛下の皇居内でのエピソードを語り始めている。
「陛下が居間におられるとき、御用があって伺うと正座してテレビをご覧になっている。
陛下は神様の前でお祈りするときは、高き心、清き心でなくてはいけない。
足が痛いとか、痺れるという雑念が入ってはいけないのだとおっしゃられた。
だから1年かけて慣らして、それでお祈りされているんです」と、陛下が祭祀に備え“正座の練習”をしていると披露した。
渡辺氏はなぜ、両陛下の皇居内でのご活動を語り始めたのか。
松崎敏弥氏「両陛下は次期天皇になる皇太子殿下のお覚悟はどうなっているのかと、とても心配されていると思います。
渡辺前侍従長が講演などを通して繰り返し発言しているのは、“天皇の仕事”や“皇室の本質”を国民に伝えると同時に、
皇太子殿下にも理解してもらいたいという、意図的なメッセージが込められていると思う。」
■外務省の先輩が東宮侍従に
毎日新聞の東京社会部の真鍋記者が「皇太子さまと話せなかった子供たち」という記事を書いていた。
7月29日、奈良市の東大寺福祉療育病院を訪れた際、時間の都合で1列目としか話せなかったという。
真鍋記者は施設関係者の事なかれ主義を批判したが、これは東宮職についても当てはまる指摘だろう。
7月末、外務省で雅子の1年先輩だった岩間公典氏が東宮侍従に着任した。岩間氏については
「共通の話題もあるだろうということで、雅子さまの相談役として期待されている」(宮内庁関係者)
皇室ジャーナリスト山下晋司氏「宮内庁は各省庁からの出向者が多い。
3職(侍従、式部、東宮職)に外務省出身が多いのは事実だが、皇室内の外国関係の仕事が増えているからだ。
外交のエキスパートが両陛下や両殿下のお側にいることで、外務省との交渉もスムーズになる」
人事は組織のトップの意向が反映されやすい。
野村をはじめ東宮職が“雅子さまシフト”で固められているとしたらいつまでたっても“現状維持”だ。
皇太子夫妻の御世になったとき、国民が平成皇室と同じように支持するかどうかは分からない。

週刊朝日2009年10月16日号
西尾・保坂・橋本各氏の皇太子夫妻への批判には一部媒体を除き強い抗議がなかった。
これは国民の皇室離れを表している。
「(雅子妃の)回復のめども立たず病状への納得行く説明もない状況に国民は疲れ皇室に飽いた、とのサインではないか」(宮内庁関係者)
■なぜ雅子さまはバッシングされるのか
8月22日那須御用邸で静養中の雅子さま、皇太子さま、愛子さまは牧場で花火鑑賞。
「なぜこの日に」と悲しげにつぶやく宮内庁関係者
この日は対馬丸撃沈で子供たちが死亡。両陛下や紀子さまも悲しまれた。
2年前の8月15日には雅子妃は愛子さまの友達を東宮御所に招き、痛烈な批判を浴びた。
この10月10日の全国障害者スポーツ大会も雅子さま妃は欠席。
しかし学習院の運動会には出席するという。批判噴出は必至。
「揺るぎない信念をお持ちか、マイペースなご性格なのか」
雅子さま出席を前提に数年前から準備してきた新潟県の町職員は首をかしげる。
■雅子さまはアニマルセラピー、紀子さまは手話
雅子さまの乗馬、国連大学、ピッピ・まりのセラピー犬としての活躍。
手話に長年にわたり力を注がれる紀子さま。
美智子さまと紀子さまには共有するものも多い。児童文学の翻訳など。
美智子さまは紀子さまの影響で手話を始められたという。
周りにゆだねる術を知りつつ努力を重ねる紀子様を好意をもって「甘え上手」という人もいる。
8、9月、雅子さまはほとんど静養、紀子さまはほとんど公務。

サンデー毎日2009年10月18日号
雅子さま、「秋の超ユル日程」
10月1日のオペレッタ「メリーメリー・ウィドウ」皇太子のみが鑑賞したが、直前まで雅子さまの同行が模索されていた。
前夜の段階までは「行けるかもしれない」ということで、夫妻の出席を前提に車や会場の準備がなされていた。
しかし当日になって雅子さまの体調がすぐれず「ダメ」となった。これはご本人の意向(宮内庁関係者)
その前の9月27日、横浜での「日本母性衛生学会創立50周年式典」も夫婦での出席が想定されていたが、結局皇太子一人の出席。
式典の趣旨から言っても雅子さまが出席しやすいだろうということで選ばれたお出かけだった(宮内庁関係者)
雅子さまが直前でも参加を決めやすいことを最優先にし、ギリギリまでお返事を待つというやり方をとっている。
10月24、25日静岡市での「国民文化祭」も皇太子の出席が決定しているが、訪問箇所も移動も少ない、かなりのユル日程。
しかも報道カメラのフラッシュが全面禁止となっている。
宮内庁は雅子さまが出席する可能性ありと読んでいるからだろう。(テレビ局記者)
9月8日の皇居内の「音楽会」鑑賞した以外雅子さまの活動は全く見られない。
「夏の疲れが出ているのでしょう。東宮御所への引越しがあり、住まいが変わったストレスもあるのかもしれません。」(松崎氏)
「このところ、皇居内の馬場で楽しんでいた乗馬もやらなくなった。夏以降やっていない。
渋谷の国連大学に通ってのシンポジウム参加もやめてしまった」(テレビ局記者)
大野氏は雅子さまの症状や治療法に関し、個人的な発言を避けているが、
「東宮職医師団」として、昨年の12月に「着実にご回復、公私にわたりご活動の幅が広がった」という見解を出しているのみ。
関係者によれば直接の診療だけでなく、電話での日常的な悩み相談にも当たっているというが、もちろん内容はあきらかにされていない。

女性自身2009年10月27日号
先日登山中に急逝した式部官長。
急逝した原口氏は85年、外務省からハーバード大内の研究所へ出向中に雅子さまと知り合う。
成婚間もない頃の編集部へのインタビューに答えて「ホームパーティーへ他の学生と共に雅子さまを招いた時、
とても静かで奥ゆかしくマナーも完璧で噂になるだけのことはあると思った」と回想。

週刊女性2009年10月27日号
美智子さま、雅子さま10億円新居から遠のく足
10月に入ってから「雅子さまの具合が良くないのではないか」と今上陛下がお尋ねになった。
その理由は(改築が済んだ)東宮御所に招きたいと皇太子さまから申し出があってから2ヶ月近くが過ぎても話が進んでいないため。
改築された東宮御所は雅子さま希望のL字型キッチンはかなわなかったもののソーラーパネル設置など環境に配慮したもの。
皇室は質素がモットー。社会情勢の厳しさと10億円という金額も(両陛下の足が遠のく)原因ではないか。
皇太子ご夫妻は今後、両陛下の即位20年・ご結婚50年祝いを兼ねたお祝い会を催す予定。
しかし公務が優先され、「改築祝いという私的な動きと混同することはない」ということなので東宮御所への訪問はまだしばらく後になるのでは。
病気を抱えられた方々の負担を考えてもう少し緩やかになってもよいのではないか。

週刊朝日2009年10月30日号
美智子様と雅子様の幻の肖像画
ご婚約時、週刊朝日が誌上に載せるために美智子様の肖像画を小磯良平画伯に依頼。
画伯は50分時間をもらってデッサン。結局油彩画と素描の2枚ができた。
油彩画はその後正田家から美智子様に渡ったらしいが不明。
素描は朝日新聞社内に眠っていたが今年皇居で行った両陛下の特別展に、宮内庁の依頼で貸し出され、美智子様は懐かしいとおっしゃった。
実は、皇太子妃の幻の肖像画はもう1作品ある。
93年4月12日、皇太子さまと小和田雅子さんの納采の儀(婚約)が行われた。
朝日新聞社会部は、美智子さまのときと同様に、油彩の肖像画を描く極秘プロジェクトを組んだ。
依頼されたのは多くのファンを魅了する洋画家の中山忠彦さん(74)だ。
2人は知人を装い小和田家を訪ねた。
「モデルになっていただいたのは1時間半程度でしょうか。雅子さまと雑談したり、
小和田家の愛犬が私の足にじゃれつくなどしながらよい雰囲気で、デッサンが2枚仕上がりました。
特定のデザイナーの服とわかるのはよくないから、と途中で雅子さまが服を着替える場面もありました」
中略
朝日の記事が小和田家の不興を買ったとかで企画事態が流れてしまう。
2枚の絵はある企業へ譲られたが、昨年の障害者のスポーツ大会に出た皇太子の宿泊先に、
企業の好意で2枚の絵が飾られ、皇太子はお喜びになった。

>週刊文春2009年10月29日号
天皇・皇后の「素顔」、紀宮ご結婚「秘話」―渡邉允前侍従長が明かした
今上陛下の侍従を10年半にわたって務めた渡邉氏が回想録を上梓。
曾祖父は明治天皇に仕えた最後の宮内大臣、父は昭和帝のご学友であり、
退任後も御用掛という渡邉氏は両陛下の意向を察知して先に動いているツボを外さない人
その手記ともなれば今上陛下について書かれたものとしては初めての、超一級の資料では(皇室担当記者)
両陛下の日常はおおよそ以下の通り。
朝は6時までに起床。「6時のニュース」ご覧後、お二人で散歩。
週に一度は開苑前の東御苑散歩のため自らハンドルを握る。きわめて模範的な運転。
現在は皇居内のみの運転だが、公道を走っていた時のエピソードとして
那須の御用邸の門を出て少し行ったところで急に車を降りた今上陛下は走って御用邸に戻ろうとする。
何事かと尋ねると「(御用邸に)免許証を忘れたので取ってくる」
宮殿から御所にお帰りになったところを玄関で待ち、立ち話で決めて頂こうとしても必ず書斎に行こうとおっしゃる。
バルコニーからは参賀の人々の様子がよく見え、気分が悪くなって運び出された人がいるとお見舞いを伝えたことも。
両陛下、各皇族方は次のお出ましまで「千鳥・千草の間」で、雑談や読書、箱根駅伝をご覧になってお過ごし。

テーミス2009年11月号
今の世、嫁と嫁親族の“親密な関係”はありがちな光景だが、
一方皇太子ご夫妻と両陛下との間にはいまだに微妙な距離感あり。
築50年の東宮御所には皇太子ご夫妻の提案がふんだんに取り入れられ、費用総額役10億円。
省エネ照明や太陽熱発電パネルなどを設置した“エコ御所”へ
愛子さまの勉強部屋も手を入れる。
この改修費用に対し、常に質素を心掛ける両陛下は、厳しい社会情勢の下、
国民がどう感じるかと気遣われ、お祝いしていいものか心を痛めているという見方もある。
特に“国民とともに歩む皇室”を心にかけ、陛下を支えてこられた皇后様が心配されているとも言われている。

女性セブン2009年11月19日号
木嶋被告は小和田家の親類になるらしく、数年前の祖母葬儀に親戚が出席した。
雅子さまから手紙をもらったり、声を掛けてもらったこともあるという。
「雅子さまルール」で異例の東宮職追及事件-皇太子ご一家は栃木でご静養。
皇太子ご一家は御料牧場で静養中。
それに先立つ10/30、コスモ授賞式に雅子さまが急遽出席できたのは体調がよいからなのでは。
今回の愛子さまの休みを利用しての静養は治療が最終段階に入っているためで完全復帰は目前なのではないかと期待されている。
しかし一方で東宮職が公務のあり方について追求される。
10/24~25の皇太子単独静岡公務のあり方。
皇太子は会場に到着するなり15分の休憩後、視察を始めたが、20人余りの子ども達がお声が掛かるかも、と緊張して待つ中、話したのは二人のみ。
それも一人に付き1,2分で、20分の視察後再び20分の休憩を入れたため、視察よりも休憩が長くなってしまった。
皇太子の公務についてはギリギリまで雅子さまの出席を探り、日程も彼女の負担にならないように組んでいるため内容が薄い。
また皇室担当記者会が、静養帰りの皇太子ご一家の写真撮影の再許可を要望。
雅子さまはカメラが負担とはいえ 国民との触れあいもある。
それを規制するのでは両陛下が常に心がけてきた「国民と共にある皇室」の流れに逆行するものでは。
関係者との打ち合わせなど負担は増えるだろうが、スケジュールを二つ作っておけばよい。
皇太子が公務をないがしろにしていると思われることは、雅子さまへの悪影響に繋がる。

文藝春秋2009年12月号
雅子妃が変えた平成皇室
櫻井氏
皇室文化というものは、ある種の先天的な感性がなければ身についていかないように思う。
その感性というのは何と言っても日本に対する理解というか、愛そのものだと思う。
平成皇室の作り出した大きな課題は、次の時代に持ちこされてしまうのか。
問題は山積みしたまま。我々国民も自らの課題として引き受けていかねばならない。
保阪
昭和帝と香淳皇后の間には役割に関してかなりの差があったと思うが、
今の両陛下は役割にある種の等価性、バランスがあるように思う。
両陛下が外国で振る舞う一つ一つの言動、慎み深いスピーチ、
そういった細やかな礼節が昭和帝時代の日本のイメージを大きく変えているという良さを我々はもっと自覚して知っておく方が良い。
「秋篠宮が天皇になる日」という原稿を書いたが、皇太子様の次は秋篠宮様だという意味だった。
一部では皇太子様をスキップするととられ随分騒がれた。
社会の底流に秋篠宮樣のほうが天皇にふさわしいという理解、認識があるのかと感じた。
保阪 
素朴な疑問ですが、宮中のコミュニケーション回路は宮内庁の役員たちが作らないのですか。
それが彼らの仕事でしょう。
高橋 
東宮というのは一つの独立した役所なんですね。
外務からみれば、宮内庁長官―東宮大夫という上下関係があるように考えてしまいますが、
陛下側の代弁者と皇太子殿下側の代弁機関は独立した別のものと考えたほうがいい。
だから情報も上ってこないし、錯綜する。
宮内庁長官も皇室医務主管も、雅子さまの正確なご病状は把握していないでしょう。
岩井 
本来なら東宮大夫、東宮侍従長が陛下との回路を作ったり、日程調整したりしなければならない。
しかし皇太子ご夫妻が東宮職を信用なさらないんです。
高橋 
皇太子ご夫妻とコミュニケーションラインを引こうと東宮職は努力してきたけれど、もうギブアップなんです。
岩井 
新婚早々からその傾向はありました。
東宮侍医長が基礎体温ぐらいは報告していただかなきゃ困りますと言った途端に更迭されたと聞いています。
これでは誰も何も言えなくなってしまう。
香山 
「これは慣例ですから」って提出を求められたから雅子さまは拒否反応を示されたんじゃないですか。
きちんとこういう理由で体温が必要なんですと言ってもらわないと、プライベートなデータは出せませんと思ったのではないですか。
雅子さま世代にとっては「慣例」で済ますことがいちばん納得できないことなんですよ。
岩井 
それは僕も分かりますが、皇室の「最重要な任務」のために、
当然の義務を果たしたつもりの侍医長にとっては納得いかなかったことでしょう。
櫻井 
話が元に戻るかもしれませんが、皇室の最重要な任務のひとつが
お世継ぎを産むということだと自覚されていないとすれば、やはり問題だとしか思えません。
それがひいては東宮と千代田という皇室そのものの亀裂を走らせたのですから。
香山 
皇太子さまの説明責任もあると思います。
もしかしたらあまりにも嫁いでいただきたかったがため、
魅力的なことばかり雅子さまに仰ってしまった可能性もあるのではないですか。
櫻井 
愛するあまりですね。でもそういうふうに皇室全体の環境が
よくない状況下でお育ちになる愛子さまのことも、私は心配になってしまいます。
高橋 
さっき香山さんが言ったとおりで皇太子さまは説明責任を果たしていない。
「新しい公務を目指したい」「皇室外交をやりたい」と発言しておきながら、
具体的な意見は表明していないのだから。
岩井 
雅子さまを守るのはいいんですけれども、雅子さまの希望通りにやっていたら
結果的に雅子さまを守ることになってない、というのが構図なんです。これが歯がゆいわけです。
保阪 
確かにそう思いますし、ここまで根深いものになった「人格否定発言」というのは
雅子さまを「全力で守る」ためばかりでなく、東宮家の個人主義、宮中に対する依怙地なまでの反動、
そうしたものを全部包有した、ある意味では革命的な言葉だったのではないでしょうか。
高橋 
いや、あれは東宮の独立宣言ですよ。皇太子の人間宣言ですよ。
昭和天皇の人間宣言に匹敵するくらいの皇室の一大事件としてこれからも記憶されるものになるでしょう。

週刊朝日2009年12月8日号
学習院の没落
秋篠宮家が決められたことなので事情はわかりかねる(学習院広報課)
学習院は悠仁さまが入園されないのをニュースで知った。皆周章狼狽(宮内庁関係者)
秋篠宮家の家計は決して楽ではない。悠仁さまが国立に進学するのは経済的な側面もあるのでは(宮内庁OB)
せっかくできたお友達と別れさせるのもかわいそうなので少なくとも小学校まではお茶の水、とのお考え(宮内庁幹部)
学習院の「事件」が相次いでいる
 00年前学習院女子中・高等科科長失踪→白骨死体発見(自殺?)
 03年スーフリ事件で学習院大1年生逮捕。懲役6年
 朝日がスクープした婦女暴行事件 など。
篠沢教授もショック
秋篠宮ご夫妻は悠仁さまが学習院で皇族としてちやほやされることや、
交友関係が狭まることを危惧したのでは(宮家関係者)

病が治癒しない「ある」事情
雅子妃の病状は誕生日にあわせて毎年「東宮職医師団」の肩書で公表
だが内容は「回復に向かい… 体調の波が…」と毎年定型文の紙が配布される程度
羽毛田長官は去年12月の会見で雅子妃の病状について、
全責任を東宮職が追うよう求めた大野医師は宮内庁の公的な役職についていない。
皇太子夫妻の私的な嘱託なので説明責任を果たす必要がない。
「説明責任を避けるために私的な立場でいると見られてもしかたない不自然さ」(東宮職関係者)
「病状についてほとんど報告があがってこない」と不満を漏らす宮内庁幹部も。
病状説明しない理由を大野医師は「病気の性格から仕方ない」などと繰り返す。
だがそれは果たして「公人中の公人」という皇太子妃の立場に見合う理由なのか。

週刊文春2009年12月17日号
雅子妃の復活 これまで書けなかった全真相  友納尚子
今年雅子妃の姿は多くは見られなかったが東宮御所内での接見や会釈、進講などは昨年より多い。
昨年の羽毛田長官発言をうけて野村大夫がご夫妻に進言。
公務の見直し案出すようにの念押しと両陛下に心労をかけないように強く話す。
「殿下は、前を向かれ、ただ頷かれたようです」(宮内庁関係者)
雅子妃の適応障害の引き金は産後の肥立ちが悪かった
紀宮さまの披露宴では体調が悪く「円卓から離れた席で休みながら」無理な出席
愛子は野球選手名鑑を読んでいて打率や防御率、勝敗を職員に教える。暗記したことをつぶやいている。
犬や亀に名前を付けている愛子さまはその世話を「ああ、忙しい、忙しい」と言いながら自分でしている。
(雅子さまがタヌキに)「いつでもいいよ。安心して出てきてごらん」
10月末に保護していた狸を御用地内に帰した時の言葉。
なかなか檻から出なかった狸が約1時間半後に斜面を登っていくのを、
散歩中の雅子さまが見かけ、帰宅後皇太子と愛子さまに「待つといいことがたくさんありますね」

週刊朝日2010年1月?日号
紀子様は日本学術振興会の名誉特別研究員として、3月から同大に専用の研究室を設けて研究を始めている。
学生時代は心理学を学んだが、現在は社会心理学や発達心理学、医療、文化や社会学など
複数のカテゴリーにまたがった「健康問題」がテーマという。今年は14~15回訪れている。
「紀子様の研究は国際的かつ学術的で、母親の視点もあり、非常に『お茶の水女子大的な研究』なんです。
紀子様にいらしていただくことはお茶の水的な研究は
いかなるものかを全国に知らしめることでも非常に貢献度が高い」と近藤譲副学長は話す。



  • 最終更新:2018-05-22 09:19:54

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