2007年7月-12月雑誌記事

週刊文春2007年7月12日号
学習院関係者が推薦した幼児教育専門家がほぼ内定していたのに、
最終段階(皇太子ご夫妻)の意向で取り消しになった。

週刊ポスト2007年7月20日号
「あえて「皇室の危機」と「皇太子殿下の指導力」を論ず」
対談 久能靖/橋本明/森暢平

久能
人格否定は雅子さまが言わせたこと。皇太子妃の立場を外交官と一緒にしている。
雅子さまは新婚直後から朝寝して殿下を見送らない。新婚時代から両陛下に会いに行かず絶縁状態。

橋本
紀子さまと紀宮さまは仲がよかった。雅子さまがその中に加わわらないのは雅子さまの性格。
いずれ皇后になる雅子妃が、適応障害なる病気から回復して皇后の公務を果たせるようになるのかどうか。
外国に行ったり、外国からの賓客と会ったりするだけが公務ではありません。
宮中祭祀も含めて現在行われているあらゆる公務、皇后としてやらねばならないすべての公務を
雅子妃がこなせるようにまなるのかどうかとなると、私は個人的に確信が持てない」

橋本
「そもそも病気の兆候は93年のご結婚直後からありました。
“雅子さまのお目覚めが遅く、宮さまがお出ましのときにお見送りする回数が減っている”という話を聞いたんです」

橋本
「実はご成婚当初からすでに天皇、皇后両陛下と皇太子殿下の関係は断絶状態が始まっていたそうです」

橋本
「・・・(皇室典範改正は)悠仁さまを中心に考えながら、その周りにある
脆弱性を埋めるための方策をわれわれが用意しておく、というのが私の意見です」

久能
「今も世論調査で天皇制維持に70~80%が肯定する。今後も変わらないだろう」

「(ネパールを例に出して)些細な誤報でさえ、国民の気持ちをスイングさせかねない。・・
(両陛下の)不断の努力で築き上げられた皇室への支持が、間違っても崩れることのないように願うばかりです」

橋本
「(天皇は日本のへそだから)その伝統はわれわれ国民が護り続けなければならないと思います」

「もともと外務省は皇太子夫妻の外国訪問を後押ししていた」

久能
「外国に行きたいという雅子妃の希望をかなえようとする動きは、少なくとも東宮(職)にはあった」
橋本
「鎌倉長官は外務省+東宮職の動きに警戒感を持っていた。
おそらく雅子妃の希望を叶えたいという勢力と潰そうという勢力があった」

週刊新潮2007年7月19日号
東宮御所「建て替え」への風当たり
13年前の「3億円大改修」は何だったのか。3000万円の「子供部屋」に代わり今度は「勉強部屋」が。
今回建て替える予定の事務棟は本当にボロボロな上に手狭。
他の部分(私室棟)はなぜ?と首をかしげる関係者が多い。
今まで東宮御所は、平成6年に3億8千万をかけて私室部分を中心に改修、
平成9年に5億8千万をかけて公室部分を改修
愛子さまが誕生した時は、3千万を掛けて改装工事を行ったので13年間で9億かかっている。

女性セブン2007年7月26日号
雅子さま心癒しに通うお忍びフレンチ
雅子さまがお忍びで通われる場所があるという。
それは東京都内にある隠れ家的フレンチレストラン。一軒家の洋館造りで落ち着いた雰囲気。
野うさぎなど野鳥獣を食材として使うジビエ料理が人気だ。
このお店を紹介したのは、双子の妹である礼子さん、節子さんだという。
雅子さまのご実家である小和田家のルーツは、その昔、越後村上藩内藤家5万石の藩士であった。
つまり、小和田家は新潟の出身ということになる。
「このレストランのシェフが新潟出身ということで、小和田家のみなさまは親近感を持たれたようで
礼子さんたちは、"ここならお姉様も安らげる"と考えたのでしょう」(小和田家知人)
これまで雅子さまは3回ほどその店を訪れられ、ひとときの心温まる時間を過ごされている。

週刊文春2007年8月9日号
高円宮家子供会
高円宮邸にクラスメート全員が招かれたことがしばしばあって、クラス行事のよう。
幹事のお母さんを決めて、『個別にお土産は持っていかない』とか『青山一丁目の駅に何時に集合』といった約束事を取り決め。
お昼を挟んで長時間遊ばせてもらった。庭にテーブルを出して、その場で職員さんが御料牧場から届けられたお肉を焼いて下さったり、
子供用ビニールプールに水を溜めて、缶ジュースがいっぱい放り込んであって『好きに取りなさい』と振る舞ったり
宮内庁の方と思いますが、係りのお姉さんがゲームをして子供を遊ばせてくれ、全部お任せで親同士はずっと喋っていました。(ある母親の回想)

秋篠宮家子供会
一方秋篠宮家では全員を呼ぶことはせず、
眞子さまや佳子さまの仲良しだけがひっそりとお呼ばれをしていた。
秋篠宮家では珍しい動物が飼育されているので、子供たちは動物園に行ったように喜んだ。
それも親御さんは送り迎えだけで、一般のお家と同様、子供同士で遊ぶ会でしたと聞きます。(学習院関係者)

※テーミス2007年9月号に反論記事

サンデー毎日2007年8月19日・26日号
愛子さまの送迎に姿見せず お母さん仲間から孤立? 雅子さま
電車で降園したのは「なぜ愛子ちゃんは車でくるの?」の問いに答えられなかったから
学習院幼稚園では車での送迎は禁止。他の宮家のお子様も車は使わなかった。
雅子さまも公務で忙しいでしょうが、他のお母さん方だってそれぞれ事情はある。
雅子さまが幼稚園に来る時は、行きも帰りも車。しかもどちらか一方の時もある。
職員まかせの時もある。そんな雅子さまはわがままに見えるという声もある(幼稚園関係者)

週刊文春2007年8月16日・23日号
隠された「両陛下ご静養とりやめ」 美智子さま雅子さま「すれ違い」の真相
悠仁様はご両親とともに8/4皇居を訪問、約4時間半御所に滞在。
同日、皇太子一家は銀座コリドー街のフレンチ
「ル・シズィエム・サンス」(高級フランチレストラン)で小和田夫妻、池田礼子さん一家、渋谷節子さん夫妻が会食。
店のオーナーが優美子さんと親しい。当日は店の配慮から貸切状態。
秋篠宮家が両陛下とお会いになった日に皇太子ご一家は小和田家と会食していたというのは、「平成皇室」を象徴するかのよう。
8/3夕方、東宮御所で愛子のお友達親子数十人を招待しての子ども祭り開催、礼子さん、節子さんも参加。
この時期、本当は8/1-8/5まで皇太子一家は須崎御用邸で両陛下とともにご静養される予定だった。
両陛下がご静養を取りやめたのは地震の2週間以上前のこと。
6月、両陛下がご静養計画を立てられたところ皇太子一家が「ぜひご一緒したい」と願い出られた。
陛下は少しお考えの後、「近頃は”潜る”練習をしていないからやはり御所で休む」と取りやめ。
それで皇太子夫妻も須崎行きをやめ、子ども祭りや会食を決めた。
「潜る」とはシュノーケリング(以前はよくなさっていた)と思われるが、
千代田関係者「当たり障りない理由をおっしゃったのでは。
東宮一家とご一緒では本当のご静養ができないということなのでしょう」
5年前のご静養時、皇太子ご一家は雅子さま運転により御用邸に。
愛子さまは皇后陛下のお見せになった海藻を投げつけてしまわれた。

月刊テーミス2007年9月号
■「両陛下はご公務に大忙しの中 雅子さま愛子さま『抱き込む』外務所の遠謀」
皇室担当記者の証言「公務復帰と入っても、本当はドタキャン続出。
東宮職サイドは、雅子さまの行動が直前まで掴みきれないようでした」
(モンゴル訪問について)「皇室担当記者『国内ではドタキャンが許されても、海外ではそうはいかない。』
皇太子さまがモンゴルをご訪問された前後の6月29日と7月19日、
愛子さまは雅子さまやお友達親子とともに、電車に乗られるという経験をされた。
警護の問題などを考えると、1ヶ月ほどの間に2度の山の手線ご乗車は極めて異例。
愛子さまがこのところ電車に大変興味を示していることから、
一部の皇室関係者の間では、「鉄子ちゃん」と呼ばれているとも言う。
だが、公共の乗り物を利用する際、皇宮警察や警視庁の警備関係者の苦労は並々ならぬものがあることは確かだ」
「雅子さまに詳しい事情通の証言 『雅子さまは愛子さまにできる限り
一般の子供のと同じような体験をさせてやりたいという考えが強く、このところ東宮御所へ同級生を呼ばれることが増えている。
だが、一度に数十人もの人たち招き入れるため、宮内庁も対応に大わらわのようだ。
これだけでなく、雅子さまは田園調布双葉の関係者、外務省時代のキャリア官僚の関係者も呼び入れられている。
また、雅子さまの方が、お忍びでそれらの関係者のお宅を訪問される機会も増えているようだ』
6月にスタートした宮内庁の新体制。天皇皇后両陛下に仕える新侍従長の川島氏は、
元外務省次官で、外務省時代、韓国人女性とのスキャンダルが囁かれていた人物で、もともと宮内庁入りを疑問視されていたこともあった。」
「8月4日、秋篠宮ご夫妻は悠仁さまを連れて両陛下との昼食会のために皇居を訪れている。
ところがその当日、皇太子ご夫妻は、オランダから帰国していた小和田夫妻や妹の渋谷礼子さんらと都内レストランで食事会を開かれていたという。」

■「週刊文春 愛子様記事に眞子さまご学友の母が反論
「アレは嘘。だって隣のクラスの人も全員呼ばれましたもの」というのは眞子さまご学友の母親。
文春の記事では、秋篠宮家は眞子さまや佳子さまの仲良しの子だけひっそりと呼ばれたとありましたが、
何回かに分けて同じ学年のお子さん全員をお呼びになりました。」
呼ばれたグループごとにお土産などで連絡を取り合い、母親たちは紀子さまとおしゃべり、子供たちは宮内庁の職員と思われる方に遊んでもらった。
「紀子さまは学期ごとの母親同士の食事会にも毎回参加されていた。
『みんなと公平にお付き合いされるのが紀子さまです。
親衛隊のママたちとばかり定期的にお茶する雅子さまとは大違い』と、学習院のママたちは、紀子さまのほうに好意的なようだ」

週刊文春2007年10月4日号
両陛下清子さん自宅を初訪問「幸せそうで安心しました」
美智子さまは昨年の誕生日のご回答で、雅子さまの公務復帰について、
<東宮妃も、また東宮も、それまでの日々、自分を大切にして過ごしてほしいと祈っています>と仰っていた。
宮内庁関係者は「“自分を大切に”という表現をめぐって、朝日新聞の岩井克己記者は
『文藝春秋』の対談の中で“自分を大切にすればこそ、自身の行動や考え方について
厳しくあることを期待します、と言外にこめておられる”と皇太子ご夫妻に厳しい解釈を
述べ、話題になりました。側近の中には“そんな意味はなく、文字通りの慈愛の言葉だ”と解釈する者もいた。
どちらにせよ、今年のご回答も注目されます」
9月17日、美智子さまは黒田清子さんとともに、サントリーホールで開かれた盲導犬育成のためのチャリティーコンサートを鑑賞された。
清子さんが結婚後、美智子さまと皇居以外の行事で同席したのは初めてだが、私的には、
二週に一度は鳥類研究のために皇居を訪問し、その機会を両陛下も楽しみにされているという。
8月12日「夕方から三時間、お過ごしになりました。お付きの者も部屋に入らず、
四人水入らずで食事をされたようです。食事は清子さんが腕によりをかけて作られたのでしょう。
陛下も非常にお喜びのご様子で、周囲にも“前の家には驚いたが、今度は緑も近く、幸せそうな新居で安心した。
清子は妻としてよくやっているようだ”と相好を崩していらっしゃるそうです」皇室ジャーナリスト。
両陛下にとって、いまでも清子さんが心の支えになっているのは間違いないようだ。

週刊文春2007年10月18日号
日頃御所で愛子さまに出くわした職員は必ず「ごきげんよう」と挨拶するが愛子さまが挨拶することはない。
黙ってぷいと横を向いたりかと思えばじっと凝視したり。
運動会の時、雅子様は隣にいた他の園児の父親と話をされていたが、大きな声で笑っていた。
雅子様のお声は結構大きくてよく通る声で校庭に笑い声が響き渡っていた。(父兄の一人)

SAPIO2007年10月24日号
父・赳夫の首相秘書官だった小和田恒元外務事務次官(1955年外務省入省)とは官邸の秘書官室で机を並べた仲であり、今なお家族ぐるみの付き合いだ。
言うまでもなく、小和田は雅子妃の父親である。
そして彼が東京・代沢の福田邸に幼少時の雅子さまを連れて行くことも一再ならずあり、
当時首相の赳夫に「雅子ちゃん、雅子ちゃん」と可愛がられたという。
福田と少年野球のバッテリーを組んだ谷野作太郎元駐中国大使(60年入省)、
その谷野の日比谷高校の同窓後輩の仲に川島裕元事務次官(64年入省)がいる。
川島は現在、宮内庁の皇太子家担当最高責任者の侍従長だ。
慎重な福田は、現状では女系天皇への道を拓く皇室典範改正までは踏み込む気持ちはないようだ。
北朝鮮と皇室、ともにキーとなるのが実は中国。福田首相は12月には中国を公式訪問するはずだ。
さらには皇太子夫妻の北京五輪開会式出席を演出し「雅子さま問題」を解決する。

週刊文春2007年11月1日号
10月6日の学習院幼稚園運動会、13日の初等科運動会見学。同時期に乗馬も再開。
10月11日には日本橋の超高級ホテル「マンダリンオリエンタル東京」37階の
フレンチレストラン「シグネチャー」でデンフタ時代の“同級生ランチ”。
22日には幼稚園の父母会にも参加。
皇太子ご一家は11月7日から御料牧場で静養される予定。

週刊朝日2007年11月9日号
9/24のBBS臨席当日朝に突然取りやめ。
しかし10月には1日オペラ、6日愛子様運動会、
11日マンダリンオリエンタル東京で友人らとフレンチレストランでのランチ、12日乗馬再開、
13日学習院運動会見学、15日銀座で藤城清治展お忍び訪問と元気な様子が伝わっていたので、
園遊会欠席も翌日(の徳島公務)に向けた体力温存と周囲は前向きに受け止めていた。
10/26徳島行き機内で侍従と天候の話で盛り上がり終始ご機嫌。
侍従らと談笑する声が記者たちの座席まで届いた。
装いはベージュのパンツスーツにシャネルのロゴ入りバッグ。30-50万円程度のもの。
皇族は目立ったブランド品はあまり身に着けないが、
「ファッションに関心がいくのは精神的に安定している現われ」宮内庁関係者
お迎えする徳島では「雅子さまー」と掛け声の練習
警察官による小旗の振り方、掛け声の練習指導をしていた。
宮内庁発表の雅子様日程は開会式臨席のみで、
美術館・工場見学などはぎりぎりまで未定、徳島県職員すら知らないと困惑。
26日美術館は雅子様はホテルで休憩。27日の開会式は、
合間にホテルでの休憩をはさむゆとりのある日程
東宮侍医長以外にも大野教授も公務に動向。まだ本格復帰とはいえない。

テーミス2007年11月号
■雅子妃の背後で蠢く小和田人脈の「怪」
皇后さまが73歳のお誕生日を迎えられ、宮内記者会の質問に文書で回答する形で
「4人の孫」や皇太子ご夫妻のことについて述べられた。
微妙な表現ながら、両陛下と皇太子ご夫妻との“交流”はいまだにスムーズではないらしい。
いまこそ宮内庁の“調整”が必要なのに東宮側では外務省出身者が
「しゃしゃり出てきた」との指摘がある。その背後を追うと……。
皇室関係者は言う「オランダ静養で雅子はかなり回復を見せたことはたしか。というのも、
のちにオランダの皇族関係者が『プリンセス雅子が心の病などということは到底信じられない』と
オランダでの生活ぶりを見ていってるからだ。
それを強調して「仮病説」まで言及する皇族もいるがさすがにそれはないだろう。
しかし、予定されていた公務を突然中止するようなときは、ある程度の説明責任がいる。
問題は宮内庁がもはや天皇一家を守りきれず、
外務省が彼らに代わってしゃしゃりでていることにあるのではないか」

■皇室を背景にした小和田哲学
「(略)宮内庁の要所は次々と外務官僚が押さえていることになる。
警察長関係者 「外務省出身の野村氏が後任についたが、ここから雅子妃というよりは、
小和田家の力が俄然強くなったことは間違いない。小和田恒氏は現在国際司法裁判所判事。
外務省と皇室を背景に彼が行使する権力や影響力は絶大なものになっている。」
「小和田氏は福田赳夫首相当時、外務省から出向して秘書官を務めた。
その縁で福田氏は小和田夫妻の仲人も努めている。
そこで問題なのは、赳夫氏の息子の康夫政権ができたことだ。
かつての秘書仲間でいわば盟友。もともと「女性天皇」を認める皇室典範改正議論は、
小泉政権下の福田官房長官(当時)が先導したものだ。
ここへ来てまたその議論が再燃しているのはその辺りの複雑な背景がある。
小和田氏がすべての役職を降りているなら話は別だが、あまりに生臭すぎる」
小和田氏はかつて「普通の国」を否定する「ハンディキャップ」論を展開。
日本は軍事面では国際貢献ができないといって、
その分をカネを出すことで埋めなければならない旨を主張している。
その小和田哲学はいまだに変わっていない。主義・主張を持つのは結構だが、
これが日本の外交・安全保障に直結、しかも皇室を背景にしているだけに危険である。

週刊新潮2007年11月8日号
「東宮御所」職員を感激させる愛子さまの「記憶力」
「力士の名前だけではありません。読んだ絵本を暗唱することもできます。
なにより凄いのは、東宮御所で働く職員の顔と名前も全て覚えておられること。
幹部は役職名まで、例えば“野村一成東宮大夫”ときちんと言えます。
職員とすれ違うときは、フルネームで挨拶をして下さるので言われた職員は皆、感激しています」
週刊朝日2007年12月28日号
紀子さまを襲った体調異変  笑顔の裏にあった激務の日々
疲労も症状の原因になるという。紀子さまは女性皇族の“人手不足”もあって、
出産直後わずか1ヵ月ほどで公務に復帰した。
7月には秋篠宮ご夫妻そろっての地方公務が愛知、山梨であったが、
紀子さまだけはいずれの日も夜は宮邸に戻り、悠仁さまの世話をして、明朝、公務にとんぼ返りした。
すでに痛みが発症していた11月末。
秋篠宮さまの誕生日会見で、紀子さまはこんな心境を吐露していた。
「仕事も家庭も務めも一つ一つ丁寧にしようと思うと時間が足りなく
不安になることもあり、何か心の余裕がなくなっていることも度々ございました」
痛みを隠しながら、紀子さまは公務を務めていたのだろう。
一刻も早く、また紀子さまスマイルを見せてほしい。

女性セブン2007年12月27日・1月1日号
最新雅子さまブランド デパートでは月2回のお買い物
「東京・日本橋にあるデパートが多いようです。
近ごろは月に2回くらいお出かけになることもあるそうです」(皇室記者)
お買い求めになるのは、洋服、食器、雑貨、愛子さまの子供服、玩具、それからお好きな絵画などだという。

女性自身2008年1月15日号
皇太子さま<ああ、ブレーンがいない>-「ご学友側近を拒否されて」
ブレーンがいない皇太子
ご学友である賀陽正憲氏が侍従になることに周囲がお勧めしたが
皇太子は「かつての学友と、上司と部下のような関係で接したくない」と断った。
秋篠宮邸では毎年“さんまの会”というご友人を集めての会があるが、誰もが酔っ払って無礼講。
一方東宮ではご友人を招いての新年会はあるが、夫妻の前で体調や世継ぎの話はしない、
正体なく酔っ払う人もいない、そして記念写真を撮った後も、誰にどの写真が渡ったかチェックするなど堅苦しく、
とても“お友達同士”付き合いができる雰囲気ではない。

  • 最終更新:2017-10-08 09:38:12

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