2006年1月-7月雑誌記事

文藝春秋2006年1月号
昭和天皇の“人倫にもとる行為はしたくない”
(内親王が立て続けに生まれ、側室を勧められた)その話には続きがあって“高松宮・秩父宮がいるのだから”と皇后に伝えた
天皇家に支給される『内廷費』3億2千400万円を天皇皇后両陛下、皇太子御一家、紀宮様で分ける。
そのうち3割は内廷職員の人件費なので残りの2億円が天皇家分ということになり、
それを一人一人に分けるのだが、圧倒的に天皇の取り分が大きいので、東宮家にいくのはその4分の1約5千万円。
この5千万円が食費や私服代となる、
私服代とは、例えば、愛子様のおもちゃやベビー服、皇太子の登山用品などを指す、
秋篠宮様は独立採算なので5千8百万の皇族費が支給される。
とはいえ、私的使用人が多く、子どもが多いとその分使用人(子ども関係の)が増え、
6割は消えてしまうので実際の年収は2千万円程度、その上光熱費、通信費も自己負担
その中からお子様の学費などをだすと、結構ぎりぎりの生活をしている。
「男系で一点の狂いもなかったから、神話の時代から皇室が続いた。
頼朝、信長もやらなかったことを、小泉内閣で、それほど皇室のことを調べたこともない
少数の人がやろうとしている」(渡辺昇一・上智大学名誉教授)
11月15日から2月15日の間に行われる、鴨場接待は、主に各国の駐日大使夫妻を招き、皇族が接待をして鴨猟や料理をふるまうもの。
これは各国外交団の間で、大変評判が良く、園遊会と並ぶ重要な親善行事となっている。
皇太子殿下は92年に鴨場デビュ-、93年には、雅子妃と共に接待役をおつとめになった、
それも95年まで、代わって秋篠宮ご夫妻が最近は、接待役を務めている。

週刊新潮2006年1月26日号
激震走る雅子妃と皇室
公務欠席・私事出席で顰蹙を買った雅子妃のワガママ
皇太子ご一家は、年末に東京ミレナリオを見学に行っている。
しかし、12月25日の大正天皇のご例祭を、雅子妃が欠席。
新年外交使節団からの挨拶を受ける席も欠席。一般参賀も午後は欠席。
5日の夕食会も当日に愛子さまの風邪を理由に欠席。
宮内庁OB「皇室にいること自体が病の原因なら、治ることがあるのか疑問である。」

アエラ2006年1月16日号
紀宮さまの披露宴には前日から愛子さまが熱を出して、
看病疲れも加わって体調がすぐれなかったけどどうしても出席したかった。
貧血気味で身体がもたないことから医師のすすめでスーツ姿になった。

週刊現代2006年1月?日号
民間の幼稚園教諭の経験を活かし、愛子内親王の養育を担当したして来た福迫氏。
しかし、その教育方針に女官たちが反発しているという。
年末年始に愛子内親王のために雅子妃がスケジュールを急遽変更することが相次いだときにも、
福迫氏の教育方針について疑問の声が上がった。
宮内庁職員 「まず、12月23日に御所で開かれた天皇誕生日の食事会で、
雅子さまはご機嫌が悪くなった愛子さまを連れ、東宮御所に一度戻り、2時間46分も陛下や他の皇族方をお待たせしてしまった。
そして1月5日に御所で開かれる『独楽回し』と食事会でも、愛子さまが体調を崩し、ぐずられたことから急遽欠席されています。
天皇皇后両陛下をはじめ、皇族方々は自分よりも国民の幸せを考えるように厳しく教育されてきたのを女官達は知っています。
皇太子さまも美智子皇后がお作りになった『ナルちゃん憲法』を元に当時の女官たちが将来天皇になる方として厳しく育てられてきました。
そのため駄々をこねられる愛子さまを叱ったりせずに言う事を聞いてしまう福迫さんの教育方針は、
皇室の伝統にそぐわない。という声が女官から上がっているのです」
東宮御所では、東宮侍従長以下、侍従、侍医長、侍医に加え、東宮女官長と女官が仕え、皇太子夫妻を支えている。
何十年も同じ皇族に仕える彼らはまさに皇室の伝統から性格まで熟知した人々なのだ。
ここに民間から福迫氏が入ったわけだが、養育係の立場は「仕人」。女官よりも下の地位である。

週刊朝日2006年1月6・13日合併号
雅子様が一人で皇室を離れる分には何の支障もない。
しかし皇太子が皇籍離脱を希望した場合は厄介で皇室典範改正後になれば愛子様の離脱も困難。
有識者会議の有識者の中には小和田家に近い人もいるので、あらゆる場合に備えて一刻も早く
愛子様の皇位継承権を確実にしたいと動いているとの誤解を国民に与えかねない。(八幡和郎)

2006年1月TVタックル
勝谷誠彦
「藤原氏や平家も男系を潰さなかった。
一人、道鏡という人が天皇になろうとした。小泉は平成の道鏡と呼ばれるだろう」
三宅久之
「(それを阻止した和気清麻呂の話)」
勝谷誠彦
「血統だけでなく、一つの形を守っていくのが文化、伝統。次のダライ・ラマは突然発見される。
ローマ法王も血統ではない。が、形を守ってきてるから権威が存在している」
阿川佐和子
「これまでの女帝は女系ではない?」
八木秀次
「男系女子。リリーフで天皇になった」
三宅久之
「これまでの女帝は結婚も出産もしていない」
小林興起
「国民が女系と女性の区別がついてない。ゆっくり決めるべき。
皇太子殿下もおられる。緊急ではない」
八木秀次
「皇室でもいろんな意見がある。皇室と政府が話し合うべき。
でも皇室は言わないから、寛仁殿下が言われた」
勝谷誠彦
「有識者会議の吉川座長が殿下の発言なんか関係ないと失礼なことを言ってる」
三宅久之
「吉川座長は国家観、歴史観は関係ないと言ってる」

週刊新潮2006年2月2日号
■追いつめられた「皇太子殿下」
皇太子殿下が追いつめられている。
ご静養中の雅子妃殿下が皇族の食事を会を一再なさらず欠席される中、
皇太子殿下はお一人でそれらに出席され、殆どのご公務も又ひとりでなされたきた。
が、ここに来て「ファミリーの昼食会」が皇太子ご夫妻抜きで催されるに至り、
各国大使の接待役も今や秋篠宮ご夫妻に譲りつつあるという…
「その日、御所で皇族方の昼食会が開かれたのですが、出席なさったのは
両陛下と秋篠宮ご夫妻、それに黒田清子さんの5人だけ。皇太子ご夫妻のお姿はありませんでした。
平日で仕事中の黒田慶樹さんはともかく、皇籍離脱した清子さんも見えたことから察すると、これは立派なファミリーの食事会。
そこに皇太子ご夫妻がいらっしゃらなかったのはやはり異常な事態だと思うしかありませんでした」
同じ日の夜、皇太子ご夫妻は都内でヴァイオリンの独奏会を鑑賞されている。
にも関わらずファミリーの昼食会はご欠席…。
■東宮家は機能していない
天皇陛下の御学友である橋本明氏は憂慮する。
「こうした状況では、東宮においで下さいとお願いしようにも、遠慮してお声がかけづらいでしょう。
御夫婦揃ってのお出ましを期待したところで、殿下しかお見えになれない訳ですし、
雅子妃にドタキャンされてはかなわない。そうしたことを踏まえると、東宮家はすでに機能していないといえるのです」
鴨場接待東宮ご夫妻は93年~95年までで、後は主に秋篠宮ご夫妻が接待役を務めている。

アエラ2006年2月9日号
医師団は「『環境』にNO」を突きつけたわけではない。
雅子妃お誕生日、茶会ドタキャンは、朝から風邪気味、腹痛と嘔吐の症状が出て、度々中座する方が失礼だと思い、中止になった。
医師団が沢山の文字を読む事もストレスだと言い、'05年春まで本と雑誌を読む事を禁止。
宮中祭祀は長時間かかるので体力的に困難。
医師団が勧めた乗馬やスキーで「意外に元気そうだ」と国民が思うのは、宮内庁の説明不足。
愛知万博に無理して行ったのに「不機嫌」と言われ、体調悪化。
気分がすぐれない日でも、必死に起き上がり、愛子様に食事を作ったり、遊び相手をしたり。
立つのがやっとで壁にもたれかかっている姿に、 東宮職員「本当に頭が下がります」。
天皇誕生日の記者会見で宮内庁が会見打ち切った件
記者達が「東宮医師団」について質問する予定だった。
それを打ち切られた。当然記者クラブはその場で抗議したが駄目だった。「陛下がお疲れなので・・」と。
まるで陛下に皇太子夫婦について話させたくない様だった、という記者もいた。
「離婚説の策謀」八木秀次教授の意見
「男系派の集会での雅子妃批判への拍手の大きさに驚いた。
自分も仲間内では、雅子妃にお引き取りいただけたらいいのにと言って怒られたことがあるが。
むしろ離婚説は東宮夫妻が発信源。」

週刊新潮2006年2月9日号
秋篠宮さまご一家は頻繁に御所の両陛下を訪ねている。眞子様、佳子さまもご一緒。
食事のお誘いがあればすぐに行くし、蚕の桑取りや世話にも度々訪れている。
御所で 両陛下が行う稗や粟、米の収穫にもお手伝いに行っている。
愛子様は会う機会が乏しく 記者が愛子様の様子を尋ねても「会っていないのでわかりません」とお答えになる。

アサヒ芸能2006年2月16日号
雅子妃「離婚報道」で飛び交う皇太子一家の「深刻孤立」
「離婚説」の情報の出所は東宮職を含む皇太子夫妻に近い人ではないか、
その思惑は同情を誘い皇室改革を思う方向へ進める為
スキー旅行中止は表向きは豪雪に配慮とのことだが、実は天皇陛下からの注意によるもの
秋篠宮夫妻は御所に戻られる際も警備車両に「ご苦労様」と会釈や手を振るが皇太子夫妻はそのような姿はお見かけしない
皇太子一家はワンボックスカーで私的外出するが、
警備スタッフへ「前を走らず後ろに離れてください」と注文、それでは役に立たないと担当者が困る。
今春から学習院幼稚園の入園が決まった愛子さまのご養育を巡っても、こんな場面が見られた。
「昨年9月、奥志賀高原でご静養された際、新幹線でご帰京されたのですが、専用列車の発車が2~3分遅れたのです」(前出・担当記者)
その理由は、愛子さまをホームで歩かせたためだという。
これは抱きグセをつけないためなのだが、専用列車とはいえ、ダイヤへの影響は避けられない。
「天皇陛下誕生日中座事件」も、雅子妃と離れたくないとむずがる愛子さまに付き添ったための「事件」だった。

週刊朝日2006年2月?日号
最近の東宮夫妻、特に雅子妃の公務はほぼ全て国連がらみ。
皇太子の人格否定発言は文が官僚臭い=小和田臭がする。
小和田氏は今や「政治家」に近い。安保理常任理事国入りを画策したのも小和田氏。
さっさと小和田氏は現役から引っ込めという声がある。
有識者会議は官僚のお膳立てだった。皇太子と雅子妃との出会いも官僚のお膳立てだった
皇室典範改正は「将来歴史家が『官僚たちによる皇位乗っ取り』と呼ぶかもしれない異常事態」と専門家が警告
正田家は額に汗して働き財を成した「民」なので、
美智子さまも国民のお陰で何不自由ない生活ができると常に意識しており万事控えめである
小和田家はエリート官僚のため、税金を使うことにまったく抵抗が無い現状では
愛子さまはどう見ても小和田家の孫であって両陛下の孫じゃないみたいです」(皇族関係者)

週刊女性2006年2月28日号
'03年の湯浅発言のころに、両陛下が男子誕生を望まれていたのは事実だろう。
だが、皇太子ご夫妻は第2子誕生を断念された。
じつは愛子さま誕生は、かなり高度な懐妊治療の結果だったともいわれている。
例の「人格否定発言」あれは第二子を希望された陛下への反逆の言葉。
それを聞いた皇室関係者は驚愕。紀宮様が謝るように忠告。
謝ったら今度は小和田恒氏が皇太子を厳しく叱りつけた。

アサヒ芸能2006年3月2日号
何事にも控えめで両陛下のご意思をすばやく察知される紀子妃とは対照的に、雅子妃はご自分の意見を明確に主張される。
「例えば、年末に皇太子殿下とコンサートに行かれた際、雅子妃は先に帰られたのですが、
これは雅子妃がクラシックをあまりお好きではなかったためなのです」(宮内庁担当記者)
ご夫妻に親しい関係者が雅子妃の近況を話す。
「最近は、青山や銀座に買い物とお食事を楽しまれているようです。海外でのご経験が長いせいか、
雅子さまは和食をお好みではなく、中華や洋食のお店で古いご友人と召し上がっているようです。
御所のお食事はおいしくないことで有名ですから、外をお望みなのも無理のないことかもしれません」
皇室記者の談話
「雅子妃は食器とシルバー製品を揃えたい」
「美智子様は、自分で立ち直って欲しいという厳しい意見」
バレンタインデーの(補足:2006年2月)14日、ご夫妻は別々に過ごされたという。
この日、雅子妃は皇居で乗馬をなさったあと、青山にある国連大学へ。
国連大学へ通うとの報道があった直後は控えられていたようだが、またお姿を見せるようになった。

週刊文春2006年3月2日号
20日は国連大学の国際シンポジウムに時間延長で参加。
国連大学12階に渋谷を見渡せる雅子妃のための特別室が用意された。1月から頻繁に通っている。
部屋で人に会ったり、本を読んだり、コンピュータを使ったりしている。
数年前には東大の研究者から国際関係論の進講を受けたりラテン語を学び、学長のヒンケルにしばしば相談。
夜中の2時3時まで、経済の専門書を原書でお読みになる。皇太子は全面的に「ライフワーク探し」に支持している。
愛子さまのお弁当は大膳が用意する。年明け以降、こどもの城へは大体欠席。
その一方、私的な外出は多い。
「皇太子はご結婚以来、変わられた」の声はよく聞く。
静養先ではビデオやカメラを手放さないマイホーム・パパ。
ひっきりなしに雅子妃と愛子さまにレンズを向けている。
朝が苦手な雅子妃に変わって、朝は皇太子が車でこどもの城まで送っていく。
一昨年暮れの御所のお餅付きでは、欠席した雅子妃にかわり
甲斐甲斐しく愛子さまの面倒を見、ギュウギュウとしてしがみつく愛子さまを眞子様佳子様の所まで連れて行って遊ばせていた。
その姿に 「おいたわしい」と漏らした側近。
「東宮職医師団の見解」が出てしまい、天皇皇后の側近達の落胆ぶりは痛ましいほどだった。
批判の対象は雅子妃ではなく、 「皇太子さまはどうしてこんなに変わられてしまったのか」の失望の声。
皇太子は厳しい局面を避けてしまうことが多く、優しすぎると評判がたったこともあった。
たとえば、学生時代に東宮御所でバーベキューをした時ご学友の一人が
急性アルコール中毒で倒れ、医者や看護婦や出仕が介抱にあたったが、
皇太子はその状況に耐えられなくなり「どうぞよろしく」で立ち去ってしまった。
御陵墓の重大な取り決めについて 話している最中も「それでは私は失礼いたします」と先に一人で引きあげた。
紀宮様はそんな兄の姿を見て「無責任ですよ」とおっしゃった。

アエラ2006年3月6日号
皇太子一家の「遠き春」
天皇、皇后両陛下とのコミュニケーションの不足も、事態悪化に拍車をかけた。
外国訪問をしたがる雅子さまに対して、両陛下は、「世継ぎのことはどう思っているのだろうか」との思いを持ち続けていたようだ。
また、6年前には、こんなことがあった。
雅子さまが、香淳皇后の葬儀を直前になって病気を理由に欠席。
手厚く弔いたいと夜も寝ずに準備してきた美智子さまは、それはがっかりしていたという。
「たとえ病気になっても、あくまで公務を重んじてきた美智子さまには理解しがたかったのでしょう。
自分は何倍も苦労してきたのに、という気持ちもあるのだと思います」(皇室ジャーナリスト)
天皇家では「昭和時代」には、週に1回、ご一家同士が御所で食事会をして絆を確かめ合う「ご参内」があった。
今でも、秋篠宮ご夫妻は頻繁に「ご参内」しているが、皇太子ご夫妻は雅子さまの体調のせいで、
だんだん足が遠のき気味で、特に雅子さまが御所を訪れる機会は少ない。
紀子さまは、美智子さまの忠告や助言にも素直に耳を傾けるだけでなく、
高校生の手話コンクールの来賓に決まった後、手話通訳を勉強し、
手話であいさつをするくらい、公務に対して本気で取り組んでいるというのだ。
天皇から厳しい視線、紀宮様からも「自覚」を促され、こうした「距離感」 言葉をかえれば、
皇室内のぎくしゃくした空気が、皇太子さまの「人格否定発言」によって、鮮明に露呈した。
両陛下は、雅子さまが長期間公務を休んでいることに対して、もちろん病状を案じつつも、
「国民に申し訳ない」という気持ちも強いようだ、という。
それは、兄思いの紀宮さま(現黒田清子さん)も同じ思いだったらしい。
皇太子さまについて、自覚を促すような言葉を使ったこともある、という。
雅子さまは韓国人音楽家を御所に招き、雅子さまは4時間も韓国人夫婦と英語で喋り続けた。
雅子さまは昨年の自分の誕生日の茶会に双葉の恩師を招いて茶会ドタキャン欠席したが
今月2月末に来日するハーバード時代の恩師ピーター・マサイヤス教授とは会う予定
3月のメキシコでの公務と抱き合わせでメキシコの一大リゾート地カンクンにて、
静養と称する長期海外バカンスを計画して乗り気だった雅子さまだが
国内公務も祭祀もしていないのにと批判が噴出したため長期海外バカンスをやっと断念した。

週刊新潮2006年3月?日号
皇太子ご一家は3月下旬に奥志賀へスキー旅行の予定。
雅子妃は今月2月に予定していた奥志賀スキー旅行を林田東宮大夫に
(表向きは)「豪雪被害に配慮して」と発表させて中止している。
(しかしこれは、実は天皇に注意されて中止したことが アサヒ芸能の取材で明らかにされている)
雅子妃は「2月の奥志賀での静養が延期された」と思っており、3月にはどうしても行く気らしい。

週刊ポスト2006年3月10日号
皇太子さま誕生日会見は「回復途上にあるので暖かく見守って欲しい」
「祭祀に携わるのは通常の公務が行えるようになってから」批判への説明で
秋篠宮さまに子供が出来たことを喜ぶ王者の風格を見せて欲しい場面。
次の天皇としてそれでいいのかと批判する人もいる。
秋篠宮さまは小さい頃飼っていたテンジクネズミを真冬に泳がそうと池に入れて死なせてしまい、
通りかかった陛下に池に投げ込まれた。命を大切にしない罰。
秋篠宮さまのお言葉
宮中祭祀を大切にしていきたいと思っている。
拝礼の時も心の持ち方が大事であると考える。
私はいつもご先祖様に話し掛けるつもりでお辞儀をしている。
皇族には天皇をサポートするという役割が不可欠で、それがかなり大きい位置を占めてくると思う。

週刊朝日2006年3月?日号
岩井記者
秋篠宮様に纏わる「遊び好き」「女好き」とういう評判があるが、そうではない。
そのレッテルは悪意がこもった風評である。 過去の秋篠宮様バッシングは何故起こったのか…
宮内記者会発表時に宮内庁側が、欠席の経緯をよく説明せず「過去にも似たケースはあった」と繰り返すだけで、
記者会側が「幹部を呼べ」とイラ立ち、そのムードが記事に反映された。
さらに、「熟慮の末、宮内庁としては不本意ながら云々」ということまで言ってしまった。
これでは秋篠宮様が宮内庁の制止を聞かず、自分勝手に行ったかのようである。
なぜこうなったか。事情を把握していない職員が記者発表したとも考えられるが、
どうも秋篠宮様と宮内庁、外務省はあまりうまくいってないらしい。
秋篠宮が各国で調査研究のため現地の王族も行かないような山奥まで入るので、現地は大歓迎だが、職員は忙しい思いをするせいである。
秋篠宮様と今上陛下の性格がは似ていらっしゃる。
秋篠宮家では、自然に人が集まって一般人も含め、皆自分で肉や野菜を持ち込んで勝手に台所で料理して和気藹々なお付き合いがある。
そうした中で男女問わず親しく方を抱いたり、気軽に電話したりするので「女好き」という評判が立ったことがある。
クリントン大統領の晩餐会欠席でタイに鯰研究やお祭り正体に応じてタイに 出かけたため、タイに愛人がいるのではと週刊誌に書かれた。
これに対し、殿下は同じ年の11月の記者会見で「火のないところに煙が立った」と反論、確たる根拠もなかったことから報道は沈静化した。
秋篠宮家に集まる人々に共通しているのは、学習院出身者の多くがそうであるようにギラギラしたことを嫌う点。
宮家に国庫から支給される私的生活費「皇族費」は、年5000万円。
その中から 日常の生活をサポートする私的職員の人件費、多額の交際費、
食費、教育費、被服費、私的な研究のための出費をまかなう。けっして贅沢とはいえない暮らしぶり。
公務においても、東宮家は50数名のスタッフを抱えているが、秋篠宮家は宮務官、事務官、侍女長、
侍女ら実質9名のみ。東宮家の地方公務では、事前に侍従らが現地を下見し、リクエストなどを出す。
が、秋篠宮家では予算が無いため、ぶっつけ本番。

週刊ボスト2006年3月?日号
秋篠宮さまの友人が、雑談の中で秋篠宮さま本人に「兄弟の不仲説」を聞いたことがある。
すると「東宮に呼ばれもしないのに、こちらから伺うわけにもいかないでしょう」と答えられた。
皇太子の方が門を閉ざしているからコミュニケーションが取れないと、言外に。
96年4月のクリントン米大統領(当時)が来日、宮中で晩餐会が開かれた時のことについて。
雅子妃はヒラリー夫人やその他の要人と生き生きと談笑していたが紀子妃はどちらかというと伏し目がち。
紀子妃も帰国子女で英語はかなりうまい。しかし、男性皇族の後に控え、前に出ることはなかった。
晩餐会の最後は、場所を「春秋の間」に移して、食後酒やノンアルコールを飲みながらの談笑となる。
私たち宮内記者は、通称「のぞき部屋」と呼ばれる舞台裏のような場所から、
宴の様子をうかがう。その時記者たちの話題になったのは、
紀子妃、紀宮様のふたりが話している場所に、雅子妃が決して近づかないことだった。
敬遠している訳ではないだろうが、何か世界の違いというものがあり動かしがたい壁があるように感じられた。
雅子妃が皇室で孤立しているのではないか・・・そうした報道が出始めたのは最近のことではない。
結婚3年目あたりから、ポツリポツリと女性誌が書き始めていた。
そして、孤立したのは雅子妃だけではない。
皇太子もまた、自分たち夫婦だけの殻に閉じこもりがちになった。
独身時代、管楽器やスポーツの友人と幅広い交流をしていた皇太子。
ところが、結婚した途端、友達付き合いをパッタリ止めたように見えた。理由は謎である。
一つだけ思い当たるとすれば、お妃選びの最後の段階、小和田雅子さんで 固まり始めたとき、
皇太子はなお友人グループから女性の紹介を受け会っていた。
カモフラージュの意味もあったのだろう。
しかし、経緯を知った友人たちは、 不信感を募らせたに違いない。
もちろん、それだけではないだろうが、結婚を境に皇太子の友人関係が変わっていった。
やはり雅子妃の存在が、皇太子と友人たちを遠ざける要因の一つと いえるのではないか。
兄弟双方とも親交がある人物は、
「秋篠宮様は、いろいろな人の意見に耳を傾けるようになった。それが批判であってもだ。
皇太子も独身時代は、気さくに私たちと会った。
ところが、今は厳しい意見をいう人物を遠ざけ、周りに誰もいなくなった」と兄弟の違いを指摘する。

週刊文春2006年3月16日号
去年10月の葉山でご静養天皇天応皇后両陛下を皇太子一家が訪問した時のこと
皇太子一家の滞在は10月9日午後4時から翌日の午後3時までの一泊23時間
しかし9日の夜は両陛下は外出されていて夕食は共にしていない
翌朝の散策の折も皇后様と紀宮様は皇太子一家と反対のほうに海岸を散歩
愛子様の砂遊びに加わろうとした皇后様に愛子様はそっぽを向いた
皇后様が愛子様の肩に手を置こうとしたらするりと身をかわして皇太子の手を取った
この時の溝が一連の雅子妃誕生日のドタキャン、夕食会中座事件に繋がっていく
■田園雙葉の教師2人の証言
教室の雅子様はご自分から手を挙げたりしない物静かな生徒
(スキー教室で間違って教えた時に)「先生、違いますよ」とは言わず みんなと一緒に大笑いしていた
■雅子様と一緒に東大法学部に学士入学した岡田直樹参院議員
外交官試験に通った後、お友達と私の地元の金沢にいらしたのでご案内したことがある。
その頃「これから海外生活も長いと思うけど、一生独身なんですか」と
かなり失礼なことを聞いたんです。すると「夫とか子どもの支えがないと一人ではやっていけない」と
意外に優しいお答えが返ってきたのでへぇと思った記憶があります.

女性自身2006年3月?日号
勝谷
紀子様が、同窓会にご出席された時 旧家に嫁いだ御学友に、私でも嫁いで色々あったのに、
紀子様はもっと大変だったろうにいつも笑顔で・・って言われて
「そんなこと言われると、涙が出ちゃうわ」 と言って涙ぐまれた。

女性自身2006年3月?日号
14日は皇太子がメキシコ行きの前に皇居へご挨拶。
その後雅子さまと愛子さまも参内、夕食をともにする。鴨川シーワールドの予定を中止して葉山へ。
雅子さまと愛子様は静岡県に江頭豊さんのお見舞いに行ったことがある。
愛子さまの公開写真は、修正されている。黒目の焦点や口元など。

諸君!2006年3月号
何故だ!? 小和田恒氏の沈黙 八幡和郎
いずれにしても、妃殿下が公務をこなせないような状況になったことについて
父親である小和田氏は恐縮し、皇室や国民に申し訳なく思われるのが普通だろう
また、この成功したとはいえない結婚を推進した人々は愛のキューピッドとなったことを誇るのでなく、
この悲惨な状況の責任を重大と恐懼するべきである。
ところが、小和田氏やこの結婚に絡んだ関係者は、雅子妃が皇太子妃 候補といわれるようになってから
アンタッチャブルな存在になり批判しにくい 雰囲気

週刊女性2006年3月?日号
陛下が雅子妃を気遣って「体調はいかがですか?」と尋ねたら、
素っ気なく「大丈夫ですから」と答えて周囲が凍りついた
雅子妃誕生日食事会欠席の時、部屋に引きこもってしまいドアの下からメモを職員に渡してやり取りした
食事会で他皇族の海外公務の話題が出るのが負担なのではないか?

女性自身2006年3月?日号
雅子妃の出席がなくては、皇太子の公務も少なく見える
雅子妃は両陛下から引き継がなければいけない公務について、十分教えを受けられていない、と不安を口にされた。
八幡氏
「(12月の東宮医師団の見解)これがあまりに身勝手と多くの人間に受け止められ、
さまざまな意見が噴出する発端となった。
公務が出来ないのに国民に申し訳ないという気持ちが感じられないのがよくない」

週刊文春2006年4月?日号
新しい東宮大夫の野村氏は「外務省」出身で、雅子妃が幼少期を過ごしたモスクワ時代の「お隣さん」
新しい東宮大夫の野村氏は小和田氏一家と「同じアパート」で暮していた
東宮夫妻の良いようにと、東宮夫妻の言う通りにだけ動いてきた感のある前東宮大夫の林田氏だが、
雅子妃から信頼されていなかったので、雅子妃の、外務省出身の野村新東宮大夫への期待は大きい
雅子妃は最近は元気いっぱいのご様子
東京ディズニーリゾート後には再び私的外出をしてソレイユの丘を訪問。
苺狩り、トマト摘み、ヤギや羊や馬にも触れ、体験教室で苺大福まで作った
雅子妃は、葉山に「静養」に行く前に、「ソフトボール」大会を開催した。
新東宮大夫となる「外務省出身」の野村氏も野球が好き
ちなみにこのソフトボール大会、まだ林田前東宮大夫が退官前だったため、野村新東宮大夫ではなく林田前東宮大夫が参加させられた。
雅子妃がサード、皇太子はセカンド。
ソフトボール大会にはソフトをやる年齢ではない林田前東宮大夫までが借り出され林田前東宮大夫はピッチャーゴロだった
しかし雅子妃は、ロングスローを投げる必要のあるサードを守る体力は存分に何時間もあっても
近く行なわれる皇室の始祖・桓武天皇の祭祀(一般でいえば法事)は進講だけ受けて祭祀(法事)そのものはまた「体調を考慮して」欠席するという。

週刊新潮2006年4月20日号
4月下旬に愛知で行われる「みどりの愛護」のつどいへの一泊公務。
皇太子が担当している8大行啓の一つで、重要公務。
体調を慮り、皇太子とは別のスケジュールを組んで初日の雅子さまは愛知に移動するだけで、
ホテルに直行するスケジュールを組んだり余裕のある日程を組んで、
完全復帰の第一歩とする予定だったが
「まだ一泊のご公務は負担が大きすぎる」と医師団が判断して、ドタキャン。
毎年4月10日の夕方に、天皇皇后の結婚記念を祝う夕食会を東宮御所でおこなっていたが
今回は11日が愛子さまの大切な入園式だったので、夫妻の懇願(恫喝?)により8日に変更された。

週刊現代2006年4月29日号 
4月11日学習院幼稚園入園式で午前9時半に到着した一家はまず園舎の向かい「百周年記念館」で待機し
午前10時の入園式開始直前に徒歩で園舎内の会場へ移動。
「敬宮愛子ちゃん」と呼ばれ「はいっ」と返事して立ち上がったという。
入園式で雅子妃以外の母親は皆濃紺スーツを着用派手なアクセサリーは一切無しの地味な姿。
雅子妃のオフホワイトスーツで黒パンプス姿は誰よりも目立った、
幼稚園カバンについて宮内庁は「私的なことなので」とコメントを控えたが雅子妃のお手製と言われている。
5月から火木金週3回お弁当だが大膳課が作り雅子妃は弁当箱に詰めるのを手伝うこともあるという。

文藝春秋2006年4月号
「皇太子と雅子妃苦悩の決断」友納尚子
雅子妃が静養中の現在、皇太子お一人で公務に出席されるばかりでなく、
愛子様の「こどもの城」への送り迎えもできるだけ関わられている。
しかも それに対する批判も承知されているという。
「マスコミには『皇太子は私生活を優先してばかりいる』
『ご結婚して変わられた』 『公務の姿が見えない』など雅子妃と同様に、いえそれ以上の強い風当たりを受けておられます。
これではあまりにひどいではないですがと申し上げたところ、殿下は『どんな批判も 甘んじて受けなくてはならない。
こういうときこそ自分に何が必要で、何をすべきか という意思を貫かなくてはなりません。
これからも目標を持って冷静に進んでいかなければ』 とおっしゃられました」(皇太子の知人)

週刊文春2006年6月1日号
紀子さまご出産準備スタート 「産着は男女兼用」
紀子様は妊娠安定期に入られたからか公務をますます積極的にこなされている。
毎月陛下に詠進される月次(つきなみ)の歌も休まない。
公務だけでなく、母親業もきちんとこなしている
愛子様の警備は厳重。幼稚園付近を歩いていると必ず護衛官に呼び止められる。
男子中・高等科(隣接)の教員たちすら止められている。
眞子様、佳子様のときとは大違い。愛子様が帰ると空気が緩む。(学習院関係者コメント)
相変わらずご会釈にもでていない。愛子様優先の姿勢に千代田の側近たちは不安視。
紀子様ご出産準備で御所全体が明るく活気付いている。
性別を知っているのは画像を見ている担当医のみ。上司にも報告してはならない。
医師団にも徹底的な情報管理。
秋篠宮さまも、天皇皇后両陛下も知らない。

女性セブン2006年6月15日号
雅子さま・赤十字大会ご欠席してテニスの波紋
宮内庁の発表では体調を考慮して欠席。
その後、愛子さまが溶連菌で熱をだし、その看病のためという理由に変わったが、
後日、その日にテニスをしていたことがわかった。
愛子の溶連菌感染症による熱が下がったのは,公式発表では25日夕方。
赤十字大会は25日の日中だが、欠席。
皇太子夫妻は愛子さまの熱のため看病していたと発表。
ところが、実際には25日午後東宮職員とテニス。

週刊文春2006年7月27日号
「オランダ行きの事前報告ならば、葉山でなくともよかったはずです。
両陛下は御所へのご参内なら、いつでも歓迎されると思います。
おそらく雅子さまは来月に迫ったオランダご静養に向けて気持ちが高ぶっていらしたのでしょう。
気が急いていらしたのかもしれません。葉山にご一緒することを断られるとは、想定外のことだったのです。
ただ、一昨年の夏頃、両陛下が何度となく、皇太子ご夫妻を御所にお招きになった際には、
『そのうち参ります』と仰って、両殿下はほとんどいらっしゃらなかった。
もちろん雅子さまのご体調もあったのでしょう。
しかし一番残念だったのは、陛下がホルモン療法を開始されるにあたって、皇太子さまにご相談なさりたいと思い、
お声をかけたときにもいらっしゃらなかったことでした。それなのに今回のようにご自分たちのご希望は強く仰る。
しかも両陛下が海外からお帰りになったばかりなのに、なぜご配慮いただけないのか、と思ってしまいます」(千代田側関係者)

文藝春秋2006年7月号?
終戦時の昭和帝のご聖断について
当時大本営から全然正しい情報が上がってこず、
陛下は米軍の短波放送を聞いて正しい情報を得ていた。

週刊朝日2006年7月?日号
今は皇太子への公務の要請もしにくい。呼ぶ側は1年以上前から準備してるのに、
直前キャンセルになると人的物的損失は莫大
警備が凄かった04年10月文化庁芸術祭オープニングにも雅子さまドタキャン。
橋本明「両陛下、他の宮様と比べても、皇太子には公務への積極性が感じられない。」

  • 最終更新:2019-07-13 21:52:21

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