高円宮絢子さまご婚約関連雑誌記事


絢子さまは眞子さまの「ご結婚」を待っていた
「文春オンライン」編集部
6月26日、高円宮家の三女・絢子(あやこ)さま(27)が、日本郵船に勤務する守谷慧(もりや・けい)さん(32)と婚約することが発表された。
それからわずか2日後の28日、秋篠宮家の長女・眞子さま(26)のお相手・小室圭さんが、
弁護士資格を取得するため、今夏から3年間渡米するとメディア各社が報じた。
眞子さまと小室さんは、昨年9月に婚約が内定し、2020年に結婚を延期されている。
今回のように、皇族の婚約という「慶事」と、結婚の「延期」が同時期に重なるのは極めて異例のことだ。
「ネットでは『なぜいま絢子さまが婚約を発表されたのか』と絢子さまに対し一部批判の声もあがっています。
しかし、絢子さまの婚約発表は、天皇陛下にお伝えした上でのこと。宮家のみの独断で決められることではありません。
宮内庁としても、すべて考慮した上で発表の時期を探っていたとみるべきでしょう」(皇室担当記者)
絢子さまは、現在いる皇族17人(天皇・皇后両陛下を除く)の中でも、
天皇陛下の直系である「内親王」(眞子さま、佳子さま、愛子さま)とは違い、「女王」の立場である。
さらに、絢子さまは最年少の「女王」で、一番身位が低い立場であるため、
守谷さんにお会いする前から「いつ結婚するべきか」を気にされていたという。
「絢子さまは自身の結婚の時期について、陛下の退位、皇太子殿下の即位の関連行事の時期を外すことはもちろん、
昨年9月の眞子さまの婚約発表の際にも『仮に良縁があったとしても、今は待たなければいけない』とお考えでした。
実際、眞子さまの婚約延期が決まった2月から絢子さまの結婚話が具体化していったのです。
守谷さんと絢子さまが出会ったのは昨年末ですが、春には高円宮家の慶事が発表されるのではないかと
記者たちがマークしていました。発表に至らなかったのは眞子さまへの“配慮”があったからとみられています」(同前)
眞子さまへの配慮は「時期」だけではない。絢子さまは、守谷さんのお名前が、
眞子さまの婚約相手である「圭(けい)」さんと名前の読み方が同じことを気にされ、
守谷さんのお名前を「けい」から、「さとし」の読みに改名してから発表されたほうがいいのではないかというお考えを示されたこともあったという。
「絢子さまとしては、婚約発表の時期は8月頃になると考えていたそうです。
今回、宮内庁の発表前にNHKが先行して報じたことについては憂慮されているご様子です」(宮内庁関係者)
http:// bunshun.jp/articles/-/7958

【絢子さまご婚約】三姉妹で語られた結婚相手の「条件」
〈子どもが好きなので、いつかは結婚をして子育てをしたいと考えております〉
(2010年9月15日・絢子さまが成年皇族になるにあたっての文書回答)
高円宮家の三女・絢子(あやこ)さま(27)がこのように「将来」について述べられたのは20歳の頃だった。
それから7年。日本郵船に勤務する守谷慧(けい)さん(32)に出会い、ようやくその“夢”を叶えられようとしている。
「守谷さんは物腰が柔らかく、周囲への気配りのある方。170cmで細めの体形は“絢子さまのタイプ”だったそうです。幼少期はパリで過ごされ、
慶応大学文学部在学中にはオックスフォード大学に短期留学されたこともある国際派。
父親は通産省(当時)の元職員で、母親はNPO法人『国境なき子どもたち』の専務理事を務められていました。
守谷さんは2015年に母親を亡くされた後、その遺志を継いで、
日本郵船に勤務しながら理事の職を引き継いでいます」(皇室担当記者)
絢子さまは、城西国際大学・大学院で子どもや高齢者の福祉を学び、2017年6月から同大学の福祉総合学部研究員として勤務していた。
子ども好きで、福祉に関心があるという守谷さんと共通項がある。
また、守谷さんが趣味に挙げていたスキーは、絢子さまも幼いころから親しまれてきた。
絢子さまの人柄を知る学習院関係者が語る。
「絢子さまは、ハメを外した友達の誘いにも『私は宮さまという立場があるからさ』とやんわり断ることができる“しっかり者”でした。
親しみやすく女の子らしい一面もあり、いきものがかりの『コイスルオトメ』を聞き、
歌詞にある『大好きだよ いつまでもいっしょ』という一節のように、
女性の恋心をいつまでも大切にしたいと仰っていました。結婚したいというお気持ちは三姉妹でも一番強かったのではないでしょうか」
絢子さまに結婚への「強い憧れ」があったのは、2015年11月、ご友人とともに「縁結び」で知られる出雲大社の「縁結大祭」を訪れたことからもうかがえる。
「絢子さまは白い装束に身を包み、最前列で御祈祷をしてもらっていました。
その日は、八百万(やおよろず)の神が出雲大社に集まる日とされ、大勢の女性たちが良縁を求めて出雲大社に押し掛ける。
絢子さまがご友人とともに御祈祷を受けている様子を、周りにいた女性たちはじっと見つめていたそうです」(前出・皇室担当記者)
出雲大社の祭祀は、絢子さまの姉・典子さまが嫁いだ千家家(せんげけ)が、代々「宮司」を務めている。
「絢子さまは、典子さまに会って団欒するひとときを楽しまれながら、お姉さまのような“良縁”を願われていたのではないでしょうか。
守谷さんに出会われるころ、偶然絢子さまがその時に求めたお守りを手にする機会があったとか。
このたび守谷さんとの御縁に恵まれたのも、この時の御祈祷の効果があったのではないかと思われているそうです」(別の皇室担当記者)

母・久子さま主導の“お見合い”
母の久子さまは、かねてより「娘を無事にお嫁に出したい」と周囲に語られていた。
「2002年に高円宮さまが47歳の若さで急逝されてから、久子さまは高円宮さまにかわって、
公務の多くを引き継ぎ、『娘を嫁に出す』責任も果たしたいと思われていました。
皇族としての責任と、親としての責任の二つを、高円宮さまの分まで背負われたんです」(高円宮家の知人)

三姉妹が成年になられてからは、宮邸で催すパーティ等の社交の場に積極的に参加させていたという。
「特にここ数年は絢子さまの“お見合い”の意味合いが強くなり、
天皇家の遠戚にあたる旧華族や代々政治家を輩出している名家の子息を招いて自然に出会えるようにしたり、
パーティの後も、子どもたちだけで会う機会をさりげなく設けるようにしていました。
そういった機会に恵まれていたからか、ご姉妹は『結婚相手をどう見極めるか』と話しあわれる機会もあったそうです。
そのポイントの1つが『結婚後も家同士できちんと付き合えること』。
絢子さまも、久子さまが良いと思う方ならば『間違いない』と思われていたのではないでしょうか」(前出・皇室担当記者)という。
守谷さんとの出会いのきっかけをつくられたのも久子さまだった。
「久子さまが、昨年11月、『国境なき子供たち』の設立20周年の祝賀会で守谷さんに会い、
その人柄に好感を持たれていたようです。その後、宮邸で久子さまと、
守谷さんの父・治さんと慧さんの3人でお会いする機会があった。
その時、久子さまが機転を利かせて『その話は娘が詳しいので、次は娘も呼びましょう』と再び会うきっかけをつくられたのです。
お二人は出会ってから半年ですが、久子さまと慧さんの父・治さんとは40年ほど前からの知り合いで、
母・季美枝さんとは、季美枝さんが専務理事をしていた『国境なき子どもたち』の関連行事で親しくお付き合いがあった。
久子さまがお相手の家族をよく知っていたからこそ安心して自ら“紹介”されたのでしょう」(前出・皇室担当記者)
次第に慧さんが絢子さまに心を寄せられるようになり、絢子さまもそれに応える形で愛を育まれたという。
〈気の置けぬ竹馬の友と語り合ふ理想の未来叶ふときあれ〉
今年の歌会始ではこのように詠まれていた絢子さま。“理想の未来”が近づいている。
http:// bunshun.jp/articles/-/7959

絢子さま、日本郵船勤務の守谷慧さん以前の茶髪ピアスな交際相手たち
週刊女性2018年7月17日号
2018/7/2
「高円宮家の三女・絢子さまと日本郵船に勤務する守谷慧さん(32)が婚約されました。
守谷さんは勤務の傍ら、途上国の子どもたちを支援するNPO法人『国境なき子どもたち』の理事を務めています。
'15年に亡くなった慧さんの母・希美枝さんが、もともとこのNPO団体の専務理事でした。
絢子さまのお母さまである久子さまは毎年、関連行事に足を運ばれていて、母親同士の交流があったのです」(宮内庁関係者)
昨年12月、久子さまが絢子さまに慧さんを紹介して、まもなく交際に発展。半年後にご婚約が内定するに至った。
その一方で、絢子さまを知る関係者は、今回の結婚相手に驚きを隠せないという。
「私が知っている限り、絢子さまは過去に計3人の男性とお付き合いされていましたが、守谷さんとはタイプが違うように思えるんです。
城西国際大学時代にお付き合いしていたのは、同い年くらいの茶髪の男性で、
ピアスをつけ、ズボンを“腰ばき”している方だったのでとても驚きました。
結局、絢子さまのカナダ留学を機に自然消滅したようですね」(城西国際大学関係者)
イマドキの学生と別れてしまったあと、海外留学中にも交際相手がいらっしゃったと、この関係者が続ける。
「'13年9月から'14年4月に、カナダの『カモーソンカレッジ』に留学していたときには、
外国人とお付き合いされていましたが、すぐに破局したそうです。
その直後の'14年5月から約3か月留学していた同国にある『ブリティッシュコロンビア大学』では、日本の地方出身の方と交際されました。
この方は宮邸にお呼びしたり、男性側の実家を訪れたこともあったようです」
学生時代から恋愛経験を積みながら、最終的には久子さまのご紹介で守谷さんとの結婚をお決めになった絢子さま。
これには“高円宮家の家訓”と“眞子さまの結婚延期”が影響しているそう。
「“恋愛と結婚は別”というのが、久子さまのお考え。高円宮家は皇室の一員として、
国民が納得できる“それなりの相手”を選ばなくてはならないという意識が強いのです。
そのせいなのか、昨年5月に眞子さまと小室さんの婚約が報道され、大学で出会い、自由恋愛を経ての結婚だと知った際は、
絢子さまはとても驚かれていたと聞いています。
しかし結局、結婚延期となり、“やっぱり恋愛と結婚は別なんだ”と思い直されたそうですよ」(高円宮家関係者)
ほかの皇族方のご結婚事情にも眞子さまの結婚延期が影響しているようだ。
http:// www.jprime.jp/articles/-/12772

  • 最終更新:2018-07-04 13:14:30

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