雅子妃49歳ご感想を宮内庁が修正

雅子さま49歳に 支援受けながら回復に努力
皇太子妃雅子さまは9日、49歳の誕生日を迎えられた。宮内庁東宮職を通じ1年の感想を文書で公表。
療養生活に入って間もなく10年目になる自らの体調について「ご心配をお掛けしていることと思いますが、
国民の皆さまより引き続き温かいお気持ちを寄せていただいていることに、御礼を申し上げたい」とつづり、
周囲の支援を受けながら回復に向けた努力を続ける考えを示した。
治療に当たる東宮職医師団も見解を発表。長女愛子さまの通学問題に心を砕いたこともあり、
昨年秋から今年夏までは心身の疲れがあったが、夏の静養以降は徐々に自身の活動に取り組んでいるという。
2012/12/09 05:00 【共同通信】
http:// www.47news.jp/CN/201212/CN2012120801001629.html

心痛みます、一日も早く復興を…雅子さま49歳
皇太子妃雅子さまは9日、49歳の誕生日を迎え、感想を文書で発表された。
東日本大震災の被災者が今も困難な状況にあることに繰り返し触れ、
「とても心が痛みます。一日も早く復興が進み、安心して暮らせるよう切に願っております」と心を寄せられた。
雅子さまが適応障害で療養に入られて10年目になる。宮内庁東宮職によると、今も投薬治療が続き、
この1年の活動は皇室行事や私的な活動が中心で、地方への公的な訪問は8年ぶりになかった。
感想では「療養が長くなり、御ご心配をおかけしていると思いますが、
快復に向けての努力を続けていきたい」とつづられた。
快復の兆候もうかがえた。被災地への気遣いや国民に向けたメッセージが全体の半分近くを占め、
文書の量も一昨年の約640字、昨年の約1650字から約2070字に増えた。
(2012年12月9日05時07分 読売新聞)
http:// www.yomiuri.co.jp/national/news/20121208-OYT1T01227.htm?from=ylist



雅子さま、両陛下にあいさつ 49歳の誕生日
49歳の誕生日を迎えた皇太子妃雅子さまは9日、長女愛子さまとともに
皇居・御所に天皇、皇后両陛下を訪ね、あいさつされた。
車で皇居・半蔵門を通った際には居合わせた人々から「おめでとうございます」と声を掛けられ、笑顔で手を振った。
住まいの東宮御所(東京・元赤坂)では、秋篠宮さまら皇族方からお祝いの言葉を受けた。
今年は恒例の宮内庁長官のお祝いあいさつがなく、誕生日行事も午後からだった。
東宮職は「お誕生日全体の諸行事の日程や、お出ましに伴うご負担などを考慮した」と説明している。
2012/12/09 18:34 【共同通信】
http:// www.47news.jp/CN/201212/CN2012120901001672.html

産経新聞 平成24年(2012年)12月11日 
▽宮内庁、雅子さまのご感想を修正
宮内庁東宮職は、49歳の誕生日の9日に合わせ、
皇太子妃雅子さまが東宮職を通じて公表したご感想について、
「これからの一年の一日一日を大切に過ごしていくこができればと思っております」とする部分の
「一日一日を」の表現を「日々を」に修正した。


皇室ウイークリー(257)
雅子さまお誕生日に長官祝賀なし
2012.12.15 07:00

両陛下は12日、皇居内の音楽堂「桃華楽堂」で、皇宮警察音楽隊創設60周年記念演奏会を鑑賞された。
秋篠宮ご夫妻、常陸宮ご夫妻、高円宮妃久子さまも臨席されたほか、宮内庁や皇宮警察の幹部らも集まった。
(中略)
この日、皇太子ご夫妻は愛子さまが通われる学習院初等科の5年生の各クラスによる音楽発表会をご覧になった。
宮内庁の小町恭士東宮大夫が14日の定例記者会見で明らかにした。
この会見では、皇太子ご夫妻が皇宮警察の記念演奏会には行かず、
お子さまの行事に参加されたことについて質問があった。
ただ、愛子さまはウイルス性胃腸炎の影響で、今月1日の音楽発表会に参加できなかったという経緯があった。
小町東宮大夫は「そういうこともあって、こちらにお出になったのではないかと私は思っております」
「12月1日が残念ながら、実現しなかったということで…。ご理解いただきたい」と話した。
皇太子妃雅子さまは9日、49歳の誕生日を迎えられた。
例年通り、雅子さまのご感想と東宮職医師団の見解が公表された。
全文を別途掲載しているので、合わせて見ていただきたい。
記者側は医師団が会見を行って直接国民に現状を説明するよう毎年要望しているが、
「病気の性格からみて難しい」などとして今年も東宮職側は受けず、
小町東宮大夫が医師団の見解などについて説明した。見解については、
今年も記者側から「状況が前進しているのか後退しているのかよく分からない」などと疑問や意見が噴出した。
医師団が見解で「私的なご活動からご活動の幅を広げていっていただくようにお伝えしている」
としたことについては、記者側から「療養生活に入られて今月で10年目だが、
医師団は10年前から同じようなことを言っている」と意見が出た。
これに対し、小町東宮大夫は「確かに昔の見解にもあるが、それが十分できているかということや、
環境づくりという問題もあるので、そこは繰り返し言っても矛盾はないと思う」と説明した。
「私的なご活動はまだ不十分なのか」とする質問には、「何も気にすることなくお出かけになることは、
まだ環境面からはできていないと医師団は感じている」とした。
診断名について小町東宮大夫は、従来通り「適応障害と理解している」とし、
現在も少量の薬が処方されていることを明らかにした。
なお、昨年の見解では、雅子さまに関する報道がご回復の妨げになるとして、
週刊誌報道を痛烈に批判したが、今年は言及はなかった。
小町東宮大夫は「去年に比べれば(報道は)静かになった」と自身の感想を述べた。
9日の誕生日当日には、雅子さまは愛子さまとともに両陛下に誕生日のあいさつをされた。
愛子さまは1日が11歳の誕生日だったが、ウイルス性胃腸炎の影響で両陛下へのあいさつを見送ったため、今回同行されることになったようだ。
一方、雅子さまは、風岡典之長官をはじめとする恒例の宮内庁幹部らの祝賀の席に臨まれなかった。
「ご日程の都合」(東宮職)とはいえ、異例のこととなった。
風岡長官は13日の定例会見で、「お体の具合とか、時間のセットの関係があるので、
そういう取り扱いになることもやむを得ないかと思う」と述べた。
風岡長官は、療養が10年目に及んでいることについては「確かに10年は客観的に長い期間だが、
こういう病気については症状によって期間が極めて長くなったり、短くなったりということで、
いろんなケースがあるとお聞きしているので、10年ということだけに着目してコメントすることは控えたい」とした。
http:// sankei.jp.msn.com/life/news/121215/imp12121507000001-n1.htm



週刊文春2012年12月20日号
雅子さま「お誕生日所感」で語られなかった「ご快復へのジレンマ」
御誕生日のご感想は4時間遅れ。正直イラッとした。毎年時間通りに出たためしがない。
ギリギリまで推敲したのに後日、加筆まであった。(宮内庁担当記者)
誕生日文書が出る「4時間待ち」の間に三陸沖震源の震度5地震があったが、触れられていない。
翌日の昼の加筆修正では「一日一日」→「日々」
重要な意味があるとは思えない。
ご感想の半分が震災についてだが、今年は被災地を訪問していないため、リアリティがない。(同記者)
昨年の医師団見解は強烈なメディア批判が展開され異様だった。
今年はよくわからない"常套句"が消えた意味で非常によい書きっぷり。(千代田関係者)
適応障害が10年も完治しないのは明らかに環境のせい。
できること、やりたいことをやる治療が「あれを言ってはダメ」「これをやってはダメ」では治りも遅い。
雅子妃はそのジレンマの中にいる。(東宮職関係者)


女性セブン2012年12月27日・2013年1月1日号
雅子さま「お誕生日に際しての感想」発表時間変更で周囲不安
NEWSポストセブン
2012年12月18日07時00分
12月9日、49才の誕生日を迎えられた雅子さまは、『お誕生日に際してのご感想』の文書を発表した。
この文書、毎年、『東宮職医師団の見解』とともに発表されるが、
2012年は12月7日の午後4時から始まる東宮大夫の定例会見で、記者たちに配布される予定だった。
ところが、その発表が直前になって時間変更となってしまった。
「その日、記者たちは、午後4時からの大夫会見に向けて準備していたのですが、午後2時になって宮内庁から、
“文書の配布は、午後8時からになります”と、突然に連絡があったそうです。
これには、一部の記者から“またか…”という声が上がったようです」(宮内庁関係者)
記者たちの「またか…」という声には、こんな背景がある。
2007年12月、雅子さまが44才の誕生日を迎えられたときのことだ。
当初は2日前の12月7日に文書が発表される予定だったが、当日の午後3時になって「今日はお渡しできない」と東宮職から伝えられた。
結局、その文書が記者たちの手に届けられたのは翌12月8日のことだった。
「このときは、もしかしたら雅子さまのご体調が急に悪くなられたのかもしれないといった、さまざまな憶測が流れました」(前出・宮内庁関係者)
また例年、文書とともに発表される『東宮職医師団の見解』が、
2009年には雅子さまの誕生日から2か月も遅れて発表され、大きな波紋を呼んだこともあった。
そんな例があるために、記者たちからは「またか…」という声が上がったのだ。
だが、今回の時間変更は、雅子さまの強いご希望からだったという。
「今回は、雅子さまが文章を最後の最後まで練られ、推敲を重ねられたために遅れたようです。
ご感想はA4用紙3枚にわたって綴られており、例年に比べると、かなりの長文でした。
この12月で療養生活も10年目に入られますから、国民に、現在のご自分のお気持ち、
お考えをきちんと伝えたいと願われたのではないでしょうか」(前出・宮内庁関係者)
別の宮内庁関係者はこうも言う。
「通常、両陛下へのご挨拶は午前中に行われることが慣例です。今回は午後に挨拶に行かれています。
あまりないことですから、“雅子さまは、朝起きられるか不安だったのでは…?”という声が一部から上がっていました」
さらに続ける。
「今回も参内を午後に設定されたことで、“文書では前向きなことを書かれていたけれども、
実際、雅子さまの体調はよくないのでは?”といった疑念の声も上がったそうです。
万が一、両陛下をお待たせしておいて、雅子さまが直前になってその時間に行けないということにでもなったら
大変なことになりますから、“東宮職は何が起こっても対応できるようにと用心して午後にしたのでは”という声も少なくありませんでした。
実際のところは、両陛下のご都合もあって“午後”となったようですが、
当日は気をもんだ職員も多かったと思いますよ」(前出・宮内庁関係者)
※女性セブン2012年12月27日・2013年1月1日号
http:// news.livedoor.com/article/detail/7242794/

女性セブン2013年1月10・17日号
雅子さまへの「医師団の見解」は仕方なく出したとの指摘も
2012.12.26 07:00
<皇太子妃殿下のご治療に関しまして、東宮職医師団としましては、十分な休養をおとり頂くとともに、
私的なご活動からご活動の幅を広げていっていただくようにお伝えしているところです(中略)
公的なご活動につきましては、今までと同じように、ご活動の内容により、ご負担、ご体調などを勘案しながら、
東宮職医師団としてその都度対応を検討させていただいてきており、
妃殿下ご自身も様々に工夫や努力を重ねて東宮職医師団の提案にお応えいただいております>
これは2012年12月9日、皇太子妃・雅子さまが49才の誕生日を迎えられた際に、
宮内庁から発表された「東宮職医師団の見解」だ。雅子さまがご療養生活に入られて以来、ほぼ毎年、
誕生日に発表されてきたものだが、2012年の「見解」にも具体的な治療方法などは、一切含まれておらず、
いまだご公務復帰へのめどは見えてこない。
ストレスケア日比谷クリニックの酒井和夫院長(精神科医)は、こんな指摘をする。
「これは医師でなくても書ける内容かもしれません。治療が継続されているという以外に、
医師団の意見は何もありません。将来、“皇后”になるかたの医療情報としては、あまりに少ないと思うんです」
さらに皇室ジャーナリストの山下晋司氏もこう憤る。
「マスコミから“何か出せ”と言われて仕方なく出している感じです。国民の側からすれば、
あまり意味はないでしょう。治療の内容が言えないのなら、“今年は1回地方に行かれました”といった
公務だけでなく、私的なものも含めて、1年のご活動結果を発表したほうがましでしょう。
将来展望より結果重視に切り替えたほうが国民もわかりやすいし、“見守る環境”も作りやすいと思います」
2012年12月で、雅子さまの療養生活も10年目に入られたが、公務を休まれている一方で、
私的な活動では元気な笑顔を見せられる雅子さまに対して、「雅子さまは本当に重い病気なのだろうか?」
「いったい、いつ快復されるのか?」といった声も聞こえてきている。
※女性セブン2013年1月10・17日号
http:// www.news-postseven.com/archives/20121226_162918.html

  • 最終更新:2017-07-11 21:33:56

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