雅子さまと天皇家30人の証言

週刊朝日2013年5月3・10日号
雅子さまと天皇家30人の証言
友人、宮内庁、医療関係者、デザイナーらが明かす素顔の妃殿下

長い療養生活を送る雅子さまに久々の海外公務を決意させたのは、一本の国際電話だった。
「電話の主は、オランダのマキシマ妃でした。まもまく新国王に即位するアレキサンダー皇太子の妃です。
マキシマ妃は『ぜひ4月30日の即位式においでいただきたい」と直接、雅子さまにお話しされたようです」(宮内庁関係者)
その言葉に背中を押され、11年ぶりの海外公務が実現したのだ。
雅子さまは2006年8月、オランダ王室の招きで、皇太子さま、愛子さまと一緒にアベルドールンの離宮などで2週間、ご静養をされた経緯がある。
「『そのときの感謝をお伝えしたい』と雅子さまはおっしゃり、当時も同行した主治医の大野裕医師(精神科)に相談されたそうです。
4月17日頃になってOKが出て、皇太子さまが電話で小町恭士東宮大夫に伝えたそうですが、そのお声は弾んでいたそうです」(同前)
(略)

ご病気に至る経緯について、留学時代から雅子さまを知る知人はこう話す。
「帰国子女でハーバード大卒の元外交官である雅子さまがご意見をはっきり言うのは当然ですし、
中でも雅子さまは自由闊達なお嬢さんです。皇室という閉鎖空間に入るのは当初から無理だろうなと思いました」
東宮関係者も言う。
「ご結婚後、個性を封じ込め『お世継ぎ』を最優先させる皇室という環境に対し、雅子さまは深く悩まれていました。
皇室の将来を案じる両陛下や宮内庁幹部と行き違いも生じていました」

別の宮内庁関係者は闘病の様子をこう明かす。
「特に紀子さまが悠仁さまを出産されるまでお悩みは深く、雅子さまが軽井沢にある小和田家の別荘にひきこもってしまわれた時期もありました。
母の優美子さんと愛子さま、雅子さまの3人が別荘で過ごされ、思いつめた様子の皇太子さまが訪ねてくるような状況でした。
東宮御所に戻られても雅子さまの生活は昼夜逆転し、投薬治療を受ける状態が続きました。大野医師をひたすら頼りにしていたようです。

雅子さまが例年夏の休暇を過ごす那須御用邸周辺でもこんな証言があった。
「雅子さまは毎日、日が沈むころに女官もつけずお一人で散歩されていました。御用邸内には小道があるのですが、
草が高く伸びた獣道のような場所をわざわざ歩いていかれるのです。誰にも会いたくない、というお気持ちの表れだったのかもしれません」
(略)

「オランダ静養の翌年に来日したアレキサンダー皇太子は御所で両陛下と夕食をともにした際、
『静養中、明るく元気なときと、気分が沈んだときの雅子さまの落差があまりに大きく驚いた』
と言い、「自分にできることがあれば何なりと言ってください」と話したそうです。
(略)

その皇太子が母である女王の退位により、この4月末に新国王として即位することとなった。
即位式があることが発表されると、宮内庁、外務省では、招待を受ける前からこんな不安の声が広がった。
「これまで何度か雅子さまの海外公務を検討しましたが、毎回かなり早い段階で厳しいという結果になっていた。
だが、オランダは特別なので、出席されるかもしれない…。結局、ギリギリまで返事を先延ばしにされました」(外務官僚)

■母としての雅子さま。その私生活は…
(略)
今年はオランダを訪問するが、ゴールデンウイークの皇太子ご一家の旅行先は、
おおむね宮内庁の関連施設で栃木県にある御料牧場か那須の御用邸だった。
夏休みには、8月前半に開催される東京湾大華火祭を、都内に住む雅子さまの妹の池田礼子さん宅をご一家で訪れ、鑑賞するのが恒例行事だ。
昨年は、花火大会の翌日から、プライベートビーチを持つ須崎御用邸(静岡県下田市)に滞在した。
愛子さまの通う学習院初等科では6年生になると恒例行事の遠泳がある。それに備えて、水泳の特訓が目的だ。
8月の後半は、那須御用邸に滞在するのが恒例となっている。
皇太子ご一家は、天皇、皇后両陛下が過ごされる御用邸とは別の「付属邸」と呼ばれる建物に滞在される。
「一帯は約660万平方メートルの広大な敷地で、深く緑が生い茂りキジが歩く小道もあります」(宮内庁関係者)
別荘とはいうものの、付属邸の建物は昭和10年建築のもので、レトロなものだ。
建物内にあるトイレには、水を流す際は、天井からつるされたひもをひっぱる仕組みのものもある。
今の天皇陛下が子どもの頃泳いだというプール跡もあり、天皇家の家族の歴史が深く刻まれている。
那須では、愛子さまと同世代の池田礼子さんの子どもや愛子さまの友達、皇太子さまの同級生の家族が近くのリゾートホテルに滞在し、
一緒に休暇を楽しむこともある。時には彼らがホテルの会員ではなく利用資格がないケースもある。
東宮職が宿泊直前になって、緊急用に確保してある空室を利用できないかと依頼してきたことも過去にはあった
皇太子ご一家のお出かけ先は、那須ステンドグラス美術館や、那須テディベア・ミュージアム。
那須どうぶつ王国に、りんどう湖ファミリー牧場では花火鑑賞も楽しむ。
ご一家のお出かけ先は、パパである皇太子さまが探すこともある。
ピザが人気の御用邸近くのイタリアンレストラン、じょいあ・ミーアはもう10年以上前からの御用達のレストランだ。
また、御用邸近くの高級ホテル「二期倶楽部」や「東急ハーヴェストクラブ那須」はご一家のお気に入りだ。
同行する家族との食事や、プール遊びも恒例のお楽しみになっている。
両ホテルとも、清掃で他の客が使用できない時間帯などに貸切る形で使用している。
東急ハーヴェストのレストランは、皇太子さまご自身もインターネットなどでリサーチをして訪問を決めたという。
天皇、皇后両陛下と皇太子ご一家の食事は、お食事を担当する宮内庁大膳課の職員によって入念に献立が組み立てられ、調理される。
「普段は、あれを食べたいと希望を述べることはまずできないのでしょう。
ホテルのレストランは、普段は、コースメニューのみですが、好きなものを注文したい、というご一家の希望で
毎回、特別にアラカルトでのお食事を楽しまれました」(宮内庁関係者)
このときも、愛子さまの同級生の家族が一緒で、愛子さまと同級生の子どもは、家族の祖母がお守りをする形で部屋に預けられた。
大人だけの食事会は盛り上がり、レストランの営業時間を大幅に過ぎた深夜まで食事を楽しみ、
愛子さまとともにご夫妻がホテルを出発したのは深夜0時過ぎだったという。
那須は、警備上の理由などから都内では自由に過ごせないご一家が、「ふつうの家族」らしい時間を過ごせる数少ない場所なのだ。
(略)

毎年秋は、妹の礼子さん宅でハロウィーンパーティーを楽しんでいる。
「今年は(※原文ママ)、愛子さまが2人のいとことおそろいのジャック・オ・ランタン(カボチャのお化け)の
仮装姿で歩いている姿が見られました」(皇室記者)
クリスマス時期の名物行事は、イルミネーションの見物である。
「恵比寿ガーデンプレイス」にある高級クリスタルガラスブランド「バカラ」によるシャンデリアを見物し、
年末には表参道のイルミネーションを眺めるといった具合だ。
皇太子ご一家の冬のお楽しみはスキーだ。
春休みの家族行事は、長野県にある奥志賀高原でのスキーだ。定宿は、「ホテルグランフェニックス奥志賀」である。
愛子さまが不登校になった2010年春だった。
ホテルのロッジで愛子さまと同年代の男の子が、「愛子はどこ?」そう、たずねながらスキー場に向かう姿があった。
友人か親類だったのだろう。
ご一家が宿泊の期間は、ホテルは全室貸し切りで、館内のレストランでも開放時間を限定して、警備を徹底する。
長野県警も周辺のロッジに泊まり込むという限界徹底ぶりである。
「スキーはプロ級の腕前の皇太子さまは、おひとりで上級者コースをお滑りになっていました。
その間、雅子さまと愛子さまは2人で仲良くリフトに乗って初心者コースで楽しんでいましたね」(スキー客)
今シーズンは愛子さまは3回スキーを楽しんだ。2回はご一家で、1回は学校行事以外では初めて、
親元を離れてお友達やその家族とスキー合宿に参加した。
学校生活になじまない時期のあった愛子さまも、スキーを通じて友人たちとのきずなを深めている。
「雅子さまの体調が思わしくなく、皇太子さまのお誕生日に際し、ご一家の家族撮影が難しかった
05年でさえ、家族3人で雪遊びやスキーを楽しまれるお写真が公表されました」(宮内庁職員)
スキーはご一家にとって、単なる趣味の領域を超えた存在になっているのだ。

■妻としての雅子さま。「だよね」と会話 皇太子さまとリラックスムード
20年という結婚生活の中で、皇太子さまと雅子さまの離婚説が、幾度も流れては消えた。
実際のところ、お二人の中はどうなのだろうか。
ご夫妻を近くで見た人物は、その様子をこう話す。
「非常に仲がいい。お出かけのときなども後ろで聞いていると、
雅子さまは皇太子さまに『―だよね』といったふうにリラックスした雰囲気で話していますよ」
殿下の公務や執務が終わる夕方あたりから1時間程度、お二人仲良くテニスをすることもある。
場所は東宮御所内のテニスコートや、天皇陛下や皇族方も利用する東京ローンテニスクラブだ。
美智子さまは、スコート姿でテニスをすることが多いが、
普段もパンツスーツを愛用する雅子さまは、テニスの際も長いパンツ型のウエアを着用する。
「足を出す短パンやスコートを着用なさったのは見たことがありません」(宮内庁職員)
皇太子さまのテニスはかなりの腕前だ。それだけに、皇太子さまがサーブなどで失敗すると
雅子さまが、「あーあ」といった表情を見せて明るい顔で笑うなど、和やかな空気が流れている。
そうはいっても、雅子さまは、結婚当初から皇太子さまに気を配り、立ててきた。
宮内庁関係者によれば、雅子さまは、皇太子さまとの身長差を考えて、ヒールが4、5センチのパンプスを履くように気遣いをしてきた。
また、公務の際にかぶる帽子もなるべく身長が低く見えるようなデザインを選んでいるという。

ご一家だけの空間では、リラックスした表情を見せる雅子さまだが時折、ひどくふさぎ込んでしまい、
皇太子さまが雅子さまをサポートする場面もよく目撃されている。
かつて天皇ご一家の警護の責任者を務め、東宮侍従長として皇太子ご一家に仕えた末綱隆氏は、
知人にこうこぼしていたという。「雅子さまとは直接、お話しできない状況です。
お出かけの有無などは皇太子さまを通じてお返事をいただくしかないのです…」
こんな話もある。
両陛下に近い人物が、偶然立ち寄り先に皇太子ご夫妻がいらっしゃることがわかり、
ごあいさつをしようとしたところ、ひどく待たされたことがあった。
あとで東宮職員に理由を尋ねると、こう説明したという。
「ご面会の旨をお伝えしたところ、妃殿下が取り乱されてしまったのです。殿下が妃殿下の気を静めるのに時間を要したのです」
(略)

■プリンセス・ファッションと食器など御用達ブランド
プリンセスと言えば、どこの国でもファッションリーダーである。これまで報じられた
雅子さまの持ち物をみると、シャネルやクリスチャン・ディオール、フェンディのバッグや、
ブルガリのネックレスなど外国製をお好みのようだ。
「雅子さまは、青山ツインタワー内にあるドイツの老舗食器メーカー、ピレロイ&ボッホの食器などを愛用されています」(皇室ジャーナリスト)
美智子さまは、普段から日本の伝統文化を少しでも多くの人に知ってもらいたいと気遣いを見せている。
日頃から着物や和のデザインを採り入れたドレスを身につけ、食器やシルバーは大倉陶園に上田銀器などの国内メーカーを愛用する。
外国産の製品が市場に出回る中、日本の職人にとっても励みになる話だろう。
一方で、外国暮らしが長かった雅子さまは、外国製品になじみがあるだろうし、
クリスマスやハロウィーンなどイベントも西洋の行事を自然と受け入れている。
だが、雅子さまも療養生活以前は、メイド・イン・ジャパンの製品も多く愛用していた。
雅子さまが、皇太子さまとの婚約会見に臨んだ1993年1月。このときは、デザイナーの角田明美氏による
薄い黄色のスーツと、靴デザイナー河村龍介氏が手がけた、同じ布を貼り合わせたパンプス。帽子は、「ベル・モード」が選ばれた。

「もともと角田さんは、外交官夫人御用達のデザイナーです。
やはり外交官夫人だった雅子さまの母親の小和田優美子さんも、お世話になっていた関係から、
雅子さまの婚約時の洋服を手がけるようになり、国内公務や外国訪問、国内外で宮中晩餐の際のドレスなどもお作りしていました」(小和田家の知人)

だが、雅子さまは03年12月に帯状疱疹を発症し、入院する。このときから、長期療養生活に入ることになる。
雅子さまが公式に外国を訪問なさったのは、02年のニュージーランド・オーストラリアが最後で、療養以降、
外出を伴う公務は、ほとんどない。必然的に、雅子さまが新たに洋服などを購入することは、ほとんどなくなった。
「療養以前は華やかな色の服もお召しになっていましたが、ここ10年は濃いグレーか淡い色のものばかりです。
もともとぜいたく品は好まれない方ですが、いまはお召し物自体にあまり興味がなくなってしまわれたように感じます。
既製服にサイズ調整などの手をいれてお召しになることもあります」(東宮職関係者)
4月14日に姿を見せた「オール学習院の集い」でも、雅子さまはチャコールグレーのパンツスーツと白いタートルネックの黒っぽいパンプスを合わせていた。
このチャコールグレーは、雅子さまのお気に入りのカラーである。
ちなみに、パンツスーツとタートルネックを愛用するのは、寒がりの雅子さまなりの防寒対策のためだという。
こんな話もあった。
帽子デザイナーの平田暁夫さんが、記憶を振り返る。
「雅子さまは、普段から飾りのないシンプルなデザインが好みだ、とおっしゃっていました。
しかし、あるとき、こうご説明したのです。帽子のアクセントにリボンや花をつけると、
公務の際でも、周囲の人の視線が、顔だけに集中しなくなりますよ、と」
それを聞いた雅子さまは即座にこう答えた。「あっ、いいですね。そうしてください」
もともと、“シャイ”なご性格のようであるが、オランダ国王の即位式では、雅子さまのファッションも注目されるだろう。

■皇太子ご一家は携帯派、皇族のIT事情
若い世代の皇族方は、ごく自然にパソコンや携帯電話を使いこなしている。
05年に結婚して皇族の身分を離れた両陛下の長女、黒田清子さんは、黒田慶樹さんと交際中にメールで連絡を取り合った。
07年には、高円宮家の長女で英国留学中だった承子さまが過激な内容のブログを投稿して話題になったのも記憶に新しい。
「また、秋篠宮家の眞子さまや佳子さまも携帯メールでご友人とやり取りをしています」(皇室ジャーナリスト)
雅子さまも例外ではない。交流のある知人はこう話す。
「雅子さまの携帯番号から直にお電話を頂くこともありますし、必要があればメールも頂きます。
まだ、私は絵文字入りのメールをいただいたことはありませんね(笑い)」
皇太子さまの周辺環境もIT化が進んでいる。前述のように、パソコンでインターネットを使い、飲食店を探すこともある。
また、水の研究をライフワークとする皇太子さまは、
今年3月にニューヨークの国連本部で開かれた「水と災害に関する特別会合」でパワーポイントを駆使し、基調講演を行われていた。
愛子さまも昨年の那須ご静養中に、スマートフォンらしき機器を手に持つ姿が目撃されている。
昨年の8月24日。皇太子さまと愛子さまは、朝からお昼まで那須岳の南月山に登った。
雅子さまは当日になって参加を取りやめたとめ姿を見せなかったが、学習院の同級生の男の子とその家族が一緒だった。
「この男の子は一昨年(10年)の南月山への登山でも一緒に登っています。愛子さまのお気に入りのボーイフレンドなんですよ」(居合わせた登山客)
居合わせた登山客によれば、愛子さまは休憩をするたびに、ポケットからスマートフォンのような
薄い機器を取り出して、高山植物や皇太子さまや友達を撮影していた。とりおり、皇太子さまが愛子さまに、
「(写真)撮った?」と声を掛け、愛子さまが「うん」とうなずく場面もあった。
皇族方がITを駆使する時代がやってきたのだ。

  • 最終更新:2017-07-08 17:14:22

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