進言すればクビが飛び、機嫌を損ねれば遠ざけられる

会員誌「選択」2014年1月号
東宮 皇室危うくする雅子妃
進言すればクビが飛び、機嫌を損ねれば遠ざけられる。
移り気な皇太子夫妻の周囲はイエスマンばかりとなり、御所内部は組織崩壊が止まらない。
このまま皇位を継承して、天皇・皇后という重責を果たせるのか。
御用地内は皇宮警察本部赤坂護衛署が、外周は警視庁が厳しく監視し、要所の動きは全てカメラで監視している。
以前は自由に出入りできた宮内記者…
毎週金曜の定例会見も「妃殿下は記者が大勢来ると思うだけでご負担」として
皇居の本庁記者クラブで開かれている。
雅子妃のメディア嫌いは御妃候補として追い回されたころから。
帰国後も続く取材攻勢に、40代の温厚なベテラン記者が差し出した名刺を目の前で破り捨てた。
最近は女性誌まで契約カメラマンを相次いで解雇、大手出版社に必ずいた皇室専門カメラマンもとうとう“絶滅”。

■大夫すら容易に話ができない
ある東宮大夫経験者がこんなふうに話したことがある。
「誤解を恐れず例えれば東宮は関東軍」
「皇太子ご夫妻は八百屋の社長夫婦のようなもので、仲よく社員と店頭に出て共働きをしてもらわないと店は繁盛しない」
戦前の皇室典範にあった天皇の皇族監督権はなくなり、同じ宮内庁にありながら天皇皇后を戴く本庁からは独立独歩。
しかも公的機関であると同時に私的な家政機関でもあるから、本人たちの性格・資質や夫婦・親子・嫁舅姑の人間関係まで絡んで難しい。
その上に嫁の精神疾患も加わって「宮廷政治」は複雑怪奇。
「宮仕え」の苦労は並大抵ではない。
東宮職員は総計約百人の大部隊。
十数人から二十人規模の宮家とは比べ物にならない「準天皇」待遇。
元東宮大夫野村 愛子内親王の不登校問題で天皇・皇后から異例の呼び出しを受けた。
最大の難物が雅子妃の「体調の波」と周辺に対する不信感。
大夫でも本人と直に話し合えず、皇太子を通じて伺うしかない状態。
予定は立てられない、ドタキャン・ドタ出は日常茶飯事。
主治医大野と実家小和田家親族が「体調の波」の行方をグリップしていて
オランダ国王即位式の出欠も直前まで決まらず、切羽詰まった本庁の長官・次長が会見で催促。
皇太子すらぎりぎりまでわからなかった。

■周りはイエスマンばかりに
東宮歴代の大夫・侍従長・侍医長・女官・養育係ら、信頼を得られず失意のうちに去ったものも多い。
「進言したらすぐクビになったのは生涯最大の屈辱だったと言って亡くなった」
「明るかった性格が別人のようになり家で編み物ばかりしている」
「妃殿下に、ご自分も少し変わられてはと言ったとたんに遠ざけられた」
死屍累々の態で周りはイエスマンばかりにならざるを得ない。
不登校問題で東宮側と折衝した学習院幹部
「大夫で話がまとまらないと主治医が出てきて不快だった。組織として歪んでいます」
雅子妃の同伴は一年半に及び学校側は「卒業までには平穏な学校生活を」と合言葉に気遣ってきた。
同伴がなくなり内親王も元気になって胸をなでおろしたが、
「妃殿下はまだ学習院をお許しになっていない」とくぎを刺され愕然とする一幕もあった。
2011年11月愛子内親王入院も東宮侍医長の全く知らないうちに決まるなど組織としての体をなしていない。
東宮に関する頼みごとで警察幹部に宮内庁幹部ががっくり肩を落として帰ってきた。
警察庁は了承したものの「致し方ないね、今の東宮のザマではね」と言われた。
「体調の波」にもっとも振り回されているのは警察。
神戸市の追悼式典、同行が発表されたのは出発前日。
式典前の遺族代表との面談は、直前に式典終了後に変更。
ホテルオークラでの昼食会も災害防止対策センター視察も欠席。
兵庫県警や応援の他県警は数百人規模の配備変更に追われた。
追悼式典で涙ぐんだ雅子妃に関係者は「余程体調がすぐれないのだろう」と受け止めた。
ところが部屋で皇太子と合流、エレベーターで降りてきた雅子妃は上機嫌で
ロビーに詰めかけた大勢の市民には目もくれず、皇太子と笑い合いながら元気な足取りで出口へ。
関係者はキツネにつままれた思いだったという。
今や皇太子夫妻の警備は天皇・皇后をしのぐ物々しさ。
公務を休んで私的活動を重ねる「療養」ぶりに批判が強まっているとの治安上の判断もある。
佐々淳行「皇太子は雅子妃の療養に専念し、秋篠宮を摂政に」」と雑誌やテレビで発言。
内閣参与飯島は園遊会での欠席続きに驚いたとして主治医の差し替えを提言。
背景には官邸や警察関係者の不満あり。

■児戯に等しい小和田家の振る舞い
東宮は独立した存在であり、天皇と言えども口出ししにくい。
親子であると同時に世代を担うライバルのような面もあり、異なる考えがあるのも自然だろう。
しかし最大の課題は天皇の務めや歴代の心構えの継承である。
昭和時代は皇太子一家が毎週必ず皇居を訪ね夕食を共にする「定例参内」があったが、絶えて久しい。
12年の天皇心臓手術時、秋篠宮夫妻から病状や手術の見通しを尋ねる連絡が何度もあったが東宮からはなし。
東宮御所内部も改修のたびに天皇皇后が住んでいた頃の内装はどんどん変えられた。
改修工事で東宮が皇族共有殿東邸に一時引っ越した頃、
天皇が長年愛用した古い机が粗大ゴミとして捨てられそうになっているのに
秋篠宮家関係者が気付き、密かに宮邸に引き取ったという。
親子兄弟の距離感を物語る。
04年の皇太子の「人格否定」発言の際には、天皇が驚いて説明を求めたが、
皇太子は「世継ぎを求められるばかりで外国訪問させてもらえなかった」
「自由に外出もできない」などの例を挙げたという。
一方で、人格否定したのは天皇・皇后であり
懐妊できないのは皇太子側の問題と示唆する実家がソースと満たれる雑誌記事
当時の宮内庁参与が「こんなことをしていたら国民を敵に回すことになる」と電話で諌めた。
その後も「皇后から作法のことでひどく叱責された」とか
「天皇が皇族紹介の際に雅子妃を飛ばした」とか宮内庁や東宮職元幹部らの実名を挙げて
雅子妃がいかに酷い目にあったかと強調する記事が後を絶たない。
誤解や事実関係の誤りも多く、ある元幹部は苦々しい表情で「児戯に類する」と吐き捨てた。

■天皇・皇后の後継は困難
現東宮には遠慮なく物言える側近も見識ある「相談役」もいない。
皇室の歴史や伝統、東宮の身位の重さに無知な外部の医師らが皇太子妃の動静を無頓着に決め、
東宮大夫がそのカバーに追われるなど組織の機能不全が続いている。
悪いのは天皇皇后、宮内庁、メディア、側近、学習院、などと
次々に「敵」視し続ける心境にあるとしたら雅子妃にとっても不幸。
否が応にも代替わりは近づく。
天皇皇后の職務は質量ともに子y大使夫妻とはけた違いでその責任と負担は重く、自由度も極端に減ることになる。
今後東宮は組織を収攬して皇室らしい君臣和楽の宮廷を実現し、確かな歴史観と憲法感を踏まえて
象徴にふさわしい自制と、人心に深く思いを致した行き届いた活動を展開する態勢を整えることができるのか。
(敬称略)

  • 最終更新:2017-06-17 20:45:02

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