譲位報道後、張り切っているご様子の雅子妃

「皇后・雅子さま」への助走 ご快復と鬼気迫る責任感
2016.07.27 07:00
生前退位のご意向を示されたと報じられた天皇陛下。
もしこのご意向が果たされれば、数年以内に皇太子さまが新たな天皇に即位される。
それはつまり、「皇后・雅子さま」の誕生を意味する。
2004年に適応障害による療養生活に入られてから、雅子さまのご快復具合は浮沈を繰り返してきたが、ここ数年は明らかに上向いてきている。
その上昇気流は、陛下が生前退位のご意向を強められるのにシンクロしているように見える。
陛下が心臓のバイパス手術を受けられた2012年、雅子さまのご活動は、まだ宮中でのご会釈といった公務に限られた。
それが、翌2013年4月、オランダ国王の即位式に出席され、11年ぶりにご夫妻揃っての海外公式訪問を果たされた。
同年10月には、10年ぶりに『全国障害者スポーツ大会』の開会式に出席された。
「今思えば、陛下の退位へのお気持ちは、その時期に三者会談(※天皇陛下、皇太子さま、
秋篠宮さまが定期的に開いていた意見交換の場)を通じて皇太子さま、そして雅子さまへと伝わり始めたのではないでしょうか。
以来、雅子さまに変化が見られるようになっていきました」(東宮職関係者)

◆異例だった直接のご下問
2014年7月には歴代天皇を祀った武蔵陵墓地を12年ぶりに参拝。同月、伊勢神宮を20年ぶりに参拝された。
8月になると、12年ぶりに全国高校総体の競技を観戦され、10月末には国賓として来日したオランダ国王夫妻の
歓迎行事に5年ぶりに出席され、同日夜に行われた宮中晩餐会への参加は11年ぶりとなった。
昨年7月に2年ぶりの海外となるトンガ訪問を無事果たされると、11月には12年ぶりに秋の園遊会に出席され、
今年4月の春の園遊会にも連続して出席された。ほぼ同じ時期に、
雅子さまがもっとも苦手とされるといわれていた務めの1つでもある皇居・宮中三殿での宮中祭祀に7年ぶりに臨まれ、美智子さまの代役を担われた。
雅子さまの公務への邁進ぶりからは、単なる体調のご快復だけでは言い表すことのできない、何か鬼気迫る責任感のようなものが感じられる。
そして、その覚悟は両陛下にも充分伝わっていたようだ。
「4月中旬頃、両陛下から雅子さまに“最近の体調はどうですか?”といった問いかけがあったといいます。
それまでも両陛下はことあるごとに雅子さまのご体調を気にかけていらっしゃいました。
ですが、療養中ということもあり、余計なプレッシャーを与えてはいけないと、
様子をうかがうのは常に関係者を介してで、直接のご下問なら極めて異例のこと。
そんな突然のことに、陛下と美智子さまに“もう大丈夫です”と雅子さまは告げられたそうです。
その力強いお答えに両陛下はいたく安堵されたことでしょう」(宮内庁関係者)
天皇陛下が生前退位のご意向が示されたとされている5月以降、雅子さまは宮中での公務も含め、
これまで以上にお出ましが多くなった。6月には、千葉、岩手と宿泊を伴ったものを含めた2週連続の地方公務が13年ぶりに実現した。
「最近では、宮内庁担当記者に配布されるスケジュールを記した文書に、
雅子さまが皇太子さまとご一緒にお出ましになる予定のものには『(両)殿下』と記載されるようになりました」(皇室記者)
岩手訪問時には、これまで見られなかった新たな雅子さまのご様子が垣間見られたという。
「雅子さまは、昼食を岩手県知事らとご一緒に召し上がったんです。
食事をとるのが特別なのかと思うかもしれませんが、これまで、雅子さまは別室で食事をされてきました。
その理由は、雅子さまが苦手とされるたくさんの人の視線にあります。
雅子さまは食事の際、かなりゆっくりと召し上がるのです。
周囲が先に食べ終わると、雅子さまの様子をうかがいながら待ちますよね。その視線の先で食事を続けることに、
雅子さまはかなりのプレッシャーを感じられてしまうため、これまでは別室だったのです。
それがこの日、食事をされながら楽しくお話をされていたそうです」(前出・皇室記者)
また、被災者との懇談では、皇太子さまと別々にお声がけするお姿が見られた。
「以前はお声がけするといっても、皇太子さまの横に控えられ、一言二言お話になるのが精一杯で、
会話の中心は皇太子さまが担われていました。それがこの時は、早々に皇太子さまと別れ、
積極的にお声をかけられていた。それは、“ひとりでも多くの人にお声がけし、
励ましたい”という両陛下と同じスタイル。“皇后・雅子さま”への助走路に入られていることが伝わってきました」
(前出・皇室記者)
撮影■雑誌協会代表取材
※女性セブン2016年8月4日号
http:// www.news-postseven.com/archives/20160727_431969.html

雅子さま「規制線を踏み越える」スタイルで皇后への準備
2016.07.28 16:00
7月21日午前10時過ぎ、皇太子ご一家は奈良県にある神武天皇山陵の参拝に向かわれるため、
東京駅に姿を見せられた。神武天皇は、日本の初代天皇と考えられる人物で、今年、ちょうど没後2600年を迎える。
ご一家を見送ろうと、改札や新幹線ホームには多くの人が集まったが、
そこには冒頭のように往年の皇室ファンもたまげる異例の光景があった。
「今まで、ご一家が新幹線に乗り込まれるときには発車するまで、ホームにはロープで規制線が張られていました。
近くでお顔を拝見したくても、少なくとも10m以上の距離があったんです。
今回その規制の位置が大幅に変わっていました。3mくらいまで近づけたんです。
窓際に座られたご一家のすぐ近くまで行けて、窓越しにお手振りもしていただきました」(75才主婦・追っかけ歴23年)
雅子さまにカメラやスマホを向ける人々の姿も目を引いた。
中には大声で、「ブラボー! プリンス&プリンセス! アンビリーバブル!!」と興奮した様子でシャッターを切る外国人観光客の姿もあった。
「もうビックリです! お宝ショットが撮れましたが、掟破りをしている気分で落ち着きませんでした。
今まで写真撮影にはいちばんピリピリしていて、カメラを持っていると警察官が“写真は撮らないでください”
と強く注意して回るほどだったんです。それだけじゃなく偶然居合わせたサラリーマンや旅行客にも、“
どちらへおでかけですか?”“何時の新幹線ですか?”と牽制するほどでしたから…」(56才パート・追っかけ歴14年)
「10m規制線」「写真NG」の超厳戒態勢は3年前の「罵声事件」の影響もあった。
2013年3月、奥志賀高原(長野県)へのスキー旅行に向かわれるため、東京駅の改札を通り過ぎようとしたとき、
60代くらいの男性が唐突に「仮病・さぼりの税金泥棒! 皇室から出て行け!」と、罵声を上げ、雅子さまは凍りつくような表情を浮かべられていた。
今回厳戒態勢が解かれた背景には、雅子さまの大きな心境の変化があったという。
7月13日、天皇陛下の「生前退位」のご意向が報じられ、日本中に激震が走った。
報道後、雅子さまが公に姿を見せられになるのはこの日が初めてだった。
「雅子さまは帽子にスーツ、靴まで全身白のコーディネートでした。雅子さまが白をお召しになるときは、
“特別”なんです。伝統的に続く公務や、雅子さまが大事にされている若い世代との交流といった場で、
白を身につけられている印象が強いですね。この日もいつになく気合が入っているご様子に見えました」(50才主婦・追っかけ歴23年)
追っかけファンの興奮は冷めやらないが、この規制線を“踏み越える”スタイルは天皇皇后両陛下にならったものだという。
時折、ブログやツイッターに「たまたま両陛下と居合わせました」と写真つきで綴られることがある。
写真には、いつも通り穏やかな笑顔の両陛下のお姿が収められている。
中には、カメラ目線で手を振られている『サービスショット』まで。そういった写真は、両陛下から3mほどの近距離から撮影されたものだ。
「生前退位」報道から神武天皇山陵参拝のためにお出ましになる約1週間、雅子さまは緊張の色を浮かべられていたという。
「神武天皇山陵の参拝は、雅子さまにとって約22年ぶりのことで、ご不安もおありだったと思います。
加えて、あの報道ですからね。周囲の人間は、プレッシャーをおかけしないよういつも通りに振る舞うよう心がけていたそうです。
そんな雅子さまを支えたのは、他でもない皇太子さまだったといいます。できるだけ一緒に時間をお過ごしになり、
緊張をほぐすよう努められたそうです」(東宮職関係者)
東京駅に姿を見せられた雅子さまのお顔から、緊張は消えていた。
「神武天皇は、現在まで続く皇室の始まり。雅子さまは覚悟を持って神武天皇山陵の前に立たれ
“次代の天皇、そして皇室をしっかりと支えていきます”と、『皇后としての誓い』も捧げられたのではないかと思うのです」(前出・東宮職関係者)
雅子さまは、着々と皇后への助走路を歩まれている。天皇陛下の「生前退位」報道が日本中を駆け巡ってから約1週間後、
雅子さまは神武天皇山陵を拝礼された。生前退位が実現すれば、それはすなわち「新皇后・雅子さま」の誕生を意味する。
公の場に姿を見せられた雅子さまのご様子からは、皇后に向けた準備が着々と整っていることが伝わってきた。
撮影■雑誌協会代表取材
※女性セブン2016年8月11日号
http:// www.news-postseven.com/archives/20160728_433893.html

雅子さまがお忍び出席された学年会でのご様子を同窓生が語る「表情が違いますね」
週刊女性2016年9月27日号
2016/9/14
皇太子妃雅子さまは小学3年から高校1年まで、都内でも有数のお嬢様学校である「田園調布雙葉学園」に通われていた。
「田雙の中学時代には、野球好きだった雅子さまは、ソフトボール部を立ち上げ、中3のときには世田谷区大会で優勝するほど熱中されていました。
最近は、雅子さまのご指導もあり、愛子さまは中学の球技大会のソフトボールで活躍されました」(皇室ジャーナリスト)
そんな思い出のつまった28回生の学年会(同窓会)が、この7月17日に行われ、雅子さまはお忍びで出席されたのだ。
「昨年の同窓会では、雅子さまは急に用事が入ったそうで欠席されたのですが、今年はいらっしゃいました。
生前退位の報道があった直後だったので、少し心配でしたが、とても笑顔で楽しそうな様子で安心しました」
そう話してくれたのは、雅子さまの同窓生Aさん。
都内にある会員制社交クラブで開かれた今回の会は、陛下が「生前退位」の意向をもたれているとのNHKの報道があってから4日後のことだった─。
「7月の同窓会はビュッフェ形式で、雅子さまも食べものを取りに行かれることもありましたよ。
ただ、お話しするのがメインなので、そんな頻繁にというわけではなかったです」(Aさん)
ベージュの上品なスーツで同窓生と歓談されていたという雅子さま。
「テレビなどで見るのと同窓会で会うときとは、雅子さまの表情は違いますね。
普段の公務など、重くのしかかってくるものがあって大変だと思うので、
同窓会ではいつもリラックスされている様子ですし、笑顔ですごく楽しそうです」(同窓生Bさん)
当日、雅子さまと話す機会があったCさんは、こんなやりとりを披露してくれた。
「雅子さまはとてもお元気そうで、“Cさんは、フワフワしているから交通事故とかに気をつけてね”と茶目っ気まじりに声をかけてくださいました。
愛子さまの話もしたのですが、テレビで見る愛子さまのピンクや青色の服がかわいいですねと言ったら、
すごく喜ばれていました。ご自身と愛子さまが、同じくらいの身長になったことを笑顔で話されていました。
今後、皇后になられても、雅子さまは昔から性格もいいし、頭もいい方なので大丈夫だと思いますよ」
長年の療養生活もあり、雅子さまに「次の皇后」としての“資質”が問われることもあるが、同窓生Dさんはこう話す。
「基本的に雅子さまは相手に質問して、その人の話を聞くほうなので、自分のことはあまりお話しになりません。
昔から人気者で周りに人が寄ってくるような方でした。外務省出身で語学も堪能ですし、
皇后になられても、そういった国際親善で力を発揮されると思いますよ」
http:// www.jprime.jp/articles/-/8108

  • 最終更新:2017-05-20 20:23:52

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