羽毛田長官退任

宮内庁:羽毛田長官退任へ 後任は風岡次長
毎日新聞 2012年05月21日 15時00分
宮内庁の羽毛田(はけた)信吾長官(70)が5月末で退任することが分かった。
風岡(かざおか)典之次長(65)が昇格する。次長の後任には山本信一郎・元内閣府事務次官(61)が就任する。
皇室の医療の責任者である金沢一郎・皇室医務主管(70)も退任し、
前労働者健康福祉機構理事長の名川弘一氏(60)が就任する。いずれも6月1日付。25日の閣議で正式に決まる。
風岡氏は国土交通事務次官を経て05年から宮内庁次長。羽毛田氏は旧厚生事務次官を経て、
01年4月から宮内庁次長、05年4月から長官を務めている。
08年12月に、陛下に皇統の問題で心労、心痛があると見られるなどと発言。09年12月には、
天皇陛下と中国の習近平国家副主席の会見が、会見の申請は1カ月前までに行うという
「1カ月ルール」を破って設けられたことで内閣を批判し波紋を呼んだ。
金沢氏は東大病院長などを経て02年に皇室医務主管に就任。03年の天皇陛下の前立腺がんの摘出手術、
今年2月にあった心臓の冠動脈バイパス手術などを統括した。【真鍋光之】
http:// mainichi.jp/select/news/20120521k0000e040232000c.html



宮内庁の風岡新長官会見 「宿題背負いスタート」
2012.6.1 19:42
1日付で就任した宮内庁の風岡典之長官(65)が同日記者会見し、
「皇室を取り巻く現状は課題が山積しており、重い宿題を背負ってスタートするという思い。
できるだけ早く成果を出せるよう頑張りたい」と抱負を述べた。
女性宮家創設をめぐる検討や、天皇、皇后両陛下のご葬儀方法の変更などを具体的な課題とした。
陛下のご負担軽減については、「絶えず問題意識を持っている」とした一方、
「身体的な(ご負担の)面と、仕事の重要性や陛下のお気持ちの2つの面がある」とし、
慎重に考えていく姿勢を示した。
一方、約7年間長官を務めた羽毛田信吾氏(70)も会見し、
「両陛下の至誠、真心を感じながら仕事ができた。感謝の言葉に尽きる」と振り返った。
風岡長官は名古屋市出身で、国土交通事務次官などを経てこれまで約7年間、宮内庁次長を務めてきた。
羽毛田氏は、両陛下が昨年、東日本大震災の被災地を訪問された際に同行。
21年には、陛下と中国の習近平国家副主席の特例会見問題に対応した。
http:// sankei.jp.msn.com/life/news/120601/imp12060119460003-n1.htm

羽毛田前宮内庁長官が参与に就任
2012.6.7 05:00
宮内庁は6日、前宮内庁長官の羽毛田信吾氏(70)を7日付で宮内庁参与に充てる人事を発表した。
羽毛田氏は平成13年4月から宮内庁次長、17年4月から同長官を務め、6月1日付で退任した。
http:// sankei.jp.msn.com/life/news/120607/imp12060705010003-n1.htm



フザケルナ 羽毛田宮内庁長官 稼いだカネは10億円
2012年5月25日(金)10時0分配信 日刊ゲンダイ
宮内庁トップに7年も君臨した羽毛田信吾長官(70)が、6月1日付で退任することが分かった。
羽毛田氏といえば、09年12月、小沢一郎・民主党幹事長(当時)が、
天皇と習近平・中国国家副主席の会見を押し込んだことに「政治利用だ!」と大騒ぎした人物。
「辞表を出してから言うべき」と言われ、「辞めるつもりはない」と居直ったのは記憶に新しい。
その羽毛田氏が突然、7年2カ月という中途半端な任期で退任する。
「70歳という年齢を区切りとしたのだろう」という見方もあるが、
宮内庁の報道室は「発表していない案件なので話せない」「長官に定年はない」と言うからよく分からない。
で、永田町ではこんな臆測も流れている。
「小沢復権と関係しているのではないか。小沢氏が座敷牢に閉じこめられているうちは大手を振っていられたが、
無罪となり、党員資格停止処分も解除された。完全復権するのは時間の問題だから、
その前に逃げ切りを図るつもりなのではないか」(政界関係者)
実際、羽毛田氏はまんまと“勝ち逃げ”しそうだ。京大法を卒業後、65年に厚生省入省。
01年に厚生次官を退官後、宮内庁次長を4年務め、05年に宮内庁長官に就いた。
これまでに得た生涯賃金はなんと、10億円に上るという。ジャーナリストの若林亜紀氏が言う。
「事務次官は年収2300万円で、退職金は9000万円。退官までに、おおむね5億円を受け取ります。
続けて就任した宮内庁次長は年収1800万円なので、4年間で7200万円。宮内庁長官になると、
公務員特別職で副大臣級の高給です。俸給月額144万1000円プラス地域手当で、
年収は2800万円にもなる。7年間で2億円を得た計算です。
通算11年の宮内庁勤めの退職金を計算したところ、2億円。これらを合計すると、
生涯賃金はざっと10億円という数字になります」
埼玉県にある羽毛田邸は、敷地230平方メートルの大豪邸だ。退任後は左うちわの余生が約束されているが、
その後も「渡り」を続けて、ベラボーな報酬をもらい続ける可能性だってある。
不況で四苦八苦の民間とはエラい違いだ。
許し難いことに、宮内庁には“第2の羽毛田”“第3の羽毛田”も控えている。
次の長官は元国交次官の風岡典之次長(65)だし、次長の後任は、元内閣府次官の山本信一郎氏(61)だ。
「宮内庁長官は前任が自治省元次官、その前は元警視総監、その前は厚生省出身の元環境庁次官と、
旧内務省系の官庁トップの天下り先となっています。まず次長となり、それから長官に昇格するのが慣例。
戦前の内務省は、官庁の中の官庁といわれたエリート官庁で、旧内務省系の官僚は今でもそれを誇っている。
しかし、宮内庁長官を彼らの天下り指定席にするなど論外で、皇室に対する知見や思いがある人を就けないと、
皇室の未来も日本の未来もありません」(若林亜紀氏=前出)
天皇の威光を隠れミノに、キャリア官僚が天下り天国でやりたい放題。こんなデタラメを許してはダメだ。
(日刊ゲンダイ2012年5月22日掲載)
http:// news.infoseek.co.jp/article/25gendainet000169507

羽毛田・宮内庁長官退任でますます不安視される皇太子ご夫妻の行く末
(週刊朝日 2012年06月08日号配信掲載) 2012年5月30日(水)配信
宮内庁の羽毛田信吾長官(70)が、6月1日付で退任することになった。
大物政治家や皇太子ご夫妻にも諌言できる“モノ言う長官”だっただけに、天皇家へのダメージは少なくない。
皇室の「重し役」が去ることで、皇太子ご夫妻の行く末を案じる声も出てきている。
羽毛田氏の退任が正式に決まったのは5月25日。
皇室の医療面を統括する金沢一郎皇室医務主管(70)も同時に退任する。
「両氏が就く役職は国家公務員法の規定が適用されず、70歳を迎えた年の年度末が退任の目安とされています。
それに従えば、1941年6月生まれの金沢医務主管は、今年の3月いっぱいで退任する予定でしたが、
陛下の体調が落ち着くまで様子を見ていたようです」(宮内庁関係者)
一方、羽毛田氏は42年4月生まれで、来年3月末までいまの職にとどまることもできた。
だが、そうなると42年5月生まれの川島裕侍従長と同時に退任することになってしまう。
「宮内庁組織のトップである長官と、両陛下の私生活を取り仕切る侍従長が同時に去るのは
あまりに影響が大きいということで、金沢医務主管を含めた3者で退任の時期を相談し、羽毛田長官がひと足早く退くことにしたようです」(同)
時期をずらすために、川島侍従長の退任を1年先送りするのでは、とも見られていたが、別の宮内庁幹部は全面的に否定する。
「陛下は公平・中立を重んじ、秩序を大切になさる方です。ある人間は慣例どおり70歳の年で退職して、
別の人間は延長となれば、余計な臆測を呼んでしまう。あり得ません」
朝日新聞の皇室担当編集委員だった岩井克己氏は、4月26日に羽毛田氏が
「両陛下が火葬や薄葬を希望している」と発表したとき、「勇退の腹を固めたな」と察したという。
この一件は、羽毛田氏が長官に就任した頃からの、両陛下の意向を受けた“宿題”だったからだ。
「彼は後任者に、なるべく重荷を残すまいと考え、勇退前に発表して、レールを敷いたのでしょう」(岩井氏)
羽毛田氏は厚生省(現厚生労働省)事務次官を経て2001年に宮内庁次長、05年に宮内庁長官に就任した。
京大相撲部出身で、「押し相撲一本やりの性格」と口にしていたとおり、葬儀の問題だけではなく、
小泉政権時の皇室典範改正や、今年から議論が始まった女性宮家創設など、皇室の将来のあり方を左右する難題に対応してきた。
「モノ申す長官」としても知られた。
09年12月、当時の鳩山由紀夫首相や小沢一郎民主党幹事長らは中国側の要望をくみ、
宮内庁長官への職務命令という形で、中国の習近平国家副主席と天皇陛下の会見を実現させた。
このとき、羽毛田氏は、「今後二度とあってほしくない」と官邸のやり方に異を唱え、小沢幹事長から、
「内閣の一部局の一役人が内閣の方針についてどうだこうだ言うのは憲法の理念、民主主義を理解していない。
反対ならば辞表を提出した後に言うべきだ」と猛烈な批判を浴びた。当時は政権交代から3カ月で、両氏は飛ぶ鳥を落とす勢いだった。
そうした相手に公然と異を唱えられる気骨のある役人は、そう多くはいないだろう。
骨っぽさは、皇太子ご夫妻に対しても発揮された。
08年11月から胃腸の炎症をかかえていた天皇陛下が、翌月ついに公務を休んだときのことだ。
会見で羽毛田氏は、「ここ何年かにわたり、(陛下は)ご自身のお立場から常にお心を離れることのない
将来にわたる皇統の問題を始めとして、皇室にかかわるもろもろの問題をご憂慮いただくというような様子を拝してまいりました」
と指摘した上で、私的な見解としつつ、天皇陛下は皇太子さまや療養中の雅子さまの体調などを気遣っており、「様々なご心労」があると語った。
さらに、皇太子さまが04年の会見で、「これまでの公務を整理し、時代に即した新しい公務ができれば」と発言したことにも言及。
両陛下の求めで、歴代の宮内庁長官は新たな公務像への相談に乗っているが、
「皇太子さまからの具体的な提案がないままである」と明かした。
このときには、羽毛田氏の発言に先立って金沢氏も、「本気で理解してほしいが、陛下のご公務が忙しいから、
日程が詰まっているから、という理由だとは単純に考えないでほしい」
と天皇陛下の体調不良の原因が心因性のストレスであると明かし、天皇家を支える2人がそろって皇太子ご夫妻に“苦言”を呈する形になった。
愛子さまが学習院初等科2年だった10年3月には、当時の野村一成東宮大夫が会見で、
「同じ2年の違うクラスの複数の男の子が、愛子さまを含む他の児童に乱暴なことをしている」
として、そのことが原因で愛子さまが登校できない状態だと公表した。
この件について宮内庁関係者は口をそろえてこう言っていた。
「こうした発言は、皇室の人間が絶対にやってはいけないことです」
羽毛田氏や川島侍従長もこうした騒動が起きるたびに、皇太子さまに対して立場の重みを自覚するよう促してきたという。
しかし、度重なる苦言や諌言にもかかわらず、皇太子ご夫妻の様子が大きく変化したようには見えない。
複数の宮内庁関係者によると、今年2月、天皇陛下が心臓バイパス手術を受けたときには、
秋篠宮ご夫妻が手術直後のお見舞いを希望したのに対して東宮側は不快感を示し、ギクシャクした空気が生じた。
退院の際も、両陛下は御所で秋篠宮ご夫妻と悠仁さまの出迎えを受けた。そこに皇太子ご夫妻の姿はなかった。
このため、関係者の間には「皇太子さまは誰が何を言っても変わらない」というあきらめムードさえ漂い始めているが、
誰かが指摘し続けなければ、状況はもっと悪化してしまうかもしれない。
前出の岩井氏は、宮内庁長官には「役人」「側近」「政治家」という三つの顔に加え、「歴史観」も求められると指摘する。
「役人として宮内庁を率いると同時に、両陛下に側近としてお仕えする。両陛下と意見が異なる場合は
自分の意見をきちんと述べる芯の強さが必要です。天皇の公的行為をめぐっては、内閣や官邸、
外務省などを相手に立ち回り、調整する政治能力が求められるし、葬儀の議論などのように
皇室の伝統にかかわる場合には、しっかりした歴史観も大切となります」
羽毛田氏の後任となる風岡典之宮内庁次長(65)は国土交通省の事務次官を経て05年に現職に就いた。
人柄の良さを評価する声は多いが、果たして、相手が両陛下や皇太子ご夫妻ら皇族方であろうと、
必要ならば意見を述べ、皇室を支える「重し役」となることはできるだろうか。
http:// news.nifty.com/cs/magazine/detail/asahi-20120530-01/1.htm


  • 最終更新:2017-08-05 15:57:56

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