美智子皇后結婚5日前の「父娘のキャッチボール」

週刊文春2011年8月11日・18日夏の特大号

昭和34年/美智子皇后結婚5日前の「父娘のキャッチボール」
ご成婚と合わせ、週刊誌創刊ブームも起きた。
前年に創刊された『女性自身』の初代編集長、黒崎氏(故人)はスクープ競争をこう語っていた。
私たちの取材攻勢に閉口され、美智子さまの母上から一通の手紙が。
〈度々のおたずねでございましたが 先頃来の無理でとうとう床についております
折角のお申し出ながら どうかあしからず お引き取り願いあげ度く お断りまでに一筆 かしこ 正田内〉
美智子さまの家庭での様子をカメラに収めようと、正田家の庭に面した家の二階を借りて、夜明けから日没までカメラマンを張り込ませた。
今日もダメ、明日もムダかと疲労の色を濃くしていた時とうとう幸運に遭遇。
庭の木立の間から、美智子さまと父上に英三郎氏がキャッチボールをされている光景が。
グローブを手にした父娘がにこやかに声をかけあっている、朝の寒い外気が和らぐような“絵”であった。
ご結婚5日前のことである。カメラマンがもっとよく撮ろうと身を乗り出したところで、
通行人と近所の人に見つかりあたりは大騒ぎに。押っ取り刀で警官が駆けつけ、フィルムだけはなんとか
編集部に届いたが、担当者とカメラマンは連行され、さんざん油をしぼられた。
トックリの黒いセーターにトレーニングパンツ姿、美智子さまの民間人としての最後の写真はもちろん誌面を飾り大きな反響を呼んだ。
あの頃、美智子さまの人気は大変なものだった。
なによりも、美智子さまの容姿、品、言葉づかいには凛とした美しさがあった。
それらは戦後の日本人に久しく欠落していたもので、
そんな郷愁を満たしてくれるものが美智子さまにあったからではないだろうか。

  • 最終更新:2017-08-19 12:42:05

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