秋篠宮両殿下 大震災追悼式

■1月 秋篠宮両殿下の出席が決まる

東日本大震災6周年式典、両陛下欠席へ 5年の節目過ぎ
2017年1月19日22時25分
3月11日に開かれる政府主催の「東日本大震災6周年追悼式」に、
天皇、皇后両陛下が出席しない見通しとなった。
2012年3月の1周年式典以来、毎年両陛下が出席し、天皇陛下がおことばを述べてきた。
5年の節目を過ぎたことから、政府は秋篠宮ご夫妻に出席を求めるとみられる。
両陛下は震災発生直後から被災地に強く心を寄せてきた。
1周年式典は、天皇陛下の冠動脈バイパス手術の直後だったが、陛下は強く出席を希望。
皇后さまは陛下がバランスを崩したときに支えるため、動きやすい和服姿で寄り添った。
宮内庁関係者は「両陛下の被災者への思いは変わらないが、いつまでも
追悼式に出席を続けていただくわけにはいかない。他の震災とのバランスも考慮した」と話す。
宮内庁は両陛下の被災地訪問も、震災5年の昨年で一段落させる方針だったという。
http:// www.asahi.com/articles/ASK1M669RK1MUTIL03V.html

東日本大震災から6年の追悼式 秋篠宮ご夫妻が出席へ
1月20日 11時20分
東日本大震災から6年となる3月11日の政府主催の追悼式に、
これまで毎年出席されてきた天皇皇后両陛下にかわって、秋篠宮ご夫妻が出席されることになりました。
これは20日の閣議で決まったものです。
発生から6年となる東日本大震災の犠牲者の追悼式は、
ことし3月11日に東京・千代田区の国立劇場で行われ、
安倍総理大臣や衆参両院の議長、それに遺族の代表らが参列する予定です。
追悼式にはこれまで毎年天皇皇后両陛下が出席されてきましたが、
ことしは両陛下にかわって、秋篠宮ご夫妻が出席されることになりました。
両陛下は、平成7年に起きた阪神・淡路大震災では、直後などに被災地を訪れたあと、
追悼式典には発生から10年と20年の節目の年に出席されていて、
宮内庁は「過去の例などを総合的に判断して、今回の決定になったが、
両陛下が引き続き、被災地に心を寄せられていることに全く変わりはない」としています。
菅官房長官は閣議のあとの記者会見で
「追悼式の式次第はその時々の諸状況を勘案して、その時々の判断を行っている。
皇室のご臨席についても同様であり、節目となる5周年追悼式までは
天皇皇后両陛下にご臨席をお願いしていた。
6周年になるので、皇室のご臨席について改めて検討した結果、
秋篠宮ご夫妻へご臨席をお願いすることになった」と述べました。
また菅官房長官は、記者団が、天皇皇后両陛下が出席されないのは
公務負担軽減も考慮してのことかと質問したのに対し、
「政府と宮内庁の間で過去の事例等も踏まえながら、時々によって判断をしてきている」と述べました。
http:// www3.nhk.or.jp/news/html/20170120/k10010846241000.html

2017.1.21 10:13
東日本大震災追悼式、両陛下のご臨席は見送り 秋篠宮ご夫妻に
3月11日に政府が主催し、国立劇場(東京都千代田区)で行われる予定の「東日本大震災六周年追悼式」に、
秋篠宮さまご夫妻が臨席されることが20日、閣議で決まった。天皇、皇后両陛下のご臨席は見送られた。
両陛下は昨年までは毎年臨席していたが、震災発生5年を過ぎたことなどから、今後は節目でのご臨席が検討される。
菅義偉官房長官は同日の記者会見で「過去の事例も踏まえ、改めて検討した結果」と説明。
陛下の譲位をめぐり、政府の有識者会議が検討している公務負担軽減の一環ではないとの見方も示した。
一方、皇太子ご一家のお世話をする宮内庁の小田野展丈東宮大夫は同日、「特段のコメントはない」としている。
http:// www.sankei.com/life/news/170121/lif1701210027-n1.html


■3月 追悼式
東日本大震災6年 政府主催の追悼式
3月11日 15時42分
東日本大震災の発生から6年となる11日、秋篠宮ご夫妻が出席されて、政府主催の追悼式が東京で開かれ、
地震の発生時刻に合わせて、安倍総理大臣や遺族の代表ら出席者全員が黙とうをささげ、
震災で亡くなった人たちに哀悼の意を表しました。
政府主催の「東日本大震災六周年追悼式」は11日午後、東京の国立劇場で開かれ、
秋篠宮ご夫妻や安倍総理大臣、それに遺族の代表らが出席し、
地震が発生した午後2時46分に出席者全員が黙とうをささげ、哀悼の意を表しました。
追悼式には、これまで毎年、天皇皇后両陛下が出席されてきましたが、
6周年となるのに合わせて検討が行われた結果、ことしは秋篠宮ご夫妻が出席されることになりました。
この中で安倍総理大臣が、「被災地に足を運ぶたび、震災から6年を経て復興は着実に進展していることを実感します。
インフラの復旧がほぼ終了し、住まいの再建や産業・生業の再生も一歩ずつ進展するとともに、
福島においても順次避難指示の解除が行われるなど、復興は新たな段階に入りつつあることを感じます。
復興の進展に応じた切れ目のない支援に力を注ぎ、さらに復興を加速してまいります」と式辞を述べました。
また秋篠宮さまは「避難生活が長期化する中で、年々高齢化していく被災者の健康や、
放射線量が高いことによって、いまだ帰還の見通しが立っていない地域の人々の気持ちを思うと深く心が痛みます。
困難な状況にある人々誰もが取り残されることなく、平穏な暮らしを取り戻すことができる日が来ることは
私たち皆の願いです」とおことばを述べられました。
この後、追悼式では、岩手、宮城、福島の3県の遺族の代表があいさつしました。
岩手県の遺族代表の千葉陽さんは、「去年、今住む町で、台風による甚大な被害がありました。私にとって、
津波を思い起こす出来事でした。災害からなんとか生き残った者として、精いっぱいに生きることを全うすること、
そして、さまざまなことで起きる『つらさ』を『幸せ』に変えられるように、今の自分が持てる力が役立つのならば、
少しでもできることをしていきたいと思います」と述べました。
宮城県の遺族代表の佐藤昌良さんは、「過酷な経験を後世に色あせることなく語り続けるため、
あの悲しみを忘れません。あのつらさを忘れません。あの無力さを忘れません。あの寒さを忘れません。
両親の無念の思いに応えるため、火葬を済ませてすぐに東京の職を辞し、父の背中を追い、
現在は地域建設業の経営者として復興の最前線に立っております。全国から頂いた善意の力を借りながら、
ふるさとの復興を必ず成し遂げて参ります」と述べました。
福島県の遺族代表の石井芳信さんは、「川内村は、比較的放射線量が低く、一部の地域を残し
1年で戻ることができました。今では全村の避難も解除され復興も着々と進んでおりますが、
若い人たちが子どもの教育問題などから村に戻らないという課題なども多く、以前のような村の姿には
程遠い現況にあります。みんなで力を合わせ復興と再生を進めていくことが私たちの責務であると考えます」と述べました。
この後、追悼式では、各国の代表ら参列者が献花を行い犠牲者を悼みました。


秋篠宮さまのおことば 全文
6年前の3月11日午後2時46分、私たちが今までに経験をしたことがない巨大な地震と
それに伴う津波が、東北地方太平洋沿岸部を中心とした東日本の広範な地域を襲いました。
そして、この地震と津波によって、2万人近い人が命を落とし、
また2500名を超える人の行方がいまだ知られておりません。
ここに、本日、参集したすべての人々と共に、震災によって亡くなった方々とそのご遺族に対し、
深く哀悼の意を表します。この6年間、被災地においては、人々が互いに助け合いながら、
数多くの困難を乗り越え、復旧と復興に向けた努力を続けてきました。
そして、そのことを支援するため、国内外の人々が、それぞれの立場において、
様々な形で力を尽くしてきました。その結果、安全に暮らせる住宅の再建や産業の回復、
学校や医療施設の復旧などいくつもの分野において着実な進展が見られました。
また、原子力発電所の事故によって避難を余儀なくされた地域においても、
帰還のできる地域が少しずつではありますが広がってきております。
今まで尽力されてきた多くの関係者に対し、心からの感謝と敬意を表するとともに、
復興が今後さらに進んでいくことを祈念しております。
しかし、その一方では、被災地、また避難先の地で、困難な生活を強いられている人々が今なお多くいます。
特に、避難生活が長期化する中で、年々高齢化していく被災者の健康や、放射線量が高いことによって、
いまだ帰還の見通しが立っていない地域の人々の気持ちを思うと深く心が痛みます。
困難な状況にある人々誰もが取り残されることなく、平穏な暮らしを取り戻すことができる日が来ることは、
私たち皆の願いです。東日本大震災という、未曽有の災害のもとで、
私たちは日頃からの防災教育と防災訓練、そして過去の災害の記憶と記録の継承が
いかに大切であるかを学びました。この教訓を決して忘れることなく、
私たち一人ひとりが防災の意識を高めるとともに、
そのことを次の世代に引き継ぎ、災害の危険から多くの人々が守られることを強く希望いたします。
様々な難しい課題を抱えつつも、復興に向けてたゆみなく歩みを進めている人々に思いを寄せつつ、
一日も早く安寧な日々が戻ることを心から願い、御霊への追悼の言葉といたします。
http:// www3.nhk.or.jp/news/html/20170311/k10010907381000.html


秋篠宮さまが追悼のおことば「深く心が痛みます」
(2017/03/11 16:00)
東日本大震災の発生から6年となる11日、政府主催の追悼式が東京で開かれ、秋篠宮さまが
「いまだ帰還の見通しが立っていない人々の気持ちを思うと、深く心が痛みます」と述べられました。
秋篠宮さま:「困難な生活を強いられている人々が今なお多くいます。
特に、避難生活が長期化する中で、年々高齢化していく被災者の健康や、放射線量が高いことによって、
いまだ帰還の見通しが立っていない地域の人々の気持ちを思うと深く心が痛みます」
午後2時半から東京の国立劇場で開かれた東日本大震災の追悼式には、
これまで天皇皇后両陛下が出席されてきましたが、今回は秋篠 宮ご夫妻が参列されました。
秋篠宮さまは「一日も早く安寧(あんねい)な日々が戻ることを心から願い、
御霊(みたま)への追悼の言葉といたします」とお言葉を締めくくられました。
宮内庁によりますと、両陛下は、地震が起きた午後2時46分に皇居で黙祷(もくとう)を捧げられました。
11日は予定は入れず、静かにお過ごしになるということです。
http:// news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000096239.html


両陛下、5年区切りに交代=政府追悼式に秋篠宮ご夫妻-東日本大震災6年
11日に国立劇場(東京都千代田区)で開催された政府主催の東日本大震災の追悼式には、
秋篠宮ご夫妻が出席された。これまでは天皇、皇后両陛下が毎年出席していたが、
昨年で発生から5年の区切りを迎えたことを踏まえ、
今後は10年など節目の回にその時の天皇、皇后が出席する方向という。
阪神大震災では、10年と20年の追悼式に両陛下が出席し、
皇太子ご夫妻や秋篠宮ご夫妻が出席した年もあった。
宮内庁関係者によると、天皇陛下の退位に関する法整備の検討が現在進められ、
皇太子さまが数年内に即位する可能性があることも考慮し、秋篠宮ご夫妻の出席が決まったという。
(2017/03/11-15:51)
http:// www.jiji.com/jc/article?k=2017031100446&g=soc


震災6年で政府が追悼式、秋篠宮ご夫妻出席
2017年03月11日 22時56分
1万8000人を超える死者・行方不明者を出した東日本大震災は、11日で発生から6年となった。
被災地は復興に向けて着実に歩んできたが、なお被害の爪痕は残り、12万人以上が避難生活を強いられている。
地震発生時刻の午後2時46分、人々は失った大切な命を思い、故郷再生への誓いを新たにした。
 東京都千代田区の国立劇場で行われた政府主催の追悼式には、秋篠宮ご夫妻が出席された。
地震発生時刻に合わせ、安倍首相ら三権の長、各国の駐日大使、遺族代表ら計約900人が黙とうをささげた。
震災5年の節目まで毎年、式典に出席し、お言葉を述べてきた天皇、皇后両陛下はこの日、お住まいの皇居・御所で黙とうされた。
 秋篠宮さまはお言葉で、東京電力福島第一原発事故などの影響で多数の被災者が長期の避難生活を余儀なくされていることを
「深く心が痛みます」と気遣われた。震災の教訓にも触れ、「一人ひとりが防災の意識を高め、次の世代に引き継ぎ、
災害の危険から多くの人々が守られることを強く希望します」と述べられた。
http:// www.yomiuri.co.jp/national/20170311-OYT1T50079.html



秋篠宮ご夫妻の3・11追悼出席、皇太子ご夫妻も“ガッカリ”
今月11日に生中継された東日本大震災の「追悼式典」を目にして、「おや?」と首を傾げた向きも少なくなかろう。
昨年まで天皇皇后両陛下がおられた壇上の席には、秋篠宮ご夫妻のお姿……。
両陛下が格別の思い入れを持つご公務を「弟宮」任せにされ、
皇太子さまに「ガッカリ」したのは国民と宮内庁に働く人々ばかりではなかった。
 ***
数あるご公務のなかでも、天皇陛下がとりわけ慰霊を重視されてきたことに議論の余地はあるまい。
太平洋戦争の激戦地を巡る「慰霊の旅」はもちろん、3・11後には幾度となく被災地に足を運ばれた。
被災者に寄り添うお気持ちの強さは過去の式典を振り返っても明らかだ。宮内庁担当記者によれば、
「両陛下は震災の翌年以降、5回連続で追悼式典にお出ましになっています。
しかも、陛下は第1回の式典に間に合わせるために心臓の冠動脈バイパス手術の日程を調整し、
退院のわずか1週間後に出席されている。この時、皇后さまは和装で式典に付き添われました。
というのも、体調が万全でない陛下が転倒される事態を考慮して、ヒールではなく、咄嗟に動きやすい草履を選ばれたのです」
両陛下の並々ならぬ覚悟が窺えよう。翻って、今年の「6周年追悼式」である。
「中継を観て真っ先に感じたのは、なぜ皇太子ご夫妻がお出ましにならなかったのか、という疑問でした」とは皇室ジャーナリストの神田秀一氏だ。
「国を挙げての大規模な式典なので、皇太子ご夫妻が出席されるのが自然な形ではないでしょうか。
しかも、会場は東宮御所から目と鼻の先にある国立劇場だったのですが……」
そもそも、式典に秋篠宮ご夫妻が出席されることが決まったのは1月20日の閣議でのこと。
「宮内庁長官の会見では“なぜ秋篠宮さまなのか”という質問が投げかけられた。
ただ、長官は“総合的に勘案してそうなった”と言うのみ。また、“阪神淡路大震災の時と同じく
天皇皇后両陛下は10年、20年という節目に臨席されるのがふつうの姿だと思う”とも話していた」(別の記者)
■「共に悲しむ」はずが
だが、今上陛下の生前退位が実現すれば、3・11から10年、20年の節目にお出ましになるのは
「次の天皇皇后両陛下」である。皇太子さまご一家がその重責を果たせるかについては、懸念が残る。
「このところ、雅子さまのお出ましは増えましたが、急激な痩せ方が取り沙汰される愛子さまのご体調によって、
ご公務を直前に欠席されることも少なくない。皇太子さまは“夫婦揃って公務に当たるのが原則”と公言されてきた。
そのため、どれほど重要であっても雅子さまのドタキャンが許されないご公務は控えざるを得ないのでしょう。
皇太子さまは8日に人工衛星の部品を製造する町工場を視察されたものの、最近は東宮御所内でのご公務が目立つ。
一方、秋篠宮ご夫妻は、例年通り、10日にも東京大空襲の慰霊法要に参加されています。
両陛下が大事になさってきた“慰霊”が秋篠宮さまに引き継がれたという印象は否めない」(同)
先月23日に57歳の誕生日を迎えられた皇太子さまは、会見で「人々と共に喜び、共に悲しむ」天皇像を
継承すると仰っている。であれば、尚のこと追悼式典に出席されるべきではなかったか――。
これが国民の偽らざる心境だろう。
同時に、今回の欠席に最も「ガッカリ」されているのは、天皇皇后両陛下であり、
かつ「共に悲しむ」姿を示せなかった、他ならぬ皇太子さまご本人ではないだろうか。
http:// www.dailyshincho.jp/article/2017/03230557/?all=1


  • 最終更新:2017-12-24 10:51:51

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