秋篠宮ご一家 対馬丸の企画展に

秋篠宮ご一家 対馬丸の企画展に
8月16日 12時02分
秋篠宮ご一家は16日、太平洋戦争中、アメリカ軍に撃沈された
学童疎開船「対馬丸」の悲劇を伝える企画展をご覧になりました。
秋篠宮ご一家は16日午前、会場の東京・新宿のホテルに到着されました。
この企画展は、学童780人を含む1500人近くが犠牲になった「対馬丸」の悲劇を後世に伝えようと、
生存者や遺族と支援者で作る団体が毎年開いているものです。
ことしは対馬丸が撃沈されて70年目に当たり、会場には当時の状況を伝える手記や絵などおよそ100点が展示されてます。
このうち生存者の男性が描いた26枚の絵は、船が沈む様子やいかだで救助を待つ子どもたちの様子を克明に伝えていて、
秋篠宮ご夫妻は担当者の説明にじっと耳を傾けられていました。
ご夫妻と長女の眞子さま、次女の佳子さまは以前にもこの企画展に足を運ばれていますが、
長男の悠仁さまは初めてで、同じ年頃の子どもたちが数多く犠牲になった対馬丸についてご夫妻から話を聞かれていました。
ご一家はこのあと犠牲者の追悼の集いにも出席し、参加者と共に黙とうをささげたあと、
沖縄の子どもたちが犠牲者の慰霊のために踊った伝統舞踊の「エイサー」をご覧になりました。
http:// www3.nhk.or.jp/news/html/20140816/k10013850391000.html


秋篠宮ご一家、「対馬丸事件」慰霊の集いに出席
2014年8月16日12時33分
秋篠宮ご夫妻は16日、長男・悠仁さまらお子さま方と東京・新宿の京王プラザホテルを訪れ、
戦時中に約1500人が犠牲になった「対馬丸事件」の慰霊の集い
「学童疎開船を語り継ぐつどい2014」に出席した。
会場で、秋篠宮ご一家は「対馬丸事件」の生存者らとともに黙禱(もくとう)し、犠牲者をしのんだ。
続いて、沖縄県から参加した小学生が、生存者の仲田清一郎さん(78)に質問するコーナーがあり、
悠仁さまは長女・眞子さま、次女・佳子さまと熱心に聴き入っていた。
また、ご一家は対馬丸事件関連の展示も鑑賞。悠仁さまは紀子さまの説明を受けながら、
生存者が当時の様子を描いた絵などに見入っていた。
「対馬丸事件」が起きたのは1944年8月22日。
沖縄から本土に向かった学童疎開船・対馬丸が米潜水艦に撃沈された。
天皇、皇后両陛下が今年6月、沖縄県で生存者らと懇談し、慰霊碑に献花していた。
http:// www.asahi.com/articles/ASG8H56Z7G8HUTIL02B.html


秋篠宮ご一家 対馬丸追悼の催しに出席
< 2014年8月16日 15:37 >
秋篠宮ご一家は16日、太平洋戦争末期に撃沈された学童疎開船・対馬丸を追悼する催しに出席された。
秋篠宮ご一家は都内で行われた「学童疎開船を語り継ぐつどい」に出席された。
「対馬丸」は70年前、沖縄の子供たちらを疎開させる途中、アメリカ軍の潜水艦によって撃沈され、
約800人の子供を含む1500人近くが亡くなった。
この催しは、若い世代にその悲劇を伝えていこうと毎年行われているもので、
冒頭、ご一家もともに犠牲者に対して黙とうをささげられた。
長男の悠仁さまは年が同じ小学校2年の男の子による沖縄の伝統舞踊・エイサーに見入ったり、
対馬丸の生還者の話を真剣な様子で聞いたりしていた。
http:// www.news24.jp/articles/2014/08/16/07257324.html


秋篠宮ご一家、対馬丸事件追悼のつどいに出席
2014年08月16日 18時46分
対馬丸事件について紹介した展示を見られる秋篠宮ご一家(16日午前、東京都新宿区で)=代表撮影
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太平洋戦争中に米軍に撃沈された学童疎開船・対馬丸の犠牲者を追悼する「学童疎開船を語り継ぐつどい2014」が16日、
東京都内のホテルで開かれ、秋篠宮ご一家5人が出席された。
今年は対馬丸沈没から70年にあたり、ご一家は生存者や沖縄の小中学生ら出席者とともに、犠牲になった子供らに黙とうをささげられた。
8歳の時に対馬丸で疎開中、九死に一生を得た仲田清一郎さん(78)に、
7歳の悠仁さまと同い年の小学2年男子が体験を質問するコーナーもあり、
悠仁さまは姉の眞子さま、佳子さまとともに真剣な表情で耳を傾けられた。
閉会後、悠仁さまは、男の子が同学年と知り、紀子さまに促されて「よろしく」とあいさつされた。
ご一家は、対馬丸事件を写真パネルや絵で紹介したホテル内での展示も見られた。
悠仁さまは、同じ年頃で命を落とした子供たちの遺影をじっと見つめられていた。
http:// www.yomiuri.co.jp/national/20140816-OYT1T50066.html


目立つなといういちゃもん




2008年8月16日
秋篠宮さまご夫妻と眞子さま、佳子さまは、学童疎開船に関する企画展をご覧になった。
秋篠宮ご夫妻と、夏休み中の眞子さま、佳子さまは、東京・新宿区で戦時中に沖縄から
疎開する途中、潜水艦に撃沈された学童疎開船に関する展示会をご覧になった。
眞子さま、佳子さまは、亡くなった10歳の女の子の遺品のランドセルなどを熱心にご覧になっていた。
学童疎開船「対馬丸」は、1944年8月22日に沖縄から長崎に向かう途中、アメリカの
潜水艦に撃沈され、子どもや女性1,418人が亡くなった。
(08/16 17:02)(毎日新聞)

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文藝春秋2009年2月号
昨年八月十六日、秋篠宮は紀子妃殿下と眞子・佳子両内親王をともなって、東京・新宿で開催された
「学童疎開船メモリアルウィーク」を訪れた。
ここで展示されたのは、昭和十九年(1944)年八月二十二日にアメリカの潜水艦によって沈没させられた
学童疎開船「対馬丸」と、同じく九月二十五日に沈められた「武州丸」に関する写真パネルや、対馬丸に乗っていた
姉妹の遺品であるランドセルなどである。
展示会の主催者である山本和昭氏は、沖縄と本土の小中学生が交流する「全国豆記者交歓会」の代表世話人で、
昭和三十八年から天皇・皇后に拝謁してきた。
「両陛下、皇太子家、秋篠宮家のお三方に声をおかけしました。両陛下、皇太子殿下もぎりぎりまで日程を検討して
くださいましたが、直前になって秋篠宮殿下ご一家がお越しになるとの連絡がありました。両陛下は、皇太子時代から
対馬丸が沈んだ八月二十二日にはお子様方と黙禱をなさっています。そのため、殿下も五、六歳のころから
対馬丸についてはご存じで、ご自分と同じように、お子様にお伝えしたいという気持ちがおありだったと思います」
展示会で説明役を務めた対馬丸記念会の高良政勝氏によると、
「秋篠宮殿下は対馬丸の遺品展示を見ながら、眞子さま、佳子さまに一生懸命に話しかけておられました。
ちょうと遺品のランドセルが置いてあるところがあって、『こっちへ来て、見てごらん』と声をかけたりして、
詳しく説明されていました。展示を見ながら、紀子さまや、眞子さま、佳子さまは目をうるませていらっしゃった
ようです」
また当日は、沖縄学の第一人者、外間守善法政大名誉教授が出席していた。紀子妃は学習院大時代、
外間教授のゼミに特に志願して加わったこともあり、再会を喜んだという。
「外間先生の妹さんは対馬丸の犠牲者なので、紀子妃には格別の思いがあったのではないでしょうか」(高良氏)


女性自身2010年9月21日号
沖縄から本土へ向かう学童疎開船・対馬丸が沈んで今年で65年。
秋篠宮ご夫妻は8/16、『学童疎開船メモリアルウイーク』に出席。
「研究報告をしていた女の子が感極まって泣き出し、紀子さまは帰り際、
その女の子に『先ほどはよくできましたね』と慰めの言葉をおかけになった。
対馬丸の悲劇に関しては、美智子さまも関心が高いのです。
紀子さまも、悠仁さまに絵本を読み聞かせることで、悲惨な戦争体験を語り継いでいることでしょう」(松崎氏)


週刊ポスト2014年9月5日号
終戦記念日翌日の8月16日、京王プラザホテルで催された対馬丸事件の犠牲者を追悼するための
「学童疎開船を語り継ぐつどい2014」に、秋篠宮一家の姿があった。
眞子内親王、佳子内親王、そして悠仁親王を伴う一家揃っての式典出席は各メディアで大きく報じられた。
対馬丸事件とは、学童疎開船・対馬丸が1944年8月22日、沖縄から九州に疎開する学童らを乗せて航行中、
米潜水艦の魚雷を受けて沈没、約1500人が死亡した出来事で、今年は70年の節目にあたる。
秋篠宮家の対馬丸慰霊のつどいへの出席について皇室ジャーナリストの松崎敏弥氏はこう話す。
「陛下のお気持ちを時代を超えて継承していくという秋篠宮さまのメッセージが込められています。
眞子さま、佳子さまだけでなく、まだ小さい悠仁さまをお連れしたのは、
陛下が少年時代に対馬丸事件に心を痛めたのと同じ体験を悠仁さまにさせることで、
“陛下の平和への思いを、私もまた子供へと受け継いでいきます”というお気持ちを示されたのでしょう」

  • 最終更新:2019-06-16 10:49:36

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