神社本庁は男系男子による皇位継承を堅持すべしとの立場

神社本庁は男系男子による皇位継承を堅持すべしとの立場

神社本庁は男系男子による皇位継承を堅持すべしとの立場
2016.11.03 07:00
神社本庁の機関紙として昭和21年に創刊された『神社新報』。
全国の神社、総代、氏子・崇敬者を中心に購読されている発行部数5万部の週刊新聞(毎月月曜発行)には、
宗教関係の記事をメインに、その主張が反映され独特の論が展開されている。
フリーライターの清水典之氏が、同紙の「皇位継承」についての主張を紹介する。

 * * *

今年8月8日に天皇陛下が生前退位のご意向を表明されたとされるビデオメッセージについて、
神社新報は8月15日付の一面トップで報じたが、事実を淡々と伝えるのみ。
「生前退位」の評価や皇位継承が「安定的に続いていくこと」についてはあえて踏み込んでいないように見て取れる。
だが、過去の皇室関連の記事に目を通すと、神社本庁の考えが浮かび上がってくる。
平成13年12月1日に愛子内親王が誕生され、同年12月10日付の紙面は奉祝記事で覆われた。
そのなかに小堀桂一郎・東大名誉教授の論考があり、〈もし皇室典範の改正を論ずるならば、
それは女帝容認論からではなくて(中略)、旧皇族の宮家復活論等から論じてはいかがであらうか〉と述べている。
神社本庁は男系男子による皇位継承を堅持すべしとの立場だ。
だから、愛子内親王のご誕生で、女系・女性天皇容認論が浮上することを警戒していたように見える。
その危惧は現実のものとなる。小泉政権下で組織された私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」は、
女系・女性天皇を認めよと提言した。

 それに対し、平成17年11月28日付紙面で、〈皇位が百二十五代に亙って男系により継承されてきた歴史伝統を一蹴した〉と激しく非難。
矢田部正巳・神社本庁総長(当時)も「総長談話」で登場し、
〈現今の少子化問題やいはゆる「ジェンダー・フリー」などで主張される特定の価値観が前提とされてをり、
あたかもそれを押し付けるかの如くである〉と反対論を展開している。
しかし、その翌年、秋篠宮家に悠仁親王が誕生されると、平成18年9月18日付は再び奉祝の記事で埋まる。
宗教ジャーナリストの斎藤吉久氏はその喜びを、自身の連載で
〈暗黒の世に光をもたらした天岩戸の物語を彷彿とさせ、皇祖神の御神意を思はずにはゐられない〉と表現した。
それに続けて、大手新聞が相変わらず女系・女性天皇を容認する社説を載せていることを批判。
さらに、〈この際、憲法の天皇条項をふくめて、皇室制度全般について、
より根本的な議論がじっくりと進められることが期待される〉と述べている。
「憲法の天皇条項」も議論せよと主張しているのだ。
※SAPIO2016年11月号
http:// www.news-postseven.com/archives/20161103_455958.html

皇室と神社本庁の関係 皇位継承問題で歴史の岐路に

皇室と神社本庁の関係 皇位継承問題で歴史の岐路に
2016.10.26 16:00
戦後に設立された神社本庁は、当初から現在に至るまで皇室と切っても切れない密接な関係を築いてきた。
そしていま、皇室と神社本庁は歴史の岐路に立たされている。
8月に天皇陛下が「象徴としてのお務めについてのお言葉」を発せられた。
「生前退位」による皇位継承問題で皇室典範改正が議論されるとともに、一部では女系天皇論も熱を帯びている。
皇統をめぐる男系・女系論は2006年に悠仁親王が誕生される直前にも議論されていた。
神社本庁は、小泉政権下で皇室典範改正に揺れた2005年、総理に提出された有識者会議報告書に真正面から反対し、
「皇室典範改正問題に関する神社本庁の基本見解」で明確に男系維持の主張を表明した。
〈皇位は、百二十五代にわたって一つの例外もなく男系により継承されており、
天皇を中心に国家・社会の安寧と秩序が保たれてきた。この歴史的な重みは、
現今での「制度的安定」を主たる理由として軽々に斥けられてよいものではない〉
また、皇位継承権のある男性皇族が存在する中で、危機感を強調し継承資格を拡大する議論を「拙速」とし、
男系の伝統保持に努力すべしとした。さらにそのためには、有識者会議では困難とされた
「旧皇族の皇籍復帰等の方策」を「広範かつ具体的に検討することが改めて必要であると考える」としている。
一方で、当時神社本庁の統理を務めていた、久邇邦昭氏(今上天皇の従兄弟)は
退任後の著書『少年皇族の見た戦争』(PHP研究所)の中で〈私個人が兎や角言うことではなかろう〉としながらも、
こう述べている。
〈近頃、旧皇族をまた皇籍に戻すべきだという意見もあるようだが、私はこれについては、
「何を今さら」というのが正直なところ本心だ。(中略)
これを今さら、皇籍に復して国民の貴重な税金をいただくのには拒否反応がある〉
ある識者は、「神社本庁の幹部には皇室をなによりも大切に考えてきたという自負があるのでしょう。
紀元節回復運動や元号法制化(*注)は神社本庁に拠るところが大きかった功績として挙げられます」とした上で、
皇位継承に関わる問題では、「今上陛下ならびに皇室、旧皇族の方々のご意向をどこまで考慮しているのか、
疑問に思う点はある」と語る。 こうした大きな問題はあるものの、
今後も神社本庁と皇室は密接な関係であり続けることに変わりはないだろう。
【*注/GHQの方針で廃止された紀元節(神武天皇即位の日)の回復運動では神社本庁に本部が置かれ、
1966年に「建国記念の日」として復活した。元号法は日本国憲法下で条文が消失していたが、
神社本庁を母体とする「神道政治連盟」や「日本を守る会」の活動が発端となり法制化された】
※SAPIO2016年11月号
http:// www.news-postseven.com/archives/20161026_455940.html

  • 最終更新:2017-05-29 21:13:32

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード