眞子内親王殿下ご婚約関連2

眞子さま いよいよ婚約内定へ、父・秋篠宮さまの胸中は

いよいよ今月3日に婚約内定の会見を行われる秋篠宮家の長女・眞子さま。
父・秋篠宮さまは、いまどのようなご心境なのか。
お二人のハンガリー旅行に同行した研究者は、こんなご様子を見ていました。

「お二人にとって、格別な人生の一つの段階だったのではないかなと。
それに、きっとこの旅自体が楽しい時間だったのではないかなと」
(東京大学総合研究博物館 遠藤秀紀 教授)

東京大学総合研究博物館教授の遠藤秀紀さん。
秋篠宮さまと長年、家畜の研究を通して交流があり、
親子二人で行かれた先月のハンガリー旅行にも同行しました。

「私の娘です」

秋篠宮さまと眞子さまは、2007年にはお二人でマダガスカルへ。
そして2010年にはラオスへ。遠藤さんは、このときも同行。
当時の眞子さまは、まだ、秋篠宮さまの後ろから肩越しに異文化に接するような様子だったといいます。

それから7年。ハンガリーでは自ら積極的に質問される姿も・・・。
自らも博物館学を研究する眞子さまと秋篠宮さまは、今では父娘から研究者同士の関係にもなっています。

「(父娘が)違った角度でぶつかり合うというのが、今回の旅の面白いところだったと思いますね。
事前に思っていたことと違うことが見えたときは、
なかなか、お二人話題が豊富ですね」(東京大学総合研究博物館 遠藤秀紀 教授)

訪問先の一つ、民族博物館では嫁入り道具にも関心を示されていたという眞子さま。
3日には婚約内定が発表されますが、このハンガリー滞在中、親子二人で花火をご覧になったといいます。

「恐らくこういう形で、お二人が旅をされるのは、今回が最後ではないかというふうに、
秋篠宮さまが研究者に対して、お話しになることがありました。
幸せを感じながらも、何か甘酸っぱいというのとは違うかな。
ちょっと何か、寂しいものがある。そういう時間帯だったんだと思うんですね」
(東京大学総合研究博物館 遠藤秀紀 教授)
http:// news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3145565.htm

眞子さま、あす婚約内定発表 パラグアイ移住者も祝福 昨年9月訪問「しっかりした振る舞い感銘」
毎日新聞2017年9月2日 東京夕刊
秋篠宮家の長女眞子(まこ)さま(25)は、これまでに3度、皇室の一員として外国を公式訪問された。
昨年9月には「日本人移住80周年」にあわせてパラグアイを訪問。
腰を落として高齢の移住者の声に耳を傾けた。
3日に婚約内定が発表される眞子さま。
現地で接した人々は「お若いのにしっかりした振る舞いに感銘を受けた。幸せになっていただきたい」と
祝福の声を寄せている。
日本人の移住が1936年に始まった南米パラグアイ。
眞子さまは昨年9月10日、最初の移住地となった南部のラ・コルメナ地区で、
秋田県出身の関淳子さん(82)、義姉の関年子さん(88)と面会した。
眞子さまは椅子に座った2人の前に腰を落として手を握り、
「どういう生活をされていますか」と語りかけた。淳子さんが「菜園作りを楽しんでいます」と答えると、
「いつまでもお元気で」といたわった。「敬意をもって接してくださった」と淳子さんは振り返る。
眞子さまはパラグアイ訪問に先立ち、国際協力機構(JICA)の海外移住資料館(横浜市)を訪れ、
同国の文化や伝統、日系社会の現状について説明を受けた。同館の朝熊由美子館長(53)によると、
「パラグアイでは日系人の存在はどのように知られているのですか」と質問するなど関心を深めている様子だったという。
パラグアイ日本人会連合会の菊池明雄事務局長代行は
「婚約されると聞き、パラグアイの日系人一同からお祝いを申し上げたい」と話す。
眞子さまは2015年12月、「外交関係樹立80周年」の中米エルサルバドルとホンジュラスを訪問した。
今年5~6月にはブータンを公式訪問している。
それぞれの国の歴史や文化を学び、人々との交流を大切にしている。【後藤豪、高島博之】
https:// mainichi.jp/articles/20170902/dde/041/040/037000c 

眞子さま、結婚後のお住まいや生活は? 事例踏まえ解説
多田晃子、島康彦
2017年9月2日11時31分
■いちから解説!
秋篠宮家の長女・眞子(まこ)さま(25)と大学時代の同級生小室圭(こむろけい)さん(25)の婚約が3日、正式に内定します。
女性皇族の結婚は2014年の千家典子さん(当時の高円宮家の典子さま)以来。
結婚までにどういう儀式が予定され、結婚後のお住まいや生活はどうなるのでしょうか。
最近の事例を踏まえ、解説します。
眞子さまのような皇族の女性、いわゆる「プリンセス」が結婚する場合、婚約内定後にも様々な儀式などが行われます。
まず、一般の結納にあたる「納采(のうさい)の儀」があり、婚約が正式に成立します。
3年前にご結婚された高円宮家の次女典子さまの場合、お相手の出雲大社宮司の千家(せんげ)家の長男、
国麿(くにまろ)さんの使者が高円宮邸を訪問して、
木箱に入った清酒3本や白い絹のドレス生地などを結納品として届けました。
そして結婚式のおよそ1カ月前には、挙式の日を正式に伝える「告期(こっき)の儀」があります。
今回の場合、小室さんの使者が秋篠宮邸を訪問し、結婚式の日取りを伝えます。
結婚式を数日後に控えたころ、宮中三殿で、「賢所皇霊殿神殿に謁(えっ)するの儀」に臨みます。
皇室の祖神などに別れを告げるもので賢所、歴代天皇や皇族をまつる皇霊殿、
八百万(やおよろず)の神をまつる神殿の順に拝礼します。
髪を後ろで束ねた「おすべらかし」の髪形で臨むとみられます。
通常、宮中三殿での拝礼は天皇、皇后両陛下や皇太子ご夫妻だけが殿上で行いますが、3年前は、典子さまも殿上で拝礼しました。
続いて、両陛下に感謝の言葉を述べる「朝見の儀」。
典子さまの場合は「賢所皇霊殿神殿に謁するの儀」と同じ日に行われました。
いよいよ結婚式の当日には、「入第の儀」があります。小室さんの使者が秋篠宮邸に迎えに行き、結婚式に臨むことになります。
眞子さまと小室さんの結婚式は、黒田清子さん(紀宮さま)と同じ帝国ホテルで行うことが検討されているようです。
■身分やお金は?
皇族の女性が結婚すると、身分やお金はどうなるのでしょう。
皇室典範は、皇族の女性が天皇や皇族以外の方と結婚した時は、皇族の身分を離れると定めています。
皇室を離れ、皇統譜から除籍され、一般国民として戸籍に名前が記されることになっています。
皇族が身分を離れる際、皇室経済法にもとづき、国から「一時金」が贈られます。
理由は「皇族であった者としての品位保持」のためです。金額は皇族としての身位によって決められており、
眞子さまの場合は年間の支出基準額の10倍を超えない範囲内で支払われます。
眞子さまの基準額は1525万円ですから、最大で1億5250万円となります。
実際に支払われる金額は「皇室経済会議」で決定します。
ちなみに天皇陛下の長女、黒田清子さんの場合は1億5250万円、千家典子さんの場合は1億675万円でした。
■住環境や買い物は?
結婚後の生活はどのようになるのでしょう。お住まいは、住環境や安全面などを考え、
宮内庁とも調整して決めることになるとみられます。
同じ内親王として「先輩」となるのが天皇、皇后両陛下の長女である黒田清子さん。05年に結婚しました。
当初は都内の賃貸マンションに暮らしていましたが、その後、新築マンションを購入し、転居しました。
高級感が漂う外観で、住人によると、自分の部屋につながるエレベーター以外は利用できなかったり、
防犯カメラが至るところに設置されていたり、セキュリティーが手厚いようです。
結婚後も、しばらくは外出時に警備関係者が遠目に見守っていましたが、今は原則、警備がつくことはありません。
一般の主婦と同じように、近所のスーパーで買い物をする姿が見受けられます。
皇室を離れた後も、皇居を頻繁に訪れています。皇居に入る門では一般の人と同じようにチェックを受けています。
最近も外車を運転している姿をみることができました。
徒歩で皇居に入ることもあり、職員や報道陣もチェックを受けるまで、本人だと気づかないことが多いようです。
関係者によると、夫婦で皇居に宿泊することもあります。早朝に両陛下は皇居内を散策していますが、
清子さんも宿泊した朝は一緒に歩いているようです。
眞子さまも結婚後、買い物をご自身ですることになり、私的な用事で外出する機会が多くなりそうです。
警察による警備や送り迎えは徐々になくなっていくとみられますが、眞子さまも運転免許を持っており、ご自身が運転する可能性も考えられます。
初めて参政権を手にし、投票することもできるようになります。年金や健康保険にも初めて加入します。
     ◇
天皇陛下の初孫である眞子さまが婚約することになり、祝福ムードが広がっています。
一方、女性皇族の一人として、また筆頭宮家の長女として、
精力的に公務や活動に励んでこられた眞子さまが皇室を離れることを惜しむ声も出ています。
天皇陛下の孫の世代には、ほかに6人の未婚の女性皇族がいます。
結婚が続けば、さらに皇族が減っていきます。
眞子さまの婚約を機に、女性皇族が結婚後も皇室にとどまる女性宮家を創設するべきかどうかの議論も、
ますます注目されそうです。(多田晃子、島康彦)
http:// www.asahi.com/articles/ASK747RSNK74UTIL056.html

紀子さまが眞子さまのために注いだ愛情エピソード
2017.09.08 07:00
おふたりの門出を祝うかのような快晴に恵まれた9月3日。
秋篠宮家の長女・眞子さま(25才)と婚約者である小室圭氏(25才)がご婚約内定記者会見に臨まれた。
報道陣から祝福を受けるなか、眞子さまはご両親への感謝を述べられた。
「幼い頃より結婚をするときは皇族の立場を離れるときである、という意識を持って過ごしてきました。
その中で天皇陛下をお助けし、自分なりにできる限り、皇族としての仕事を大切に果たそうと務めるとともに私自身の生活も大事にして参りました。
両親も私の考えを尊重しながら助言をし、見守ってくれました」
愛娘の幸せそうな表情をご覧になられて母・紀子さま(50才)は万感の思いが蘇られていたことだろう。
1991年10月23日11時41分。宮内庁病院で身長50cm、体重3238gの元気な女の子が誕生した。
紀子さまが分娩室に入られてから、わずか16分という安産だった。
医師から「内親王ですよ」と声をかけられた紀子さまはにっこりとうなずき、小さな愛娘を抱きかかえられた。
「天性のものを失わず、自然に、飾ることなく、ありのままに人生を歩んでほしい」
という秋篠宮ご夫妻の願いから“天皇の初孫”は「眞子」と命名された。
宮邸に隣接して増設された育児室には、天皇皇后両陛下から贈られたベビーベッドとともに、
秋篠宮ご夫妻が眞子さまのために求められた、ぬいぐるみで埋めつくされた。
ベッドの脇にあるオルゴールの澄んだメロディーを聴きながら、眞子さまは過ごされた。
「母乳で育てたい」と望まれた紀子さまは、出産直後産湯に浸かられた眞子さまに、初めての授乳をされた。
長年にわたって秋篠宮家を取材する皇室ジャーナリストの高清水有子さんが語る。
「一般的に出産直後は母乳があまり出ないことが多い。ただ、生まれてすぐに乳房を吸わせることは初回吸啜(きゅうせつ)といって、
母娘がスキンシップを通じて、お互いに愛情を抱くようになります。紀子さまは眞子さまへ愛情を伝えられたのでしょう」
紀子さまは離乳食の果物ジュースなどもすべて手作り。少しでも気づいたことがあれば、育児日記に書き込まれた。
眞子さまが1才になられた頃、秋篠宮ご夫妻はスリランカ、インドなどへ20日間の海外公務に出かけられた。
眞子さまにとって初めての「お留守番」となられたわけだが、紀子さまは準備万端で旅立たれた。
「出発前、寂しい思いをする眞子さまのため、紀子さまは『おやすみなさい』と言う、
ご自分の声や子守歌を吹き込んだカセットと、親子3人で遊ぶ模様を収めたビデオを用意されました。
また眞子さまのお世話をする侍女らには、参考にするようにと育児日記も残された」(秋篠宮家関係者)
紀子さまは「ふれあい」を大切にされながら、眞子さまをお育てになられた。
前出の高清水さんは紀子さまの「ふれあい」にまつわる、こんなエピソードを紹介してくれた。
それは眞子さまが1才1か月の頃、秋篠宮ご一家が軽井沢・万平ホテルで静養されていたときのことである。
「ホテルのオーナーが飼っていたゴールデンレトリバーのマークくんが、いきなり眞子さまに飛びかかったのです。
一瞬、報道陣に緊張が走ったのですが、紀子さまは慌てることなく、『あら、お友達になりたいのね』と笑顔でおっしゃられました。
あのとき、もしも紀子さまが『キャー!』とか『怖い!』などと叫ばれれば、
その気持ちが眞子さまに伝わり、眞子さまは動物が苦手になられてしまったかもしれません。
子供にとって動物は、最初のコミュニケーションの相手となる大切な存在。
眞子さまが動物に先入観を持つことなく成長されたのも、紀子さまのふれあい教育の賜物でしょう」
撮影/雑誌協会代表取材
※女性セブン2017年9月21日号
http:// www.news-postseven.com/archives/20170908_610900.html?PAGE=1#container

  • 最終更新:2017-09-08 21:37:09

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