皇室軽視 民主党

別冊正論Extra.14
(平成23年1月7日発行)

“皇室軽視”民主党の理論的支柱を粉砕する
中央大学教授 長尾一紘
(略)
民主党は、日本の左翼の伝統にもとづいて、「天皇制廃止」を望んでいるかのようである。
もちろん、これを公言することはありえない。民主党の真意は、これを忖度する以外にない。
議員たちの言動をみるかぎり、民主党の本音について疑念をいだかざるをえない。

岡田克也外相(当時)は2009年10月に、国会開会式での天皇陛下のお言葉について、
「陛下の思いが少しは入ったお言葉をいただけるような工夫を考えてほしい」と述べている。
岡田氏の発言は、不適切と言わざるをえない。陛下の「お言葉」において、政治的に影響のある内容のものは可及的に避けるべきものとされている。
むしろ、陛下の現実の「思い」が「お言葉」に反映することは、憲法上避けなければならないとみるべきであろう。
また、外相の言にはいささか不遜の響きがあるように思われる。

小沢一郎幹事長(当時)は、天皇陛下と習近平中国国家副主席の特別会見を、
「一か月ルール」を無視した形で、宮内庁に強引に設定させた。このさいにおける、
小沢氏の皇室に対する無礼発言の数々は、小沢氏失脚の遠因のひとつになっている。

仙谷官房長官は、韓国への戦後補償は不十分だったとして、新たに個人補償を検討する考えを表明した。
その発言そのものも、個人補償問題を最終的に解決した日韓基本条約(昭和40年)を無視した暴言であるが、
さらに問題なのは、このさい仙谷氏が自ら高木健一氏の名を出して、「友人」として紹介したことだ。
この高木氏は、韓国における「日本政府を相手に明成皇后殺害事件の真相究明と天皇謝罪を要求する訴訟」の原告団から弁護人に選任されている。
「友人」である仙谷氏は、これを知ったうえでの発言かと思われる。
天皇に謝罪を要求する訴訟に、日本政府が側面援助するものとの印象を与えかねない、軽率きわまりない発言とみることができよう。

議会開設百二十年記念大典のさい、来賓の秋篠宮ご夫妻が、天皇、皇后両陛下のご来場まで起立されているのをみて、
中井洽前国家公安委員長が、「早くしてくれよ、こっちも座れないじゃないか」と、周囲にひびきわたる声で不平をのべた。
もはやいうべき言葉をもちえない無礼な発言だ。

自民党内閣においては二十年に一度もなかった事件が、一年半のうちにこれだれ連続して生じている。
これらの事件において共通するものは、皇室に対する傲岸不遜の態度、そして皇室への理由不明の悪意である。
この共通項をみるかぎり、これらの不祥事を偶然とみることはできない。
民主党の皇室観そのものを投影するものとみることができよう。
民主党は、その公文書において天皇についての記述を避ける傾向にある。
民主党は、平成17年、「憲法提言」において、憲法改正のための構想を明らかにしているが、
そのなかで天皇についての記述は一行もない。民主党は、天皇について構想をもちえないのであろうか。
それとも、公言をひかえながらも、戦後の左翼人士に多くみられるように、共和制の導入(天皇制の廃止)を本願としているのであろうか。
民主党に正式の綱領は存在しないので、綱領によってこれを知ることはできない。
しかし、民主党の基本理念、政治プログラムは、その基本政策のなかに、これをみることができる。
基本政策は、いわば「かくされた綱領」である。民主党がとりわけ重視する政策として、東アジア共同体構想をあげることができる。
東アジア共同体構想は、たんなる思いつきではない。
鳩山前首相は、東アジア共同体の到達点が「東アジア連邦国家」の形成にあることを示唆している。
この連邦国家には、中国、韓国のほか北朝鮮などの参加が予想される。連邦国家を形成するためには、
統治原理についての「同質性」が要求される。日本は君主国であり、民主国家である。
一方、中国は共和国であり、一党独裁の国家である。
EUの例をみても、このように異質の国々が連邦国家を形成することはありえない。
この間のリーダーシップは中国がとるものと思われる。日本は、連邦国家を形成するために、
君主制と民主制を放棄して、共和制と一党独裁制を選択せざるをえないことになる。
民主党の基本政策である東アジア共同体構想は、このように、日本における君主原理(天皇制度)の否定を前提とする。
民主党が東アジア共同体をどこまで現実的政策としているかは定かではない。
しかし、これを究極の政治目標とする点を看過することはできない。
民主党のかくされた綱領のなかには、「天皇制の廃止」が書かれているのではなかろうか。
民主党には、共和制への願望をひめた、悪意ある皇室軽視の傾向をみることができる。
このような天皇観は、どこから来たのであろうか。

戦後日本の天皇観に決定的な影響を与えた論者として、宮沢俊義の名を挙げることに異論はないとものと思われる。
宮沢俊義氏は、戦争をはさむ三十余年の間、東大法学部の憲法担当教授の座をしめており、昭和二十年代から三十年代にかけて、
憲法学説に決定的に影響を与えた。日本の憲法学説は、今でもそのときにつくられた枠組みのなかを動いているように思われる。
宮沢学説の天皇観は、一言でいえば、共和主義への願望をひめた、
悪意ある皇室軽視である。民主党の天皇観は、まさしくこの宮沢学説を継承するものである。
宮沢学説こそ、現在の皇室の危機の根源をなすものといえよう。
(中略)
宮沢氏によれば、日本政府が昭和20年8月、ポツダム宣言を受諾したさいに明治憲法の天皇主権が放棄され、国民主権がもたらされたとされる。
法学上も、また史実の上でも成立しえない奇説である。
(中略)
宮沢氏の八月革命説は、その後の憲法観に決定的な影響を与えた。
日本国憲法は、新たに主権者となった日本国民の自発的意志によって制定された、とのフィクションが形成され、
いつの間にかこれが史実とみなされるようになった。
事実は異なる。憲法草案の審議がGHQの全面的なコントロールの下におこなわれたことは意外に知られていない。
当時、GHQが起草した、この憲法草案に対する批判は一切禁じられており、
新聞、ラジオのみならず、個人の私信に至るまで厳重な検閲制度の下におかれていた。
草案審議のための衆議院選挙においては、立候補の自由はなく、GHQの審査をパスした者だけが立候補することができた。
(中略)
宮沢氏の八月革命説によって、このような事情が隠蔽されることになった。
国民が自らの意思で憲法を制定したかのような錯覚が生じた。
(中略)
この八月革命説には、もうひとつ重要な役割が課せられていた。
それは明治憲法と日本国憲法を切断することである。
宮沢氏はつぎのように主張する。
―八月革命がおきて、ただちに国民が新たな主権者になった。新憲法は、この国民が自発的に制定したとみるべきだ。
明治憲法とは無関係のものとみるべきだ。
命じて憲法の改正という手続きを経たのは、たんに便宜上の都合にすぎない―と。
宮沢氏は、日本国憲法にめいぶんにいて明治憲法の改正とあるのを、「改正」ではないと強弁する。
この立場にたてば、日本国憲法の天皇制度は、その伝統的基盤を失うことになる。
伝統と切り離された君主制は、その象徴作用すら十分にもちえないことになる。そして、天皇制度の存在意義そのものが問われることになる。
これこそが宮沢氏の意図するところであった。
宮沢氏の真意は、天皇の象徴作用を機能不全のものとし、天皇と国民の関係を切り離そうとする点にある。宮沢氏の所論の反憲法的性格は明らかである。
宮沢氏は、八月革命説を発表したあと、臨時法制調査会の委員として、皇室典範の改正作業に従事した。
このとき、宮沢氏は、天皇制度に対する否定的な意向を一段と明確なものとした。
委員会で主張された宮沢氏の所論は、女性天皇、女性宮家の存在を当然視するものであり、女系天皇の容認を前提とするものであった。
また、事実上、宮家の存在を否定するものであった。
宮号は廃止され、皇族も一般国民と同じ「氏」を有する、とされた。
さすがに宮沢氏の主張は支持されるに至らなかったが、このような所論が実現されれば、
宮家は、一般庶民のなかにうずもれる存在となり、すべての宮家が全面的な廃絶に至ることは必至であった。
宮家の存在によって、皇位継承資格者が確保される。
宮沢氏は、女性天皇を導入し、宮家の庶民化を実現することにより、皇室の廃絶をはかったのである。
(中略)
宮沢氏は、日本は「君主国」ではなく、「共和国」だという。
この常識とはかけはなれた主張には、宮沢氏の皇室に対する悪意が感ぜられる。
宮沢氏は、「天皇制は廃止されるべきであった。憲法に天皇制がもうけられたのは誤りだ。
したがって、憲法解釈において、これをできるかぎり無視しなければならない。
天皇制があっても、これを無視して、日本は共和国だというべきだ」と考えたのであろうか。
(中略)
宮沢氏は、天皇を「象徴」であるといいながら、象徴であるための基盤である元首としての地位を否定する。
ここに象徴としての地位も、かぎりなく極小のものにしたいという隠微な願望をみることができる。
宮沢氏の天皇制否定への執念には、気味悪いほどの根づよいものがある。
(中略)
宮沢説は、共和主義的立場すらの、「天皇否定の天皇論」である。
憲法は、天皇制度を第一条において明定している。宮沢説は、この憲法原則を否定しようとする。
その所論がいまや政府与党の事実上の公式見解にまでなっている。
宮沢氏の天皇論には、皇室に対する悪意が認められる。
国家の象徴に対するこのような情念は、国家そのもの、国民そのものに対する否定の感情を醸成する。
日本の左翼の宿痾となっている反日自虐の妄念は、宮沢学説によるところが少なくないものと思われる。
(後略)

  • 最終更新:2017-04-10 21:17:45

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