皇后さま84歳誕生日

『皇后陛下お誕生日に際し』(平成30年)
http:// www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/21(全文)

皇后さま84歳誕生日「新しい御代の安泰祈り続ける」
2018.10.20 07:00
皇后さまは20日、84歳の誕生日を迎えられた。これに先立ち、宮内記者会の質問に文書で回答し、
来年4月末の天皇陛下の譲位後は、皇太子さまが「陛下のこれまでと変わらず、
心を込めてお役を果たしていくことを確信しています」と強い信頼を寄せた上で、
陛下とともに「新しい御代の安泰を祈り続けていきたい」とつづられた。
皇后さまが質問に対し、公にお気持ちを述べられるのは今回が最後の機会とみられる。
皇后さまは来年4月で60年を迎えるご結婚からの歳月をご回想。
結婚に際して陛下から告げられた「立場としての義務は最優先であり、私事はそれに次ぐもの」
という言葉のままに陛下は過ごされたとし、
「次第に国と国民への信頼と敬愛を深めていかれる御様子をお近くで感じとる」日々を感慨深く振り返られた。
一方、皇太子妃、皇后という立場は「決して易しいことではありませんでした」と率直な心情も吐露された。
「時に厳しく、しかし限りなく優しく寛容」という陛下に改めて謝意を示し、
すべての公務から退かれても「変わらず、国と人々のために祈り続けていらっしゃるのではないでしょうか」と記された。
https:// www.sankei.com/life/news/181020/lif1810200006-n1.html

皇后さま きょう84歳の誕生日
2018年10月20日 6時33分皇室
皇后さまは20日、84歳の誕生日を迎えられました。
来年4月の天皇陛下の退位を前に、皇后として迎える最後の誕生日です。
皇后さまは誕生日にあたって記者の質問に文書で回答を寄せられました。
この中で皇后さまは、この1年に相次いだ地震や豪雨などに触れ、
「災害により犠牲になられた方々を心より悼み、残された方々のお悲しみを
少しでも分け持てればと思っています」と述べられました。
そして「被災者の静かに物事に耐える姿、そして恐らくは一人一人が大きな心の試練を経験しているだろう中で、
健気に生きている子ども達の姿にいつも胸を打たれています」と記されました。
皇后さまは天皇陛下が来年4月で退位されることについて「5月からは皇太子が、陛下のこれまでと変わらず、
心を込めてお役を果たしていくことを確信しています」と述べられました。
そして「私も陛下のおそばで、これまで通り国と人々の上によき事を祈りつつ、
これから皇太子と皇太子妃が築いてゆく新しい御代の安泰を祈り続けていきたいと思います」とつづられました。
続いて皇后さまは、結婚以来60年近く変わることのなかった天皇陛下の姿勢に触れながら
「義務を一つ一つ果たしつつ、次第に国と国民への信頼と敬愛を深めていかれる御様子を
お近くで感じとると共に、新憲法で定められた『象徴』のお立場をいかに生きるかを
模索し続ける御姿を見上げつつ過ごした日々を、今深い感慨と共に思い起こしています」と記されました。
そしてご自身については「皇太子妃、皇后という立場を生きることは、
私にとり決して易しいことではありませんでした」と振り返ったうえで
「与えられた義務を果たしつつ、その都度新たに気付かされたことを心にとどめていく
ーそうした日々を重ねて、60年という歳月が流れたように思います」と述べられました。
皇后さまはまた、天皇陛下の退位後について「陛下の御健康をお見守りしつつ、
御一緒に穏やかな日々を過ごしていかれればと願っています。そうした中で、これまでと同じく
日本や世界の出来事に目を向け、心を寄せ続けていければと思っています」と記されました。
そして北朝鮮による拉致問題を例の1つに挙げ、「これからも家族の方たちの気持ちに
陰ながら寄り添っていきたいと思います」とつづられました。
皇后さまは最後に、公務を離れたあとの暮らしについて「これまでにいつか読みたいと思って求めたまま、
手つかずになっていた本を、これからは一冊ずつ時間をかけ読めるのではないかと楽しみにしています」
などと語り、「残された日々を、静かに心豊かに過ごしていけるよう願っています」と結ばれました。
皇居では20日、皇族方や衆参両院の議長らも出席して皇后さまの誕生日の祝賀行事が行われます。

弱い立場の人に心寄せられ
昭和9年10月20日に誕生された皇后さま。
戦争が続く中で幼少期を過ごし、戦後の復興期に青春時代を送られました。
聖心女子大学を卒業した年の夏、軽井沢のテニスコートで当時皇太子だった天皇陛下と出会い、24歳で結婚されました。
一般の家庭から皇太子妃が選ばれたのは初めてで、結婚の祝賀パレードに50万人を超える人たちが詰めかけるなど、
多くの国民から祝福を受けられました。
天皇陛下と国内外で公務に励みながら3人のお子さまを手元で育て、新たな皇室像を示されました。
昭和天皇が崩御して天皇陛下が即位されると、54歳で皇后となられました。
一貫して、被災者や病気や差別に苦しむ人、障害のある人など、
社会で弱い立場にある人たちに心を寄せられてきました。
平成7年の阪神・淡路大震災では、皇后さまが被災地に持参されたスイセンの花が復興のシンボルとなりました。
東日本大震災では、被災から間もない時期から7週連続で東北3県などを回り、
その後もたびたび被災地を訪ねて被災した人たちを見舞われています。
日本赤十字社の名誉総裁として医療や福祉の関係者をねぎらうとともに、
数多くの福祉施設やハンセン病の療養所などを訪れて入所者をいたわられてきました。
障害者のスポーツにも高い関心を持ち、長野パラリンピックでは選手たちの健闘をたたえるウエーブに参加されました。
皇后さまは天皇陛下とともに全国各地に出かける一方で、去年、初めてベトナムを訪問するなど、
これまでに58か国を訪ねて国際親善に尽くされました。
また天皇陛下とともに先の大戦の歴史と向き合われてきました。
戦後50年を迎えた平成7年には「慰霊の旅」に出かけ、被爆地の広島と長崎、地上戦が行われた沖縄などを訪ねられました。
さらに戦後60年には太平洋の激戦地サイパンを、戦後70年にはパラオのペリリュー島を訪れ、犠牲者の霊を慰められました。
皇后さまは文学や音楽に造詣が深く、とりわけ児童文学に大きな関心を寄せ、
絵本など児童図書の普及に取り組む人たちを後押しされてきました。
平成14年には、児童図書の世界大会が開かれたスイスをお一人で訪問し、
児童文学への思いを語られた講演が大きな反響を呼びました。
一方で皇室の伝統も大切に受け継ぎ、世の中の出来事や家族への思いを短歌で表現するとともに、
明治以降、歴代の皇后が続けてきた皇居での養蚕にも熱心に取り組まれてきました。

全都道府県を複数回訪問
皇后さまの誕生日に合わせて、天皇皇后両陛下がお住まいの御所で
日本地図をご覧になる映像が公開されました。
この日本地図は、両陛下がこれまで訪れた場所にピンで目印をつけているもので、
皇太子夫妻の時に訪れた場所には青色のピンが、
天皇皇后として訪ねられた場所には赤色のピンが立てられています。
両陛下は、天皇皇后としてすべての都道府県を複数回訪れていて、
この日は北海道から沖縄まで並ぶ数多くのピンを眺めながら、これまでの訪問を振り返られていたということです。
https:// www3.nhk.or.jp/news/html/20181020/k10011678881000.html

新しい御代の安泰を祈りたい…皇后さま84歳に
2018年10月20日
皇后さまは20日、84歳の誕生日を迎え、これに先立ち、宮内記者会の質問に文書で回答された。
陛下は天皇として「全身」と「全霊」で務めたが、加齢と共に「全身」で、という部分が果たせなくなると感じ、
退位を巡る気持ちを伝えられたと振り返られた。
「皇太子妃、皇后という立場を生きることは、決して易しいことではありませんでした」とつづられた。
義務を果たしつつ新たに気付かされたことを心にとどめていくうち、「60年という歳月が流れた」という。
代替わり後は、陛下のそばで、皇太子ご夫妻が築かれる「新しい御代みよ」の安泰を祈り、
穏やかな日々を過ごせるよう願われている。
国内外の出来事にも関心を寄せ続けられる。北朝鮮による日本人拉致被害者問題を挙げ、
「平成の時代の終焉しゅうえんと共に急に脳裏から離れてしまうものではない」との考えを示された。
宮内庁によると、皇后さまが誕生日に際して記者会の質問に回答するのは、今年が最後となる。
https:// www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20181019-OYT1T50166.html

陛下と二人三脚、語録で振り返る30年のお歩み 皇后さま84歳
2018.10.20 07:02
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皇后さまが20日、皇后として最後の誕生日を迎えられた。
平成の30年間、天皇陛下と二人三脚で国内外の隅々を訪れ、戦没者慰霊、被災地見舞い、
高齢者・障害者福祉などに励み、国民に寄り添われてきた。
その心中を披露される貴重な機会が、誕生日の文書回答や節目の記者会見だった。
「陛下のお気持ちに添い、人々の幸せを祈って過ごしてまいりたい」。
平成2年12月、陛下の即位関連儀式を終えられての記者会見。
同席した皇后さまはこう述べ、皇后としての基本姿勢を示された。
3年の雲仙普賢(ふげん)岳噴火を皮切りに5年の北海道南西沖地震、7年の阪神大震災と立て続けに災害現場へ。
8年10月の文書回答では「国の大切な折々にこの国に皇室があって良かった、と、
国民が心から安堵し喜ぶことの出来る皇室でありたい」とつづられた。
東日本大震災、熊本地震と被災地訪問は続き、陛下の譲位まで半年余りとなった今年9月にも
西日本豪雨の被災3県に強行日程で赴き、北海道地震のお見舞いも11月中に計画される。
偏見や差別に苦しんだハンセン病の元患者を慰め、障害者たちにも温かいまなざしを向けられた。
「少しでも社会の諸問題への理解を深め、大切なことを継続的に見守り、
心を寄せ続けていかなければならないのではないか」(11年11月、ご即位10年の記者会見)
陛下と同様、先の大戦中に疎開を経験された皇后さま。
戦後70年を翌年に控え、戦災地の沖縄、長崎両県で慰霊された26年10月の文書回答で
「絶えず平和を志向し、国内外を問わず、争いや苦しみの芽となるものを
摘み続ける努力を積み重ねていくことが大切ではないか」と訴えられた。
29年6月に譲位を可能とする特例法が成立。10月の文書回答では、
国内各地への訪問が最後の機会になるかもしれないとして、
「それぞれの土地の美しさを深く感じつつ、旅をいたしました」と振り返られた。
翌月の鹿児島県訪問により、平成以降だけで47都道府県を2度ずつ巡られた。
21年11月。陛下のご即位20年の会見で隣に座った皇后さまは、
次世代を担う皇太子さま、秋篠宮さまへの期待感を語られていた。
「二人がお互いを尊重しつつ、補い合って道を歩み、家族も心を合わせてそれを支えていってくれることを信じ、
皇室の将来を、これからの世代の人々の手にゆだねたい」
https:// www.sankei.com/life/news/181020/lif1810200007-n1.html

拉致問題「脳裏から離れず」 被害者家族に寄り添う 皇后さま84歳
2018.10.20 07:02
皇后さまは宮内記者会の質問への文書回答で、北朝鮮拉致問題について
「平成の時代の終焉と共に急に私どもの脳裏から離れてしまうというものではありません」として、
被害者家族に陰ながら寄り添っていきたいとの思いを示された。
陛下の譲位後も国内外の出来事に目を向け、心を寄せ続けていくと言及する中で、
唯一の具体例として拉致問題を挙げられた。
横田めぐみさん(54)=拉致当時(13)=の母、早紀江さん(82)は
「日本の大きな問題を考えてくれている」と感謝。家族会代表で田口八重子さん(63)=同(22)=の兄、
飯塚繁雄さん(80)は「心配してくださり、ありがたい。被害者の帰国につながるとうれしい」と語った。
被害者5人が帰国した平成14年10月の文書回答でも、拉致問題に触れられた皇后さま。
「何故私たち皆が、自分たち共同社会の出来事として、この人々の不在を
もっと強く意識し続けることが出来なかったか」と自省を込めて嘆き、
「今回帰ることのできなかった人々の家族の気持ちは察するにあまりあり、
その一入(ひとしお)の淋しさを思います」と帰国がかなわなかった被害者家族を慰められていた。
https:// www.sankei.com/life/news/181020/lif1810200009-n1.html

皇后さまの84歳お祝い 皇居の祝賀行事に皇太子ご夫妻ら
2018.10.20 12:36
皇后さまが84歳の誕生日を迎えられた20日、皇居の御所や宮殿には、
皇太子ご夫妻をはじめとする皇族方や閣僚が訪れ、祝賀行事が行われた。
 天皇、皇后両陛下のお住まいの御所で河相周夫侍従長ら侍従職職員による祝賀が行われたのを皮切りに、
宮殿では閣僚、山本信一郎長官ら宮内庁幹部が祝意を伝える行事に出席。
皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻と長女の眞子さま、次女の佳子さまらも訪れ、お祝いのあいさつをされた。
正午からは、両陛下と皇族方、元皇族らが集まられる祝宴の場も設けられた。
夕方には、皇太子ご夫妻の長女、敬宮愛子さまと秋篠宮ご夫妻の長男、悠仁さまも御所を訪ねられる。
夜は、皇太子ご夫妻と秋篠宮ご夫妻、両陛下の長女の黒田清子さん夫妻が御所に集まり、
両陛下を囲んで夕食をともにされる。
https:// www.sankei.com/life/news/181020/lif1810200042-n1.html

皇后さま84歳祝う夕食会
御所で皇太子ご夫妻ら
2018/10/20 19:41
皇后さまの84歳の誕生日を祝い、天皇、皇后両陛下を囲む夕食会が20日夜、皇居・御所で開かれ、
皇太子ご夫妻と秋篠宮ご夫妻が出席された。長女の黒田清子さん夫妻も同席した。
これに先立ち、同日夕には皇太子ご夫妻の長女愛子さま(16)と
秋篠宮ご夫妻の長男悠仁さま(12)が御所を訪れ、両陛下にお祝いのあいさつをした。
秋篠宮ご夫妻の長女眞子さまと次女佳子さまは午前中に訪れ、祝意を伝えた。
https:// this.kiji.is/426329602005533793


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

「美智子さまが安倍首相を痛烈批判」 誕生日文書裏読みの真相
永井貴子2018.10.24 07:00
10月20日、皇后さまとして最後の誕生日を迎えた。
この日、皇居・御所でのお茶会に招かれた末盛千枝子さんは、
皇后さまとは20年にわたる親交を育んでいる絵本編集者である。
「しばらく体調を崩されておられましたから、お茶会でも、少し風邪気味のご様子でした。
しかし、いつも通り、晴れやかな表情で振る舞っておられました」
末盛さんが住む岩手県八幡平市の特産であるりんどうの花を女官に預けたところ、
りんどうはすぐに御所に生けられた。
末盛さんは、美智子さまのこまやかな心遣いに気持ちが温まったと振り返る。
美智子さまが誕生日に公表した文書は、過去と比べ、
より自身の心情や陛下とのやり取りなど私的な思いをつづった部分が多く、
「ごく自然な印象を受けた」(元テレビ朝日の宮内庁担当記者の神田秀一さん)との感想を漏らす人も多い。
一方で公表直後から、安倍首相への痛烈な批判メッセージが隠されていたのではないか、とする
「裏読み」が誕生日当日からメディアの間で話題になった。
記者たちが注目したのは、皇后さまが陛下にお叱りを受けた時のことを、
「大変な瓜田に踏み入るところでした」と表現し、
宮内庁が注釈で「君子行」の一節である「瓜田に履を納れず」と入れた部分だった。
「モリカケ問題で安倍首相が口にしていた『李下に冠を…』という一節を指したものではないか。
退位を巡る宮内庁と安倍政権の一連のやり取りや政権の皇室への
姿勢に対するメッセージではないかというものでした」(両陛下の知人)
だが、皇后さまを知る人たちの多く、そうしたうわさをこう否定した。
「このお話は過去にも皇后さまよりうかがったことがあります。
加えて、皇后さまや私の世代では、マクワウリはとても懐かしいものですから、
思い出としてお話した以上の、深い意味はないと思います」(皇后さまの知人のひとり)
他方、注目を集めたのが約60年前のご成婚と皇后としての覚悟を振り返った部分だった。
〈二十四歳の時、想像すら出来なかったこの道に招かれ、大きな不安の中で、
ただ陛下の御自身のお立場に対するゆるぎない御覚悟に深く心を打たれ、おそばに上がりました〉
そして、言葉少なに触れるにとどまったが、皇太子さまと雅子さまが築く新しい御代の安泰を祈った。
皇后さまの別の知人は、「皇后さまは、〈皇太子妃、皇后という立場を生きることは、
私にとって決して易しいことではありませんでした〉といった感じで、
皇室に生きる上での覚悟のお言葉を幾つもお使いです」
と、皇太子ご夫妻へ向けて応援のメッセージのようにも感じた、と印象を漏らした。
両陛下は9月、西日本豪雨の被災地を自衛隊のヘリコプターで2回訪問している。
この時期は天候が不安定で、何度も日程が変更された。
「出発の20分前に、予定が決まることもあるのね」
皇后さまは、末盛さんにお見舞いの時の様子をこう話したという。
「陛下は84歳、皇后さまも同じ年におなりになった。77歳の私でも想像がつきません。
常に、国の象徴として人々に寄り添うお覚悟に、ただ驚きました」
天皇陛下も12月には天皇として最後の誕生日を迎える。
どのようなメッセージを公表するのか、注目が集まっている。(本誌・永井貴子)
※週刊朝日2018年11月2日号を加筆
https:// dot.asahi.com/wa/2018102300065.html?page=1

  • 最終更新:2018-11-11 15:36:44

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