現代の藩屏

文藝春秋2016年10月号

現代の藩屏
―霞会館と菊栄親睦会
新年恒例の「歌会始の儀」が行われた日の夜、天皇皇后が必ずお見えになる場所がある。
霞が関ビルの三十四階。分厚い木目調の自動ドアが格式の高さを感じさせる、旧華族の社交場として知られる霞会館だ。
歌会始で、皇族方や一般から選ばれた歌を朗詠する「披講」の諸役(所役)は、霞会館の披講会が例年務めている。
天皇皇后は披講会メンバーの労をねぎらい、会館内のレストランでご夕食を共にされるのだ。
両陛下がお見えになる機会はほかにもある。薩摩藩主だった島津家の子孫や親類縁者が集まる「錦江会」もその一つ。
二年に一度、霞会館で百人ほどが参加する会が開かれ、両陛下と皇太子がご臨席される。
香淳皇后の生母が島津家の出身(島津忠義の七女)という縁があるからだ。
また、雙葉小学校附属幼稚園の同窓会が開かれるときは、皇后陛下が旧交を温めにこられるそうだ。
「会員には、顔見知りの方が少なくありません。
両陛下にとっても気兼ねなくお立ち寄りになれる場所なのではないでしょうか」(霞会館事務局長・佐藤栄治氏)
霞会館の前身は、明治7年に発足した華族会館。明治20年代から鹿鳴館内にあり、現在の場所に移転したのは昭和2年。
戦後、華族制度の廃止と共に霞会館に名称を改めた。
昭和43年、霞会館が所有する三千坪の土地を三井不動産に貸して建てられたのが、日本の超高層ビルの霞が関ビルだ。
霞会館の収入はその地代と所有するフロアのテナント料が主なものとなっている。
現在の理事長は、元皇族で前神宮大宮司、神社本庁統理の北白川道久氏。
名誉会員として秋篠宮、常陸宮などの現皇族が名を連ねる。
霞会館の会員資格は、旧皇族や旧華族の当主および成人に達した嫡男。
どれだけ資産があっても、この条件を満たさなければ入会できない。現在の会員数は約750名。
戦前には1000名以上の時代もあり、「この10年間でも100名ほど減っている。世継ぎがなく、途絶えてしまう家があります」(同前)
霞会館は、定款に基本理念の一つとして「皇室の藩屏」を掲げる。
藩屏とは天皇家をお守りする役割で、明治天皇が華族会館に臨幸された際、
「日本の国家近代化に努めて、皇室を守るように努めてほしい」との勅諭があったことに由来する。
戦後でいえば、昭和天皇の侍従長を務めた入江相政、徳川義寛などは会員であり、
平成では、渡邉允元侍従長が会員だった。かつては会員の親族が女官となることもあったが、現役の侍従や女官はゼロ。
旧華族といっても、いまではほとんどが一般企業に勤める。それでも、皇室の藩屏という姿勢は崩していない。
天皇と皇族をより近い立場でお支えしているのが旧皇族。その集まりが「菊栄親睦会」だ。
戦後、旧十一宮家が皇籍離脱する際、昭和天皇の発案で誕生し現在もつづく。
恒例となっている年始の集まり、天皇誕生日のお祝いのほか、結婚や出産なとせ皇室の慶事があったときに開かれる。
両陛下と皇族は名誉会員で、旧皇族やその子孫で現当主などが正会員となっている。
メンバーからは、「自分たちは子どもの頃に、皇族と一緒に過ごす時間もあったが、若い世代はそれがない。
堅苦しい集まりと思うだけじゃないかな」(元皇族の賀陽宗徳氏、81)との声も聴かれる。

  • 最終更新:2018-09-16 09:52:35

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