歌碑

相倉合掌造り集落に秋篠宮殿下の歌碑建立
最終更新日:2005年3月28日(月曜日) 00時00分
27日(日)、平地域の世界遺産「相倉合掌造り集落」に、秋篠宮殿下が一昨年1月の歌会始の儀で詠まれた御歌を記した歌碑が建立され、
溝口市長、旧平村関係者らが参加して除幕式が行われました。
歌碑は、秋田県能代産の高さ約1.8m、幅約3mの自然石を使用しています。
御歌「暮し映す 合掌造りの町並みを 見つつ歩めり 妹と吾子らと」が、元平村村長圖書恒遠氏の揮毫で刻まれました。
秋篠宮殿下は、学習院高等科2年にご在学の時を皮切りに、計4度相倉合掌造り集落を訪れられています。
この御歌は、平成14年8月に、ご一家で訪問され、散策された時の感慨を託されたものです。
秋篠宮殿下が、相倉合掌造り集落そして五箇山をこよなく慈しまれたお気持ちを顕されたこの歌碑。
除幕式参加者は、相倉合掌造り集落にまた新たな名所が誕生したことを喜びました。
https:// www.city.nanto.toyama.jp/cms-sypher/www/info/detail.jsp?id=946

諸君!2008年7月号
高橋紘
今上陛下の琉歌碑が沖縄県伊江島にありますね。
沖縄戦の際、伊江島では、島民の二人に一人が亡くなったとされ、天皇に対する複雑な感情は戦後も長らく、色濃く残った。
その伊江島に「皇太子殿下、皇太子妃殿下御来村記念碑」があり、
その隣に「広がゆる畑立ちゆる城山肝乃志のはらぬ戦世乃事」という琉歌が刻まれた碑がある。
いずれも今日まで何か危害を加えられたという話を聞きません。
それはまさに沖縄が皇室と和解したことを意味するんじゃないかと思うんです。
78年6月の沖縄戦終結の日には、「(昭和)天皇陛下」「皇后陛下」の花輪が初めて飾られたし、
82年には皇居・桃華楽堂で琉歌や沖縄の民謡が昭和天皇に披露されました。
87年の沖縄国体を訪問されることが決まっていたのですが、直前に昭和天皇が病に倒れられ、断念せざるを得なかった。
昭和天皇は、その無念を「思はざる病となりぬ沖縄をたづねて果さむつとめありしを」という歌に託しています。

陛下歌碑、がれきから発見 岩手・大槌町
2012/5/29 22:21
天皇陛下が岩手県大槌町を訪問した際に詠まれた短歌を刻んだ歌碑が今月初め、同町のがれきの中から見つかっていたことが29日、分かった。
東日本大震災の津波で行方不明になっていた。関係者は「復興の象徴になる」と喜んでいる。
歌碑の一首は「放たれしまつかはの稚魚は大槌の海の面近くしばしただよふ」。
天皇、皇后両陛下が1997年10月、大槌町で開かれた「全国豊かな海づくり大会」に出席し、
マツカワやヒラメの稚魚を放流したときのことを詠み、大槌町が98年3月、大会会場に造った公園に碑を建てた。
今月初め、うずたかく積まれたがれきの中で、処理業者が幅約3.5メートル、高さ約1.5メートルある歌碑を発見。
大きな破損はなかった。
海づくり大会当時、担当係長だった碇川豊町長は「町民一丸で両陛下を迎え、形になった歌碑。
再び町民一丸となり震災から乗り越えるシンボルにしたい」と話した。〔共同〕
http:// www.nikkei.com/article/DGXNASDG2903E_Z20C12A5CC1000/


皇太子妃の短歌の石碑除幕式
皇太子妃・雅子さまが去年の「歌会始」で、
福島市のミズバショウを題材に詠まれた短歌を記した石碑が完成しました。
石碑ができたのは福島市の土湯温泉にある熊野神社です。
4日は地元の住民や旅館業者などが出席して除幕式が行われました。
高さ2メートルほどの石碑には雅子さまが詠まれた
「春あさき林あゆめば仁田沼の岸辺に群れてみづばせう咲く」という短歌が記されています。
雅子さまは去年の「歌会始」で平成8年に皇太子さまとともに土湯温泉を訪れ、
10万本あまりのミズバショウが生育する仁田沼を散策した際の光景を題材にこの短歌を詠まれました。
4日は、石碑のそばに源泉かけ流しの温泉を使った足湯を楽しめる休憩所も完成しました。
土湯温泉は、原発事故の風評被害などで観光客は大きく落ち込んでいます。
土湯温泉観光協会の渡邉和裕会長は「温泉街の復興に向けて、観光客を呼び込むきっかけにしたい」と話しています。
04月04日 19時37分 (2013)
http:// www3.nhk.or.jp/lnews/fukushima/6053192641.html?t=1365078656872

熊本・八代海近くに陛下の歌碑 水俣訪問後の3首
2014年03月18日(最終更新 2014年03月18日 19時06分)
熊本県は、天皇陛下が昨年水俣市を訪問後、水俣病患者の苦しみに心を寄せて詠んだ歌3首を記した歌碑を
八代海近くの公園に建立、18日除幕式を開いた。
漁協や自治体関係者ら約80人が出席。水俣市の西田弘志市長は「豊かな海づくりの大切さを伝えていくシンボルにしたい」と述べた。
天皇陛下は昨年10月、全国豊かな海づくり大会に出席するため、水俣市を初訪問。
稚魚の放流行事に参加したほか、水俣病犠牲者の慰霊碑に献花し患者らと面会した。
その後、八代海に稚魚を放流した感慨を詠まれた
「あまたなる人の患ひのもととなりし海にむかひて魚放ちけり」
の歌を県に贈るなど3首詠んでいる。
http:// www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/76516


2015年07月10日 00:45
室堂に秋篠宮さまの歌碑 来月除幕式、ライチョウ保護後押し
2013年の「歌会始の儀」で、秋篠宮さまが立山・室堂平のライチョウを詠まれた歌の歌碑が8月25日、
室堂ターミナル前の広場に建てられる。県民の誇りとして歌を後世に伝えようと、県内の有志でつくる建立委員会が寄付を募った。
関係者は、富山市ファミリーパークでライチョウの人工ふ化が成功したばかりとあって、保護活動の盛り上がりも期待している。(文化部・近江龍一郎)
歌は「立山にて姿を見たる雷鳥の穏やかな様に心和めり」。
秋篠宮さまは1991年10月、「第3回日本自然保護会議記念式典」に出席するため来県。
式典翌日に訪れた室堂平で初めて野生のライチョウを目にされ、その時の感動を詠まれた。
歌碑は、政治、経済、宗教など県内各界の有志が提案し、
昨年8月、地元の立山町や自然保護団体の関係者らも加えて建立委を組織した。
メンバーは県護国神社の栂野守雄宮司、富山市ファミリーパークの山本茂行園長ら32人。
天皇、皇后両陛下を迎えて10月に射水市で開かれる「全国豊かな海づくり大会」に合わせ、
8月の完成を目指そうと意見がまとまり、宮内庁や県から設置の許可を得た。
歌碑は高さ112センチ、幅90センチ、厚さ7センチで、
長勢甚遠元法相が揮毫(きごう)した文字を光沢のある常願寺川産の油石に彫り込んだ。
設置場所となる広場は、室堂ターミナルに隣接し、大勢の観光客や登山者が休憩に利用している。
今月下旬から歌碑を建てる土台づくりなどを始め、8月25日午後1時から現地で除幕式を行う。
関係者ら約30人が出席する予定。建立委会長代行を務める栂野宮司は
「歌だけでなく、ライチョウを含めた立山の自然を大切にする気持ちを育みたい」と語った。
国の特別天然記念物ライチョウの保護では、富山市ファミリーパークが人工飼育に取り組み、
6月27日に初めてひなが誕生した。これまでに計4羽生まれ(1羽は死亡)、関心が高まっている。
山本園長は「歌碑の建立はライチョウの保護活動の応援になる。良い結果が残せるように頑張りたい」と話した。
http:// webun.jp/item/7197144


眞子さまの歌碑を除幕
2016/04/02 15:29
秋篠宮家の長女眞子さまが「歌会始の儀」で、小松市日用(ひよう)町の「日用苔(こけ)の里」を
題材とした歌を詠まれた記念に建立した歌碑の除幕式が2日、苔の里で行われた。
関係者約40人が完成を祝い、美しい苔庭(こけにわ)を維持管理する決意を新たにした。
歌碑は高さ1・3メートル、幅1・8メートル、奥行き50センチで、
日用町の住民有志でつくる「日用苔の里整備推進協議会」と町内会が設置した。
歌碑には眞子さまが庭のコケを触った感想を詠んだ歌
「広がりし苔の緑のやはらかく人々のこめし思ひ伝はる」が刻まれた。
http:// www.hokkoku.co.jp/subpage/E20160402003.htm

眞子さまの歌 石碑に 小松・日用苔の里 来月除幕
2016年3月13日
地元住民 「感激」形に残す
「広がりし 苔の緑の やはらかく 人々のこめし 思ひ伝わる」-。
一月に開かれた宮中行事「歌会始の儀」で、秋篠宮家の長女眞子さまが
小松市日用町のコケ群生地「日用苔(こけ)の里」を題材に歌を詠まれたことを記念し、地元住民たちが四月、苔庭に歌を記した石碑を建立する。
感銘を受けた歌を形として残し、代々守ってきた自然景観を末永く伝えたいと決意を新たにしている。
石碑は高さ約一メートル、幅約一・五メートル。縦になめらかな文字で、歌のほか「眞子内親王殿下」と彫られている。
町民八人でつくる日用苔の里整備推進協議会が建立を決め、今月宮内庁から承諾を得た。
今月中に設置し四月二日に除幕式を開く。
眞子さまは昨年十一月、公務のため県内を訪れ、苔の里にも立ち寄られた。
協議会の有川宗樹副会長(50)らが案内し、眞子さまは「ずっとたたずんでいたくなりますね」と話し、苔庭に見入っていたという。
高富師彰(としあき)会長(56)は「コケだけでなく、町民の生活も見て、
気持ちをくんで歌にしてくださったことは一層の感激。先祖が残した景観を守っていきたい」と話す。
有川副会長は「人々に愛着を持ってもらい、交流できる場所にしていきたい」と意気込んでいる。
(浜崎陽介)
http:// www.chunichi.co.jp/article/ishikawa/20160313/CK2016031302000043.html



神戸 水仙

  • 最終更新:2018-04-02 18:09:55

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