昭和天皇が信子妃殿下を褒めたエピソード

SAPIO2009年2月11・18号
昭和天皇と私たち日本人の幸福な日々
「公平無私の上御一人は私にとって命がけでお守りする存在でした」/寛仁親王殿下

殿下 麻生家には、長男の太郎から妻の信子まで六人の兄弟がいて、
性格では「一・六」「二・五」「三・四」と分けてかかかっていました。
つまり、二番目と五番目が一番出来がよく、三、四番はそれほどではないが人がいい、
一番出来が悪いのが長男と末っ子だと(笑)。
だから義母は「信子は妃殿下になれません」と言って私たちの結婚には大反対でした。
勿論、陛下のご存知のない内輪の話です。
ある年の園遊会に、日英親善に長年功労があったということで義母がご招待を受けました。
園遊会には二千人近くの人々が招待されているし、彼女は度々お目に掛かっていましたから、
他の人々の為に少し離れたところにいたそうです。
すると当時の安倍式部官長が彼女を見つけて陛下にご紹介申しあげました。
陛下はすぐに、「信子はよくやっているよ」 と仰ってくださった。
出来が悪いと気にかけていた末娘を陛下が褒めてくださったのだから、
義母は感極まり、その場で滂沱の涙を流したということです。
陛下のお言葉は、式部官長が「こうおしゃった方が宜しゅうございます」などと助言し
準備されたものではありません。だいいち、園遊会で特定の招待者を見つけ出すことは不可能に近い。
陛下は、人の心を震わせる当意即妙なお言葉を、瞬時に、しかもさりげなくおっしゃるお方でした。

  • 最終更新:2017-05-20 17:40:14

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