式部官長 河相氏

式部官長:後任に河相周夫・前外務次官で調整
毎日新聞 2014年08月23日 07時10分(最終更新 08月23日 10時45分)
政府は9月1日付で宮内庁の小田野展丈(のぶたけ)式部官長(66)の後任に、
前外務省事務次官の河相周夫(かわい・ちかお)氏(61)を充てる方向で調整に入った。
式部官長は皇室の儀式や外交などを担当する式部職のトップ。
小田野氏は外務省の欧州連合政府代表部大使などを経て2012年9月に式部官長に就任。
河相氏は同省北米局長や内閣官房副長官補を経て外務省事務次官となり、昨年6月に退任した。
http:// mainichi.jp/select/news/20140823k0000m040160000c.html

宮内庁式部官長に河相・前外務次官
2014年8月29日12時56分
皇室の儀式や外国交際などを統括する宮内庁式部官長の小田野展丈(のぶたけ)氏(66)が退任し、
後任に河相周夫(ちかお)・前外務事務次官(61)が就任することが、29日午前の閣議で決まった。
9月1日付。
http:// www.asahi.com/articles/ASG8Y3RNXG8YUTIL00N.html


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河相氏について

(2013年)
佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」vol016より
分析メモ No.36「外務省幹部の異動と北方領土交渉の展望」
安倍政権は、6月28日の閣議で外務省の河相周夫事務次官の辞任、
斎木昭隆外務審議官(政務担当)の事務次官への就任を決定する。

3.―(3)
河相氏は去年9月に次官に就任した。次官の任期は通常2年であるが、
河相氏はわずか10ヵ月で更迭された。
不祥事以外で次官がこれほど短期に更迭されたのは前代未聞のことであるが、
河相氏のような無能な政治的日和見主義が外務省の事務方トップから排除されたことは、
日本の国益に大きく貢献する。この人事は、安倍内閣が行った最大の成果と言ってもよい。
http:// gendai.ismedia.jp/articles/-/36256



河相周夫外務事務次官の辞任は事実上の更迭 佐藤優氏が指摘
2013.07.12 16:00
安倍晋三内閣は、6月28日の閣議で、斎木昭隆外務審議官(政務担当、60歳)が外務事務次官に、
後任の外務審議官に杉山晋輔アジア大洋州局長(60歳)が就任する人事を決定した。
河相周夫外務事務次官(60歳)は辞任し、当面、外務省顧問に就くことになった。
外務省顧問に実質的権限はない。外務省では不祥事でもない限り通常2年は次官職に就く。
河相氏が次官に就いたのは去年9月11日なので、10か月弱で辞任を余儀なくされた。事実上の更迭と言ってもよい。
河相氏は、極めて政治的な人物だ。時の権力者に擦り寄ることによって
自己の栄達を図っていると見られても仕方ない面がある。
外務省には、出世のために「義理を欠き」「人情を欠き」、
そのうえ「恥をかく」ようなことが平気でできる「サンカク官僚」がときどきいる。
通常、このような「サンカク官僚」は、局長レベルで淘汰され、
外務審議官や次官にはならないのだが、河相氏は“例外”だった。
鈴木宗男氏(新党大地代表)が権力の中枢にいるときは、徹底的に鈴木氏に擦り寄った。
しかし宗男バッシングが起きると、その流れの中心になった。
河相氏は自民党では中川昭一氏(元財務相、故人)との関係を重視し、政界人脈を拡大した。
外務省内でも中川氏のことを日常的に「昭ちゃん」と呼んでいた。
政治家を「ちゃん」づけで呼ぶ外務官僚は珍しい。
2010年1月、鳩山由紀夫内閣で河相氏は内閣官房副長官補に就任した。
このポストは、通例では外務官僚として「終わり」のポストだ。
官房副長官補をつとめた後は、大使に転出することが多い。
しかし、河相氏は野田佳彦政権のときに、当時の玄葉光一郎外相に接近。
外務事務次官人事で最大の影響力を持つのが外相であることを念頭に置いた上での行動だ。
ちなみに河相氏とコンビを組んで民主党政権に擦り寄ったのが杉山氏である。
野田政権当時、首相官邸と民主党幹部の中には
「河相官房副長官補ではなく、能力が高く筋を通す斎木インド大使を次官にすべきだ」という意見もあったが、
外務省内の一部勢力が「斎木は自民党系なので民主党政権の権力基盤の強化には資しません」とか
「斎木は人望がありません。斎木が次官になると部下が潰されてしまいます」という情報操作を
民主党政治家やマスメディアに対して行なった。
河相次官が誕生したのはこのような「地道な努力」を積み重ねた結果だと筆者は見ている。
しかし、河相次官にとって想定外だったのは、自民党への政権再交代が起きたことだ。
河相氏は、“そもそも自民党系である”ことを強くアピールしたようだが、
そのような小細工は安倍晋三首相に通用しなかった。
特に今年1月、安倍首相の訪米日程を取り付けるために河相次官がワシントンを訪れたが、
具体的な日程はもとより、首相訪米のおおまかな時期すら取り付けることができなかった。
河相次官の能力不足によって、日米同盟が脆弱であるという印象が国際的に植え付けられてしまった。
河相氏が外交実務から離れることによって日本の国益に与えるマイナスが極小化される。
※SAPIO2013年8月号
http:// www.news-postseven.com/archives/20130712_199582.html


  • 最終更新:2017-04-10 21:12:56

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