小町東宮大夫が満身創痍の勇退

雅子妃の“矢面”に立って5年
小町東宮大夫が満身創痍の勇退
2016.05.21 07:00
5年間、宮内庁東宮職のトップとして、まさに“矢面”に立ってきた小町恭士東宮大夫(70)が勇退した。
「5月13日午前の閣議で決まりました。2011年7月から約5年間、皇太子ご一家を支えましたが、
雅子さまのご体調や愛子さまのご登校問題など、東宮には問題が山積みでした」(宮内庁担当記者)
就任から2カ月の11年9月には、愛子さまの山中湖校外学習に雅子さまが白バイ2台、
自動車7台の長い車列を組んで同行される“山中湖お付き添い事件”が起きた。
「直後の定例会見は大荒れでした。『極めつけの茶番』『異様な母子に映る』
『税金泥棒との批判を受けるかもしれません』と矢継ぎ早に飛ぶ記者の追及に、
小町氏はしどろもどろだった」(同前)
13年5月のオランダご訪問も大波乱のうちに終わった。
「出発まで1カ月を切っても雅子さまのご同行が決まらず、
山本信一郎次長が定例会見で『早くお決めいただきたい』と異例の言及をした。
小町氏は雅子さまとの関係が決して良いとは言えず、ただ振り回されていました」(同前)
小町氏は知人に「もう辞めたい」と本音を洩らすことも。
「東宮大夫は特別職で70歳前後の勇退が慣例。2月に70歳を迎えた小町氏は精神的に疲れ切った様子でしたし、
本人も退任を強く希望していた。ただ、ずっと後任が見つからず、
これぞと思った人に断られることもあったそうです」(外務省関係者)
新任は小田野展丈(のぶたけ)氏(68)だ。
「小田野氏はアフリカ審議官や駐ミャンマー大使、EU日本政府代表部の大使を歴任。
12年に宮内庁式部官長に就任し、14年からは御用掛を務めています」(宮内庁関係者)
近年の東宮大夫は、雅子さまの父である小和田恆氏の数少ない腹心だった野村一成氏、
そして同じロシアンスクールの小町氏と、“小和田人脈”が占めてきたが、
「今回は小和田人脈から後任を連れてこられなかった。小田野氏は年齢を考えると2年程度だということで
受けたのでしょう。ゴルフが趣味で淡々と決められた仕事をこなすタイプです」(同前)
最後の定例会見で「お世話になりました」と挨拶した小町氏は、まるで憑きものが落ちたような表情だったという。
新任・小田野氏は雅子さまとうまく意思疎通を図れるか。
http:// shukan.bunshun.jp/articles/-/6163

  • 最終更新:2017-05-20 21:13:55

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