小泉首相の無関心が招いた『女帝論議』の誤り

「小泉首相の無関心が招いた『女帝論議』の誤り」
週刊新潮06年1月5・12日号
櫻井よしこ 日本ルネッサンス 第197回
神話の時代から2600年以上、世界最古の歴史を持つ皇室制度が、いま革命的に変わろうとしている。
日本を占領統治したGHQでさえも手をつけなかった、天皇家を天皇家たらしめてきた血筋に、
手を加えようとするのが「皇室典範に関する有識者会議」の纏めた報告書である。
女系天皇の容認と長子優先を柱とする同報告書は、場合によっては皇室の伝統の崩壊につながりかねない。
一体、このような報告書はどのような背景から生まれたものなのか。
誰ひとり、はっきりと物を言う人はいないけれど、この改革案を象徴するような出来事があった。
天皇家の最重要の務めのひとつは祭祀をとり行うことである。春や秋の祭祀はとりわけ重要で、
首相以下三権の長をはじめ閣僚らも参加する。全員、モーニング着用の厳粛な雰囲気のなか、
天皇はひとり三殿で祭祀を行われる。首相らは回廊に設けられた席で、ひたすら待つのである。
或るとき、小泉首相は伝統に従い三権の長、閣僚らと共に回廊に控えていた。
席からは、奥の様子を窺い知ることは出来ない。やがて、首相は宮内庁長官に、
陛下は一体どんなことをなさっているのかと尋ねた。祭祀は祖先神への祈りであり、感謝であり、
それを陛下がどのように行われるのか、知る由はない旨長官は答えた。
すると、首相が厳しい表情で呟いたという。「改革だ」と。
回廊を充たす静寂をわずかに震わせた首相の呟きが、いまや、有識者会議の報告書となり、
皇室の在り方を根本的に変えようとしているのだ。長い歴史と日本文明の象徴である皇室を
わずか1年足らずの議論で変えようという性急な手法は、皇室の未来を郵政三事業や金融機関の再編成と
同列に置こうとする首相の国家観と歴史観の欠如を示している。
それは首相が、皇室に対して真の意味での関心を抱いていないということでもあろう。
首相が見つめているのは、恐らく、皇室に長く男子継承者が誕生していないという事実なのだろう。
眼前の問題に現実的に対処しようとの意図が、首相の私的諮問機関として設けられた有識者会議の
報告書からも見てとれる。
女系天皇の容認と長子優先を柱とした有識者会議は、吉川弘之座長、及び園部逸夫座長代理を筆頭に、
岩男壽美子、緒方貞子、奥田碩、久保正彰、佐々木毅、笹山晴生、佐藤幸治、古川貞二郎の各氏10名である。
今回、全員に取材を試みたが、園部氏と久保氏を除く人々は、
「報告書で全ては尽きている、個別の取材には応じない」とのことだった。
はじめて顕名での取材に応じた園部氏は、3時間40分にわたり懇切丁寧に答えたが、
公表の承諾を得られたのは、発言のごく一部にとどまる。
有識者会議での議事録も、公表されたのは要旨のみだ。
国民統合の象徴といいながら、皇室についての議論は余りにも閉ざされている。
GHQが作った現行憲法を、私は、是とする立場ではないが、その第1条には、統合の象徴としての天皇は、
「国民の総意に基く」と規定されている。であれば、有識者会議での非公開の議論は憲法の精神にも反し、
国民の納得からは程遠い。議論の非公開という前提からして矛盾する有識者会議は、3つの点を報告書の
「基本的視点」として冒頭に掲げた。①国民の理解と支持、②歴史・伝統を踏まえる、
③制度としての安定性の確保、である。
明らかなのは右の3点全てが達成されていないことだ。何よりも有識者自らがそのことを認めている。
たとえば、歴史・伝統を踏まえるという点について、座長を務めた吉川氏は報告書提出にあたって、
「歴史観や国家観で案を作ったのではない」と記者団に述べた。一方、久保氏は、本誌編集部との電話での応答で、
歴史については考えないと吉川座長が述べたことについて問われると、
「それはそうです。それだと(歴史を考えると)終わりなき議論になりますから」と答えた。

日本文明の価値観とは
今更指摘するまでもなく、天皇を戴く皇室の姿こそは、まさに日本の歴史であり、
日本人の歴史観、国家観を反映したものである。
皇室は祖先神を天照大神とする。
その孫の瓊々杵尊(ににぎのみこと)が三種の神器を奉じて
高千穂の峰に降臨し、日本の国造りが始まった。曾孫の神武天皇は127歳の長寿を全うした方で、
そこから天皇を戴く日本の皇室が始まったとされている。紀元前660年の即位とされる神武天皇も含めて、
これら全て、神話である。神話に端を発する万世一系、男子継承の皇室は、日本民族生成の物語なのだ。
物語は理屈を超越する。理屈での説明が難しい側面があるのは、むしろ自然なことなのだ。
現代の価値観からみて、理屈で説明しにくいことは少なくない。男系男子の天皇にこだわる余りの
後継者問題もそのひとつだ。今日まで125代、2665年の歴史で、皇室が男子継承者の不足などの
危機に陥ったことは幾度もある。その度に、嘗ての祖先たちは女性天皇を立て、
皇統につながる血筋の男性を探し出す努力と工夫を重ねた。
507年から24年在位した第26代継体天皇は25代武烈天皇とは10親等も離れていた。
奈良時代末の770年に即位した第49代光仁天皇は48代称徳天皇とは8親等離れていた。
しかもあの時代の寿命からいえばかなりの高齢、62歳での即位である。
他にも、南北朝から室町時代にかけて30年間在位した後小松(ごこまつ)天皇はその前の後亀山天皇とは
12親等も離れていた。これだけ離れていれば、いずれも親戚とはいえないような人々である。
だが、現代の価値基準で論評したり、批判するのは当たらない。大事なのは、幾百世代もの先人たちが、
それを是としたことである。それは各々の時代に生きた日本人の価値判断であり、心の積み重ねだからだ。
万世一系や男系天皇制を貫くための努力と工夫の全てが日本人の祖先の心が形になったものであり、
それらは日本文明の中心軸を成してきた価値観なのだ。
先人の心を知れば、皇室が日本の歴史観を体現していることも、皇室を論ずるのに、
歴史観や国家観を顧みないことの愚も、自ずと明らかである。
有識者会議は国民の理解が大事だと強調する。
しかし、国民の大多数にとっては、女性天皇と女系天皇の相違さえ
今だに明らかではない。せめて、それだけの基礎的知識を国民が共有してから、
皇室についての議論を展開すべきではないか。
強調したいのは、女性天皇の誕生は男系天皇制の下でも可能だという点だ。敬宮愛子様が何十年か先に、
天皇に即位なさることは、愛子様が今上天皇と皇太子の血筋をひく男系であり、
現在の男系天皇制の下でも十分に可能なのである。有識者会議が打ち出した女系天皇制は、
愛子様の次の世代の天皇にかかわることなのだ。
女系天皇が実現するなら、それは次のような形で実現すると思われる。
愛子様が成人し鈴木さんという男性と結婚なさったと仮定する。男女にかかわらずお子さんに恵まれれば、
第一子が即位し、女系天皇第一号となる。その時点で天皇家は、半分鈴木天皇になる。
上の女系天皇が成人し、次に田中さんという人と結婚したと仮定する。
すると天皇家は今度は鈴木家に田中家が混じった形となる。
こうしたことが二代、三代と続けば、一般国民との相違はなくなっていく。
天皇家が体現していたはずの民族生成の物語も、そこに込められた価値観も薄められていく。
こうして天皇を戴く皇室はその存在意義を喪っていく。それが女系天皇制の容認で予測される結果なのである。
この点について、久保氏の言葉は興味深い。有識者会議が女系天皇制を容認することで
皇室の伝統が崩れるとしても、有識者会議の報告書への異論はないかと問うと、
「ありません」と断言した。本当にそれでよいのかと再度問うと「それで結構です」と答えたのだ。
男系天皇制の否定は、まぎれもなく、天皇を戴く皇室の存続の否定につながる道である。
そのことを、有識者会議のメンバーが、肯定する。まさに、GHQの目論んだ日本潰しの策が、
今や日本人の“発議”によって実現されようとしているのだが、そんなことを許すわけにはいかないのだ。

なぜ皇室は続いたのか
それにしても私たちはなぜ、万世一系、男系天皇制によって皇室を守り続けてきたのか。
理由のひとつは権力と権威の分離である。国家も組織も人の心も、力のみによって治められるものではない。
殆んど権力を持たなかった皇室が、時の権力者が盛衰を繰りかえすなかで、不変の地位を維持してきたのは、
皇室がまさに神話以来の血筋という、特別な存在としての権威を基盤とする制度であり、
言葉以前の敬意や畏れの対象だったからではないか。1000年以上天皇は京都御所に住まわれたが、
御所には徳川家の居城の江戸城とは異なり、堀も石垣もない。あるのは幅一尺ほどの疎水と、
優しげな塀である。侵入は容易に可能だ。しかし、日本人は御所に若干の例外を除いては、
攻め入ろうとしたことはない。自民党国会対策副委員長の下村博文氏が語る。
「比叡山を焼き討ちにして、僧3,000人を殺した信長でさえ、安土城を造ったとき、
そこに清涼殿を作っていたことが発掘調査で明らかです。
天下平定の際には、天皇をお迎えしようと考えていたのです。
御所の佇まいをみても、天皇家が国民によって守られてきたことは明らかです。
そのことは、権力とは無縁の権威の力こそが国家統合に必要だと告げているのではないでしょうか」
もうひとつ現代人にとっては、男女同権の時代になぜ、女系天皇が否定されるのかという疑問であろう。
女性天皇と女系天皇の違いが明確に認識されないとき、この疑問への否定的な答えは理解され難い。
だが、男系天皇制の下でも女性天皇は本来、可能なのだ。現在それを妨げているのが皇室典範第1条の
「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」という条項である。下村氏が解説した。
「この1条から一文字削ればよいのです。“男系の男子”の代わりに“男系の子”とすれば
愛子様も即位出来ます。それによって、128代までの天皇が確保され、その次の天皇の件については数十年、
考え、手を打つ時間が与えられます」
女性天皇の誕生は、皇室の存続をも危うくすると有識者自身が認める大改革を行わずとも可能である。
まさに一文字を削ればよいだけだ。
女性天皇は本来、男系天皇制のなかに息づき、包含されてきたのだ。飛鳥、奈良、さらには江戸時代にも、
女性天皇は8人、10代が存在した。だからこそ、女性天皇を否定するものではないという
本来の形に戻す作業を、いま、行えばよいのだ。
だが、男女平等や同権にこだわるあまり、日本の伝統や歴史を置き去りにすれば、
結果として女性天皇を超えて女系天皇にまで突き進む。そして久保氏の言葉のように、
皇室自体の否定につながっていく。

蹂躙される日本人
百地章日大教授が語った。「皇室廃止を主張してきた人々が今回の報告書を支持しているのです。
そのひとり、東大名誉教授の奥平康弘氏は、女系天皇は天皇制の正統性の根拠である
萬世一系のイデオロギーを内側から浸食すると、“評価”しています。
女系天皇はこのような皇室廃絶論者たちに悪用されていくことでしょう」
数学者でお茶の水女子大学教授の藤原正彦氏が一刀両断の勢いで語った。
「我々が皇室制度を変えることは、飛鳥、奈良、平安と千数百年の
各々の時代の日本人の心を蹂躙することに他なりません。
なぜ、平成の時代に日本人に、古えの人々を蹂躙する権利があるのか。傲岸不遜です」
氏は、伝統は続けていくことが重要で、物事には変革すべきこととすべきでないことがあると強調する。
有識者会議の報告書の不評に抗うように、報告書の内容は今上陛下のご意向に沿うものだとの情報が、
各レベルで伝えられている。この種の情報は直ちに日本の犯した世紀の過ちの記憶へとつながっていく。
92年、中国は日本の領土である尖閣諸島を奪う意図で領海法を制定、尖閣諸島を中国領と宣言した。
そのときに、日本政府はなんと、天皇皇后両陛下の御訪中を実現させた。
領土を奪おうとする国になぜ友好親善の最高の切り札である両陛下の御訪中で応じるのか。
強い反対論が渦巻いたとき、御訪中は陛下の御意向だという情報が流され、反対論がおさえられた。
御訪中によって未来永劫、日中友好は担保されると政府は説明したにもかかわらず、
それから13年後の今日の現実はそうはなっていない。
“陛下の御意向”という天皇家の政治利用が、決して良い結果を生まないのは、
それが反対論潰しの便法にすぎないからだ。
論理や熱意やこの国への愛で論破する力がないために、
究極の政治力を使おうとする試みは心して排除しなければならない。
偽りの情報を用いての対症療法で国家の根幹を構成する問題が解決されるはずがない。
一方で、天皇の御意向であるとの情報が広められ、他方で寬仁殿下が女系天皇制を明確に否定すると、
吉川座長が、「どうということはない」とコメントしたと報じられた。
この種の非礼は伝統的日本の価値観では認められないものだ。
情報が錯綜している今、拙速こそ慎むべきだ。有識者会議以外にも、多くの考えが提示されている。
旧宮家の皇族への復帰、然るべき家系からの養子制度、或いは有識者会議に基本的に賛同しながらも、
皇学館大学名誉教授の田中卓氏が提唱するように、天皇から4世孫までを皇親として認める皇親制の復活もあろう。
日本の皇室の突出したすばらしさは、君臣の義の正しさにあると田中教授は強調する。
必要なのはその伝統を守る方向での、日本再生の議論である。
間違っても、郵政事業や金融改革と皇室問題を同じレベルで論じてはならないのだ。

  • 最終更新:2019-10-23 12:38:14

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