小和田恒氏の活動

2005年(平成17) 小和田恒氏講演
(相馬中学校教諭小和田毅夫氏の子息,皇太子妃父君、国際司法裁判所判事)
講演会 相馬中学校時代の父と教育
〈平成17 年7月22 日 相馬市民会館〉

村上藩は官軍に抵抗したということで、所領を没収され、戊辰戦争が終わった後の村上藩士はたいへん悲惨な運命をたどることになります。
私の父はそういう歴史的環境の中で生まれ育ったのです。
しかも父の父にあたる私の祖父は大変若くして夭折したために、父は生まれて間もなく寡婦となった母の手で育てられることになりました。
母の実家のありました新潟県の高田に帰りまして母の手一つに育てられ、新潟県立高田中学校を卒業するわけであります。
(略)
けれども、どうしても学問をさらに続けたいという志に駆られ、それを何とか実現したいという気持ちをおさえることができなかったと申します。
しかしさきほどお話したような状況の中で、しかも薩長勢力に反抗して朝敵として扱われた旧村上藩出身の貧しい士族の子弟として
母の手で育てられた父にとっては、とても旧制高校から大学に進学するような状況にはなかったのです。
※創立110周年記念誌 - 福島県立相馬高等学校より


小和田氏、名桜大で講演
2012年4月20日(金)11時22分配信 琉球新報
◇眼力、知性鍛えよ 
小和田氏、名桜大で講演名桜大客員教授で国際司法裁判所(オランダ)の前所長(現判事)を務めた小和田恒氏の講演会が16日、同大であり、
世界に通用する人材として「真贋(しんがん)を見極める眼力や知性を持ってほしい」などと次代を担う若者へメッセージを送った。
(中略)その上で「眼力や知性を鍛え、外に向かうこと。生涯を終える時に何をしたか考えるのは遅い。
今していることが何のためなのか、自分の到達するところがどこかを考え、学んでほしい」と話した。
また明治維新、第2次大戦での敗戦に続く「第三の開国」が迫っていると指摘。
「第一、第二の開国では、困難だが先進国の仲間入りするという道しるべがあった。
しかし今は模範となるべき国もなくなり、誰もたどったことのない道を歩まなければならない。(後略) 
グローバリゼーションが進む国際社会での意識の持ち方を強調した。
外務事務次官や国連大志を務めた小和田氏は2001年に同大客員教授に就任。
01、02年には集中講義を行った。
http:// news.nifty.com/cs/headline/detail/ryukyu-20120420-190273/1.htm


全国屈指の歴史、50周年祝う
高田文化協会、小和田恆氏が講演  
2013年8月12日 13時00分配信
小和田恆講師は「高田文化協会と文人としての父の横顔」と題し、戦後の高田中学、続く新制高田高で13年にわたり校長を務めた小和田毅夫氏が、
なぜ高田文化協会の初代会長を引き受け文化振興に尽力したか、息子の立場からの解釈を披露した。
村上藩の武士の子に生まれながら、戊辰戦役で賊軍の汚名を着た村上藩士は離散。
加えて毅夫の父が若くして亡くなったため母方の実家がある現・上越市黒井で育った。
父毅夫の心には上越が事実上の故郷としてあったと紹介した。
高田中校長に赴任したのちは栄転の誘いを断り続けた。
家計の事情で学費不要の広島高等師範学校に進学。教育者の道を歩んだが
哲学、文学、歴史への傾倒は終生変わらず、相馬御風や書家の石橋犀水らとの親交を楽しんだ。
高田文化協会や前身の活動団体、上越文化懇話会の中心だった内科医師、藤林道三とは毎日のように互いを訪問、肝胆相照らす仲だった。
疎開中の文化人と地域の知識人が結集した協会は支援を惜しまぬ対象だった。
小和田講師は国際司法裁判所判事の立場から慎重に私見を避けながら、父が敬愛した夏目漱石の文明文化論を引用。
明治の困難期に輪をかけ現代は、国家の枠を超えたグローバリゼーションの渦中にあり、
それぞれの文化が持つ伝統や長所をどう調和させていくか、難しい課題ながら、個人がそれぞれに考えるべきだと提言した。
http:// www.joetsu.ne.jp/jtimes/?k=7807


(2013年)
山形大学
「安達峰一郎研究プロジェクト」講演会を開催しました
9月6日、小白川キャンパス基盤教育2号館において、
「安達峰一郎研究プロジェクト」講演会国際法と人権を開催しました。
元国際司法裁判所判事のトーマス・バーゲンソール氏と国際司法裁判所判事(元所長)の小和田恆氏を講師に迎え、
それぞれ「アウシュビッツの体験と人権の擁護」(英語・通訳付き)、「人権と国際司法裁判所の役割」と題し、ご講演いただきました。
講演会には、附属中学校3年生約160名を含む270名の学生や一般市民の方にご参加いただき、
国際法と人権についての興味深く分かりやすいお話しに、皆熱心に耳を傾けていました。
講演後の質疑応答では、中学生や市民の方からも多くの質問が出され、
予定時間を超える活発なやりとりがあり、今回の講演への関心の深さがうかがわれました。
会場に響く大きな拍手で講演が終了した後には、バーゲンソール氏の著書「アウシュビッツを一人で生き抜いた少年」の販売とサイン会が行われ、
多くの方が講演のお礼と感想をバーゲンソール氏に伝えていました。
http:// www.yamagata-u.ac.jp/jpn/yu/modules/bulletin1/article.php?storyid=833


東京大:入学式に小和田氏が来賓で出席
毎日新聞 2014年04月11日 11時09分(最終更新 04月11日 11時46分)
東京大の入学式が11日、東京都千代田区の日本武道館であった。
小和田恒(おわだ・ひさし)・国際司法裁判所前所長が来賓として出席。
多くの保護者らが門出を見守った。
東大は留学しやすいように2015年度までに現在の2学期制から4学期制に移行することにしており、
今年の新入生は2年次から4学期制で学ぶ。
入学者は留学生44人を含む3158人(男2553人、女605人)。
【藤沢美由紀】
http:// mainichi.jp/select/news/20140411k0000e040209000c.html


東アジアの響き MFJが40周年記念音楽祭
さまざまな日本の音楽を世界へ発信するため福島市出身の音楽家三浦尚之さん(福島学院大教授)が
40年前に米・ニューヨークで設立した音楽プロジェクト「ミュージック・フロム・ジャパン(MFJ)」の
40周年記念音楽祭・福島「東アジアの響き」が6日、福島市音楽堂で開かれた。
日本、中国、韓国の気鋭の演奏家による熱演が、現在MFJの音楽監督を務める三浦さんの故郷を沸かせた。
ニューヨーク、ワシントンDCに続く3公演目。笙(しょう)の宮田まゆみさん(日本)、
ピパ(中国琵琶(びわ))のウー・マンさん(中国)、コムンゴのジン・ヒ・キムさん(韓国)の3人が、
同音楽祭のために作曲された楽曲「雲海」(ネッド・ローゼンバーグ作)を国内で初めて演奏したのをはじめ、それぞれが各国の古典曲と現代曲を披露。
どこか似た音の響きを持ちながらも個性的な、各国固有の楽器の魅力を伝えた。
この日は、皇太子妃雅子さまの父でMFJ名誉会長の小和田恒さん(国際司法裁判所判事)が演奏を前に講演。
「全く異なった人間や社会の中に、普遍的なものを見つけるという意味で、
音楽の文化交流は国際関係を考える上で意味を持つ」と話した。
 MFJ40周年記念音楽祭は7、8日も東京の東京文化会館で開かれる。
(2015年3月7日 福島民友トピックス)
http:// www.minyu-net.com/news/topic/150307/topic1.html


小和田国際司法裁判所判事への広島大学名誉博士称号授与式と記念講演会を開催しました
掲載日:2016年7月21日
2016年7月12日、国際司法裁判所(ICJ)判事の小和田恆(ひさし)氏を東広島キャンパスに
お招きして、名誉博士称号授与式を挙行し、小和田ICJ判事に名誉博士称号を贈りました。
併せて、記念講演会を開催しました。
小和田ICJ判事は、外務省に入省後、条約局長、外務事務次官を歴任されるとともに、
特命全権大使としてOECD日本政府常駐代表、国際連合日本政府常駐代表を務め、
日本の外交や国際法・国際関係などの分野において活躍されました。
その後、2003年からオランダのハーグにあるICJの判事を現在も務められており、
2009年から2012年にかけては日本人で初めてICJの所長になられました。
本学では、2002年4月から本学の学術顧問として、2007年から大学院総合科学研究科顧問教授として、
日本外交や国際法・国際関係における豊かなご識見とご経験に基づかれた講義を行っていただくなど
教育・研究の推進に多大のご貢献をいただいております。
記念講演会では、「多様化する国際社会と国際法の普遍性」について、国際法の成立過程、現在の状況を
文明史的な観点を含めて、国際法を取り巻く環境を解説されました。また、集まった学生ら約120人に向けて、
「実践」と「研究」を車の両輪に例え、実践を顧みて研究し、次につなげることの大切さを語られました。
http:// www.hiroshima-u.ac.jp/news/show/id/25940/dir_id/0


「竹島・尖閣諸島・北方領土」、国際法廷への付託も選択肢となる=小和田・国際司法裁判所判事
Record china
配信日時:2016年7月25日(月) 19時9分
25日、小和田恆・国際司法裁判所判事(元外務事務次官)が日本記者クラブで会見、
日本が竹島、尖閣諸島、北方領土などの「領有権問題」を巡り、
国際司法裁判所など国際法廷の場で審判してもらうことも選択肢となるとの見解を示した。
韓国、中国、ロシアなど当事国と基本的に2国間で解決することを日本政府は基本としているとの
見方があることについて、小和田判事は「常に当事者同士の2国間協議で解決するというのが、
日本の基本的な考え方とは、承知していない」と指摘。
「例えば日韓正常化(交渉)の際、竹島の問題は常に両国間の懸案としてあって、
どう解決するか、国際司法裁判所に付託することを日本側の方針として打ち出したが、
韓国が受け入れなかったため、紛争解決に関する交換公文という形で処理した」と述べた。
さらに小和田氏は「法に従って平和的に解決するのが日本政府の考え方」とした上で、
「2国間の協議だけでなく、調停、仲裁、国際裁判などいろいろな対応がある。
外交手段としては国連憲章33条にあるように、国際紛争を平和的に解決し、
武力を用いないという原則が基本だ。外交的にはその問題の性格、
周囲の状況、相手国との関係などを考えて解決すべきだ」と強調した。
また、南シナ海を巡るフィリピンと中国との仲裁裁判で、
フィリピン側の主張をほぼ認めた審決が出たことについて、
「(自身が判事を務める司法裁判所とは)別の裁判所の審決なので見解は差し控えたい」としながらも、
「司法裁判所が下した判断は発足以来の70年間に約100事案に上り、
そのほとんどが結果的に判断通りの決着となった」事実を明らかにした。
小和田氏は2009年に国際司法裁判所所長に日本人として初めて選出された。
2012年に退官後、判事を務めている。皇太子妃の雅子さんは長女。(八牧浩行)
http:// www.recordchina.co.jp/a145793.html

「辺野古 米と条件闘争を」 国際司法裁判所元所長・小和田恒氏 県外移設を困難視、国に進言
2018年11月19日 09:41
国際司法裁判所(オランダ)の元所長で15年在籍した同裁判所裁判官を6月に退任した小和田恒氏(86)が13日、琉球新報社を訪れ、
富田詢一琉球新報会長、玻名城泰山社長と辺野古新基地問題や沖縄の課題について意見交換した。
小和田氏は米軍普天間飛行場の県外移設は難しいとした上で「沖縄について日本は米国と条件闘争をすべきだ」と述べ、
若い世代に「沖縄の明るい将来に目を向けてほしい」と要望した。
小和田氏は皇太子妃雅子さまの父。名桜大の客員教授を務めており、12日の同大での講演のため来県した。
瀬名波栄喜前学長の案内で琉球新報社を訪問した。
小和田氏の主な発言は、以下の通り。

    ◇     ◇
1972年の本土復帰の時に福田赳夫外務大臣の秘書官を務めた。
1984年、外務省条約局長の時に米軍基地の状況を知るために沖縄県内を回り、
日本の国全体で沖縄のことを考えないといけないと思った。
普天間飛行場をあのままにしておくわけにはいかないと強く思った。
北部訓練場についても、ベトナム戦争が終わった後にあそこでやる必要はない。
ただ米軍にしてみれば今まで通りが一番いいだろうし、そう思っているだろう。
しかし、日本政府が何もしないわけにはいかない。
普天間問題を(国際司法裁判所在任中の2009年に)オランダから見ていたが、
稲嶺恵一知事と岸本建男名護市長が頑張って辺野古に合意したのに、鳩山由起夫さんがかき回した。
どこかに移すとか、できもしないことを言うべきではない。
現在は政府が強硬なのもあって県民は不信感を募らせているが、そういう状態を放っておいてはいけない。
最も重要なことは普天間をどうにかすることだ。世界中を見てもあんな危険な基地はない。
ただ、沖縄の外に持っていくことは不可能だ。機能をどこに持っていくかと言うならば、以前合意した辺野古だろう。
日本政府は米国と条件闘争ならできるのではないか。政府は米国ときっちり決めた上で、県と話し合いを持つべきだ。
この点で橋本龍太郎さん、小渕恵三さんは頑張っていた。
中国や北朝鮮のことを考えても、沖縄でないといけないだろう。だから条件闘争だ。
日本国民全体でどうにかしないといけない。沖縄には申し訳なくて口にはしないが、
そのままにしておけということが、本土ではみんな腹の中にはある。沖縄県と日本政府がいきり立ってばかりでは解決しない。
若い人たちには沖縄の明るい将来に目を向けてほしい。どうやったら豊かになるのかを考えてほしい。
沖縄を久しぶりに訪れたら活気に満ちた場所になっている。地の利もある。
東南アジアに向けての経済の中心地として発展して豊かになっていくはずだ。
沖縄に限らず日本の若者は素直で吸収力はあるが、自分でやらなければならないという意思が希薄だ。
自分の道を自分で開いていくという気持ちが大事だ。
中国でも講義をすることがあるが、あちらの学生はアグレッシブ(攻撃的)だ。
世界で何をするかと考えるよう学生に刺激を与えるべきだ。
https:// ryukyushimpo.jp/news/entry-836252.html

  • 最終更新:2018-11-19 12:36:06

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