寛仁親王殿下の「三年式年祭」

2015.6.6 16:43
寛仁親王殿下の「三年式年祭」 豊島岡墓地
寛仁親王殿下が薨去されてから丸3年となった6日午後、
東京都文京区の豊島岡墓地で「三年式年祭墓所祭」が営まれ、父母の三笠宮ご夫妻、
長女の彬子さま、次女の瑶子さま、皇太子ご夫妻をはじめ皇族方が参列された。
三笠宮さまは墓前で車いすから立ち上がり、玉串をささげてご拝礼。皇族方も順次、拝礼された。
天皇、皇后両陛下は慣例で参列せず、使者を送られた。
同日午前には、三笠宮東邸(旧寛仁親王邸)で「霊舎祭」が執り行われた。
療養中の寛仁親王妃信子さまはいずれの儀式にも出席されなかった。
http:// www.sankei.com/life/news/150606/lif1506060028-n1.html


寛仁親王:「三年式年祭」皇太子ご夫妻ら参列
毎日新聞 2015年06月06日 20時17分(最終更新 06月06日 20時23分)
寛仁(ともひと)親王殿下が亡くなって3年となる6日、
東京都文京区の豊島岡墓地で「三年式年祭」の墓所祭が営まれた。
両親の三笠宮ご夫妻や長女の彬子さま、次女の瑶子さまのほか、
皇太子ご夫妻と秋篠宮ご夫妻などが参列された。
儀式では天皇、皇后両陛下の使者が墓所の前に進み出て、玉串をささげ拝礼。
これに続いて参列者も拝礼した。
ストレス性ぜんそくで療養中の妻信子さまは、墓所祭の前に拝礼された。【高島博之】
http:// mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20150607k0000m040048000c.html



皇室:寛仁親王死去3年 信子さま所感全文
毎日新聞 2015年06月06日 05時03分
祥月命日及び毎月の月命日に豊島岡のご墓所へお参りに上がりながら、早三年祭を迎えました。
宮様を思い御好物のお料理やお飲物を、毎食御作り致しておりますと、
「これが好きだったのを覚えていたの。歯応えがいいね。」
などと宮様のお声がお写真から頂戴できるようで、大きな励みになった様に存じます。
宮様が御元気だった頃のお姿を思い出しては、
宮様と私の二人でしか出来ないお話を懐かしく、又、有り難いことと感謝の日々でございます。
私も体調が定まらずお役に立つことが叶いませんでしたことを恐縮に存じておりました頃とは
比べものにならないほど回復することができました。
昨年からは、ご案内を頂戴致しました多くのお務めをすべて務めさせて戴ける様になりましたことは、
ご理解と御支え下さいました多くの方々の御蔭様と深く感謝申し上げます。
天皇皇后両陛下をお支え申し上げ、震災の復興支援を含めて、
国民のお役に立ちます様精一杯努力を致してまいります。
http:// mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20150606k0000m040136000c.html

寛仁親王死去3年 彬子さま所感全文
毎日新聞 2015年06月06日 05時04分
父の三年式年祭を迎えるに当たり、これまで多くの皆様方より頂戴いたしましたあたたかい御弔意に対し、
この場をお借りいたしまして、改めて心よりの御礼を申し上げます。
父が亡くなられてから、あっという間の3年間であったような気も致しますし、
ずいぶんと長い時間がたっているような気も致します。
3年がたち、ようやくこれまでの時間を見つめなおす心の余裕ができてきたようにも思います。
今は、妹と二人で父の御公務を引き継がせていただいておりますが、
関係者の皆様が愛情をもって父の思い出話を折々にしてくださるのを伺いながら、
父がこれまでなさってこられたことの大きさを実感し、私自身も身の引き締まる思いが致します。
父には到底及びませんが、妹と共に、精一杯の力を尽くしてまいりたいと思います。
無我夢中で進んでまいりましたこの3年間を、天皇皇后両陛下を始め、皇族殿下方、周りの多くの方々、
国民の皆様があたたかくお見守りくださり、お導き、そしてお支えいただきました。
たくさんの方々のお力によって、ここまで歩んでこられましたことを心よりありがたく思っております。
父が築かれました寛仁親王家はなくなってしまいましたが、三笠宮同妃両殿下のお教えを頂きながら、
今後も皇族の一員として、三笠宮家の一員として恥ずかしくないよう、務めを果たしていきたく思います。
http:// mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20150606k0000m040135000c.html


  • 最終更新:2017-04-16 09:06:09

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