宮内庁組織図

文藝春秋2016年10月号

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「江戸城において幕府の政庁を表、将軍の公邸と私邸部分を奥と呼んだように、
皇居の表玄関である坂下門から入って正面にある宮内庁本庁舎が表。
それに対して本庁舎の裏にある内廷庁舎(第二庁舎)や、さらにその背後にある天皇の私生活の場が
奥にあることからついた通称です」(宮内庁OB)
その奥を代表する職が、天皇の側近である侍従と皇后の側近である女官。
彼らは、各省庁の課長補佐から課長クラスだ。
皇太子ご夫妻にはそれぞれ東宮侍従、東宮女官が付く。
宮中で男女は厳しく分けられ、侍従は、皇后の部屋に入ってはいけない。
同様に女官が天皇の部屋に入るのもご法度。
彼らは、自分たちのことをお側に仕える職員という意味で「お側の者」という言い方をする。
その仕事内容は公私問わず皇族のお世話をすることとされ、外遊や地方ご訪問にも同行するなど多岐にわたる。



宮内庁には皇室の重要事項について天皇皇后両陛下の相談役となる参与が置かれている。
吉田茂、小泉信三は参与制度が始まったころの顔ぶれだが、
最近では平岩外四元経団連会長、藤森昭一元宮内庁長官・日本赤十字社長、元最高裁判事だった中島敏次郎、大西勝也と
四人そろった時期を経て、現在は湯浅利夫前宮内庁長官、栗山尚一元駐米大使、三谷太一郎東大名誉教授の三人が無給で務めている。
宮内庁は多年にわたり長官を頂点とするオモテと、侍従長を頂点とするオクに分立して相互性に欠けていた組織だったが、
実務家肌の天皇陛下はオモテを秘書として使い込み、交流・協力の実をあげてきた。
それにしても両輪の意思疎通を図りえる場はこの参与会にほかならず、
長官、次長、オクを代表する侍従長、女官長、さらに前侍従長などが出席して両陛下のご心境を承り、方向性を探る機会となっている。

私的な「オク」の部分では天皇には侍従が、皇后には女官が奉仕し、
東宮職でも皇太子には東宮侍従、皇太子妃には東宮女官がつき、お互いの意思疎通が彼らの連絡によって保たれる場合も結構多い。
普通、皇室の場合「オモテ」は宮内庁長官を頭とする公務員からなる組織を指す。
「オク」は侍従職、女官、皇族の身の回りのお世話をする私的職員をいう。
江戸時代、江戸城には政務をつかさどる将軍執務、大老など内閣が合議する場が「オモテ」であった。
御台所が居住し、局らが詰める所を大奥といった。
今上陛下が東宮だった初期、男子の傅育官は奥に詰める女性が皇太子に厚着をさせるなどヤワな扱いをする姿勢に不満を抱き、
千葉県御料牧場でやや長期の滞在をした際、「くさいですよ」などと前宣伝を強めて、
女官らに行く気をなくさせる作戦をとった。遠慮したのが命取りで、それ以降皇太子の周囲を男子で固めてしまった。
いずれは共通となる新たな仕事についてどうするかお決めのとき、陛下は「あちらは?」と侍従に下問される。
侍従は女官を通して皇后のご意向を承り、陛下に報告する。
そうしてものごとは決まっていく。
(平成皇室論 橋本明 朝日新聞出版2009年7月)






  • 最終更新:2018-12-23 15:26:27

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