哲学者に思いを馳せて

京都・ものがたりの道:哲学者に思いを馳せて=彬子女王
毎日新聞 2014年05月11日 東京朝刊
新緑萌(も)ゆる5月。
柔らかな初夏の陽(ひ)ざしに照らされて、木々の若葉が輝く季節。
この時期の京都が、1年の中でも一番明るい雰囲気に満ち満ちている気がする。
その要因のひとつではないかと思うのが、ゴールデンウイークが明けた頃から日に日に増えてくる
若やかな修学旅行生たちだ。
勤務する慈照寺(銀閣寺)へと向かう途中、ふと気付くと哲学の道へ目を向けている。
熊野若王子神社から慈照寺の参道へと続く琵琶湖疏水(そすい)沿いの小路を、
カメラやガイドブックを手にした修学旅行生たちが楽しそうに談笑しながら行き来する。
その姿を見ると、私も高等科の時に同じようにこのあたりを歩いていたな、
といつもノスタルジックな思い出に浸ってしまうのである。
修学旅行というのは、数ある学校行事の中でも記憶に鮮烈に刻まれるもののひとつではないかと思う。
私自身、修学旅行で初めて訪れた慈照寺のお庭、きらきら輝く銀沙灘(ぎんしゃだん)から望む銀閣が
絵のように美しかったことを今でも鮮やかに思い出すことができる。
その慈照寺に今では職員として勤務しているのだから、
人生の歯車は思いもよらないところで回り始めているものだと思う。
私の友人に、修学旅行で初めて京都を訪れ、「将来絶対この場所に住む!」と心に決め、
その思いに駆られて京都の大学に入り、京都で就職し、今も暮らしている人がいる。
その話をきらきらした目で語る姿に、同じような表情で感動していたに違いない
少年の頃の彼の姿が見えるようで、何だかほっこり心あたたまるとともに、
少年の心を揺さぶり、突き動かした京都という土地の持つ不思議な力を感じたのだった。
夢を現実にする原動力となった修学旅行。哲学の道を歩く修学旅行生たちは、今何を思い、感じているのだろうか。
「哲学の道」という名前は、京都学派の創始者である哲学者の西田幾多郎(きたろう)が、
この道を散策しながら思索にふけったことから付けられたと言われている。
でも私は、英語での名称である‘‘Philosopher‘s Path’’のほうが
何となく道の雰囲気に合っているような気がして好きだ。
日本の哲学の世界を切り開いてきた西田博士の、悩み、考え続けてきた
人生の縮図がそこにあるような気がするからである。
哲学の道をゆく修学旅行生たちの中で、その偉大な哲学者に思いを馳(は)せる人は少ないだろう。
斯(か)く言う私もきちんと知ったのはごくごく最近のことであったりする。
でも、あの道を歩く人たちは必ず何かを感じるはずだ。川のせせらぎや鳥の声、
葉ずれの音に目にまぶしい艶(つや)やかな緑。五感を使いながら歩いていると、
この道を愛した哲学者の気持ちがよくわかる。知らず知らずのうちに、
私たちは西田博士の思いに同化しながらあの道を歩いているのかもしれない。
特別な史跡が間にあるわけではない。観光名所ではあるけれど、
朝夕は犬の散歩をする人やジョギングする人たちが行き交う日常の道だ。
疏水を眺めるベンチに座っていると、いつの間にか時間が過ぎている。
この道のほっと心落ち着く空気の流れは、昔も今も変わっていないに違いない。
この居心地の良さが、西田博士を誘い、今も多くの人を惹(ひ)きつける所以(ゆえん)なのだろう。

 人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行くなり
西田博士が遺(のこ)した歌のように、哲学の道をゆく修学旅行生たち一人一人が、
自分の進むべき道を見つけ、力強く歩いていってくれたらよいなと風薫る季節に願う。
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 ■人物略歴
 ◇あきこじょおう
1981年、寛仁(ともひと)親王殿下の長女として生まれる。
学習院大を卒業後、オックスフォード大で日本美術を専攻。女性皇族として初めて博士号を取得した。
現在は、銀閣慈照寺研修道場美術研究員。
4月は、寛仁親王殿下が国際交流に尽力したトルコを訪問し、追悼コンサートなどに出席した。

http:// mainichi.jp/shimen/news/m20140511ddm013040032000c.html


毎日新聞連載 彬子女王 京都・ものがたりの道 
https:// mainichi.jp/articles/20160319/ddm/014/040/012000c

  • 最終更新:2017-04-06 21:21:44

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