医師団の見解2011

皇太子妃殿下のお誕生日に際しての東宮職医師団見解
平成23年12月9日


皇太子妃殿下におかれましては,皇太子殿下のお支えを受けられながら,
ご自身が懸命に努力され,ゆっくりとではありますが,着実に快復されてこられました。
しかしながら,今なお心身の状態の波が続いておられ,そのため引き続きご治療を必要とされる状況にいらっしゃいます。
そうした中で,昨年3月以来,妃殿下は愛子内親王殿下の学校での問題の対応に懸命に取り組んで来られました。
妃殿下には,必ずしも万全でないご体調の下,内親王殿下が安心できる環境でご通学がおできになるように,
母親として細やかな気配りをされながら,学習院初等科を始めとする関係の方々と丁寧に相談を続け,
内親王殿下を全力で支えてきていらっしゃいます。そもそも,こうした学校へのお付き添いは,
学校側と協議を重ねたあげくに,内親王殿下が学校生活に戻ることが出来る唯一の方法として始められ,
続けてこられたものであり,これは妃殿下にとってご体調面からも非常な努力を要するものでありました。
妃殿下のこうしたご尽力の結果,内親王殿下のご通学に関わる問題は良い方向に向かうようになっており,
お付き添いなしのご通学がおできになる日々が出てくるようになりました。こうしたなか,
この春の東日本大震災の際には,災害の大きさに非常に心を痛められ,被災者に寄せる思いを強くお持ちになり,
様々な工夫をされてご体調を整えられながら,専門家のお話を複数回にわたりお聞きになられた後
被災地をお見舞いのためご訪問になられました。ご体調の波がおありになりながらも,
妃殿下ご自身が頑張られてご訪問が叶ったことは,東宮職医師団としては着実なご快復の兆候であったと受けとめました。
こうした状況のなかで,東宮職医師団としては,最近,週刊誌を中心として,
ご病気に苦しまれながらもさまざまなご活動に懸命に取り組んでいらっしゃる妃殿下のご努力を否定するかのような,
悪意ともとれる誤った情報に基づく報道が,関係者とされる人物の発言の引用を含めてなされていること,
そしてそのことに対して妃殿下が心を痛めていらっしゃることへの強い懸念を表明いたします。
このような報道はこれまでも繰り返されていて,これが続くことは,妃殿下の更なるご快復の妨げになるのみならず,
ご病状の悪化にさえつながります。妃殿下は,ご体調に波がおありのなか,できるだけのことをしたいと
誠意を持って懸命に頑張っていらっしゃいますが,そのご努力を否定するような批判的な報道が繰り返されますと,
妃殿下は自信をなくされますし,安心して先に進むこともおできになりません。
心のケアが重要な社会的課題になっているなか,このような心ない報道が平然と繰り返されている現状に,
東宮職医師団は専門家として憤りを覚えるものであり,この状況が改善されない限り順調なご快復は望めないと考えております。
皆様におかれましては,何よりも,妃殿下がいまだにご病気ご治療中であり,
その中でご快復に向けて力を尽くしていらっしゃることを理解していただき,温かく見守っていただきますよう重ねてお願い申し上げます。



週刊朝日2011年12月23日号
(略)
適応障害の療養生活が9年目となる雅子さまが、12月9日に48歳の誕生日を迎えた。
この日に合わせて発表された医師団の見解では、週刊誌の報道が回復を遅らせているとの指摘も盛り込まれた。
(略)
この見解は05年から毎年、雅子さまの病状を説明するために出されているもので、
今年の柱は第一が愛子さまへの付き添い、第二が被災地へのお見舞いについてだった。
今年の見解には、宮内庁関係者を仰天させたくだりもあった。
全体の3分の1を占める文章量で、〈週刊誌を中心として(中略)悪意ともとれる誤った情報に基づく報道〉への痛烈な批判を展開していたのだ。
見解では、これらの報道は
〈妃殿下の更なるご快復の妨げになるのみならず、ご病状の悪化にさえつながります〉として、
〈ご努力を否定するような批判的な報道が繰り返されますと、妃殿下は自信をなくされますし(中略)
この状況が改善されない限り順調なご快復は望めないと考えております〉と結んでいる。
この見解を読んだ宮内庁関係者は、怒りを込めてこう話す。
「まったくもって噴飯ものですよ。医師団は丸8年が過ぎても顕著な成果を出せていない。
医師としての責任には一行も触れず、公務復帰できないのは報道のせいだと言うのは、責任転嫁でしかありません」
それにしても、東宮職医師団はなぜ、これほど強い言葉で憤りをあらわにしたのか。
それを説明するには、この見解の本質を読み解く必要がある。
見解をまとめているのは、04年6月から雅子さまの適応障害の担当医を務める
国立精神・神経医療研究センターの大野裕・認知行動療法センター長だ。
同時に、雅子さまの肉声だと見てもいいだろう。
なぜなら、東宮大夫は過去に何度も、「(見解は)妃殿下の了承を得たもの」と説明しているからだ。
つまり、見解は医師団の名で出されているものの、
実際は大野氏と雅子さまの二人三脚で完成させた“作品”なのだ。
(略)
では、肝心な雅子さまの病状はどうなのか。
下に掲載した「東宮職医師団の見解」を見てもわかるとおり、医師団の見解は毎年、
「着実に回復されてきております」「徐々にではありますがご快復に向かわれており」と同じような言葉が並ぶ。
7年も着実に「快復」し続けていれば、そろそろ公務に復帰できるのではないか、と思うのは当然のこと。
テレビ朝日で宮内庁担当を20年間務めた神田秀一さんも首をかしげる。
「文面はいつも同じパターン。医学的見解が伏せられて『良くなられている』としか言わない。
具体的に、病状がいつに比べ、どれぐらい良くなったのかがつかみにくいんです」
そもそも、適応障害の治療はこれほど長くかかるのか。精神科医の香山リカさんはこう話す。
「適応障害は環境とのミスマッチなので、本来は職場の配置換えや引っ越しなど環境調整が必要です。
しかし、雅子さまは立場上それが難しい。
となると、ご自身の対応を変えるしかないが、よくも悪くも強靭な精神を持つ女性だけに、
何でも全力投球しようとしてしまう。その結果、治療が長引く異例な事態になってしまっているのでしょう」
となると、回復にはまだ長い時間が必要なのか。前出の神田さんは言う。
「93年の結婚から、18年間の半分近くを病気療養にあてているし、
回復は簡単ではありません。ただ、愛子さまが大きな鍵になることは確かでしょう。
あとは天皇、皇后両陛下のご心配を和らげること。
毎週1回御所へ行ってお食事をともにされるなど、
両陛下と十分にコミュニケーションを交わされれば、
雅子さまを取り巻く環境も徐々に変化するのではないでしょうか」
病状の見通しについて、週刊誌報道を痛烈に批判した大野氏はどう考えているのだろう。
この点をぜひ聞こうと、本誌は大野氏を直撃したが、声を掛けても目をそらし、
無言で足早に立ち去ってしまった。 (本誌・小泉耕平、永井貴子)
週刊朝日2011年12月23日号
http:// zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20111214-00000301-sasahi-peo


週刊文春2011年12月22日
■雅子妃「悲痛なジレンマ」
東宮職医師団の見解が大きな波紋を呼んだ。
ギリギリまで文言の調整。
「内親王殿下が学校生活に戻ることができる唯一の方法」は皇太子ご夫妻の意思で直前に加えられた。
雅子妃が自信をなくされ、体調がおもわしくないと聞こえてきたのは校外学習付き添い批判後。
同じホテルにとまったのは学校から勧められたため。東宮職は別のホテルを検討していた。
税金泥棒などの記者発言に東宮職は神経質になったが、事前説明を(国民に)つくさなかったのは 東宮職の失態。
大野医師に数ヶ月ぶりに電話し、カウンセリング。苦しかったころの気持ち(2003年公園デビュー)がフラッシュバック。
昨年の東宮職医師団の見解は雅子妃によりかなり削除された。
最近は回復とともに新聞を読むと週刊誌の広告に目が行く。
例えば校外学習バスの同乗可否の打合せなどの記事が、実際に話し合いをした校長等と食い違うことに戸惑い。
天皇陛下お見舞いの件も実は喘息のようなせきのひどい病状だったので医師の判断で止めた。
ご療養中なら御所に控えているべきとの意見もあるが、かえって精神的な負担に。
■中西輝政、池坊保子、徳岡孝夫らが叱る
医師団の「週刊誌報道批判」他人のせいにするな
ベテラン宮内庁担当記者
「報道全体に対する牽制にもみえる東宮職医師団は我々の質問にも答えていただきたい」
池坊保子
「雅子さまの行動だけで判断すれば、中にはお立場としてあるまじき姿と国民に映ってしまう」
学習院関係者「雅子さまは、自分の行動に学習院が配慮しているのは『皇太子妃だから』
ということをわかっておられないのではないか」
徳岡孝夫
「いたたまれないくらい週刊誌が煽情的になっているというなら具体的な指摘をしてほしい」
山下晋司「現実を踏まえて良い関係を築く努力をすべき」
前述宮内庁担当記者
「雅子様はご感想を「表」、医師団見解を「裏」とセットにして訴えておられる」
所功「陛下お見舞いの件、ブータン国王夫妻歓迎欠席の件に対して申し訳ないとのお言葉がなかったのは残念」
中西輝政「欧州の王室も自国の社会的常識、通念、価値観を逸脱した場合は手厳しく批判をされる。
それが民主主義国家の王室を国民が支えるという意味」


女性セブン2012年1月1日号
<東宮職医師団としては、最近、週刊誌を中心として、ご病気に苦しまれながらも
さまざまなご活動に懸命に取り組んでいらっしゃる妃殿下のご努力を否定するかのような、
悪意ともとれる誤った情報に基づく報道が、関係者とされる人物の発言の引用を含めてなされていること、
そしてそのことに対して妃殿下が心を痛めていらっしゃることへの強い懸念を表明いたします>
12月9日、48才の誕生日を迎えられた雅子さまのご病状について、東宮職医師団が、毎年、恒例となっている見解を文書で発表した。
だが今回は、どのような治療を施してきたか、今後、どういう治療をしていくかといった
医学的な見地からの言及は一切なく、雅子さまの病気が治らないのは“週刊誌報道のせいだ”と
一方的に責め立てる異例ともいえる内容だった。


女性セブン2012年1月5日・12日号
2011年3月11日の東日本大震災発生後、皇太子ご夫妻も両陛下に続いて避難所や被災地を慰問されたが、
その回数はご高齢の両陛下よりも少なかった。しかも、8月の岩手県への慰問以後、
雅子さまが果たされたご公務はわずか数回で、外出を伴うご公務は皆無という状況だ。
この間、美智子さまはご体調を崩され、頸椎症性神経根症による肩、腕の痛みを患われ、
さらに、右足は下腿筋膜炎を発症された。だが、その苦境の中で美智子さまは、
ご体調が許す限り、陛下とともに被災地への慰問を続けられながら、通常のご公務にも励まれた。
そんな中、雅子さまの愛子さまを思う母心が大きな非難を呼ぶ事件が起こってしまう。
2011年9月、愛子さまの山中湖への2泊3日の校外学習に、雅子さまが同行されたのがきっかけだった。
「初等科の保護者からの批判の声はもちろんですが、皇室内部でも“公務だと体調不良で地方へ行けないのに、
愛子さまの同行とはいえ私的な旅行だと行けるなんて…”という声が聞こえてきました。
これでは、雅子さまが公務を二の次に考えられているように思われてしまいますからね」(宮内庁関係者)
雅子さまへの逆風が吹き荒れる中、11月初め、愛子さまがマイコプラズマ肺炎で東大病院に入院。
このときも雅子さまは付きっきりで看病された。献身的な雅子さまの看病もあって
愛子さまは元気を取り戻され、退院なさったが、入れ替わるように、今度は陛下が入院された。
だが陛下の退院までの約3週間、お見舞いに駆けつけられる雅子さまの姿は、とうとう見られなかった。
「陛下が入院中は、皇太子さまが、国事行為代行やご名代を務められましたが、
結局、雅子さまがサポートなさることは、ついにありませんでした」(宮内庁関係者)
これには、秋篠宮ご夫妻に期待するしかないという声が上がり、
皇太子ご夫妻の離婚説が浮上するなどして、大きな波紋を呼ぶこととなった。
そして2011年12月に発表された東宮職医師団の見解は、医学的見地からの言及は一切なく、
雅子さまのご病状が快復されないのは、“週刊誌報道のせいだ”と責め立てる異例ともいえる内容だった。
皇室ジャーナリストの神田秀一氏はこう説明する。
「今回の見解は、医師団が発表すべき内容ではなく、不充分です。
もしも本当に報道によって雅子さまのご病気が悪化されたのであれば、医学的な見地から、
どの報道が、どんな風にお体に影響を与えて、快復に向けて、どんな妨げがあるのかを
具体的に明示すべきです。医師団の見解としては、あまりに抽象的すぎます。さらに一度は、
“よくなった”と発表した医師団が責任を転嫁するような見解には、疑問を感じずにはいられません」

  • 最終更新:2017-08-19 15:40:12

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