典子さん別居?

高円宮家「典子さま」が別居状態 縁結びの神・出雲大社に垂れこむ暗雲
週刊新潮 2017年12月7日号掲載
宮司家嫡男と高円宮家「典子さま」 夫婦破綻で進む遠大なる離婚計画(上)
高円宮典子さま(29)と出雲大社の宮司嫡男・千家国麿(せんげくにまろ)氏(44)が華燭の典をあげたのは
3年前のことである。眩しく煌めく1日――。だが、既に2人は別居状態にある。
よりにもよって縁結びの神を祀る大社に垂れこむ暗雲……。
 ***
高円宮憲仁親王(2002年に薨去)と久子妃殿下(64)の間に次女として典子さまが生を享(う)けたのは、
1988年だった。ご夫妻はこれに先立つ86年に承子(つぐこ)さま、
そして90年に絢子(あやこ)さまと3姉妹に恵まれている。
本稿ではその典子さまと伴侶との結婚生活の破綻、そして奇異な“離婚計画”を取り上げるが、まず、結婚までの経緯に触れておく。
典子さまは11年に学習院大を卒(お)えてからは進学や就職はせず、皇族としての公務に臨んでいた。
14年5月、千家国麿氏(現・出雲大社権宮司)との婚約内定を発表。
彼は出雲大社トップの宮司・千家尊祐(たかまさ)氏(74)の嫡男である。その折に、2人の出会いが
07年4月であること、共通の趣味であるバードウォッチングで愛を育んだことが明らかになった。
そして10月5日、出雲大社での挙式――。
午前11時、出雲大社の参道をゆっくりと進む典子さんは髪をおすべらかしに結い、黄色の袿(うちき)、紫の袴姿。
隣を歩く国麿氏も千家家伝統の黒の衣冠に身を包み、両名揃って絵巻物から飛び出してきたような恰好である。
あとに続く親族の顔はみな晴れやかで、沿道は多くの人が笑顔で振る日の丸の小旗で彩られ、祝福の声に満ちていた――。
戦後に結婚して皇籍を離脱した女子が黒田清子さんに続いて6人目となった瞬間。
典子さまから典子さんになったこの14年10月5日が光であるとして、結婚にはむろん影もつきまとう。
これまでも、2人の仲を詮索する声がないわけではなかった。関連記事の見出しを拾ってみたら、
〈憂慮される“雅子さまとの符合”… 典子さん出雲から消えた!〉
〈千家典子さん別居説も出る頻繁すぎる里帰り〉
と、物々しい。概して「出雲で典子さんをほとんど見かけない」「宮邸に里帰りする頻度が高すぎる」
とコメントする関係者が登場する一方、「出雲ではオーラを消しているだけ」
「いやいや大事な行事の時には出雲にいますよ」と語る人物もいる。何があるのかないのか、判然としない内容だった。

「関係が芳しくない」
出雲大社の歴史をひもといた原武史著『〈出雲〉という思想』によると、
〈そもそも出雲大社では、出雲国造(いずもこくそう)と呼ばれる世襲の神主が、祭祀をつかさどっていた。
出雲国造は、国造制が消えたはるか後の近代日本にあっても、全国でただ一つ国造を名乗っており、
その祖先は天皇と同じく、アメノホヒノミコトという神とされていた。つまり出雲国造とは、
天皇と並ぶもう一人の「生き神」であったのであり、天皇にも匹敵する宗教的な権威をもっていたのである(略)〉
脈々と繋がるこの出雲国造の84代目が他ならぬ千家家の当代で、先に挙げた宮司の尊祐氏に当たるのだ。
そんな歴史を誇る家柄だから、知り合いに千家一族がいるという人物は、
「その彼が、“あの家とは先の戦争で対立して以来……”とポツリと言ったりしたので、
てっきり太平洋戦争のことかと尋ねたら、“いやいや応仁の乱のことです”と言うんですよ」
と、平成の次を覗き見ようかという時代に、時間軸が混線しそうなエピソードを披露する。
夫婦の仲について、千家家の事情に明るい関係者によると、
「確かに、我々はみな2人の関係が芳しくないという認識をしています。典子さんは都会で、
東京のど真ん中でずっと暮らしてきて、突然あんな田舎に連れてこられても土台無理。
出雲の冬の寒さに音をあげられたというのも大きい。若い頃にちょっと会っただけでロクにデートもせず、
“大丈夫?”って声はしきりにありましたけどね。基本的に別居しており、もうその期間は長くなっています」
宮内庁担当記者も、「典子さんは、東京での滞在時間の方が圧倒的に長いというような話は前から聞いておりました」と同調するように継ぎ、
「彼女の日常生活は完全にお姫様状態なんです。構われ過ぎてしまうので居心地が良くないんだと、
ちらほら聞こえて来ている。もう1つ、国麿さんがちょっと心身症気味なんじゃないかということも耳にしました」

“慶事後”に?
出雲大社に祀られる主祭神は縁結びの神様である。大社はホームページにそう喧伝しており、今ここに挙げた話が事実なら笑えないジョークでしかない。
「すぐに離婚というのはないんです。千家家は、国家的な慶事を大事にするという考えで動いている。
それに久子さまは五輪招致の立役者でいらっしゃる。付け加えると、その前には天皇陛下の退位や新元号のスタートなどの大イベントもあるので、
水を差すような離婚などできようもありません。裏返せば、その後に離婚は避けられないということでもある」(先の関係者)
自分の家のことになぜ五輪が関係するのか。そんな疑問が湧くのは無理からぬこと。
しかし実際、当代から2つ遡った第82代の出雲国造は自著『出雲大社』で、
「皇室の弥栄(いやさか)と国家、民族の繁栄とを祈りつづけてきたわが家の使命を(略)」
と明示する。国家を背負う自負と自恃とが、彼らを国造たらしめているのだ。

「病気が長引いて…」
出雲に入って千家家に関係する面々に当たって行くと……まず、国麿氏の叔父の隆比古(ながひこ)氏の奥方は、
「別居については、そんな話聞いてません。新築の自宅で、義母と一緒にご飯を作ったりもしている」
他方で、千家家の菩提寺の住職は、
「国麿さんのご病気については、何かもともと気鬱だって聞きますね。それで気分的に塞いでいるというか。
普通の公立小中に通ったおとなしい人なので、皇族として育った典子さまとうまくいくのかと気になっていたんです。
結婚直後の正月の行事には典子さまが出ると思ったら出なかったし、去年8月の千家家先祖供養の霊祭では国麿さんはおらず、典子さまだけ。
最近は2人で出かけるという話は耳にしません」と、また違った反応。
続いて地元自治会幹部は、
「この前も宮司(=国麿氏父)は、“礼子(あやこ)(=国麿氏母)と典子が一緒に食事を作ってくれる。
最近は塩分控えめにされており、あまりおいしくないんだよね”と嬉しい悩みのようなことを明かしていましたよ」
隆比古氏の奥方の話にもあった「嫁姑料理話」。そこで“お世継ぎ”に話を振ると、
「国麿さんが85代になられるから、早く86代目が生まれないととは思いますけど。
色々と事情があってなかなか難しいですわ。どんな事情? う〜ん、国麿さんと典子さんが2人で(出歩いていた)
というのは聞かないし、そもそも国麿さんをここ1年半くらい見かけていません……ちょっとどう言っていいか、
以前から体調を崩しがちで、病気が長引いているということなんでしょう。
国麿さんが元気になられて早く例祭(大事な祭事)などに出られるようになるといいなと思います」
菩提寺住職の話と合わせ、国麿氏がそう短くない期間、病を養ってきたことは疑いないようだ。
https:// www.dailyshincho.jp/article/2017/12110800/


「典子さま」と「千家国麿さん」不仲説 “夫の健康問題”と“頻繁な東京行”
社会週刊新潮 2017年12月7日号掲載
宮司家嫡男と高円宮家「典子さま」 夫婦破綻で進む遠大なる離婚計画(下)
3年前に挙式した高円宮家の次女・典子さま(29)と、
出雲大社の宮司嫡男・千家国麿(せんげくにまろ)氏(44)夫婦について、千家家の事情に明るい関係者は
「関係が芳しくないと認識をしています」と、2人が長い別居状態にあると証言する。
この関係者によれば、国家的な慶事を大事にする千家家の考えゆえに、
東京五輪を控えた現在すぐの離婚はないものの、「裏を返せば、その後に離婚は避けられない」(同)。
国麿氏の心の問題にまつわる証言も浮上し、縁結びの神を祀る出雲大社には暗雲が垂れこめる。
 ***
東京の取材班は、典子さんの祖母・鳥取二三子(ふみこ)さん(90)に話を聞いていた。
年齢を全く感じさせない、かくしゃくとした口ぶりである。
「神官さん(国麿氏)は結婚式でお疲れになったうえに、お父様が修行に厳しいそうです。
結婚式が終わってから身体を壊して寝込んでいらしたこともありました。別に夫婦の仲が悪いわけではありません。
ただ典子さまもしょっちゅう東京にはお出でになられています。宮中では色んな催し物がございますから。それにお友達のクラス会もあるようです」
国麿氏はと言うと、
「あちらはお忙しいからいらっしゃらないですが、お義母さまと一緒に上京されることも多いんですよ。
向こうにいらしても、(典子さまは)皆さんのところに出ていらっしゃる用事がないわけです。
ほとんど土地の方とは交流がおありにならない。本当にお暇らしいです。神官さんの奥さまというのは本当に何にもすることがないそうで」
 出雲では時間を持て余し、東京で用事が立て込んでいる。
だから、「しょっちゅう東京にはお出でになられてい」ると仰る。

「別居状態と言われれば」
取材後程なく二三子さんから「誤解して頂きたくない」と記者に連絡があり、2度目の取材と相成った。
以下はそのやりとりである。
「典子さまがこっちにちょくちょくいらっしゃった理由としては、三笠宮さまが亡くなられて1年間は喪でしたから。
その式のたびに千家さんのご両親と出ていらして。それで、権宮司さん(国麿氏)は
出雲にいなきゃならないですから。それともう1つ。典子さまは出雲にお知り合いはないから。
散歩なんかをして買物なんかなさったりされる方じゃないから。チャリティでビーズのブローチを作ったり。
結局、千家さんのお母さまと一緒に1日過ごしていらっしゃる」
次いで2人の仲に触れて、「別居はしていません。今は、あちらのご両親と4人一緒に過ごされています。ただ、新居がなかなか建ちませんでね。
何か、ああでもない、こうでもないって。それが、やっと建ちまして。広いきれいなお家です。
あの、今、引っ越しなさってご夫婦そっちに。お食事やなんかはどっちかのお家で、典子さまがお作りになったり。お義母さまとご一緒に」
(上)でも紹介したとおり、ここでも「嫁姑料理」が語られている。ちなみに登記簿謄本によれば、
新居は昨年10月に新築されている。現地で確認したところ、「広いきれいなお家」である。
もっとも、人の匂い、住んでいる形跡は全くない。プランターも自転車も見当たらないのだ。
「ただ、別居状態と言われれば確かに……。国麿さんを置いて東京にいらしている、
お泊りになっていらしている時は(そう思われるかもしれない)。お泊りになられる際は宮邸だと思います。
ご実家ですし、お部屋もあるわけですから。(典子さまは)2、3日いらっしゃる時もあれば、
日帰りになっちゃうのもあります。しばらくいらっしゃらない時もある。離婚なんてないですよ。
それは大丈夫です。お姿が見えないのは、(外に)出ていらっしゃらないだけです」

“将来の離婚を…”
誰かの言うように、21世紀の新しい結婚の形と言ってしまえばそれまでかもしれない。
しかし、東京のど真ん中で育ち、嫁ぎ先に知り合いが皆無で、振り向けば常に姑という毎日。
その息苦しさに耐えかねた「頻繁な東京行」と言えなくはないだろうか。事実、
「典子さんは、東京ではブランドのレセプションやパーティーに顔を出し、楽しんでいるようですよ」
と、宮内庁担当記者は明かす。別居の証明は易々とは行かない。ただ、繰り返すが、
二三子さんが口にする「新居での生活」の雰囲気はない。3年前の絵巻物風の挙式が早くも色褪せて映るのだ。
それに加えて、国麿氏の抱える心の問題である。
夫婦問題コンサルタント・池内ひろ美さんは、
「見知らぬ地域に嫁いだ女性にとって、一番の味方は夫君。なのに体調が芳しくないとなるとしんどいことでしょう。
ただでさえ、嫁ぎ先では『お姫様状態』で何もさせてもらっていないわけですよね。
彼女は“私がここにいる価値はない”と思ってしまっている可能性もあります。
自分に役割が与えられていないというのは最もツラいことですから」
そう斟酌したうえで、
「お姑さんとよく行動を共にされて、東京にも一緒にいらっしゃっているということですが、
『お目付け役』なのかもしれません。お姑さんと一緒に実家に帰りたいなんて思う嫁は世の中にひとりもいないですからね」
と指摘する。更に、
「ヨリを戻すとかそういうのではなく、ご夫婦としてまだスタートされていないのではないかという印象さえ持ちます。
典子さんご自身の幸せを考えると、『カゴの鳥』状態を続けるよりは別居や離婚に踏み切った方が
いいのではないかと思います。20年まで離婚が難しいということですが、来年30歳になられる典子さんにとって、
その時機は再出発するにあたって重要なタイミングでもありますから」と踏み込むのだった。
再び出雲に話を戻そう。国麿氏の父・尊祐宮司を直撃すべく自宅前で待っていると、黒塗りの車が滑りこんできた。
後部座席から降車した宮司に別居と嫡男の病について尋ねたが、
「お話しすることはございません。とにかく2度と来ないでください!」
と言うのみで否定することはなかった。前出の関係者に改めて聞くと、
「宮司は“息子夫婦の仲が良くないこと、基本的に別居状態にあること、将来の離婚を覚悟していること”を漏らしています」
することがなく、幸せとは言い難いお姫様状態に夫の健康問題が絡み、東京の実家戻りが重なる典子さん。
別居婚から別居へ。離婚計画は推移しつつあるということになる。

特集「縁結びの神『出雲大社』に暗雲! 宮司家嫡男と高円宮家『典子さま』夫婦破綻で進む遠大なる離婚計画」より
https:// www.dailyshincho.jp/article/2017/12120800/


縁結び神社の妻・千家典子さん「別居」報道の真相は?
2017.12.25 07:00
日本最古の旧家同士の慶事と祝福されたのが、高円宮家の次女、典子さんと出雲大社の宮司の長男である千家国麿さんとの結婚だ。
国麿さんの父、尊祐さんは第84代出雲国造で出雲大社宮司。
2014年5月、国麿さんは婚約の記者会見で、千家家の初代が天照大神の次男、天穂日命にあたる、と切り出した。
「2千年を超える時を経て、今日を迎えたことに深いご縁を感じている」
皇室の祖先である天照大神の子孫に国を譲ったのが、出雲大社に祭られる大国主神で、ともに祖先が天照大神につながる「家」同士というわけだ。
だが結婚後まもなく、2千年のご縁にも陰りが見える。
発端は、「宮司の妻」という将来に備え、出雲で過ごしているはずの典子さんが、頻繁に東京に戻っている、という話が出回ったこと。
「ファッション関係のパーティーやレセプションなどでお姿をお見かけしたので、また東京にいらっしゃるのか、と不思議に感じていたのです」(関係者)
典子さんは単独で行動することが大半で、国麿さんと過ごす光景は東京でも出雲でも見かけることはなくなっていった。
「典子さんがよそ者扱いされてなじめないようだ」といった噂も流れ、「離婚」「別居」の文字が躍った。
昨年11月、逝去した三笠宮崇仁親王の本葬にあたる「斂葬(れんそう)の儀」では、参列は典子さんのみ。
そして、今年11月、高円宮憲仁さまが亡くなって15年の墓所祭で目をぬぐう典子さんを支えたのは、義母の礼子さんだった。
出雲大社の敷地内に建てられた新居に人の気配はないという。真相はどうか。千家家と交流のある人物によれば、
「国麿さんは精神的に参ってしまっているという話も聞こえてきます」
その一方、複数の関係者によれば、典子さんと千家家との関係は悪くはないようで、
典子さんはなれ初めなどを楽しげに話している場面もあったようだ。
「千家家は、憲仁さまのご縁で、尊祐宮司が高円宮家を経済的なことはもちろん、あらゆる面で支援してきた」(神社関係者)
いわば家を背負った婚姻だけに、「離婚」の選択肢は簡単ではなさそうだ。では、お世継ぎ問題はどうか。前出の関係者がこう話す。
「出雲大社は直系だけで続いた家ではありません。親族にも優秀な人材はそろっていますから、
お二人の間に子どもがいなくとも問題にはならないでしょう」
出雲大社の祭神は縁結びの神さまだけに、明るい未来を期待したいものだ。(本誌・永井貴子)
※週刊朝日 2017年12月29日号
https:// dot.asahi.com/wa/2017122100057.html?page=1

  • 最終更新:2017-12-25 20:54:05

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