共産党の天皇観変化

産経新聞平成18(2006)年9月8日

共産党の天皇観変化
親王さまご誕生「喜ばしい」
反対維持しつつ現実対応

秋篠宮妃紀子さまが第3子となる親王(男児)を出産されたことについて、共産党は7日の党機関紙「しんぶん赤旗」2面の囲み記事で、
「元気な赤ちゃんが誕生したことは喜ばしい」とする志位和夫委員長のコメントを掲載した。
「共産党イコール天皇制打倒」と連想する国民が少なくないが、実際には、共産党の“天皇観”は変化してきている。
ただ本質的な部分で、共産党は天皇制と相いれないものを持ち続けている。
郷土人形の収集家として知る人ぞ知る不破哲三前議長は、軍服姿の明治天皇の土人形を秘蔵している。
平成11年出版のある著書で、「深い意味はない。土人形の歴史のひとこまだ」(不破氏)と説明しているが、
皇室への生理的なアレルギーを感じさせない自然な発言だけに興味深い。
共産党の皇室観の転機となったのは、その5年後、平成16年1月の第23回党大会だ。
昭和36年の第8回党大会で採択した党の基本的文書である綱領(宮本綱領)を全面改定。
天皇制について「民主主義及び人間の平等の原則と両立しない」と反対姿勢を堅持しつつも、「君主制を廃止」というそれまでの表現を削除した。
天皇が「憲法上の制度であり、その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきもの」と明記し、天皇制との共存を容認した。
16年11月には、不破議長(当時)が、デンマーク女王主催の晩餐会で天皇、皇后両陛下と初めて同席。
12月には党職員の勤務規定を改定、天皇誕生日を休日とするなど「天皇制への対応に大きな変化がみられた」(共産党ウオッチャー)との分析がある。
共産党は、「21世紀の早い時期に民主連合政府の樹立」を目指し、保守勢力との連携も視野に入れた
政治闘争の展開を模索している。皇室との間合いに神経を使わざるを得ないのは、目標達成のためには
国民世論を無視できず、独善的との批判がつきまとってきた党活動のあり方を見直す必要に迫られたからだ。
ただ、共産党が社会主義社会の実現を目指す革命新党であるかぎり、皇室制度と本質的なところでは相いれない要素がある。
26日には臨時国会が召集されるが、「天皇が『お言葉』を述べるのは憲法違反」との立場をとる共産党の国会議員は、開会式を欠席する。
実際、昭和天皇が逝去された際の反天皇キャンペーンはすさまじかった。ご逝去直後の1月10日付で
「赤旗」1面に掲載された宮本顕治議長(当時)のインタビュー記事では、
昭和天皇を「日本歴史上最大の惨禍をもたらした人物」と断じて、「徹底的に弾圧され、たくさんの人が迫害され、殺された。
時代的には対極の中で過ごした関係」と語っていた。


※実際の当日のインタビューで志位氏は誕生した宮様を「親王様」と呼んだ、数少ないひとりであった。
(報道の多くは「男のお子様」。福島瑞穂は苦々しい顔で「男の子」と発言。)
しかも、満面の笑みで「このような日に女性天皇の議論はよしましょう」と答えた。
計算だけでそうしたとは思えない喜びぶりに見えた。


  • 最終更新:2017-04-14 22:24:59

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