佳子内親王殿下山口県ご訪問

佳子さま初の単独地方公務 山口・下関、水族館に
山口県下関市の市立水族館「海響館」を訪れ、フグを見学される佳子さま=6日午後
秋篠宮家の次女佳子さまは6日、山口県下関市の市立水族館「海響館」を訪れ、
100種類を超えるフグの展示などを見学された。佳子さまが単独で地方に出向き、公務に臨むのは初めて。
淡いピンクのスーツ姿の佳子さまは、案内する館長の顔と水槽を交互に見ながら熱心に説明を聞いて
「はい、はい」と繰り返しうなずき、トラフグなどが泳ぐ様子を楽しそうに目で追った。
体の色が鮮やかな種類のフグを見た際には「すごい」と驚き、笑みを浮かべていた。
館長によると、ゴマフアザラシが手を振るパフォーマンスをすると、「かわいい」と喜んでいたという。
2015/06/06 20:42 【共同通信】
http:// www.47news.jp/CN/201506/CN2015060601001980.html

佳子さま 初めて お一人での地方公務
6月6日 18時38分
秋篠宮ご夫妻の次女の佳子さまは、6日、山口県を訪れ、地元の水族館を視察されました。
佳子さまがお一人で地方での公務に臨まれたのは初めてです。
佳子さまは、7日に海洋調査船の進水式に出席するため、6日から2日間の日程で山口県を訪問されています。
夕方には下関市の水族館「海響館」を視察されました。
この水族館には、ペンギンやイルカのほか、世界のさまざまなフグの仲間が100種類以上展示されています。
このうち、地元特産のトラフグのコーナーでは、
佳子さまは、館長によるフグの生態の説明に時折うなずきながら熱心に耳を傾けられていました。
佳子さまは、去年、二十歳の誕生日を迎えて成年皇族となりましたが、お一人で地方での公務に臨まれたのは初めてです。
6日は、これに先立って、源平の合戦の「壇ノ浦の戦い」で亡くなった安徳天皇をまつる赤間神宮にも足を運ばれました。
参拝を終えた佳子さまは、石畳の参道をゆっくりと歩き、集まった人たちににこやかな表情で会釈をされていました。
http:// www3.nhk.or.jp/news/html/20150606/k10010105521000.html

佳子さま、進水式に出席=初の地方単独公務-山口・下関
初の地方単独公務で山口県下関市を訪れている秋篠宮ご夫妻の次女佳子さまは7日午前、
三菱重工業下関造船所で行われた海底広域研究船の命名・進水式に出席された。
式典で、佳子さまが造船所と船をつなぐ紅白の綱を手渡されたおので切ると、
シャンパンが船首にぶつかって割れ、船がゆっくりと滑り出した。
佳子さまは船が進むのを拍手で見守った。
船は「かいめい」と命名された。(2015/06/07-12:07)
http:// www.jiji.com/jc/c?g=soc&k=2015060700050

2015.6.7 15:53更新
鮮やかな水色のスーツ姿まぶしく 海底研究船の進水式に出席 下関
単独では初めてとなる地方公務で、6日から山口県に滞在していた秋篠宮家の次女佳子さまは7日、
下関市の三菱重工業下関造船所を訪れ、海洋研究開発機構(神奈川県横須賀市)が発注していた
海底広域研究船「かいめい」の進水式に出席された。
鮮やかな水色のスーツ姿の佳子さまが、船首から伸びる紅白の細いロープのそばで
銀色の小さなおのを両手で持ち、緊張した面持ちのまま無事に切り終えると、船は一気に進水。
紙吹雪が舞い、花火が打ち上がる中、約600人の見学者と共に拍手を送った。
式典後は市内のホテルで祝賀会に参加し、
船名の提案者を代表して出席した京都市のノートルダム学院小3年、安井槙人君(9)と言葉を交わした。
安井君は佳子さまの弟悠仁さまと同学年。佳子さまは慣れた様子で中腰になって目線を合わせ、
安井君の話に繰り返し笑顔でうなずいていた。
祝賀会を終えた佳子さまは、山口宇部空港から飛行機で帰京する。
http:// www.sankei.com/west/photos/150607/wst1506070029-p1.html

佳子さま、海洋調査船の進水式に出席
2015年6月7日17時24分
秋篠宮家の次女佳子さまは7日、山口県下関市の三菱重工業下関造船所で、
海洋研究開発機構の海洋調査船「かいめい」の命名・進水式に出席した。
船首につながる紅白のロープを小型のおので切り、進水の様子を拍手しながら見つめた。
かいめいは全長100メートル、総トン数5800トン。
名称は公募で、小学3年生の安井槙人(まきと)さん(9)の提案が選ばれた。
市内で開かれた祝賀会で佳子さまは「船名はどんな理由でつけたんですか」と尋ね、
安井さんは「深海のなぞを解明してほしいからです」と答えた。
機構の命名・進水式には紀宮さま(現黒田清子さん)が出席したことがある。
今回は機構の希望も踏まえ、佳子さまに決まったという。
佳子さまは今春の国際基督教大学への入学後、学業を優先しながら公務に積極的に取り組んでいる。
今回は6日からお一人で初めての地方公務に臨み、7日午後、帰京した。
http:// www.asahi.com/articles/ASH674GHMH67UTIL008.html

佳子さま優しく「おめでとうございます」と祝福
2015年06月08日 12時26分
海洋研究開発機構の海底広域研究船「かいめい」の命名・進水式のため山口県に来県された
秋篠宮家の次女佳子さま(20)は7日、下関市で行われた式などに出席し、関係者らと笑顔で言葉も交わされた。
出席されたのは、三菱重工下関造船所で開かれた式と、市内のホテルで催された祝賀会。
式では、佳子さまが船につながる紅白の綱を切る役目を担われた。
この役目は、研究船の建造を発注した機構から、宮内庁へ要請したという。
機構の磯崎芳男・海洋工学センター長は「お見事でした。
佳子さまに出席いただいたので、それにお応えするよう、成果を出したい」と強調した。
佳子さまは、関係者ら約60人が出席した祝賀会会場にも約30分間滞在。
船名が公募で選ばれた京都市の小学3年男児(9)とも歓談された。
この日、誕生日を迎えた男児は「おめでとうございます」と祝福されたといい、
「優しくお話ししてくださった。いい方だと思いました」と喜んでいた。
ホテル前では、日の丸の小旗を持ち、市民らが見送った。
下関市長府古城町、会社員の男性(43)は「目の前で手を振ってくださった。
すごく感じが良くて、すがすがしさを感じた。いい思い出になりました」と笑顔だった。
http:// www.yomiuri.co.jp/national/20150608-OYT1T50066.html


佳子さま 船舶式典のために斧を振り落す練習を入念にされた
2015.06.12 07:00
6月6日から1泊2日の日程で山口県を訪問された、秋篠宮家の次女・佳子さま(20才)。
日程の2日目には、海洋研究開発機構が建造中の海底広域研究船の命名・進水式に出席された。
式典では「支綱(しこう)」が行われた。これは進水式において、船舶を最後まで繋げている1本の綱(支綱)を斧で切断して、船を進水させるという儀式。
この大役を務められたのが佳子さまだった。
佳子さまは終始動じられることなく、見事に銀の斧で綱を切断されたが、この素晴らしいパフォーマンスには、こんな秘密があった。
「前日、赤間神宮で参拝されて一旦、ホテルに戻られた際、
佳子さまは海洋研究開発機構の関係者から式典の説明を受けて、斧を振り落とす練習を入念にされたそうです。
多忙なスケジュールの中でも、皇族としての責務を果たされようと努力なさったんですね」(秋篠宮家関係者)
式典終了後に行われた祝賀会でも、佳子さまが皇族として成長なさっていることがうかがえるシーンがあった。
「船を『かいめい』と命名した小学3年生の安井槙人くん(9才)と会話される際に、
佳子さまはずっと中腰になられて、槙人くんと目線を同じ高さにされていました。
佳子さまの方から“小さいときから船は好きなの?”と笑顔で話しかけられるなど、
槙人くんもとても話しやすそうにしていて、お若いのにすごいなと思わず感心してしまいました」(出席者のひとり)
国民と触れ合われる際、相手の目線にご自分の目線を落とされる対話方法は、
皇后・美智子さま(80才)が天皇陛下(81才)とともに始められたもの。
「両陛下が即位後、初めての被災地訪問となった1991年7月の長崎県・雲仙普賢岳の訪問の際には、
両陛下はスリッパも履かれずに被災者にひざまずいてお言葉をかけられていて、
当時は“天皇皇后ともあろうおかたが…”という声もあがりましたが、今ではすっかり平成の皇室のスタイルとなられました」(宮内庁関係者)
美智子さまから受け継がれた心遣いを佳子さまも実践されているのだ。
そして帰京のため、ホテルを発たれる際、佳子さまは“予想外”の行動を取られた。
ホテルの前には、ご出発の1時間以上も前から、佳子さまのお姿をひと目見ようと大勢の人々が集まっていた。
そして、佳子さまが正面玄関から姿を見せられると、たちまち大きな歓声が沸き起こった。
「護衛官が車の後部座席のドアを開けようとしたんですけど、佳子さまは乗車を拒否されて、
駆けつけた人々の方へ足早に向かわれたんです。そして満面の笑みを見せられ、頭を下げられました。
さらに佳子さまは逆サイドの人々の元にも足を運ばれました。この予想外の佳子さまの行動には、護衛官たちも少々困惑していましたけど、
観衆は興奮を隠しきれない様子で、とても喜んでいましたよ」(皇室記者)
※女性セブン2015年6月25日号
http:// www.news-postseven.com/archives/20150612_328795.html

(皇族方の素顔)佳子さま、初のお泊まり公務に緊張?【朝日新聞デジタル2015年6月25日】
きらびやかな宮中晩餐会(ばんさんかい)デビューからわずか3日。
秋篠宮家の次女佳子さま(20)は、遠く離れた山口県下関市にいました。
一人では初めてとなる地方でのお泊まり公務。学業を優先しながら、公務も精力的にこなす佳子さまですが、
「初物」続きに少し緊張しているようにも見えました。

下関での初日となった6月6日。報道陣の前に佳子さまが最初に姿を見せたのは、安徳天皇をまつる赤間神宮でした。
ベージュピンクのスカートスーツに、同じ色に合わせた帽子。
フィリピンのアキノ大統領を国賓として歓迎した6月3日の宮中晩餐会でもピンクのドレス姿でした。
佳子さまは、集まった大勢の氏子の人たちに丁寧に会釈しながら参道を進み、石段を一段一段上っていきました。
その先にある神殿で玉串を捧げて一礼。つつがなく拝礼を終えました。
ところが、神殿を出た後に「トラブル」は起きました。
「ドン!」石段の下で待ち受ける報道陣にも音が聞こえてきました。お付きの職員の人たちがわらわらと走って集まります。
その輪の中、苦笑いのような表情を浮かべる佳子さまの姿が見えました。どうやらつまずいたようでした。
続いて、佳子さまは赤間神宮の宝物館を視察しました。案内役の水野大直(もとなお)宮司によると、
佳子さまは安徳天皇が亡くなった年齢について「おいくつでしたか」と質問。
平家と源氏が戦った壇ノ浦の合戦で入水したのが数え年で8歳、満6歳4カ月だったことを水野宮司が説明すると、
深くうなずいていたそうです。
それから水族館「海響館」へ。天皇、皇后両陛下や秋篠宮さまも訪れた場所です。
ここでも大勢の市民が歓迎し、佳子さまは会釈したり、手を振ったりしてこたえていました。
石橋敏章館長によると、佳子さまはゴマフアザラシから手を振ってあいさつされると「かわいい!」。
フンボルトペンギンと握手して「フワフワ、スベスベしているんですね」。笑顔で楽しんでいたそうです。
でも、残念ながら、これらはすべて非公開。報道陣が取材できたのはフグの水槽を見学している場面だけでした。
この時、佳子さまは熱心に説明に耳を傾けていましたが、表情は硬く、言葉少なでした。
お泊まりは、海沿いに建つ市内随一の下関グランドホテル。
とうとうこの日一日、取材した記者には「佳子さまスマイル」を見ることはかないませんでした。

     ◇

翌7日は今回の訪問のメイン行事、海洋研究開発機構の海洋調査船の命名・進水式がありました。
機構の命名・進水式には紀宮さま(黒田清子さん)が1988年と2002年に出席したことがありました。
清子さんが2005年に結婚して皇族を離れたことから、機構の希望も踏まえ、今回は佳子さまに決まったそうです。
三菱重工業下関造船所の会場に、報道陣は一足先に入りました。
全長100メートル、総トン数5800トンに上る巨大な船が目に飛び込んできました。
紅白の幕や万国旗で彩られ、造船所の吹奏楽部の生演奏が会場の雰囲気を盛り上げていました
そして、佳子さまの登場です。この日は水色のスカートスーツに白のハイヒール姿。
前日とは打って変わって長い髪を一つにまとめ、初夏の風を思わせるさわやかさでした。
600人以上の大歓声に迎えられ、式台の中央へ。凜(りん)とした立ち姿は、
はたちの大学生とは思えない風格をまとっていました。
船の名称が発表され、船首両側の紅白の幕が取り除かれました。そこには「かいめい」の4文字。
続けて所員から進水の準備が整ったことが報告されます。いよいよ佳子さまの出番です。
北村徹所長から小型のおのを手渡されると、両手で持って迷うことなく振り下ろしました。
張り詰めていた紅白のロープは勢いよく跳ね上がり、シャンパンのボトルが船体に当たって割れました。
くす玉が開いて色とりどりの紙吹雪やリボンが風に舞い、吹奏楽部の演奏に乗って船が進み出します。
でも、佳子さまは少し落ち着かなそうな様子でした。会場中が船を見つめる中、
報道陣の視線は一挙手一投足も見逃すまいと佳子さまに注がれていたからかもしれません。
場所をグランドホテルに移し、休む間もなく祝賀会です。まずはシャンパンで乾杯。
ほどなく関係者との懇談が始まりました。公募で選ばれた「かいめい」の名付け親、
小学3年の安井槙人さん(9)と話し始めた時です。「スマイル」が出ました。
佳子さまは腰をかがめて視線の高さを合わせ「小さいときから船が好きなの?」
「どんな理由で『かいめい』とつけたの?」などと質問。安井さんがこの日ちょうど誕生日を迎えたこともあって、
「おめでとう!」とお祝いしたそうです。
「やさしく話してくださったので、とてもいい方だと思いました」。安井さんは佳子さまの印象をこう教えてくれました。
でも、おのでロープを切った場面は「やさしそうな佳子さまがあんなにバーンってやるのがちょっとびっくりした」とも。
ちなみに、「かいめい」と名付けた理由は「深海のなぞを『解明』する船になってほしいから」と話していました。
祝賀会関係者によると、佳子さまは終始にこやかに話をしていたとのことです。
安井さんが弟の悠仁(ひさひと)さま(8)と同じ学年ということもあったかもしれません。乾杯のシャンパンには口をつけなかったそうです。
グランドホテルを車で発った佳子さまは、山口宇部空港(宇部市)から帰京しました。
よほど疲れたのでしょう。飛行機の中では窓にもたれかかるようにしていたそうです。

     ◇

山口の旅に先立って、佳子さまは5月19日夜には、紀子さまと東京都千代田区の有楽町朝日ホールで、
フランス映画「奇跡のひと マリーとマルグリット」のチャリティー試写会に出席しました。
4月に国際基督教大学に入学して以降、佳子さまの公務は初めてでした。
この作品は、19世紀末、フランスに実在した2人の女性がモデルになっています。
目や耳が不自由な少女マリーが、不治の病を抱えた修道女マリーと衝突しながらも心を通わせ、
成長していくというストーリー。実際に耳が不自由なアリアーナ・リヴォアールさんがマリーを熱演しています。
紀子さまは手話に精通し、日本語のほか英語、インドネシア語の手話をマスターしています。
長女・眞子さまも2014年8月の「第31回全国高校生の手話によるスピーチコンテスト」で手話を披露しています。
佳子さまも手話を勉強中で、聴覚障害に関心を持っているそうです。
この日、佳子さまは紀子さま、全国盲ろう者協会理事の福島智さんらと並んで映画を鑑賞しました。
終了後、別室で福島さんらと懇談しましたが、残念ながら報道陣には非公開だったので、出席した関係者に様子を聞きました。
佳子さまは、目、耳、言葉の障害を克服したヘレンケラーの本を読み、この映画の少女マリーに非常に興味を持っていたそうです。
映画を通じて「手話が形あるものを伝えるのみならず、神や心など形のないものを伝えられることに
感動いたしました」と感想を話したといいます。
関係者によると、佳子さまは映画上映中、スクリーンにとても真剣に見入っていたそうで、
別室に移る時は目が潤んでいるように見えたと明かしてくれました。
映画が始まる前には「この映画はどこで買ったんですか」「ほかの会社はどうなんですか」などと質問するなど
映画製作面にも関心がある様子だったようです。
試写会場で集められた募金は全国盲ろう者協会の活動支援に充てられましたが、
紀子さま、佳子さまも募金されたそうです。(宮内庁担当・伊藤和也、島康彦)
http:// www.asahi.com/articles/ASH6Q51B1H6QUTIL02F.html

  • 最終更新:2018-08-22 13:22:03

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