佐々淳行氏

歴史通2011年5月号
【緊急特集】天変地異―国難来たる!
佐々淳行 天皇―最高の危機管理機構
皇室行事は宗教的行事としてきわめて重要な公務であり義務。
被災民激励のための行幸も国母陛下の公務。皇后は国母でなければいけない。
国民は、沈黙しているが現状では秋篠宮文仁親王妃紀子殿下はその重責に耐えられる女性皇族とみなしているのではなかろうか
可及的速やかな法改正を行なって『立太子礼』を行なって弟宮秋篠宮文仁親王を『摂政宮』とし、秋篠宮妃紀子殿下を『摂政妃』とし
悠仁親王には当代最高の傅役をつけ、幼いうちから「帝王学」をお教えして男系の将来の天皇を傅育しなければならない。
両陛下のご静養と共に皇太子妃殿下の病気療養を本格化し、その早期治療を祈り、女性皇族として徹底した傅育をすることが大切。
老躯病体ながら懸命にご公務される両陛下のお姿を見ているといたたまれない。
生涯に二度も大喪の礼を見たくはない。両陛下に休養して長生きしていただきたい。
国家危機管理の機関でもある天皇制を護持することは、日米安保堅持と共に、日本民族生存のために
不可欠な国体ではないだろうか。皇位継承の問題は内閣総理大臣がその政治生命を賭けて決断すべき義務である。
必要があれば摂政制を採用するのかしないのか「国民投票法」を改正して国民投票に附しても可及的速やかになすべき一大政治課題。
菅直人総理、果たしてその覚悟 ありや?

NEWSポストセブン
両陛下にお元気でいて頂きたい佐々淳行氏「秋篠宮を摂政に」
2011.12.01 07:00
天皇陛下のご退院で国民の間には、安堵の念が広がった。
しかし、ご入院が18日間の長期にわたるなか、皇室のあり方をめぐる議論も、これまでとは異なる展開を示し始めている。
本誌11月25日号では摂政設置についての議論を取り上げたが、さらに一歩踏み込み、
「秋篠宮を摂政に」と問題提起する人がいる。元内閣総理大臣官房・内閣安全保障室長で、
昭和天皇の大喪の礼の警備担当実行委員も務めた佐々淳行氏がいう。
「両陛下には十分休養をとられ、いつまでもお元気でいて頂きたい。そのためには摂政宮の設置が急務です。
しかし、皇太子殿下は今、雅子妃のご病気のことで目一杯になられている。
大震災に際しても、ご高齢で病気でも苦しまれている両陛下が被災地へのお見舞いに何度も行かれているのに、
皇太子殿下、そして雅子妃のお見舞いの回数は少なかった。
まず雅子妃に本格的に療養して頂き、皇太子殿下も雅子妃の治療に専念されてはどうか。
摂政を秋篠宮殿下にお任せし、雅子妃が回復されてから、再びご公務に戻られればいいでしょう」
摂政とは、日本の歴史においては、天皇の勅命を受け、天皇に代わって政務を執る職をさす。
現在その資格者については皇室典範で定められており、順位は【1】皇太子、皇太孫、
【2】親王および王、【3】皇后、【4】皇太后、【6】太皇太后、【7】内親王および女王、と決まっている。
皇室典範の第18条で「摂政又は摂政となる順位にあたる者に、精神若しくは身体の重患があり、
又は重大な事故があるとき」は、皇室会議の議によって
「摂政又は摂政となる順序を変えることができる」とも規定されているが、現状では秋篠宮が摂政に就任することはできない。
そこで佐々氏は、秋篠宮が摂政に就任できるように皇室典範を改正すべきだとも主張する。
「そして弟君の秋篠宮文仁親王を『摂政宮』とし、秋篠宮妃紀子殿下を『摂政宮妃』とする。
悠仁親王には当代最高の傅役(かしずきやく)をつけ、幼いうちから帝王学をお教えすべきです。
男系の将来の天皇を傅育(ふいく)しなければなりません」
天皇家で唯一の男系男子の孫として、将来の皇位継承が確実な悠仁親王には、
早いうちから帝王学をお教えする必要がある。そのためにも秋篠宮殿下が摂政宮となり、
紀子妃殿下も摂政宮妃として皇后学を学んでおくべきというのである。
佐々氏はこの持論を講演でも話し、雑誌にも寄稿している。
佐々氏が秋篠宮摂政論を考えるようになったのは、1975年に起きた「ひめゆりの塔事件」での経験が原点だという。
当時まだ皇太子夫妻だった天皇陛下と美智子皇后が、沖縄海洋博開会式に際し、
昭和天皇のご名代として皇族として戦後初めて沖縄を行啓された時のこと。
ひめゆりの塔を訪れた際に、過激派が火炎ビンを投げつけた。
この時、警備責任者を務めていたのが佐々氏だったのである。
「爆発した火炎ビンの炎は数メートルのところまで近づきましたが、その時の両殿下のお振る舞いは忘れられません。
事件の現場にはひめゆりの生き残りの女性もいたのですが、陛下は警備の者を振り払ってその女性の元に戻り、
『ご無事でしたか?』と心配して声をおかけになったんです。
また妃殿下もご立派で、何事もなかったかのような表情で行事を続けられた。
現在の状況では、こうした両陛下のお気持ちを継ぎ、国民の支えとなれるのは秋篠宮殿下です。
そして国母たる皇后の任に耐えるのは紀子様ではないでしょうか」(佐々氏)
※週刊ポスト2011年12月9日号
http:// www.news-postseven.com/archives/20111201_72862.html


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

「国家の実力」
「今は天皇の権威が低下しているでしょう。
これでは非常時に天皇を担ごうと思ってもできません。
そうなってしまった原因は、残念ながら雅子妃殿下にあるというのが多くの人の見方だと思います」
「皇室がマイホームになられては困るのです。
皇太子が平成16年の欧州歴訪前の記者会見で
『雅子のキャリアや人格を否定するような動きがあった』という発言をされましたが、あれが決定的にまずかった」
「厳しい言い方ですが、甘やかしているんですね。」

「秋篠宮殿下が天皇陛下の摂政になり、紀子様を摂政妃とするのです。」
「不適応症で調子のいい時だけご公務されるというのでは国母陛下は勤まらないでしょうからね。
まあ、そんなことを書いたら、さっそく脅迫状がきたというわけです」

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

「菊の御紋章と火炎ビン」文庫版 あとがき
「天皇制についても、女帝を認めるのか否か。
また、皇位継承順位についても、考えたくもないことだが、万が一にも、今上天皇崩御の際、ご体調不安定な皇后、
そして次の次の代に女帝の可否が必ず問題となる現行の継承順位でいいのか、
それとも大正=昭和の交代期に行われたような摂政制を援用するのかが、
遠からず大きな「国体」にかかわる選択となる。」




2018.10.10 15:50
佐々淳行氏死去 初代内閣安全保障室長
産経新聞の正論メンバーで初代内閣安全保障室長を務めるなど危機管理、
安全保障のパイオニアとして知られる佐々淳行(さっさ・あつゆき)氏が10日、老衰のため死去した。
87歳だった。通夜は15日午後6時、葬儀・告別式は16日午前11時半、
東京都港区南青山2の26の38、梅窓院で。喪主は妻、幸子(さちこ)さん。
昭和5年、東京都出身。東京大学法学部卒業後、29年に国家地方警察本部(現・警察庁)に入庁。
警備や公安畑を歩み、44年の東大安田講堂事件、47年のあさま山荘事件など戦後史に残る重大事件で対処に関わった。
香港領事、三重県警本部長などを経て旧・防衛庁へ出向。防衛施設庁長官などを歴任した。
61年には内閣総理大臣官房・内閣安全保障室長に就任。平成元年の昭和天皇大喪の礼の警備を最後に退官した。
現役の防衛庁幹部当時に出版しベストセラーとなった「危機管理のノウハウ」(PHP)などの著作を通じ、
日本社会に「危機管理」という概念を定着させ、公職退任後も新聞やテレビなど多方面で活躍。
テロや災害から国民の生命・財産を守り損害を減らす備えの重要性を訴え続けた。
国益を重視する現実的な政策提言は歴代政権にも影響を与え、
平成13年の米中枢同時テロでは米国の対テロ活動を後方支援するため、
自衛隊のイラク派遣を進言。小泉純一郎政権によって実現された。
正論メンバーとしても長く正鵠(せいこく)を射る持論を展開、19年には第22回「正論大賞」を受賞した。
http:// www.sankei.com/life/news/181010/lif1810100019-n1.html

  • 最終更新:2018-10-10 17:00:24

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