付き添い登校2

女性セブン2011年3月31日・4月7日合併号
皇太子妃雅子さまはなぜ同伴登校をお続けになるのか
■“特別扱い”が呼んだ不協和音
持参した折りたたみ椅子に座る雅子さんはおもに国語の授業を参観し、他の時は入り口にSP2名が立つ別室で待機。
「甘やかしすぎ」「他の児童にストレスが」と関係者や保護者から批判的な声が上がりながらも、頑ななまでに付きそう姿勢を貫き通した。
4月末の会見で、「雅子さまが愛子さまの付き添いをされていることで、大変なお疲れがあると思う」と、
野村東宮大夫は5月下旬開催の「みどりの愛護のつどい」への公務欠席を暗にほのめかした。
5月7日に開かれた初等科の「父母総会」も雅子さまは欠席。これまで学校行事に熱心だった雅子さまの欠席に学習院関係者は驚いた。
そんな雅子さまの体調と比例するかのように、愛子さまの登校状態は徐々に悪くなり、
6月に入ると3時限目と4時限目の授業に出ると、再び昼食をとらずに下校する日が多くなる。
水泳の授業も休み、写生大会や遠足も欠席。学校行事に参加できない状態で、お友達との距離ができてしまうことが懸念された。
実際、愛子さまは2、3人の限られた友達とだけ遊ぶことが多かった。いじめ問題が公表されたことで、
保護者の中には「なるべく愛子さまに近づかないように」と子どもに話している親もいたからかもしれない。
加えて学習院側は、休み時間にも愛子さまの周りに5、6人の教師がついて護衛するという索をとった。
このころから保護者から不満の声が噴出。学習院の愛子さまへの特別扱いがさまざまな不協和音を呼ぶこととなった。
そんな状態の中で、現状打開のため、愛子さまの海外留学が水面下で検討されているとも伝えられてきた。
だが、7月に入ると、少しずつ愛子さまに笑顔が戻り始める。休み時間にクラスメートとプロレスごっこ、ドッジボールなどを楽しむ姿が見かけられている。
そして迎えた7月23日の1学期終業式。
主管と話し合いをする雅子さまを学校に残し、愛子さまは一人で猛ダッシュで下校。
■その日、愛子さまは午後2時過ぎにご登校を
夏休み。雅子さまは愛子さまのために、初めてとなる海水浴の他、花火大会、美術館巡り、登山とさまざまなことにチャレンジする機会を設けられた。
それが項を奏したのか、2学期が始まると、少しずつ変化が見られるようになる。
これまで登下校時は必ず雅子さまと手を繋いでいたのだが、それをやめられたのだ。
それどころか愛子さまは帽子を目深にかぶり、俯き加減で雅子さまに声を掛けることも少なくなった。
また、いじめ問題以降、ほとんどコミュニケーションをとることがなかった男子児童とも楽しそうにおしゃべりする姿なども増え、
学校行事への参加も増えていく。
10月の運動会では3年連続のリレー選手に選ばれた。フォークダンスでは男子児童と手を繋いだり、
応援の時はお友達と映画『E.T.』のように指先と指先を合わせ、笑顔を見せられた。
「初等科祭」で3年生は合唱を披露したが、愛子さまはリーダーシップを見せ、本番前には
お友達を東宮御所に誘って練習をすることもあった。行き帰りは別だったが、
12月には小田原のかまぼこ工場へ社会科見学に。確かな進歩を感じさせた。
笑顔を取り戻す愛子さまだが、その一方で雅子さまの学習院への不信感は払拭されることはなかった。
10月20日、皇后美智子さまのお誕生日。雅子さまは午前中、お祝いのために皇居に参内。
この日、愛子さまが登校したのは最後の授業となる6時限目直前の午後2時過ぎのこと。
雅子さまは自分が戻ってくるまで愛子さまを待たせていたという。
結局、自分がいなければ愛子さまを学校へ行かせることは出来ないという雅子さまの気持ちを如実に表す結果となった。
どんな批判を浴びても、愛子さまのことは他人任せにしたくない、雅子さまの誰をも寄せ付けぬほどの信念を示す結果となった。
昨年12月、’08年4月から愛子さまの養育専任の東宮女官として務めていた小山さんが退任。
東宮女官への人事は、雅子さまのたっての希望で実現したといわれている。
それがわずか3年足らずで退任となったわけだが、ある皇室関係者がその真相についてこう打ち明ける。
「教育方針の違いから、雅子さまと小山さんの間がぎくしゃくするようになり、決定的となったのが愛子さまのいじめ問題を巡ってのこと。
小山さんは状況を冷静に判断したうえで、“一学期をもって、付き添いをおやめになられては” と、雅子さまに進言したといいます」
だが、雅子さまは小山さんの意見を受け入れることはなかった。そこで小山さんは、
“自分がいる意味が無い、お役目が果たせない”という思いを強くして、その職を辞したといわれる。
3学期。愛子さまはこれまでより1時限早い2時限目から最後の6時限目まで在校する日も多くなり、3日に1日は徒歩で下校するようになった。
同伴登校は愛子さまたっての希望であるともいわれる。
だとすれば雅子さまがどこかでその思いを断ち切らない限り先には進めない。
しかし、これまで述べてきたように、雅子さまが同伴登校に固執されるのはそれだけではなく、さまざまな思いが複雑に絡まり合ってのことなのだ。
始業式直前の4/7、皇太子ご夫妻は学習院と2時間話し合い。
新学期から3年生の主管(担任)4人のうち2人をベテランの経験者へ、
クラス替えでは愛子さまのクラスにおとなしい児童を集めることを院側は説明したが、夫妻は納得しない内容。
しかも本来ならば責任者の科長(校長)が対応すべきところを教頭と女性教諭のみだったことに、
雅子さまは"学習院はこの問題を軽視している"と不信感を強める。
4/16、3年生保護者を対象にした父母会。
どの教諭からもいじめ問題について言及はなく唯一、三浦科長も
「いろいろ言われているようだが今後も教育方針は変えるつもりはない」。
これまでの話し合いは何だったのかと思うような"宣告"。
学習院への不信感に加え雅子さまには、東宮職に対する疑念から晴れない思いが膨らむ。
当初、東宮大夫は「対応策について学習院と話し合いしている」と会見。しかしなんら伝わっていなかった。
この件で東宮職への不信感は拭えないものになったと言っても過言ではない。

週刊女性2011年4月26日
「東宮職からの希望もあり、ドッジボールなどに他との児童との交流の機会を設けることに協力してまいりました。
保護者の付き添いについてはいつでも可能なので、学習院から特にお願いすることはないと思う。(東園理事文書回答)

週刊新潮2011年4月21日号
「全校生徒が集まる式に出るのは1年ぶり。“登校への不安感”をやっと克服されたのでしょう。
ただ、もう4年生というのに。通学に相変わらず雅子さまが付き添っているんです。
不登校問題が顕在化した昨年来、雅子さまは何よりも付き添い通学を優先されてきましたから、
今後、被災地訪問が本格化しても、学校のある日は無理、ということになりかねません。」(宮内庁担当記者)
「最近では、愛子さまは校門をお母様ではなく友達と一緒に出てきますし、
友達と別れた後、すたすた帰ろうとして雅子さまが慌てて追いかけることも。
昨秋の初等科祭でもずっと友達と校内を回っていて、ご両親とは別々でした。
雅子さまの方が“子離れ”できていないように見えますね。」(ある皇室ウォッチャー)

女性セブン2011年4月28日号
7時40分。正門前に警備担当の車着。1年ぶりの通常登校か、と期待される。
8時20分、正門閉鎖。8時30分。雅子さま、愛子さまを乗せたワゴン車着。
各クラスで3月に行えなかった修了式後、正堂で始業式。
3月までの雅子さまは折りたたみ椅子持参で教室にいたが、この日は教室にも正堂にも付き添わず、
愛子さま下校時まで貴賓室で待機していた。

女性セブン2011年5月5日号
雅子さまの付き添いは変わらないが新年度から大きく変化した点として、雅子さまは教室で授業参観をせず、
下校時まで別室で待機している。愛子さまは今まで別室で雅子さまと昼食を食べていたが、
新年度からは4時限目が終われば友達と食堂へ行き食べている。

サンデー毎日2011年6月5日号
昨年まで教室の後ろで授業参観していた雅子さまは別室で待機するようになった。が、
給食の時間になると、給食室の前の廊下で愛子さまの様子を見守っていることが多いようだ。

週刊女性2011年6月7日号
1時間目からの登校も見られるようになったが、5月20日も2時間目が始まる9:45ぎりぎりに
車で付き添われ登校。雅子妃はそのまま同伴

週刊新潮2011年6月9日号
愛子さまの不登校が明らかになって1年と3ヶ月。今も雅子さまによる送迎と“一人授業参観”は続いている。
その期間は、優に350日を超えようとするほど。
「登校時間も今年に入ってからは2限目まで早まっています。しかも最近になって2回、1限目から出席できた日があったんですよ。」(学習院関係者)
「1回目は5月6日。ただし、この日は正規の授業ではなく、全学年による『1年生を迎える会』でみんなで歌ったりするだけでしたがね。」(同)
2回目は25日。この日は普通の授業日で、不登校になって以来1限目から授業に出席できたのは、実に340日ぶりという“快挙”だった。
「1限目は8時50分からですが、この日は学校到着が8時48分なので、授業そのものには数分の遅刻でした。
それでも、とにかく1限目から出席できたんですから、大きな前進です。」(同)
ちなみに、2限目から出席する際も、授業開始は9時45分なのに何故かいつも数分だけ遅れてくるのだとか。
「普通、授業中にガラガラと教室のドアが開いたら子供は注目するし、される方も嫌でしょう。
だから愛子さまもせめてあと5分早く来られればいいと思うんですがね。」(同)
「(雅子さまも)以前は、登校してから下校するまで授業中は教室の後ろに座ってずっと見ておられたのが
最近は、給食の時間も含めて貴賓室で待っていることが増えたそうです。それに、校庭で愛子さまが
遊んでいる際も、目に入るところに雅子さまが見当たらないことも増えているらしい。」(同)
いずれも、愛子さまの回復ぶりを示すよい兆しには違いない。
「(下校の様子は)お二人とも塞ぎ込んでいるというか、元気がないというか、
あまりいい表情ではない。何だか重い空気が漂ってる感じなんですよね。」(皇室ウォッチャー)
「最近でも、愛子さまが登校を渋っているような素振りを見せる時がある。
例えば5月9日のこと。9時50分に登校しましたが、いつものように先に雅子さまが車から降りて
歩き出したのに、愛子さまが出てこない。それで雅子さまも声をかけたんですが、それでも愛子さまは2、3分、出てこなかった。
渋々出てきた後も俯いて足を引き摺るようにして歩き、足取りが重くて時々立ち止まる。
雅子さまが背中に手を添えて、ようやくとぼとぼと歩き出すって感じで、何だか見ていて切なくなってしまいました。」(別のウォッチャー)
さらにその翌日も同じような光景が見られ、しかも、校門をくぐってからは教室の方ではなく、2人とも貴賓室のある方向に入っていったという。
どうやら、まだ完全とは言えない状態が続いているようなのだ。
東宮関係者の多くが、むしろ愛子さまの不登校より雅子さまの回復の遅さに不安を感じているのだ。
「愛子さまが2限目からでさえ微妙に遅刻なさるのも、朝起きるのが辛い適応障害の
雅子さまが原因ではと言われています。実際、愛子さまが1限目から出席できても、
野村大夫は“付き添いの有無が重要”と言った。つまり、雅子さまの付き添いが続いている限りは異常な状態だということです。」(前出宮内庁担当記者)
「本当の問題は、雅子さまが子離れできるかどうか。もしも愛子さまと糸川さんが
良好な関係を作れても、雅子さまがそれを嫌がり、巻き戻しをかけてしまえばまったく意味がなくなってしまう。
母親というのは、すべてをぶち壊せる力がある立場にいますからね。」(教育評論家 長谷川孝氏)

女性セブン2011年6月30日
6/14、学習院大学で初等科児童を対象にした芸能祭が開かれ、雅子妃と愛子様も出席。
1、2、3、6年生のみ保護者同伴が許可されていたが、雅子妃は4年生の愛子様に付き添い。

女性自身2011年7月12日号
愛子さま お一人登校を生んだ3日前の母娘「予行演習」!
実は3日前の22日、雅子さまと愛子さまは、お一人登校の“予行演習”を敢行していた。
22日も、管弦楽部の朝練習がある日だった。
「朝練は、平日は7時半、土曜日は8時からスタートします。愛子さまも何度か参加されていましたが、
その際の付き添いはこれまで皇太子さまが担当されていました」(学習院関係者)
慣れない早朝の徒歩登校に緊張しているのか、愛子さまはうつむき加減。
そして初等科正門の20メートルほど手前で、雅子さまは愛子さまの顔を近づた。
「愛ちゃん、ここからは一人で行くのよ」
そう激励したのだろう、愛子さまはうなずき、雅子さまに微笑んで、駆け足で校内へ。
「この日の徒歩登校は予定されていなかったのでしょう。雅子さまが急きょ決められ、
初等科付近の警官たちが警護のために急いで駆けつけたようです。
雅子さまのお付き添い登校が始まった昨年の3月8日から数えると480日ぶりの出来事でした」
(皇室ジャーナリスト・松崎氏)
22日の徒歩登校で愛子さまは自信をつけられたようだ。
「23日、24日も、お車での登校でしたが、愛子さまは1時間目から出席されました」(学習院関係者)
皇太子さま不在の間に3日間連続で愛子さまは1時間目から出席。
これも不登校問題発生以来、初めてのこと。
後押ししたのは雅子さまの並々ならぬ熱意だったに違いない。
「皇太子さまは、管弦楽部の朝練習に積極的に付き添われていましたが、それも、
“部活動が、登校しぶり解消のきっかけになれば”と、お考えになったからだと思います」(渡辺みどり氏)
愛子さまは管弦楽部の活動にはとても積極的。
入部を決めた直後の5/25には不登校問題発生以来、初めて1時間目から出席している。
「雅子さまも皇太子さまの考えをくまれたのでしょう。土曜日練習のあった25日には、
“今日は一人で行ってみたら”と、お勧めしたのだと思います。
愛子さまも、『パパがいない間も、ちゃんと練習に出るから心配しないでね』と、
皇太子さまに約束されていたのかもしれませんね」(渡辺みどり氏)
「お一人で登校されたことは、愛子さまにとって大きな成功体験。このことを皇太子ご夫妻が褒めることで、
愛子さまはさらに自信を深めるだろう。今回の件は、雅子さまにとっても成功体験になると思う。
この1年4ヵ月間、ずっと付き添いを続けたことがまさに実を結んだ。
雅子さまの自信にもなり、ご体調回復へのプラスになると思う」(精神科医・香山氏)

週刊朝日2011年7月15日号
いま、雅子妃や東宮関係者にとって最大のテーマが「お付き添いからの脱却」
「雅子妃がそばにいないと、愛子様が学校へ行きたがらない。
教室を移動する授業以外、ずっと雅子妃が付き添っている」同関係者
だが1年以上が過ぎ、愛子様に改善の兆しが
1時限からすべての授業に出る回数が6月に入って増え、管弦楽部の朝練に雅子様の付き添いなしで登校(6月25日)

女性自身2011年7月19日号
また、6月25日には愛子さまが1年4ヵ月ぶりに付き添いなしで登校されました。
このことも母としての自信になっているでしょうし、
“私も頑張らなければ”という前向きなお気持ちになられていると思います」
愛子さまは6月29日にも、雅子さまの付き添いなしで早朝登校。管弦楽部の朝練に参加。
「愛子さまは特に管弦楽部の活動がある日はお元気ですね。29日はお帰りになる前に、
雅子さまが初等科にお迎えにおみえになり、一緒に歩いて下校されました。翌日は、2時間目から
雅子さまと一緒に歩いて登校されましたから、登校状況は安定しているわけではありません。
しかし、改善の方向に向かっているのは間違いないと思います」(ある学習院関係者)

週刊文春2011年8月4日号
ついに皇太子が「付き添い登校」
「8時前に殿下と愛子さまがご一緒に徒歩で登校されました。1時間ほどして、
雅子さまがおいでになり、殿下と入れ替わりました。」(皇室ジャーナリスト)
管弦楽部の練習が始まった6月以降、主に朝練のある水曜と土曜には、
皇太子が替わられることがたびたびある。小誌が確認しただけでも7回。
パターンとしては、午前7時台に皇太子が“付き添い登校”をされ、雅子さまは少し遅れて学校へ。
「『雅子さまだけでなく、ついに、皇太子さまも…』と少し戸惑う父兄もいるようです。」(同ジャーナリスト)
「25日、東宮ご一家は御所を訪れられ、4月以来、久しぶりに両陛下とご昼餐をともにされました。
ただ本当に両殿下とお会いになる回数が少なく、
愛子さまにかかりきりになりすぎではという気がしてしまうのです。」(宮内庁関係者)

週刊新潮2011年8月4日
ひとりで帰れた「愛子さま」-回復は確実に進んでいるよう
不登校問題から1年5ヶ月。相変わらず、愛子さまは雅子妃付きっ切り、
お好きな時間に車で登下校する日々が続いている
7月22日、愛子さまは雅子妃を残して一人で出てきた。
校門で友達に"バイバーイ"と手を振って赤坂御用地まで5分の道を一人で歩いて行った。
一人で帰れたのは初めてではないがとても珍しいこと。(愛子さまウォッチャー)
「この朝、愛子さまを送っていったのは皇太子さま。その1時間後、雅子さまが入り、
皇太子さまは入れ替わるように帰って行った。
二人はまだ愛子さまを校内で一人にさせたくないと思っているのだろう」
この1学期、愛子さまはクラブの朝練がある日はちゃんと遅刻せずに学校に来ている。
でもその時は決まって皇太子が送ってきていた。
雅子妃は朝、なかなか起きられないないのではないだろうか。
雅子妃の回復にもまだまだ時間が掛かるだろう。
昨年は登山に海水浴、牧場、動物園見学と夏休みを満喫した皇太子一家。
この夏もきっと楽しい予定がたくさん詰まっているに違いないが――。
あんまり楽しすぎて、また学校が億劫にならなければ良いけどなんて、ついつい要らぬ心配をしてしまうのだ。

テーミス2011年8月号
「7月1日に野村東宮大夫の退任が発表されたことを考えると、NHKに“一人登校”を撮らせたのは
“出来レース”だった可能性もある。愛子さまが一人で通学している姿を国民に印象づけて、野村さんが一応、
“不登校”の幕引きを図ったのではないかと、勘ぐられるくらい不自然なタイミングだったと思う」(皇室関係者)

宮内庁長官、雅子さま付き添い「心配している」
宮内庁の羽毛田信吾長官は22日の定例記者会見で、
皇太子ご夫妻の長女で学習院初等科4年生の愛子さま(9)が今月半ば、
初めて泊まりがけの校外学習に参加されたことについて「非常によいことだ」とする一方、
雅子さまが現地に出向き、様子を見守られたことについて「通常の形ではなく心配している」と述べた。
愛子さまは、昨年2月に通学への不安を訴えてから、皇太子さまや雅子さまに付き添われての登校が続いており、
発言はこうした状況が長期間続いていることも含め懸念を示したものと見られる。
小町恭士・東宮大夫は22日の定例記者会見で、雅子さまは距離をとりながら校外学習を見守られたとした上で
「(愛子さまは)全ての行事に参加され、よい方向に向かっていると思うが、今の状況が正常だとは思っていない」と説明した。
(2011年9月22日19時46分 読売新聞)
http:// www.yomiuri.co.jp/national/news/20110922-OYT1T01099.htm?from=main6</span>


テーミス2011年9月号
最近は“選択性授業参観”をしている。雅子さまが1学期中毎回欠かさず参観したのが英語とプール。
特に英語教育に熱心なようで、東宮御所内でも環境を整えている。

テーミス2011年10月号
皇太子さまが付き添った2学期最初の3日間、愛子さまは遅刻せずに登校
9月6日午前8時前に登校(始業式)
7日と9日は午前7時半前(管弦楽部朝練参加)
しかし、雅子さまが付き添った9月8日は2時間目から登校。
愛子さまの通学問題は改善どころか、さらに深刻化しているといっていい。

女性セブン2011年10月13日号
全面協力の陰にもうひとつの“同伴登校”
今回、千葉・館山から山中湖に訪問先が変更になったわけだが、この行き先選定にも学習院は苦悩したという。
そんな学習院のために一肌脱いだのが、富士急行の堀内光一郎社長(51才)だった。
同社の御曹司として生まれた彼は、高校からは慶應へと進んだものの、小中は学習院で学んだOB。
大学卒業後は、長期信用銀行に勤務した後、29才の若さで富士急行の社長に就任している。
学習院中等科時代には、当時1学年上に在籍されていた皇太子さま(当時・浩宮さま)に、
学校の廊下でゴムボールをぶつけてしまったという逸話も持っている。
また堀内氏の妻・詔子さんは、かつて美智子さまの女官長を務めた故・牧野純子さんの親族で、父親は天皇陛下と学習院時代の同級生。
さらに詔子さん自身も、皇太子さまのお妃候補として名前が挙がったことがあり、皇室とは浅からぬ縁がある。
「当初、校外学習に雅子さまが同行されるかどうか不透明な状態でした。
だからどんな状況になっても、学校側の事情を理解して、対応してくれる、信頼できる施設、でなければならなかったんです。
そのため、学習院OBの堀内氏が社長を務める同社の本拠地である山梨に決めて、
バス、ホテル、休憩するレストランなどすべてを委ねたそうです」(前出・学習院関係者)
実際、前述した初日には昼食を取ったレストランや宿泊したホテルもすべて富士急行の系列だ。
堀内氏が全面的に協力した背景には、ある事情があると彼の同級生のひとりが語る。
「堀内くんの母親も、彼が初等科のころ、雅子さまと同じように、ほぼ毎日同伴登校をしていたんです。
教室に来ることはなかったですけど、正門近くの木の下で、雨の日も風の日も立って、
授業が終わるのを待っていましたね。彼はいじめられていたわけではなかったですけど、
お母さんのほうがわが子が心配で仕方なかったんじゃないでしょうか。
そんな母親の姿を見てきていますから、雅子さまに自分の母親の姿を重ねて、学習院に協力したんでしょう」
滞在中に雅子さまが堀内氏と会話を交わされたかどうか不明だが、保護者のひとりがこんな懸念を口にする。
「ご自分以外にも長期同伴登校を続けていた保護者がいたと知ったら、
雅子さまは心強く感じて、今後も継続しようと思われるのではと、つい思ってしまいます」

サンデー毎日2011年10月16日
27日は三浦科長が表に出てきたが雅子妃は現れず。何らかの理由で"ドタキャン"したらしい。
妃が来校すると警備が厳しくなる。学習院や児童に迷惑を掛けているのでは(学習院関係者)
雅子妃が何をしたいのかわからない。(保護者)
雅子妃に「(付き添いに)お出ましください」と言ったことはない(三浦科長)

産経皇室ウイークリー(199)
愛子さま「お付き添いなし」続かず 
2011.10.1 07:00
学習院初等科に通う皇太子ご夫妻の長女、敬宮(としのみや)愛子さまは9月27日、ご夫妻のお付き添いなしで、登下校された。
通学への不安を抱える愛子さまが通常の授業の日にお付き添いなしで登下校されたのは、昨年2月下旬以来、1年7カ月ぶり。
しかし翌日以降は、風邪のため欠席されたり、途中から皇太子妃雅子さまが付き添われたりする日があった。
宮内庁の小町恭士東宮大夫は30日の定例記者会見で、27日に一人で登校された背景について言及。
愛子さまが山中湖での校外学習に楽しく参加できたことが「宮さまの自信につながり、
プラスの一歩になられたものと思います」とし、いい形で校外学習に参加できたことが
「お付き添いなし」につながったのかもしれないという見解を示した。
その一方で、今後の通学については「ずっとこのまま(お一人で)いくには、まだ早い」
「様子を見守る必要がある」と指摘。「まだ10歳にも満たない一人のお子さまの問題」であり、
通学問題がたびたび報道で取り上げられることが、病気療養中の雅子さまの心労になっているとして
「今こそ静かな環境でのご通学の確保が非常に重要」だと改めて強調した。
また、先週の定例会見で、愛子さまの通学問題について国民が心配しているという記者会の指摘を受け
「国民に心配を頂いていることについては両殿下も大変有り難く思われております」と回答した。
山中湖の校外学習に雅子さまが付き添われた理由についても
「宮さまからお付き添いがあればいらっしゃりたいというお気持ちがそもそもございまして」と、愛子さまのご要望だったことが明らかにされた。
http:// sankei.jp.msn.com/life/news/111001/imp11100107000001-n1.htm

週刊朝日2011年10月14日号
転換期 愛子さま「一人登下校」の立役者は愛犬由莉だった…
9月27日、昨年3月以来、皇太子さまか雅子さまの付き添いのもと
学習院初等科に通学していた4年生の愛子さま(9)に、ついに大きな転換期が訪れた。
お帰りは車だったものの、1年7カ月ぶりに愛子さまが一人で登下校されたのだ。
この快挙には意外な立役者がいる。一昨年、皇太子ご一家に引き取られた柴犬に似た雑種の由莉(ゆり)だ。
「2時間目以降の登校は雅子さま、早朝の登校には皇太子さまが付き添って後で
雅子さまとバトンタッチというパターンが定着していました。
でもその日、ご両親の付き添いはなく、愛子さまは由莉を連れた側近たちと歩いて登校された。
愛子さまは、後ろを歩く由莉をときどき振り向かれたり、かがんだりしてお世話を焼かれ、
校門の前で小さく“バイバイ”すると、軽やかな足取りで校内に入られました」(皇室担当記者)
だが、愛子さまは28、29日は風邪のため、2日連続でご欠席。
30日は2時間目から車で側近と登校したが、雅子さまも4時間目から合流。
“一人登下校”は一回で終わり、付き添い登校は復活した。
「雅子さまがいらっしゃらなくても、愛子さまは何もお変わりなかったのに……
2学期中には清掃工場への社会科見学が予定されていて、学校側は雅子さまのご同行を当然、予想しているようです。
雅子さまのお付き添いはエンドレスなのかしら(苦笑)」(別の学習院初等科関係者)
雅子さまといえば、9月14日から16日までの日程で行われた愛子さまの山中湖での校外学習にも
“同伴”したことで物議を醸したばかり。
愛子さまが一人で登下校される日は、近いのだろうか。

週刊女性2011年10月18日
愛子様「おひとり登下校」1日だけの真相
愛子様が27日、一人で登下校したことは言葉は悪いがスタンドプレーに見えてしまった。
(同伴登下校を快く思っていない学習院関係者)
28、29日は欠席。30日は9:35ごろ、車を使い一人登校。
11時半ごろ雅子妃も学校へ、16時に二人で帰宅。
28日は7時前、29日は9時前に校門前に先遣隊の車が到着するも、30分ほどでUターン。
当初は登校予定?風にもかかわらず無理をされようとした?
27日のおひとり登校時には愛犬の由莉が付き添うが下校時には見当たらず、30日はひとり。
ちょっとした挫折が原因かもしれない(別の学習院関係者)として、
愛子様は昨年までの3年間、紅白リレーの選手に選ばれたが今年選ばれたのは学年対抗リレー。
点の付かないデモンストレーション的な競技。
愛子様の登下校は雅子妃の"ご都合"で決められているのではないか。

女性セブン2011年10月20日
愛子さまアニマルセラピー登校失敗の後遺症-雅子さま代わりに愛犬由莉を
9月27日のその当日、雅子さまはある秘策を用意。
それは自分の代わりに由莉を同伴登校させること。
登校中、愛子さまの後ろには由莉のリードを持つ岡山いち東宮女官長事務代理の姿が。
愛子さまは由莉の歩調に合わせて歩いたり時折由莉の方に顔を向けたりとそれは嬉しそう。
校門前に到着すると由莉に小さくバイバイと手を振ったがその表情は打って変わってどこか不安げ。
「この由莉の同伴登校は愛子さまの登校問題を解決するために雅子さまが考えられた
アニマルセラピーの一環だったと思われます」(皇室関係者)
9月27日に1年7ヵ月ぶりに一人登校出来たことをきっかけに
愛子さまが普通の学校生活を取り戻すのではないかと期待は高まったが事態は好転するどころか意外な方向へ。
10月3日、8時30分ごろ門前に警備態勢が敷かれるが、
30分余りが過ぎても愛子様、雅子妃は姿を見せず。結局この日の愛子様は欠席。
今回の由莉の同伴登校ではアニマルセラピーの効果は出ず失敗に終わったようだ。

サンデー毎日2011年10月23日
「雅子さまは貴賓室で待機していることもありますが、
教室の後ろに置いたパイプ椅子に腰掛けて参観することが現在もあります。
その際、教室前の廊下にはスーツ姿のSPが二人周囲に目を光らせて物々しい雰囲気になっています。
愛子さまは仲のよい友だちと笑顔で接しています。
ただ、それ以外の児童が愛子さまに近づくことは殆ど無いようです」(学習院関係者)

女性自身2011年10月25号
この2週間ほどは雅子さまがお昼ごろにいらして貴賓室に向かうのが定番。(保護者の一人)
愛子さまが登校された数時間後に雅子さまがいらっしゃるという“母子時間差登校”という
登校スタイルに変わったのは9/22の定例記者会見で同伴校外学習に対して厳しい批判の声が多数あがってから。
実は雅子さまは愛子さまの給食の時間に間に合うように初等科に通っていらっしゃる。(皇太子夫妻の知人)
愛子さまは今年になって食堂で他の児童たちと給食を食べられるようにはなったが
未だに強い不安感を訴えている。
そのため、雅子さまは給食時間中には貴賓室にいるようにされている。(前出・知人)

週刊女性2011年10月25号
雅子さま愛子さま「連日警備大混乱」でもいい兆候!?
9月26日(月)皇太子さまと徒歩で。11時前に雅子さま合流。
9/27(火)お一人で登下校。行きは徒歩、帰りは車。
9/28(水)欠席
9/29(木)欠席
9/30(金)9時半に車でお一人。11時半に雅子さま合流。
10/3(月)欠席
10/4(火)9時過ぎに車でお一人。10時40分に雅子さま合流。
10/5(水)8時40分に車でお一人。12時半に雅子さま合流。
10/6(木)8時40分に車でお一人。11時半に雅子さま合流。
3日月曜日は警備車両が到着するも登校はドタキャン。
4日は8時前に警備車両が来て1時間目に間に合うかと思われたが9時過ぎに登校。
5日も管弦楽部の朝練があったようで7時過ぎに警備車両は配置についていたが愛子さまがお一人で来たのは8時40分。
ある警備関係者は「いつも時間が違うから」と苦笑したが、右往左往でかなり混乱しているようだ。
このような混乱ぶりは「お一人登下校」以降。
今までは登校されるときは決まった時間に警備が来て、欠席されるときは最初から警備の配置はなかった。

女性セブン2011年10月27日号
9月27日の愛子さまのおひとり登校は雅子さまが体調を崩したから。
「校外学習にまで同伴したことで周囲から批判を浴びた雅子妃が体調を崩し、付き添い出来なかったと聞いている。
そもそも雅子妃は同伴は続ける意向だと聞いている」(宮内庁関係者)
10月5日、午前8時前後に警備態勢が敷かれ30分後、前後を警護車に挟まれたワゴン車で愛子様登校。
12時半近く、やはり警護車に挟まれたワゴン車で雅子妃到着。
16時半ごろ、雅子妃と愛子様は計4台の警護車に守られて車で下校。
雅子妃は別室から教室に来て授業参観することもあるが廊下にSPが立ち他の児童が萎縮。
何とかして欲しいと思っている保護者は多い(4年生の保護者)
今の状況は特別だと感じる。(山本紫苑氏)
愛子様の強い希望による妃の付き添いは「甘やかしすぎ」「母親として当然」という正反対の反応。

週刊新潮2011年10月27日号
園遊会ご欠席でも愛子さまと給食を共にした雅子妃
13日の授業参観に、皇太子さまは朝7時50分に到着。一番乗り。4時間目終了まで参観。
12時半ごろ到着した雅子妃と入れ違いに東宮御所へ。
学習院のお昼は1時間で給食が30分。私語は禁止。
愛子様は貴賓室で雅子妃と給食やお弁当をお召しあがりになる。
愛子様は給食を戻したこともあった。
愛子さんが不登校になったのもこれが原因ではないかと学習院関係者は推測する。
その一方で「東宮からは沢山の子供たちと触れ合わせてくれとの要望がくる。
給食よりその後の遊び時間を優先しろとのことか」(学習院の父母関係者)

サンデー毎日2011年10月30日号
週明けの11、12日雅子さまは愛子さまの二時間後に登校した、放課後も連れ立って下校。
昨年以来この登校には学習院の中では賛否両論が渦巻いている。
そして13日の授業参観、この日は皇太子が午前8時から愛子さまに付き添った。
岡山いちも同行。
授業参観は一時間の前から四時間目まで。
皇太子さまはすべての授業を参観された。
教室に入った保護者が皇太子さまがいるのを見て驚いたという。
この日は平日なので父親は皇太子だけだったのだ。
授業は愛子さま得意の国語と算数、音楽、体育。
皇太子さまはにこやかに参観していたという。
「体育の授業は参観する人は少なくて保護者も半分に減っていましたが、
児童たちと一緒に校庭に出てそれまで以上に嬉しそうな笑顔でした。」(保護者)
「いつも雅子さまが使われるパイプ椅子が、この日は見当たらなかった」(保護者)
四時間めの授業が終わると皇太子さまは園遊会のため学習院を後に。
それといれ代わるように雅子さまが校舎内に入っていき、
その後一時間を学習院内で過ごし一時半過ぎに愛子さまと下校された。
お昼を愛子さまと貴賓室でとって帰ったようだ。
「愛子さまが欠席がちになってから級友たちとの給食に不安になることがあった。
現在は級友たちと過ごすことが多くなったが、この日は愛子さまをおもんぱかって、
雅子さまが一緒に給食を食べるためだけにお見えになったのではないか」(学習院関係者)
授業参観を終えた保護者とすれ違わない時間帯に来校
普段お一人で授業参観、本来の参観はされなかった。
「この状況に、どこか違和感を持たざるを得ない」(学習院関係者談)
「初等科正門を入るとすぐに左手にSPの控室。皇太子さま、秋篠宮さまが在籍の頃は
SPは控室から奥の校舎内に入ることはまずなかった。
現在の両陛下が貴賓室をお使いになることも一度もなかった。
その頃とは様子が変わってしまった」(初等科元科長小野田三男氏談)
貴賓室は雅子さまが来るようになって厳重に管理され、
初等科長でさえ雅子さまの許可がないと入れなくなっているという。
「どう行動されても構わないが、他の子どもたちの迷惑になることだけは避けていただきたい」(別の学年の保護者)

女性自身2011年10月25号
雅子さま「正午の貴賓室待機」にあった癒えぬトラウマ
愛子さまの「摂食トラブル」!
10月3日(月)は運動会の総合練習もあったので愛子さまが欠席されたのは意外。
5日はいつも楽しみにしていらっしゃる管弦楽部の朝練習もお休みになったよう。
この2週間ほどは雅子さまがお昼ごろにいらして貴賓室に向かうのが定番。(保護者の一人)
愛子さまが登校された数時間後に雅子さまがいらっしゃるという“母子時間差登校”という
登校スタイルに変わったのは9/22の定例記者会見で同伴校外学習に対して厳しい批判の声が多数あがってから。
実は雅子さまは愛子さまの給食の時間に間に合うように初等科に通っていらっしゃる。(皇太子夫妻の知人)
愛子さまは今年になって食堂で他の児童たちと給食を食べられるようにはなったが未だに強い不安感を訴えている。
そのため、雅子さまは給食時間中には貴賓室にいるようにされている。(前出・知人)
学習院初等科の給食の伝統は“しゃべらない”“残さない”。
愛子さまを脅えさせる“嘔吐事件”が起こったのは不登校問題が起こるより少し前。
給食時間中に愛子さまのすぐそばの席で同級生の女の子が吐いてしまった。
それを見た男の子たちが囃し立てたり女の子が泣き出したりと大騒ぎ
「初等科の給食時間は正直、子どもたちにとっては楽しい時間とは言えないと思う。休んだ子のおかずや
パンをもらうために並ぶ元気な子どもたちもいる一方で、食が細く“残したら駄目だ”と不安を感じる子もかなり多い。
愛子さまも体調が悪いときなどは時々吐き気を訴えられていたそうです。
時期は不明だが、実際に吐かれたこともあったと聞きました」(別の保護者)
嘔吐事件以来、“摂食への不安”が愛子さまの学校問題を長引かせる一因になっているのは間違いないようだ。
「口を大きく開ける、噛む、というように食事は普段とは違う姿を他人に見せる場です。
そのうえ、こぼしたり遅かったりすると人の目にもつきやすくなります。
そうしたことから他人と一緒に食事が出来ない『会食恐怖症』になるお子さんも思春期には多くなります。
愛子さまももうすぐ10歳になられますし、食事中の自分の姿が他の子たちからどのように見られているかも
気になっているのではないでしょうか」(精神科医・香山氏)

女性セブン2011年11月3日号
皇太子妃・雅子さま、校門で思わず保護者たちに背を向けた孤独
10月13日8時前 迎賓館前に止めたワゴン車から歩き出す皇太子さまと愛子さま
冬服に衣替えの愛子さまが手にするカバンには、運動会で1等賞の赤いリボン
授業参観のこの日、皇太子さまは4時間目まで出席。
保護者
「普段は雅子さまなのになぜ皇太子さま?」
「皇太子様は園遊会を控えてご多忙のはずだから本来なら雅子さまが出席されるべきでは?」
雅子さまが学習院に到着したのは給食の時間。
しかしいつもならさっと校内に入るのに、ぴたりと立ち止まる。
その先に10人ほどの保護者グループ。
くるりと背を向けた雅子さまはグループが通り過ぎるまで動かず。
雅子さまに気づいた保護者もいたが、背を向けられているので声が掛けられずそのまま行くしかなかった。
校門でママ達に背を向けてたたずんでいた雅子さまは余りにも孤独
「やはり雅子さまは他の保護者との顔あわせを敬遠されているのか?」
山中湖同伴
「今まで学習院は温かく見守ってきたが、結局雅子さまは自分のことしか考えていないのでは」
保護者と雅子様に溝。山中湖はそれほど大きな亀裂になったのか。

週刊女性2011年11月15日号
不登校の原因?愛子さま給食時間学習院驚愕ルール
雅子さまは愛子さまの付き添いと皇后陛下のお誕生行事でお疲れ、
皇太子さまも公務でお疲れのため、葉山でのご静養が予定されている。
最近では給食の時間、愛子さまは雅子さまと貴賓室で過ごしているようだ。
26日は登下校を一人でされた愛子さま。給食時間の前に女官が来校、約40分後帰る。
給食のある日に弁当持参は許可されていないし、愛子さま一人のために貴賓室に運んでいるとも思えない。
雅子さまが給食を食べるはずがないし、どうされているのか不思議。
学習院の給食は、無農薬野菜の使用やデザートまで手作り、
ご飯には牛乳ではなくお茶を出すなど工夫が凝らされている。
教職員、児童生徒800名が一室に集まって挨拶後給食が始まるが、私語禁止。
おしゃべりしながらでは時間までに終わらせるのは無理だし、
クラシックなどの音楽を掛けているので全く音がないわけではない。
愛子さまはカレーの時はおかわりの列に並んだこともあった。

テーミス2011年11月号
雅子さまは12時半頃初等科に到着。昼食の時間帯に昼一時間程滞在。愛子さまと一緒に下校。
この日初等科の児童は昼食後に一斉に下校、雅子さまはお昼ご飯のためだけに登校。愛子さまは食事に時間がかかる。
昨年3月、当時の野村東宮大夫が「(愛子さまを)多くの児童と触れ合わせて下さい」と要望
食べ終わるまでは外に遊びにいかない決まり。それならば別室で雅子さまとお弁当をご自身のペースで
食事できるようにと配慮。友達と遊ぶ時間を確保するということになった。

  • 最終更新:2017-09-03 11:53:46

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード