中国地図「釣魚島」なし

時事ドットコム
中国地図に「釣魚島」未記載=71年以前、尖閣自国領と見なさず-国境線も変更
【北京時事】1949年に中華人民共和国(中国)が成立して以降、71年7月までに中国政府系の
地図出版社が発行した地図の中に、領有権を主張する沖縄県・尖閣諸島について「釣魚島」という中国名
が一切記載されていないことが29日分かった。中国が尖閣諸島の領有権主張を始めたのは71年で、
同年以前に国家測絵(測量製図)総局が作成した国内地図にも記載がなかった。
主張開始に合わせて尖閣諸島周辺の国境線の位置を意図的に変更したとみられることも判明した。
46年~2003年までに中国で発行された国内・世界地図計50種類以上を時事通信が入手し、調査した。
複数の専門家によると、尖閣諸島をめぐり中国発行の地図を作成年次ごとに連続して系統的に調べたのは初めてとみられる。
尖閣問題に詳しい芹田健太郎・京都ノートルダム女子大学学長(国際法)は「政府系出版社の地図に
(中国名の)記載がないのは、領土という意識がなかったことを裏付けるものだ」と指摘した。
こうした地図の存在は、日本の尖閣諸島国有化や中国による防空識別圏設定で対立を深める日中間の議論にも波紋を広げそうだ。
(2013/12/29-16:14)
http:/ /www.jiji.com/jc/zc?k=201312/2013122900029

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1971年以前(写真上)と同年以降(写真下)の中国の地図。
71年以降の地図には「釣魚島」の記載があり(1)、
台湾と与那国島の間の境界が北緯25度より下にある(2)=写真上「中国地図帳」
(地図出版社、66年4月)、同下「世界地図帳」(地図出版社、71年7月)



河北新報(平成25年12月30日)
中国地図「釣魚島」なし
71年7月以前自国領と見なさず
尖閣・国境線、46年以降50種超調査
【北京時事】1949年に中華人民共和国(中国)が成立して以降、71年7月までに中国政府系の地図出版社が
発行した地図の中に、領有権を主張する沖縄県・尖閣諸島について「釣魚島」という中国名が一切記載されていないことが29日、分かった。
中国が尖閣諸島の領有権主張を始めたのは71年で、同年以前に国家側絵(測量製図)総局が作成した国内地図にも記載がなかった。
主張開始に合わせて尖閣諸島周辺の国境線の位置を意図的に変更したとみられることも判明した。

46年~2003年までに中国で発行された国内・世界地図計50種類以上を時事通信が入手し、調査した。
複数の専門家によると、尖閣諸島をめぐり中国発行の地図を作成年次ごとに連続して系統的に調べたのは初めてとみられる。
こうした地図の存在は、日本の尖閣諸島国有化や中国による防空識別圏設定で対立を深める日中間の議論にも波紋を広げそうだ。
中国政府は近年、「釣魚島」などの記載がない地図の管理を強化。北京の国家図書館でも古地図は閲覧できなくなったが、
時事通信は最も権威がある政府系「中国地図出版社」(旧名「地図出版社」)発行の地図を中心に、
中国国内と世界の地図を北京市内の多数の古書店で入手した。この中には51、53、56、57、58、63、65、66、67、69、70年作成のものなど、
中国の領有権主張以前の地図が多く含まれている。
それを詳細に調べたところ、71年7月以降に作成された地図には、一部の壁掛け用世界地図を除き、
あらゆる地図に「釣魚島」と「赤尾嶼」(日本名・大正島」の地名があった。
ところが、それ以前は、中国全土や自国の一部とする「台湾省」のページにも「釣魚島」の記載はないく、
尖閣諸島を「古来台湾の付属島しょ」とする現在の中国の主張と相いれない。
また、日本最西端の沖縄県・与那国島と「台湾島」の間に引かれた国境線は、71年7月を境に、尖閣諸島が
中国領だという主張を地図上で明確にするために北緯25度よりも南にずらされ、線の角度も変えられている。
「台湾省」に含まれるように変更されたもようだ。
一方、71年以前に中国で発行された地図のうち58年11月出版の「世界地図集」の日本・琉球群島のページには
「尖閣群島」「魚釣島」など日本名が載っている。尖閣諸島を沖縄の一部として扱い、日本領と認識していたことが分かる。
日本の国土地理院が公開している旧版地図では1930年、62年、73年などの地図に「尖閣諸島(群島)」「魚釣島」と記載されている。
■主張の意図で加筆
山田吉彦・東海大学海洋学部教授(海洋政策)の話
1971年7月以前の中国発行の地図に尖閣諸島の中国名が記載されていないことは、自国領土として
意識していなかった表れだ。地図というのは領土・領海について国家の主張や意思を盛り込むもので、
小さな島でも意識していれば書き加える。中国はもともと島に対する概念が薄いが、
東シナ海に領土を持っているとなれば、国境線の話になる。国境線を意識していないのだから、
島の領有意識を国家が持っていなかったということだ。地図を見ていれば、いつから領有権を
主張し始めたかが見えてくる。71年以降はあえて主張したいから書き加えたのだろう。(北京時事)


  • 最終更新:2016-12-18 15:58:25

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