両陛下福島県ご訪問2018

両陛下、福島に到着 在位中最後の訪問
緒方雄大、島康彦
2018年6月9日12時12分
天皇、皇后両陛下は9日、新幹線臨時専用列車で福島県に入った。
平成最後の全国植樹祭に出席するほか、東日本大震災の被災者を見舞う。
両陛下は震災発生後、宮城、岩手、福島の東北被災3県に10回以上、足を運び続けてきたが、
来年4月末に退位を控え、今回が在位中最後の訪問となりそうだ。
宮内庁によると、9日はいわき市の復興公営住宅団地で浪江町などから避難している人たちと懇談。
夜は被災した「スパリゾートハワイアンズ」で、復興に向け被災者を励ましたフラガールの踊りを観賞する。
10日は、南相馬市で全国植樹祭に出席する。「三大行幸啓」と呼ばれる毎年恒例の地方訪問の一つ。
戦争で荒れた国土に緑を取り戻そうと1950年に始まり、両陛下は即位後毎年出席してきた。
退位後は新天皇となる皇太子さまに引き継がれる。
いわき市から植樹祭会場に向かう途中、高速道路上で東京電力福島第一原発まで約6キロの地点や帰還困難区域を通る。
天候次第では、車内から原発周辺の様子が見られるという。
天皇陛下は震災発生直後から原発事故を気にかけ、専門家らを御所に呼んで説明を受けてきた。
様子を見に行きたいと側近に相談したこともあるという。近づくことが難しいと分かると、
「自衛隊の飛行機などで上空からでも見られないか」などと語ったという。
11日は震災発生直後に訪れた相馬市の原釜地区を再訪し、慰霊碑に供花する。(緒方雄大、島康彦)

東日本大震災と天皇、皇后両陛下
《2011年》
3月11日震災発生。16日、天皇陛下が「いたわり合って、
この不幸な時期を乗り越えることを衷心より願っています」と
国民にビデオメッセージ。30日から7週連続で被災地や避難所へ
《12年》
3月に震災追悼式に出席、16年まで毎年出席。5月に宮城県、10月に福島県を訪問
《13年》
7月に岩手県や福島県を訪問
《14年》
7月に宮城県、9月に青森県を訪問
《15年》
3月に宮城県、7月に福島県を訪問
《16年》
3月に福島県と宮城県、9~10月に岩手県訪問
震災5年の追悼式では天皇陛下が「大きな犠牲の下で学んだ教訓をいかし(中略)
より安全な国土が築かれていくことを衷心より希望しています」とおことば
《18年》
6月9日~ 福島県訪問
https:// www.asahi.com/articles/ASL644CYFL64UTIL022.html

福島県訪問の両陛下 いわき市で原発事故の避難住民と懇談
2018年6月9日 18時45分皇室
全国植樹祭に出席するため、9日から福島県を訪問している天皇皇后両陛下は、
いわき市にある災害公営住宅を訪れて、
福島第一原発の事故の影響で周辺の町から避難している住民たちと懇談されました。
9日昼すぎ、新幹線でJR郡山駅に到着した両陛下は、
駅前に集まった大勢の人たちの歓迎に笑顔で手を振ってこたえられました。
このあと車に乗り換えておよそ80キロ移動し、
午後3時前、福島県いわき市にある県内最大規模の災害公営住宅「北好間団地」に到着されました。
この団地では、原発事故の影響で多くの人たちが避難を余儀なくされている富岡町、大熊町、
双葉町、浪江町の4つの町の住民を中心に、合わせておよそ440人が暮らしています。
両陛下は、午後3時前にいわき市にある災害公営住宅に到着し、
出迎えた住民の代表たちに「災害の時は大変だったでしょう。少し落ち着きましたか」
などと声をかけられました。そして横断幕を掲げたり、
旗を振ったりして歓迎する住民たちに笑顔で手を振られていました。
このあと集会室で、それぞれの町の住民の代表との懇談に臨まれました。
このうち、浪江町の佐々木繁子さん(68)が、震災前から取り組んできた
地元の踊りの継承の活動を、災害公営住宅でも続けていきたいという思いを両陛下に伝えると、
天皇陛下は「いろいろと人を結びつける機会になるのでしょうね」と言葉をかけられました。
また富岡町の伏見敏夫さん(78)が、手足の不自由な妻と暮らしていて、
障害者に優しい住宅のつくりがありがたいと話すと、
皇后さまは「ここに落ち着くまで、大変だったでしょう」などと優しくいたわられていました。
両陛下は20分余りにわたって、住民たちから避難生活の苦労や現在の暮らしぶりについて話を聞かれ、
最後に天皇陛下が「いろいろご苦労もあったと思いますが、
乗り越えて、よい生活を築いていかれることを願っています。どうぞお元気で」と語りかけられました。
両陛下は3日間、福島県に滞在し、10日は南相馬市の沿岸部で開かれる全国植樹祭の式典に出席し、
海岸防災林となる木々を植えられることになっています。

佐々木繁子さん「励ましの言葉をいただき頑張ろうと思った」
福島県浪江町の佐々木繁子さんは(68)、避難者を代表して天皇皇后両陛下との懇談に臨みました。
佐々木さんは地元の請戸地区の芸能保存会の副会長として、
およそ200年の歴史がある「請戸の田植踊」の継承に取り組んできました。
田植踊は、地元の小学生が踊り手となり、毎年2月に漁の安全や豊作を願って地区の神社の祭りで奉納されてきました。
しかし7年前、佐々木さんは津波で自宅を失い、神社で保管していた衣装や花がさもすべて流されました。
さらに原発事故の影響で、佐々木さんや踊り手の小学生たちは避難を余儀なくされ、離れ離れになりました。
佐々木さんは一時は踊りの継承を諦めかけましたが、
県内各地の人たちから「踊りを絶やさないでほしい」という励ましを受けて復活を決意。
専門家の協力を得て写真をもとに衣装や花がさを新調し、
離れ離れになった子どもたちにも参加を呼びかけ、震災から5か月後、
いわき市で開かれた公演で踊りを披露することができました。
佐々木さんはその後、仮設住宅などで公演を続け、
現在も災害公営住宅に子どもたちを招いて踊りを教えていますが、
避難生活の長期化で担い手となる子どもたちは年々少なくなっていると言います。
請戸地区に出されていた避難指示は、去年3月末で解除されましたが、
住宅が流された地域は災害危険区域に指定されていて住むことはできません。
佐々木さんは「請戸は帰ることができない場所になってしまったので、
ふるさとをつなぐものは、田植踊しか残っていないと感じます。
踊りを通して請戸を思い出すようになってほしい」と話しました。
9日の懇談で佐々木さんは、今後も田植踊を継承していきたいという思いを両陛下に伝えました。
これに対し、天皇陛下は「いろいろと人を結びつける機会になるのでしょうね」と述べられ、
皇后さまは「震災のあと、どれだけ郷土の芸能が心の支えになったでしょう。
これからも続けられてね」と話されました。
懇談を終えた佐々木さんは「これまで苦しいときや心が折れることが何度もありましたが、
両陛下から励ましの言葉を頂き、これからも継承のために頑張ろうと思いました」と笑顔で話していました。
伏見敏夫さん「富岡に戻る決意をお伝えできてよかった」
天皇皇后両陛下との懇談に臨んだ福島県富岡町の伏見敏夫さん(78)は、
手足に障害のある妻と2人でいわき市の災害公営住宅で避難生活を送っています。
これまで避難先を6回も変えましたが、祖父の代から引き継いだ家の跡取りとしてふるさとに帰ることを決め、
今は週に1回、自宅の手入れに通っています。
自宅のある地域は去年、避難指示が解除され、伏見さんは震災前の風景と活気を取り戻そうと、
手足の不自由な妻に代わって妻が好きな花を植え始めました。
今月3日には、町に戻った友人や避難を続ける友人も招いて、
自宅前の道路沿いの花壇に赤や黄色など色とりどりの花を一緒に植えていました。
妻の淳子さんは「大好きな花がふるさとに増えてうれしいです。町にはあまり人が戻っていないので、
花を植えておくと富岡に来ても気持ちが和やかになります」と話していました。
伏見さんは「前のようにきれいな花がいっぱい咲くようにしたいと思います」と話していました。
9日の懇談で伏見さんは、障害のある妻と避難生活を送っていることや、今後、夫婦でふるさとに戻る決意を伝えました。
これに対し、皇后さまは「ここに落ち着きになられるまで大変だったでしょうね、
お大事になさってください」と優しくいたわられていました。
そして、最後に天皇陛下が「いろいろとご苦労が多かったと思いますが、
それを乗り越えてよい生活を築いていかれるよう願っています」と言葉をかけられていました。
懇談のあと伏見さんは「富岡に戻る決意をお伝えできてよかったです。
特に妻を気にかけるお言葉まで頂き感謝の気持ちでいっぱいです。こ
れまでの避難生活の苦労もきょうで吹き飛びました。両陛下からのお言葉を励みに、
町に戻って復興に少しでも力を注いでいきたいです」と話していました。
https:// www3.nhk.or.jp/news/html/20180609/k10011470601000.html

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天皇皇后両陛下 避難者と懇談
06月09日 18時55分
全国植樹祭に出席するため9日から福島県を訪問している天皇皇后両陛下は、
いわき市にある災害公営住宅を訪れて、
福島第一原発の事故の影響で周辺の町から避難している住民たちと懇談されました。
9日昼すぎ、新幹線でJR郡山駅に到着した両陛下は、
駅前に集まった大勢の人たちの歓迎に笑顔で手を振ってこたえられました。
このあと車に乗り換えておよそ80キロ移動し、午後3時前、
いわき市にある県内最大規模の災害公営住宅「北好間団地」に到着されました。
この団地では、原発事故の影響で多くの人たちが避難を余儀なくされている富岡町、大熊町、
双葉町、浪江町の4つの町の住民を中心にあわせておよそ440人が暮らしています。
両陛下は、団地の前で待っていた大勢の人たちを何度も振り返り、手を振ってこたえられました。
このあと、集会室で、それぞれの町の住民の代表との懇談に臨まれました。
このうち、浪江町の佐々木繁子さん(68)が、震災前から取り組んできた地元の踊りの継承の活動を
災害公営住宅でも続けていきたいという思いを両陛下に伝えると、
天皇陛下は、「色々と人を結びつける機会になるのでしょうね」と言葉をかけられました。
また、富岡町の伏見敏夫さん(78)が、手足の不自由な妻と暮らしていて、
障害者に優しい住宅のつくりがありがたいと話すと、皇后さまは、
「ここに落ち着くまで、大変だったでしょう」などと優しくいたわられていました。
両陛下は20分余りにわたって住民たちから避難生活の苦労や現在の暮らしぶりについて話を聞かれ、
最後に、天皇陛下が、「色々ご苦労もあったと思いますが、
乗り越えて、よい生活を築いていかれることを願っています。どうぞお元気で」と語りかけられました。
両陛下は3日間、福島県に滞在し、10日は、南相馬市の沿岸部で開かれる全国植樹祭の式典に出席し、
海岸防災林となる木々を植えられることになっています。
https:// www3.nhk.or.jp/lnews/fukushima/20180609/6050001376.html

「苦労乗り越え良い生活を」 両陛下、在位中最後の福島
島康彦、緒方雄大
2018年6月9日19時58分
天皇、皇后両陛下は9日、福島県を訪れた。来年4月の退位を控え、平成最後となる全国植樹祭に出席するためで、
東日本大震災の被災地への訪問は今回が在位中最後となる見通し。
沿道などには約1万人の住民らが待ち受け、両陛下は速度を落とした車中などから手を振ってこたえた。
両陛下は新幹線臨時専用列車で郡山駅に到着後、約1時間半かけて車で高速道などを移動。
いわき市の県復興公営住宅北好間団地を訪れた。
県によると、東京電力福島第一原発事故の影響で富岡町や大熊町など
5町1村から267世帯441人(5月末時点)が避難している。
両陛下は待ち受けた住民に歩み寄り、一人一人に声をかけた。
天皇陛下は避難生活の様子を気に掛け、「ずいぶん怖い思いをされたでしょう」といたわった。
皇后さまは後列に並んだ住民にも近づき、「ここまで大変でした」「復興が少しでも進むよう願っています」と話した。
https:// www.asahi.com/articles/ASL644CYGL64UTIL023.html

2018.6.10 18:15
両陛下、最後の全国植樹祭ご臨席 福島・南相馬、帰還困難区域もご通過
福島県を訪問中の天皇、皇后両陛下は10日、南相馬市で行われた全国植樹祭の式典に出席された。
来年4月30日の譲位を控え、天皇陛下が全国植樹祭に臨まれるのは今回が最後となり、来年以降は皇太子さまが引き継がれる。
式典では冒頭、両陛下が東日本大震災の犠牲者に対し、黙祷をささげられた。
天皇陛下は将来的に海岸防災林となるクロマツなどを、
皇后さまはアカマツなどの苗木を、それぞれクワを使って丁寧に植えられた。
 続いて、皇居の樹木から種子を採ったエノキの苗木も植樹された。
このエノキは東日本大震災後、民間からの要望に両陛下が理解を示されたことで、種子の採取が実現。
平成28年開催の長野県、29年開催の富山県とリレー形式で育てられきた。
両陛下は、苗木が植樹される様子を目の前で見守られた。
これに先立ち、両陛下はいわき市から式典会場の南相馬市へ移動する際、
放射線量が高く立ち入り制限が続く福島第1原発近くの帰還困難区域を通過された。
この日は小雨が降るあいにくの天気で、車中から原発施設は望めなかったが、
宮内庁によると、両陛下は車が原発に接近した際、施設の方角をご覧になっていたという。
また、広野町で休憩した際には広野、楢葉の中高生らに声をかけ、
陛下は「早く全員戻ってきて、全員で高校生活が送れるといいですね」、
皇后さまは「町がにぎわってくるといいですね」と励まされていた。
途中で立ち寄った南相馬市内の「雫(しどけ)集落センター」では、
東日本大震災で犠牲者となった同地区の25人の名前が刻まれた慰霊碑の前で拝礼された。
http:// www.sankei.com/life/news/180610/lif1806100027-n1.html

両陛下、平成最後の全国植樹祭に出席…南相馬
2018年06月10日
福島県を訪問中の天皇、皇后両陛下は10日、
東日本大震災で津波被害を受けた南相馬市の海岸防災林整備地で、平成最後の全国植樹祭に臨まれた。
会場には緑化推進運動の関係者ら約8000人が参加。
天皇陛下はクロマツなど、皇后さまはアカマツなどの苗木をクワを使って植え、種をまかれた。
復興のシンボルとして、皇居の森で採った種から育てたエノキの苗木の記念植樹も行われた。
2016年に植樹祭が開かれた長野県で苗木に育てられ、
昨年の開催地の富山県を経て福島県へとリレーされた。両陛下は吉野復興相による植樹を笑顔で見守られた。
天皇陛下は即位後、皇后さまと毎年欠かさず植樹祭に出席された。来年から新天皇、皇后に継承される。
http:// www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20180610-OYT1T50084.html


2018.6.11 11:26
皇后さまご発熱 ご滞在先の福島で疲労のため
宮内庁は11日、天皇陛下とともに福島県を訪問中の皇后さまが疲労のため、発熱されたと発表した。
発熱は10日夜からで、11日朝の時点で38度台だったが、回復傾向にあられるという。
このため天皇、皇后両陛下は同日午前、当初の予定通り、相馬市原釜地区を訪れ、
東日本大震災の津波で犠牲となった約200人の名前が刻まれた慰霊碑で供花された。
続いて津波被害後に再建された同市の卸売市場を視察された。
両陛下は同日午後、帰京される。
    ◇
10日には、南相馬市で行われた全国植樹祭の式典に臨席し、
皇居の樹木から種子を採ったエノキの苗木が植樹される様子を見守られた。
来年4月30日の譲位を控え、両陛下が全国植樹祭に臨まれるのは今年が最後となった。
両陛下はいわき市から式典会場の南相馬市へ移動する際、
放射線量が高く立ち入り制限が続く福島第1原発近くの帰還困難区域を通過された。
車中から原発施設は望めなかったが、宮内庁によると、両陛下は車が原発に接近した際、
施設の方角をご覧になっていたという。広野町で休憩した際には同町の高校生に対し、
天皇陛下は「早く全員戻ってきて、全員で高校生活が送れるといいですね」と声をかけられていた。
http:// www.sankei.com/life/print/180611/lif1806110008-c.html

両陛下、震災津波被害の相馬で慰霊碑に供花
2018年06月11日
福島県を訪問中の天皇、皇后両陛下は11日、
東日本大震災の津波で甚大な被害を受けた相馬市原釜地区を訪れ、
207人の犠牲者の名前が刻まれた慰霊碑に供花された。
来年4月30日に退位する天皇陛下と皇后さまが震災の被災地を訪問されるのは、今回が最後となるとみられる。
両陛下は、震災2か月後の2011年5月にも訪れている同地区で、
7年前と同じ雨のなか、慰霊碑に白菊を供えて黙礼された。
続いて近くの市場で、遺族に「随分お寂しい日々だったでしょうね」
「お大事にお過ごしください」などと気遣われた。
10日は第69回全国植樹祭に出席するため、いわき市から南相馬市まで北に約90キロ移動。
高速道路の料金所近くで、東京電力福島第一原発事故による避難生活から帰還した広野、
楢葉両町の住民らと懇談された。宮内庁によると、高速道路で同原発の周辺を通過した時、
両陛下は減速した車の中から、原発がある方向を眺められたという。
http:// www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20180611-OYT1T50012.html

両陛下、福島で慰霊 植樹祭に最後の出席も
毎日新聞2018年6月11日 東京夕刊
福島県を訪問中の天皇、皇后両陛下は11日午前、
東日本大震災の津波で大きな被害を受けた相馬市に建てられた慰霊碑に白菊の花を供え、黙礼された。
両陛下は、震災から2カ月後の2011年5月にこの近くを訪れ、犠牲者を追悼していた。
両陛下はこの後、震災後に整備された同市内の水産施設を訪問。
震災で住民を避難誘導中、津波で亡くなった消防団員の家族とも面会し、見舞いの言葉を掛けた。
午後は福島市出身の作曲家、古関裕而(ゆうじ)の記念館を視察し、帰京する予定。
両陛下は10日には、南相馬市であった第69回全国植樹祭に出席。
津波被害などを低減させる海岸防災林となるクロマツやアカマツなどを植えた。
植樹祭では皇居のエノキの種から育てられた苗木も植樹された。両陛下の植樹祭出席は今回が最後となる。
    ◇
宮内庁は11日朝、皇后さまに過労が原因と思われる発熱があったと発表した。
早朝の時点で38・1度あり、一部行事の出席を見送る可能性があるとしていた。【高島博之】
http:// mainichi.jp/articles/20180611/dde/007/040/082000c


両陛下 福島訪問を終える 皇后さま発熱も、全行事に出席
毎日新聞2018年6月11日 19時47分(最終更新 6月11日 19時47分)
天皇、皇后両陛下は11日、福島県であった全国植樹祭への出席や東日本大震災の被災者との面会など、2泊3日の日程を終え、帰京された。
皇后さまは長距離移動などの疲労で10日夜から発熱したが、全行事に出席した。
両陛下は11日、津波で大きな被害を受けた相馬市に建てられた慰霊碑に、白菊の花束を供えて黙礼した。
津波で亡くなった消防団員の家族との面会で、
天皇陛下は「ずいぶんお寂しいことでしょうね。お大事に」と声をかけた。
同市の水産施設では水揚げされた魚の仕分け作業を見学し、カレイとホッキ貝を購入した。
10日に南相馬市で開催された植樹祭では、両陛下は海岸防災林となるクロマツなどを植樹した。
来年以降は即位後の皇太子ご夫妻が出席される。【高島博之】
https:// mainichi.jp/articles/20180612/k00/00m/040/062000c


「歌える?」皇后さまがリクエスト 皇宮警察学校の校歌、護衛官が歌声披露
天皇、皇后両陛下は11日、最後の訪問先の福島市で、地元出身の作曲家古関裕而の記念館を視察された。
古関が皇宮警察学校の校歌を手掛けたと知った皇后さまの要望で、護衛官が歌声を披露する一幕があった。
記念館職員が「古関は全国300校以上の校歌を作曲した」と紹介。
皇宮警察学校のCDを再生すると、皇后さまは周囲に「歌える?」と尋ねた。
護衛官は戸惑った様子だったが、男性1人が進み出て「守るは我ら 護衛官」と熱唱。
皇后さまは拍手し、天皇陛下もほほ笑んだ。
https:// www.kahoku.co.jp/tohokunews/201806/20180612_63030.html


「にこにこぽかぽかした方だった」福島の被災者ら、両陛下に感謝の思い
福島県を訪れた天皇、皇后両陛下は11日までの滞在中、東日本大震災の被災者らと多くの言葉を交わされた。
家族を失った遺族らは「心遣いが伝わった」などと話し、被災地を気遣い続けた両陛下に感謝した。
11日に訪れ、震災の慰霊碑に花を供えた相馬市原釜地区。
阿部洋子さん(71)の長男健一さん=当時(39)=は消防団員として誘導中に津波にのまれた。
皇后さまから「多くの人を助けたんですね」と声を掛けられ、「優しいお言葉をもらった。息子の分まで生きていく」と話した。
南相馬市で10日に開催された植樹祭で天皇陛下の植樹を手伝った川内村川内小6年の関根文也君(12)は
「にこにこぽかぽかした方だった」。苗木が防災林となるよう「大きく育ってほしい」と期待した。
両陛下は宿泊したいわき市から植樹祭会場へ常磐自動車道で北上。
宮内庁によると、東京電力福島第1原発の方向をじっと見つめる場面もあったという。
在位中の東北の被災地訪問は最後とみられる。福島市の公営住宅に避難する浪江町の女性(80)は
「本当にお疲れさまと言いたい」と涙を流し、JR福島駅で帰途に就く両陛下を見送った。
https:// www.kahoku.co.jp/tohokunews/201806/20180612_63013.html


東北に心寄せ続け 両陛下、福島訪問終える
慰霊碑に献花し、拝礼される天皇、皇后両陛下=11日午前10時25分ごろ、相馬市原釜地区(写真部・伊深剛撮影)
180611.jpg
天皇、皇后両陛下は11日、3日間の福島県訪問を終え、皇居に戻られた。
10日の第69回全国植樹祭への出席に続き、最終日は相馬市などを訪問。
東日本大震災の犠牲者の慰霊碑を拝礼し、遺族を励ました。
植樹祭(国土緑化推進機構、県主催)は津波被害を受けた南相馬市原町区雫(しどけ)地区の海岸防災林整備地であった。
福島開催は1970年以来48年ぶり。震災後の東北では初めて。
2019年4月末に退位する天皇陛下にとって、最後の植樹祭となった。
両陛下はクロマツやアカマツなどの苗木を植えたり種をまいたりし、
介添え役の県内の小学生に「成長するところを見に来てくださいね」などと声を掛けた。
皇居内で採種されたエノキの植樹も見守った。
植樹祭は津波や東京電力福島第1原発事故の影響を受けた森林の再生を掲げて開催。
内堀雅雄知事は主催者を代表して「緑豊かな古里の再生に全力で取り組む」とあいさつした。
両陛下は11日、相馬市原釜地区で、原釜、尾浜両地区の犠牲者207人の名前が刻まれた慰霊碑に献花。
市内の水産施設で面会した遺族を「お寂しくなられましたね」などといたわった。
原発事故後の漁業の試験操業に関する説明も受け、地元で水揚げされたカレイなどを購入した。
宮内庁によると、皇后さまは11日早朝、疲労のため38度台の熱が出たが、予定通り日程をこなした。
https:// www.kahoku.co.jp/tohokunews/201806/20180612_63011.html

  • 最終更新:2018-06-13 12:05:27

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