両陛下インドご訪問

両陛下インドご訪問
両陛下、インドへご出発 53年ぶり公式訪問
2013.11.30 11:36
天皇、皇后両陛下は30日午前、日本との国交樹立60周年を昨年迎えたインドの公式訪問のため、
羽田発の政府専用機で出発された。現地時間同日夕(日本時間同日夜)にニューデリーに到着される予定。
12月6日に帰国される。首席随員は日印協会会長の森喜朗元首相。
両陛下は羽田空港で、皇太子ご夫妻や秋篠宮ご夫妻をはじめとする皇族方や、安倍晋三首相ら三権の長らの見送りを受けられた。
陛下は「この度の私どもの訪問が、国交樹立60周年を迎えた両国の相互理解と
友好関係のさらなる増進に資するよう願っております」とお言葉を述べられた。
両陛下の海外ご訪問は平成24年5月の英国以来で、同年2月の陛下の心臓ご手術後2度目。
インドへはお立ち寄りも含めると4度目だが、公式訪問は皇太子・同妃時代の昭和35年に
昭和天皇のご名代で赴かれて以来、53年ぶりとなる。
今回は首都ニューデリーと南部のチェンナイ(旧マドラス)をご訪問。
ニューデリーでは大統領官邸での国賓の公式歓迎式典のほか、
「インド独立の父」と呼ばれるガンジーが火葬された「ラージ・ガート」への供花、
定礎式に参列した「インド国際センター」の約半世紀ぶり再訪などに臨まれる。
チェンナイでは、伝統舞踊の学校や障害者協会を訪問される予定。
http:// sankei.jp.msn.com/life/news/131130/imp13113011400004-n1.htm

両陛下、インドに到着…シン首相が空港に出迎え
【ニューデリー=小松夏樹】天皇、皇后両陛下は30日夕、公式訪問先のインドに政府専用機で到着された。
国賓として迎えるインド側は、デリー空港(パラム空軍基地)で、シン首相夫妻らが出迎えた。
ゆっくりとタラップを下りられた両陛下は終始笑顔で、シン首相らと握手し、再会を喜ばれた。
シン首相は知日派として知られ、両陛下と4回、日本で面会している。
宮内庁によると、首相が自ら空港まで出迎えるのは異例。
ニューデリー市内のホテル入り口には、子どもを含む多くの在留邦人が集まり、
「陛下」「皇后さま」と歓迎の声をあげ、両陛下は手を振って応えられた。
(2013年11月30日23時09分 読売新聞)
http:// www.yomiuri.co.jp/national/news/20131130-OYT1T00895.htm

陛下、インド晩餐会でごあいさつ ガンジーゆかりの地もご再訪
2013.12.3 01:28
【ニューデリー=今村義丈】53年ぶりにインドを公式訪問中の天皇、皇后両陛下は2日夜
(日本時間同日深夜)、ニューデリーの大統領官邸でムカジー大統領主催晩餐会(ばんさんかい)に出席された。
陛下はあいさつで、53年前の訪問時、独立当時からの指導者らと接したことを挙げ、
「平和主義を理想とする国造りへの高い志に触れたことは、今日もなお私どもの中に
強い印象として刻まれています」と振り返り、6世紀の仏教伝来に始まる両国関係もたどられた。
インド議会が例年8月、広島と長崎の原爆犠牲者を追悼していることにも触れ、
「国を代表し、とりわけ犠牲者の遺族の心を酌み、心からの感謝の意を表します」と述べられた。
午前(同午後)は、「インド独立の父」と呼ばれるマハトマ・ガンジーが火葬された
「ラージ・ガート(ガンジー廟)」を53年ぶりに再訪された。
http:// sankei.jp.msn.com/life/news/131203/imp13120301290001-n1.htm

原爆犠牲者への追悼「心からの感謝」 陛下のインド大統領主催晩餐会お言葉全文
2013.12.3 16:24
インド・ニューデリーの大統領官邸で天皇、皇后両陛下を招いて2日夜(日本時間同日深夜)から開かれた
ムカジー大統領主催晩餐会(ばんさんかい)。
天皇陛下は日本語であいさつされた。天皇陛下のお言葉全文は次の通り。
日印国交樹立六十周年を迎えた機会に、大統領閣下の御招待により、皇后と共に貴国を訪問できましたことを、誠に喜ばしく思います。
今夕は私どものために晩餐会を催してくださり、また、ただ今は大統領閣下から丁重な歓迎の言葉を頂き、深く感謝いたします。
私は、五十三年前、昭和天皇の名代として、プラサド大統領の我が国御訪問に対する答訪として皇太子妃と共に初めて貴国を訪問いたしました。
プラサド大統領、ラダクリシュナン副大統領、ネルー首相より手厚いおもてなしを頂き、
またネルー首相により開かれたレッド・フォートにおけるデリー市民の大会を始めとして、
訪れた各地において人々から温かく迎えられたことが懐かしく思い起こされます。
皇后はかつて学生時代にネルー首相の「父が子に語る世界歴史」に出会っており、
この旅でネルー首相と度々席を共にしたことは、今も忘れ難い思い出となっていることと思います。
貴国と我が国とは地理的に離れ、古い時代には両国の間で人々の交流はほとんどなかったように考えられます。
しかし、貴国で成立した仏教は六世紀には朝鮮半島の百済から我が国に伝えられ、
八世紀には奈良の都には幾つもの寺院が建立され、仏教に対する信仰は盛んになりました。
八世紀には、はるばるインドから日本を訪れた僧菩提僊那(ぼだい・せんな)が、
孝謙天皇、聖武上皇、光明皇太后の見守る中で、奈良の大仏の開眼供養に開眼導師を務めたことが知られています。
この時に大仏のお目を入れるために使われた筆は今なお正倉院の宝物の中に伝えられています。
古代におけるこのような例を除き、次に貴国の人々と我が国の人々との間で交流が盛んに行われるようになるのは、
我が国が二百年以上続けてきた鎖国政策を改め、諸外国と国交を開くことにした十九世紀半ば以降のことです。
第二次世界大戦前、我が国を訪れた貴国の詩人タゴールは、我が国の人々に深い敬意をもって迎えられました。
私どもは先の訪問で、コルカタのタゴールハウスを訪問しましたが、タゴールが作詞作曲したインドの国歌が
インドの楽器の伴奏で美しく歌われるのを聞いたことを、記憶にとどめています。
前回の貴国訪問の旅はこのコルカタ訪問に始まり、ムンバイ、デリー、アグラ、ブタガヤ、パトナ等、かなり広い地域にわたりました。
私どもは二人ともまだ二十代半ばの若さであり、この国の深さを十分に知るには程遠くありましたが、
この旅で当時のプラサド大統領始め、独立当時からの国の指導者たちと接し、この国の来し方を学ぶとともに、
この方々の民主主義、国際主義、さらには非暴力を旨としたガンジーの思想の流れをくむ
平和主義を理想とする国造りへの高い志に触れたことは、今日もなお私どもの中に強い印象として刻まれています。
この度の旅行では、前回行くことのかなわなかったインド南部のチェンナイを訪れます。
インドの多様性を知る上で、更なる経験を持つこの機会を楽しみにしています。
終わりになりましたが、貴国議会が年ごとの八月、我が国の原爆犠牲者に対し追悼の意を表してくださることに対し、
国を代表し、とりわけ犠牲者の遺族の心を酌み、心からの感謝の意を表します。
この度の私どもの訪問が、両国国民の相互理解を更に深め、信頼と友情の絆を一層強める一助となることを願いつつ、
ここに大統領閣下並びに令嬢の末永い御健勝と、貴国国民の幸せを祈り、杯を挙げたいと思います。
http:// sankei.jp.msn.com/life/news/131203/imp13120316250003-n1.htm

両陛下、インドの震災支援に謝意 支援部隊長と面会
2013年12月3日23時19分
【平間真太郎、ニューデリー=島康彦】
インド訪問中の天皇、皇后両陛下は3日夜、ニューデリー市で、東日本大震災直後に来日して
支援活動をした「インド国家災害対応部隊」のアローク・アワスティ隊長(44)と面会した。
同隊は行方不明者の捜索にあたり、懸命な活動ぶりに被災者から感謝の声があがった。
天皇陛下は隊長と握手を交わし、「どうもありがとう」と謝意を伝えた。
同隊は震災発生直後の2011年3月下旬、46人で宮城県女川町に入った。
初の海外活動だったが、粘り強く捜索活動にあたり、8日間の滞在中に7人の遺体を発見した。
女川町で指圧業を営んでいた佐藤行義さん(41)は、母の順子さん(当時59)の遺体が同隊の捜索によって発見された。
「見つけるまでここを離れない」「絶対にあなたのもとにお母さんを帰します」。
難航する捜索作業に焦りを募らせていた佐藤さんを、同隊は励まし続けた。
順子さんの遺体が現場から搬送される時、同隊が黙祷(もくとう)して見送ってくれた姿が今も忘れられないという。
同隊は遺体を傷つけないようにと、重機を持ち込まず、すべて手作業で捜索にあたった。
「彼らの活動を多くの人に知ってもらいたい」。被災者からはそんな声が上がっている。
天皇陛下はこの日の懇談で「日本が一番大変な時に支援してくれて、心から感謝申し上げます」と隊長に伝えた。
隊長は懇談後、「機会があれば女川町を再訪したい。いち早い復興を願っています」と話した。
両陛下は2日夜、ムカジー大統領との会見でも、「援助隊を派遣してくれたことを感謝しています」と伝えていた。
http:// www.asahi.com/articles/TKY201312030427.html

両陛下、日本語で交流…チェンナイで中高生らと
【チェンナイ=小松夏樹】インド訪問中の天皇、皇后両陛下は5日、
チェンナイ市内の児童公園で、地元の中高生ら約210人と交流された。
公園はミニ動植物園の趣で、風で木々がざわめく中を進んだ両陛下が広場に着かれると、
生徒たちが「こんにちは。来ていただいてありがとうございます」と日本語で大きな声で出迎えた。
インドでは90ほどの学校で日本語を教え、この日集まった生徒の中でも60人が習っている。
発音のきれいな日本語に、うれしそうな表情の陛下が「漢字が難しいのではないですか」と話しかけられると、
女生徒たちは「ちょー難しいです」と人懐っこい笑顔で答えた。
「新聞で1960年のご訪問を知りました」「日本に興味があります。行きたいです」と会話が弾み、
陛下が「どこに行きたいですか」と質問されると、東京、名古屋、沖縄と地名があがった。
別のグループでは、皇后さまが小さな男の子と握手するなどして英語で話しかけ、
陛下も英語で「クラブ活動を楽しんでください」などと会話された。
(2013年12月5日22時19分 読売新聞)
http:// www.yomiuri.co.jp/national/news/20131205-OYT1T01320.htm

両陛下、インドからご帰国
2013.12.6 10:30
11月30日から53年ぶりにインドを公式訪問していた天皇、皇后両陛下は6日午前、政府専用機で帰国された。
チェンナイから約7時間のフライトで羽田空港に到着した両陛下は、笑顔でタラップを降りられた。
皇太子ご夫妻や秋篠宮ご夫妻をはじめとする皇族方のお出迎えを受けられた。
今回は、昨年に日本と国交樹立60周年を迎えたインド政府からの招請で親善のため訪問された。
滞在中は皇太子・同妃時代の昭和35年以来、約半世紀ぶりに、定礎式に出席していた
「インド国際センター」や、インド独立の父と呼ばれるマハトマ・ガンジーが火葬された地
「ラージ・ガート」(ガンジー廟)などをご再訪。
国賓として大統領主催晩餐会などに出席したほか、インドの市民と触れ合って交流を深め、在留邦人もねぎらわれた。
http:// sankei.jp.msn.com/life/news/131206/imp13120610310000-n1.htm

  • 最終更新:2019-04-19 20:52:31

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