下駄箱に頭を突っ込まれた

週刊文春2010年6月17日号
友納尚子
6/9のご成婚記念日
愛子様「ジューンブライドのお嫁さんは幸せになれるんですって やっぱりね」
雅子様「愛ちゃんは幸せ?」
愛子様「うーん、幸せよ 学校が楽しければ、もっと良いんだけどなー」
遅れがちな勉強を雅子様がみてさしあげ、愛子様は「お父様とお母様は何でも答えられるのよ」とお友達に自慢
会見については野村大夫が事前に波多野院長に確認、院長は「もっと強く言った方が良い」とアドバイス、
しかし突然梯子をはずされ、東宮職の中には唖然とするひとも(宮内記者)
最近は乱暴男子への教師による見張りが復活、トイレにまでついて行く始末(同級生母親)
「税金ドロボー」「お前の親は仮病だ」などと大声で暴言を吐かれたり、首を絞められそうになった。
廊下をものすごい勢いで走ってきて、いきなり後頭部を押さえつけられたあげく下駄箱に頭を突っ込まれそうになり泣き出す。


週刊文春2010年12月16日号
ご静養からはや7年 深層レポート 雅子さまはなぜ治らないのか/友納尚子
雅子妃のお誕生日前の野村東宮大夫による定例会見では、宮内庁詰め記者から痺れを切らしたような質問が浴びせられた。
主治医の大野医師についても、苛立ちの声が上がった。
実は、今年の初めあたりまで昨年と比較すると大きなご回復ぶりがみられ、
雅子妃の完全復帰が近いのではないかと周囲では期待されていた。
だが、3月に入ると雅子妃の心に大きく影を落とす事態が発覚。愛子内親王の「不登校問題」である。
雅子妃はそれまで腹痛を訴えたり、「給食を残してしまうと悪いから」などと言って
学校に行きたがらない愛子さまに「行きなさい、行きなさい」と背中を押してきた。
それは、学校で愛子さまが下駄箱に頭を突っ込まれそうになったり、
首を絞められそうになったり、乱暴を受けていたことを知らなかったからだ。
ましてや、同級生の児童から、雅子妃のことを「税金泥棒」と悪口を言われたことで、
愛子さまがご病気の母親を想って深く傷ついていたとは予測もつかなかった。
いわゆる「不登校会見」で批判に晒された野村東宮大夫も、発表すべきか悩んだという。
皇族という立場上、なぜ欠席が続くのか公表しなくてはならないだろうが、
会見で発表すれば騒ぎになることは明らかだったからだ。
数日後にガーナ、ケニアを訪問する予定だった皇太子と打ち合わせをしていた際、東宮大夫がご相談を申し上げたという。
皇太子は、乱暴をした児童に十分に配慮をするように求めた上で発表することを了解。
しかし、雅子妃は皇太子から会見で公表することを聞いて戸惑われていた。
一部報道では、雅子妃は公表することに積極的だったというものがあったが事実は違っていた。
皇太子夫妻は何度も話し合われ、最終的には「公人というお立場の責任」と
「事実を伝えないことで、かえってネジ曲がって伝わったり、批判されたとき、
愛子さまがより傷つくことになりかねない」という二点を重く考えられたという。
学習院の東園理事が会見で「愛子さまに直接の暴力行為やいじめがあったことなど
聞いておりません」と答えたことで、東宮側と学習院側にズレが生じていることが明らかになった。
雅子妃はテレビをご覧になったり、パソコンでインターネットを使われたりはしないため、
学習院がどのような会見をしたのか、メディアがどのように反応しているかを、すぐに知ることは無かった。
数時間後、その内容を伝えられたときの表情は、驚かれた様子で暗い面持ちになっていたという。
しかし、愛子さまに心の内を悟られないように、努めてその後もお変わりない様子でお過ごしになっていたそうだ。
四月、愛子さまが三年生に進級した頃からそれまで教室で授業を見守られていた雅子妃が、廊下で待っていらっしゃることが多くなったという。
給食を雅子妃と召し上がられてから下校されるというパターンは変わらなかったが、ご出席される授業時間は徐々に増えていった。
ちょうどこのころ、乱暴をした男子児童の親から、両殿下と愛子さまに謝罪のような言葉が伝えられたという。
カメラの前ではいつも笑顔の雅子妃だが、ここに至るまでの数々のバッシングで、
「私は国民から人気が本当に無い」と思い込まれている、と宮内庁関係者は語っていた。
なぜ治らないのか、という国民の疑問はもっともだが、適応障害の治療には
「十年以上かかることもある」と専門医が指摘する点にも留意すべきだろう。
雅子妃は米国で過ごした高校時代、恩師に三十年後の夢をこう語っていた。
「世界の人々に日本という素晴らしい国を知ってもらい伝統を広く伝えたい。
そんな橋渡しができるような職業につきたい。そのために努力し、忍耐の成果を発揮していたい」


文藝春秋2011年1月号
雅子妃は愛子さまを甘やかしているのか 友納尚子
いじめ会見前に野村東宮大夫が波多野院長に連絡したとき
「もっと強く言わなくちゃ駄目だ」とのことだったので、学習院側で理解されていると思った。
しかし目白キャンパスで行われた記者会見は、いじめを否定するものだった。
「ゲームをする」「壊れた公衆電話の受話器をブンブン振り回す」など乱暴児童の存在は認めたのに。
愛子さまは耳元で「わっ」「ぎゃっ」と大声を出されたり、ジャングルジムや教室から出られないようにされたりした。
「愛子さまと離れられない」「私事優先」との非難があるがそれは違う。我が子が(安心して)
学校に通えるようにすること、それが国民の範たる皇室のあり方ではないかと皇太子ご夫妻の考え。
今年になってからは雅子妃と大野医師のスケジュールが合わないこともあり、電話だけで済むようになっているという。(宮内庁関係者)
薬の量も半分に減ってからさらに少量に減ったといわれている。
愛子さまの異変を感じたのは侍医。風邪を引いた愛子さまを診ている時、
「もう学校に行けますね」との問いに、愛子さまは「おなかが痛い」「何だか頭が痛いの」
「給食を全部食べられないから残したら作って下さった方に悪いでしょう。だから学校をお休みしようかな」
「学校に行くと食欲がなくて給食が食べられないから今日はお休みするの」
などと遠回しな理由で学校に行きたがらないことが度々あったというのだ。
侍医が愛子さまにやさしく尋ねると、学校に乱暴な児童がいて、大変に怖い思いをしたとのこと。
愛子さまは静養中の雅子妃に気をつかい、「あんまりお母さまには心配をかけたくないの。だって、ご病気でしょう。可哀そうになってしまうから」
決定的だったのは、昇降口で突然後頭部を掴まれて、下駄箱の中に頭を押しこまれそうになったこと。
愛子さまはあまりの恐怖に硬直し、泣いてしまった。(宮内庁関係者)
二学期も付き添い登校は続いているが、雅子妃も愛子さまと御所に戻ってからは、
職員と打ち合わせをしたり、書類に目を通してサインをしたり慌ただしい毎日を過ごしている。
最近の愛子さまは相撲よりも野球に夢中で、プロ野球選手名鑑を愛読している。
東宮職員たちと三角ベースをすることもあり、ベースを踏み忘れた職員が「スポーツマンシップに反します」と叱られた。
愛子さまの笑顔が続くことが、雅子妃の回復に繋がっている。
雅子妃び公務に関しては、主催者側に雅子妃の体調によっては当日にキャンセルすることがある、
ということを承諾してもらい、承諾のあるものだけを選んでいる。

  • 最終更新:2017-09-11 21:37:37

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