もうこちらの方はよろしいのではないかしら

新潮2011年12月1日号
もうこちらの方はよろしいのではないかしら 
「美智子皇后」のお言葉で消された「雅子妃」の名

ブータン国王夫妻歓迎式典の出席予定者には詳細な「配置リスト」とでもいうべき見取り図が宮内庁から示されていた。
陛下がご入院される前にはすでに出来上がっていた。
図面には陛下をはじめ皇族方の「位置取り」が示されており、事前に両陛下のお手元にも届いていた。
「皆さまにお配りしたリストには皇太子妃殿下のお名前が記されていなかった。
最初からお出ましにならないものとみなされたうえで位置取りが計画されていた。
実はこの御取り計らいには皇后陛下のご意向が反映されている」(宮内庁幹部)
昨年5月カンボジアのシハモニ国王来日の際も、今回同様あらかじめ「リスト」が作成されていたが
「職員から手渡されたリストをご覧になった皇后陛下は、
記されていた皇太子妃殿下のお名前を指し示され『こちらは、もうよろしいのではないかしら』」

宮内庁は雅子妃を除いた新バージョンと、警備上の問題もあるので妃殿下が出席された場合の2つのバージョンを職員用に作成。
国賓行事における両にらみ対応が確立され、ブータン国王夫妻のお出迎えでもひそかに2種類のリストが存在していたという。
「皇后さまは愛子さまの不登校問題が明るみに出て以来気にかけており、
お付きの職員を通じて何度か雅子さまをお食事にお誘いしていたが、
雅子さまはこれに全くお返事なさらず、お二方の最初の”わだかまり”となったという」(宮内庁関係者)
現在では皇后さまが雅子妃のお話をするのも稀になり、御所の人々も話題を差し控えている。
「皇后さまはもはや雅子さまに対し、単なる不信感という段階を通り越しているようで、 『お会いしたくない』といったご様子にも見受けられる。
皇太子さまとは1~2年の間に2度ほど御所で食事をされているが、
皇太子さまがイニシアチブを握れない東宮ご一家の現状にため息をつかれているとも」(宮内庁関係者)

秋篠宮ご夫妻、黒田清子さん、皇族の皆さまが天皇陛下へのお見舞い。
「”お風邪”にせよ、陛下のご入院から2週間、 雅子さまと愛子さまは一度も東大病院を訪れていない」(宮内庁担当記者)が、
雅子妃は学習院初等科には足を運び愛子さまと昼食を召し上がっている。
11月18日の東宮大夫記者会見では雅子妃のお見舞いはいずれ折をみてとお考えになっているのではとのことだが、
実際に行かれるかどうかは甚だ疑問(同記者)
雅子さまはよもやお見舞いも「ご公務」だとは仰るまいが、
こうした御振る舞いがはたして国民の範足りえるのかといった問いはもはや論ずるまでもなかろう。

松崎敏弥氏「(10月20日の美智子さまのお誕生日夕食会での皇太子ご一家の早々の退席について)
今の雅子さまは両陛下と長くご一緒するという状態には耐えられないのでしょう。
それは、これまでの一連の御振る舞いについて、両陛下が厳しくご覧になっておられると、
雅子さまご自身も理解していらっしゃるからだと思います」
渡辺みどり氏「次の皇后になられる方にとって、陛下のお見舞いとお子様の学校と
どちらがより大事なのかという点について、つまりはご夫妻でのお話合いが足りないということなのでしょう」

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

※週刊新潮」(平成23年12月1日号)の記事について
平成23年11月28日

週刊新潮12月1日号は,「もうこちらの方はよろしいのではないかしら」
「美智子皇后のお言葉で消された『雅子妃』の名」という見出しのもとに,
皇后陛下は,皇太子妃殿下が,国賓の歓迎行事には出席されないことを前提とする資料を
最初から準備しておくよう指示され,その結果,先般のブータン国王・王妃両陛下の訪日に際しても,
宮内庁は,皇太子殿下お一方の出席を前提とした資料を作成した旨報じているが,
(1) 国賓の接遇を所管する宮内庁式部職では,資料の作成にあたっては,
まず,天皇皇后両陛下,皇太子同妃両殿下及び既に御了承を得ている接伴皇族の御出席を前提として
資料を作成するのが慣例であり,最初から,皇太子妃殿下の欠席を前提とする資料を作成することはない。
これは,昭和49年,迎賓館で国賓歓迎行事が開始されて以来踏襲されているパターンに従って,
担当官が事務的に作成するもので,宮内庁幹部も,この段階において一々関与することはなく,
まして,皇后陛下がその作成に関与なさることはなく,また,あり得ないことである。
(2) 先般のブータン国王・王妃両陛下の訪日に際しては,天皇陛下の御不例により,
歓迎行事の2日前に,皇太子殿下が御名代を務められることが決定され,
かつ,皇太子妃殿下は今回も欠席される旨の連絡が東宮職よりあり,
式部職は,御名代として国賓を迎えられることになった皇太子殿下の式典における立ち位置等を図示する
新たな資料を急遽作成し,この図において,初めて皇太子妃殿下の立ち位置が削除された。
以下,具体的な事実関係を記す。

1 同記事の冒頭に,ブータン国王・王妃両陛下の訪日に先立ち,
歓迎行事の参列者の位置や護衛のポジション等が細かに記されたいわば
『配置リスト』とでもいうべき見取り図が,宮内庁から出席者に対して示されたとし,
それには皇太子妃の名前が記されておらず,最初からお出ましはないものとして,
会場の位置取りが計画されていたと記されているが,この記述のような事実はない。
宮内庁においては,各国から国賓を迎える際,歓迎行事を始めとして,
国賓を接遇する行事毎に,その行事の円滑な進行を図るために,
式部職が,行事の主な出席者の立ち位置等を示した資料を,まず作成する。
歓迎行事に際し,皇太子同妃両殿下は,国賓をお迎えになるお立場の天皇皇后両陛下に続き,
出席する皇族及び総理大臣の先頭を進まれ,また,皇族の先頭の位置に並ばれることが,
昭和以来踏襲されてきており,それぞれの国賓来日に際して作成される資料でも,
常に皇太子同妃両殿下の立ち位置が図示されてきた。
したがって,ブータン国王・王妃両陛下来日の際も,当初準備された資料では,
もちろん皇太子同妃両殿下の立ち位置が明示されている。
11月11日,東宮職より,皇太子妃殿下は,今回の国賓行事に御欠席になる旨式部職に連絡があり,
その時点においても,式部職が,あらためて皇太子殿下お一方であることを図示する
新たな資料を作成し直すことはしていない。しかるところ,天皇陛下の御入院が長引き,
11月14日,歓迎行事の2日前に至り,皇太子殿下に御名代として国賓接遇をお願いすることになり,
その旨を侍従職より東宮職に連絡し,これに対して,同日中に,あらためて東宮職より,
この度は皇太子殿下がお一方で御名代として国賓をお迎えになり,
皇太子妃殿下はお出ましにならない旨の連絡があった。
御名代として国賓を迎えられることになる皇太子殿下の立ち位置は,
従来の陛下の御位置となり,これまでの立ち位置とはまったく異なることになる。
ここにおいて,式部職は,あらためて御名代としての皇太子殿下お一方の立ち位置や
新しい列順を図示する新たな資料を急遽作成した。
このように,全ては皇太子殿下が御名代と決定されて以後の変更であり,
宮内庁が,早くから,皇太子妃殿下の御欠席を前提とし,
その立ち位置を省いた資料を作成していたという事実はない。

(なお,この記事に『護衛のポジション』とあるが,
これが,警備関係者が独自に作成した資料であればそれとして,
宮内庁が作成する資料の中に,歓迎行事における護衛の立ち位置が図示されることはない。)

2 さらに,同記事は,後半部分において,昨年5月カンボジアのシハモニ国王陛下が
国賓として来日された際においても,式典の準備にあたって作成された参加者リストを
御覧になった皇后陛下は,記されていた雅子妃殿下のお名前を指し示して
『こちらは,もうよろしいのではないかしら』と仰せになったとし,
その結果,宮内庁が,皇太子妃殿下を省いた「新バージョン」を作成し,
出席者に配布したと記している。こうした事実でない憶測の上に立って,
今回の記事が書かれていることは,誠に残念なことであるが,
もとより,シハモニ国王陛下の国賓としての訪日に際しても,
式部職は,それまでの国賓接遇案件と同様,
皇太子同妃両殿下が歓迎行事に参列されることを前提にした資料を作成しており,
皇后陛下の御指示によって,妃殿下の欠席を前提にした資料を別途作成したというような事実はない。
この歓迎行事に,妃殿下がお出ましにならない旨の連絡が,東宮職から式部職に対して伝えられたのは,
歓迎行事の数日前のことだったが,この時,既に定型の資料は刷り上がっており,
これに伴い,式部職が,立ち位置等を記した資料を改めて作成し直すことはしていない。
事後に残される実行の記録にこそ,当日の妃殿下の御不在は記録されるが,
この段階においてなお,妃殿下の立ち位置は図式の中では削除されていないのである。

先述したように,今回のブータン国王・王妃両陛下の訪日に際しては,皇太子殿下が,
御名代というお立場になられたため,天皇皇后両陛下を御対象として作成された図式を,
御名代に書き直す必要上,新資料が作られた。
もちろん,この時点でも,東宮職に問い合わせを行っており,当時長野県に御滞在中の皇太子殿下御自身から,
あらためて東宮大夫を通じ,お一方御出席の御返答を頂いている。

  • 最終更新:2017-03-26 11:13:55

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