『文藝春秋』は腹がすわっていない

wiLL2009年3月
皇室問題 『文藝春秋』は腹がすわっていない
 西尾幹二(評論家)

皇室と日本の分水嶺
人間の発する言葉自体にはさしたる力がありません。他の人がどう感じ、社会がどう反応するかで力が生じるのです。
田母神前航空幕僚長の過日のケースでも、発言内容自体よりも、それが強い刺激を与えて引き起こした社会における波紋に意味があると思います。
思想それ自体よりも、反響そのものが思想であるといっても過言ではないでしょう。
なにゆえに権力側が田母神発言を押さえ込んだのか、なにゆえに朝日新聞、NHKはじめ大マスコミがヒステリーに陥ったのか。
この喜劇的おかしさは、一般の国民にもはっきりと見えたと思います。

『文藝春秋』が左翼雑誌に?
田母神論文についてなされた様々な発言の中で、特にインターネット上の書き込みの中では、
「自由民主党はいつ左翼政党になったのか」というものが多くありました。これは多数の国民の心の中に潜んでいた声でもあります。
選挙前のトラブルは嫌だという程度の考えで与党は逃げを打ったのだと思っていたら、
あの保守派の期待の星・麻生総理が「自衛隊の中で二度とこのようなこと が起こらないための再教育と監察を行え」と言い出しました。
「いったい麻生総理はどうなってしまったのか?」と驚きましたが、事実、その方針に則って防衛大臣は動いています。
二人の動きは、かなり確信犯的なものだったので、その理由がまだ私にはわかりません。
NHKの番組「クローズアップ現代」は、ことにひどい内容でした。かねてからNHKはあのようなものだということは百も承知ですが、
「自民党は左翼政党だったのか」という驚きとともに首を傾げたのが「『文藝春秋』はいつ左翼雑誌になったのか」というものでした。
これについては同じ文藝春秋社から発行されている『諸君!』12月号に私が批評していますので、ご存じの方も多いかもしれません。
敗北的平和主義と左翼リベラリズムを代弁する二つの言論雑誌、講談社の『現代』と朝日新聞社の『論座』が昨年廃刊となった後、
中道右派と見られていた『中 央公論』と『文藝春秋』が事実上最左翼になったという皮肉な逆説を申し述べたものです。
今度も『文藝春秋』は早速に石破前防衛大臣に田母神論文への反論を書かせています。
アメリカの核の傘の無効化、日米安保の見直しに必要、核武装論議ほか我が国の軍事的自立への努力の表明、などの切実な現実正視をできるだけ逃げたい人々が
問題先送り心理に浸っていて、憲法九条死守とアメリカ依存心理を結びつけ、左翼と親米派が手を組むというのが今の大雑把な現状維持派の構造なのですが、
『文藝春秋』はそれと戦うという姿勢をいつの間にか失ってしまって、そちらのサイドに立ったように私には見えてなりません。

この国の「ビンの蓋」
文藝春秋の社内のある幹部の方から、「半藤一利、保阪正康、立花隆氏などを起用するのは、『文藝春秋』のビンの蓋だからだ」ということを私は聞きました。
うまい言葉だ、と思ったものです。文藝春秋の社内からの発言ですから、会社の体制に疑問を持っている人がいるということを物語っていて、
その点まだ救われた思いがしています。
「ビンの蓋」というのは、ご存じのように1990年3月、 スタックポール在沖縄米海兵隊司令官が「在日米軍は日本の軍事大国化を抑える『ビンの蓋』だ」と
使った言葉です。ですから、『文藝春秋』がきわ立つ保守系雑誌にならないための「ビンの蓋」、
つまり『文藝春秋』は朝日新聞のサイドに立ちますよという宣言のために半藤一利、保阪正康、立花隆氏らをしきりに起用 しているというわけです。  
さらに田母神論文にまつわる発言で驚いたのが、自衛隊出身者のものです。元来、保守だと思っていた方々、例えば森本敏氏らの発言には驚かされました。
「え?この人が?」という言葉が自衛隊出身者の口から出て、一方では浜田防衛大臣の言動もあった。
つまり、「自衛隊はいつ左翼になったのか」という驚きです。
自民党が? 『文藝春秋が』が? 自衛隊が? というのは、私たちにとって驚きであり、深刻な事態でもあります。
これが外国などの外からの圧力があっての 反応でしょうか。心の内側からの自己規制ではないでしょうか。
この国全体が何かを必死で押さえていて、それに対して「ビンの蓋」が必要であるという「空気」がもたらした事態でしょう。
すでに「ビンの蓋」は取れかかっているからこそ、その役割を果たしている知識人が必要なのだと、私は見ています。
私は「ビンの蓋」を早く外して、言論界は現実を直視する人が主流になっていくべきだと思っています。
問題視すべきは「九条の会」でも「姜尚中」でもありません。彼らはもう底が割れています。
『文藝春秋』を占領し、半ば保守の顔をしていて、そのじつ朝日新聞やNHKや共同通信などとしっかりつながっているような知識人が
この国の「ビンの蓋」になっている、ということをよく知らなければならないのです。

天皇陛下の御意向
もう一つ、自民党や『文藝春秋』や自衛隊だけがおかしいのではなく、皇室はどうなのかという問題があります。皇室で何かが起こっているのではないか。
それは、平成20年12月9日の天皇陛下がご心痛と内心の怒りを洩らしたお言葉についての宮内庁長官発言、
それに口答えするかのような東宮大夫の発言からも窺えます。
宮内庁長官の発言は天皇陛下の意を受けての言葉と考えてよいでしょう。天皇陛下のご意向を無視して長官が勝手に見解を述べるはずはありません。
直接に発表することができない天皇陛下の胸のうち、真意を表したものだと言えます。
その宮内庁長官発言は、私が『WiLL』平成20年5月号に書いたものとほとんど同じ方向にありました。非常にソフトにカモフラージュして述べられていますが、
内容的には『WiLL』に書いてきたようなことを天皇陛下がご心配されているのだと考えてよいと思います。
この長官発言は断片的に報道され、新聞によって内容が少しずつ異なるので、陛下のご心痛が国民にいまひとつ伝わっていないように思います。
文書Aとして掲載しておきますのでこれを基礎資料としてください。

 文書Aの(3)には、
《妃殿下の適応障害との診断に関し「皇室そのものが妃殿下に対するストレスであり、ご病気の原因ではないか」、
また「妃殿下がやりがいのある公務をなされるよ うにすることが、ご快復の鍵である」といった論がしばしばなされることに対し、
皇室の伝統を受け継がれて、今日の時代の要請に応えて一心に働き続けてこられた両陛下は、深く傷つかれた》
という、このうえなく重要で、相当に思い切った表現が示されています。
ここで言う「皇室そのものが妃殿下に対するストレス」といった論を叙べ立てたのは、『文藝春秋』平成20年4月号の斎藤環医師が最初です。
斎藤氏は「適応障害」とは環境に適応できないのだから、環境が変われば病気は治る、という見方を一貫して披露し、
数年間をヨーロッパで暮らすような処方箋を提案していました。
精神科医の香山リカ氏も同じ意見でした。医師ではありませんが、都副知事の猪瀬直樹氏も外国長期滞在を勧めていました。
このような考えがあちこちに見られることに、両陛下は「深く傷つかれた」と仰せられているのです。
これは皇太子ご夫妻にもっと自由を与えよ、という医師をはじめとする多方面の、
妃殿下を弁護する一連の論調に対して向けられた両陛下の感想といってよいものですが、
形を変えた妃殿下に対する批判、ないしご叱責であると私には読めます。
さらに、「妃殿下がやりがいのある公務をなされるようにすることが、ご快復の鍵である」というもうひとつの意見ですが、こ
れは東宮医師団、つまり大野裕医師が最初から言っていることです(平成17年12月「東宮職医師団の見解」)。
このような認定と議論こそが、両陛下を傷つけたと宮内庁長官、つまり陛下が述べていらっしゃるのです。
好きなことだけやるとか、忍耐を要する宮中祭祀はやらないとか、だから講書始も歌会始も出ないとか、
外国訪問もブラジルとトンガには行かないがスペインに は行きたかったり、チャールズ皇太子が来日されたら大喜びでお迎えするというような、
ご自分のやりたいことだけやるというのは皇室のご公務の本来の姿ではありません。
ご病気を理由にいつまでつづくのか、それが多くの国民の苛立ちや疑問の元でもあります。

医療体制への苛立ち
さらには、次のように続きます。
《皇太子妃殿下のご公務、及び皇太子殿下の新しいご公務については、殿下の記者会見における公務見直しのご発言のあった直後、
両陛下から、当時の宮内庁長官、前任の長官、参与などが、両殿下のご意向をよく伺って、ご相談に乗るようにとのご依頼を受け、
御前にも出て[西尾註/皇太子殿下妃殿下の]、いろいろと申し上げているが、今も、具体的なご提案をお待ちしているところである》
つまり、深く傷つかれた両陛下は、両殿下に対して「新しい公務とは何か」「いったいどうしたいのか」問い続けてきたけれども、
いまだに公務見直しの内容について具体的な返答がない、ということに苦言を述べられたのです。これは国民もよく承知のことでしょう。
そして、長官発言資料(4)において、医療体制についても見解を述べておられます。資料中に「東宮職」とあるのは野村一成東宮大夫、
「皇室医務主管」とあ るのは宮内庁側の医師・金沢一郎氏です。
また、「東宮医師団」とは慶應大学教授の大野裕医師のことで、妃殿下の治療に当たっているのは周知の通りもっぱらこの方お一人です。
《皇太子妃殿下の健康診断の問題であるが、従来、妃殿下のご病気の性格上、
また東宮職の意向もあり皇室医務主管が直接に妃殿下の健康管理にかかわることは、差 し控えてきた。(中略)
今、すべきこととして、今後は、東宮医師団が直接の責任者となり、両殿下の定期的な検診の実施、検査結果の把握などに当たってもらうことを考えている。
もとより、東宮職から依頼があった際には、医務主管が万全の協力を行うことは申すまでもない》
つまり、これまでは責任の所在が不明確で、宮内庁側の医師が病気の性格上遠慮して、直接関与を差し控えてきたため、情報が把握できなかったと語り、
心配と 苛立ちを隠しません。ポリープのことなどで話題を散らしていますが、今後は「責任」を明確にするようにと求め、
必要があれば宮内庁側の「医務主管」が介入する用意があるということを遠まわしに述べておられます。
ここで「責任」とか「責任者」という言葉が使われていることに注目する必要があります。
つまり、東宮医師団の責任の所在はどこにあるのか、ということをあ らためて問い詰めている形で、
裏返せば、大野裕医師が独占している今の医療体制はおかしいという疑問を披露し、不満を表明しているものと解することができます。
大野医師の私的独占行動だけではもうどうしようもない状況にきているということです。
私はそれについて、「医師を複数に」という提言をこれまで何度も書いてきましたが、いまだそれはなされていないようです。
東宮職医師団が雅子妃のご病状を「適応障害」と発表した平成17年12月当時のことを思い出してください。
当時も、宮内庁長官は「実は私も皇室医務主管も妃殿下にお目にかかっておりません」と明かし、
「私どもがご快復に尽力できる状態になればと思っています」と当惑を隠さないでいます。 
当時と今回の発言を見比べても、より宮内庁の苛立ちは募っているように思えます。

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文書A
〈天皇陛下の検査結果に関する医務主管等の説明及び皇太子妃殿下お誕生日に係るご感想と東宮医師団見解を踏まえての宮内庁長官発言〉平成20年12月9日
天皇陛下には、かねて、国の内外にわたって、いろいろと厳しい状況が続いていることを深くご案じになっておられ、
また、これに加えて、ここ何年かにわたり、ご自身のお立場から常にお心を離れることのない将来にわたる皇統の問題をはじめとし、
皇室にかかわるもろもろの問題をご憂慮のご様子を拝しており、こ のようなさまざまなご心労に関し、本日は私なりの所見を述べる。
(1)さる9日、 皇太子妃殿下のお誕生日に際し、妃殿下のご感想が発表された。
この中で、妃殿下ご自身が「天皇、皇后両陛下には、これまで私の体調についてご心配くださり、
温かくお見守りいただいているお心遣いに深く感謝申し上げます」とお述べになっているように、
天皇陛下は、皇后陛下とともに妃殿下の快復を願われ、心 にかけてこられた。
この数年、一部の報道の中に「両陛下は、皇太子妃殿下が公務をなさらないことを不満に思っている」
「両陛下は、皇太子、同妃殿下がオランダに赴かれたことに批判的であった」といった記事が散見されるが、
妃殿下がご病気と診断されてこの方、両陛下からこのたぐいのお言葉を伺ったことは一度 もない。
(2) この間、両陛下がずっとご心配になっておられたことは、妃殿下の適応障害のみならず、妃殿下の更に広義におけるご健康のことであった。
昨年皇太子殿下がポリープの切除手術を受けられたが、その時、両陛下はポリープの大きさに驚かれ、
相当期間検査がなされていなかったことに強い不安を持たれた。以後、殿下が 定期健診を避けられることのないよう、願っておられる。
皇太子妃殿下についても、現状のご病気のことと共に、妃殿下ががんをはじめさまざまな成人病にかかりやすい年齢におられることを深く案じておられ、
健康チェックを定期的になさるよう、また、そのことに誰かが責任を持ち、妃殿下の健康をお守りすることを 願っておられる。
(3) 次に、妃殿下の適応障害との診断に関し「皇室そのものが妃殿下に対するストレスであり、ご病気の原因ではないか」、
また「妃殿下がやりがいのある公務をなされるようにすることが、ご快復の鍵である」といった論がしばしばなされることに対し、
皇室の伝統を受け継がれて、今日の時代の要請に応えて一心に働き続 けてこられた両陛下は、深く傷つかれた。
その中でなお、お二方のために、両陛下として何ができるか、宮内庁、掌典職と何をはかっていくべきかを考え続けてこられたことを指摘したい。
  皇太子妃殿下のご公務、及び皇太子殿下の新しいご公務については、殿下の記者会見における公務見直しのご発言のあった直後、
両陛下から、当時の宮内庁長官、前任の長官、参与などが、両殿下のご意向をよく伺って、ご相談に乗るようにとのご依頼を受け、
御前にも出て、いろいろと申し上げているが、今も、具体 的なご提案をお待ちしているところである。
(4) 最後に、上記(2)の皇太子殿下の健康診断の問題であるが、従来、妃殿下のご病気の性格上、また東宮職(編集註/野村東宮大夫)の意向もあり、
皇室医務主管(編集註/天皇皇后をはじめ皇族の医師で天皇のご病状会見の中心人物であった金沢医師)が直接に妃殿下の健康管理にかかわることは、
差し控えてきた。医 務主管が検診の種目を指示し、検査結果を把握することがなし得ず、このことが、結果として妃殿下のみならず、
殿下の定期健診の責任を誰が持つかを不明確にし、また、ご検査を間遠にし、ポリープのご手術の時のように、両陛下に非常なご心配をおかけしてしまった。
このことだけは繰り返してはならない。今、すべ きこととして、今後は、東宮医師団(雅子妃殿下が依頼したとされる慶応義塾大学の大野裕医師の他は
人数も不明)が直接の責任者となり、両殿下の定期的な検診の実施、検査結果の把握などに当たってもらうことを考えている。
もとより、東宮職から依頼があった際には、医務主管が万全の協力を行うことは申すまでも ない。
(結語)今年は、毎年行われるいろいろな行事に加えて、4年ごとに開催されるオリンピックやパラリンピック、50周年、100周年、150周年、
さらには「源氏物語千年紀」など、さまざまな事項の節目の年に当たり、記念行事や、式年祭が多かったこともあり、
通常の年に比較して、お忙しい一年であった。かねて、私は、天皇陛下が75歳びお誕生日をお迎えになり、平成の御代(みよ)が20年を超えるこの機会に、
ご負担の軽減を進めさせていただきたいと考えてきたが、一昨日の医師団の判断にかんがみ、
当面の対応として、陛下のお疲れを減らし、ストレスになりそうな状況をできるだけ減らすために、
ここ1ヵ月程度は、ご日程を可能な限り軽いものに致したく、天皇誕生日やもろもろの年末年始の行事などについて、所要の調整を行いたい。

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東宮大夫の「口答え」
この宮内庁長官発言に対して、三日後の12月12日、驚くべき東宮大夫の発言がありました。文書Bとして全文を掲載しておきます。
《両陛下が妃殿下の適応障害との御診断に関して、「皇室そのものが妃殿下に対するストレスであり、御病気の原因ではないか。」
といった論がなされることに対して、深く傷つかれたとのことでございますが、このような論に対しては、妃殿下御自身も深く傷つかれたことと思います》
これではまるで「口答え」です。
天皇陛下が心配して下さったことに対してはありがとうとは述べていますが、天皇の大御心を傷つけたことに対しては何も言及していません。
本来であれば、不徳の致す処であり慙愧に堪えない、と皇太子殿下のお言葉をもって謝罪の意を伝えることから始めるべきでしょう。
東宮大夫は「その点については妃殿下ご自身が深く傷つかれている」という言葉遣いです。これは単なる混ぜっ返しです。この発言を私は信じられません。
天皇陛下が深く傷つかれたという発表があれば、「我が身の存在が陛下のお心を悩ませたまいし」と自分を呪うのが妃殿下のあり方です。
「我が身にとって許されざることでございます」という姿勢でなくてはならない。
その言葉があって何か言うなら、まだ許せますが、そのような配慮はまるで見られない。
「陛下が傷つかれた」と言ったら「私のほうが傷ついたのよ」と、こう言っているわけです。何をかいわんや、です。
たとえ父子とはいえ、東宮は国民の前で礼儀の型を守ってみせなければなりません。東宮大夫はその演出をしてみせなければなりません。
平成の皇室は国民が期待しているそのような「型」を失ってしまったのでしょうか。
これについて、複数の週刊誌が「千代田(皇居)と赤坂(東宮)の対立」という構図で取り上げました。
ただし、そのような週刊誌報道があったためか、宮内庁は文書Cのような発表を行いました。
どのような経緯で、宮内庁がトーンダウンしたのかはわかりませんが、当初の長官発言、そして東宮大夫の会見から素直に読み取れば、
私が今述べたような詠み方になるかと思います。
いずれにしても、天皇陛下はご自身のご病気もおありになり、さらに皇統の問題でお悩みのため、
皇太子殿下、雅子妃殿下に宮内庁長官を使って、玉を投げたのです。これに対して、皇太子殿下が二月のご誕生日の会見でなんとおっしゃるか。
まさか、「雅子が」「愛子が」とばかりはおっしゃれないと思います。皇太子殿下がどのようにお考えを述べられるか、
私も国民の一人として期待しています。

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文書B
〈宮内庁長官発言を受けた野村東宮大夫の発言〉平成20年12月2日
私の方から、昨日の長官の会見でのご発言について一言触れます。
長官のご発言は、先般の陛下の御不例とその後の医師団の判断を受けて長官が個人的な所見を述べられたものと理解しており、
その中には、皇太子同妃両殿下にかかわる部分がありますが、これについて私が私の立場で(長官と)同様に個人的な所見を述べることは控えます。
ただ、はっきりとしていることとして指摘しておいた方がいいという点がいくつかございます。
一つは妃殿下の病気治療に対して両陛下から賜っておりますお心遣いとお励ましを妃殿下が心から有り難く思っておられるということでございます。
もう一つは、両陛下の御健勝を両殿下が常に強く願っておられ、この度の陛下の御不例に対しては心から御案じ申し上げ、
お早く御回復されることを願っておられるということでございます。
それから両陛下が妃殿下の適応障害との御診断に関して、「皇室そのものが妃殿下に対するストレスであり、御病気の原因ではないか。」
といった論がなされることに対して、深く傷つかれたとのことでございますが、このような論に対しては、妃殿下御自身も深く傷つかれたことと思います。
妃殿下は皇室の伝統も御公務も大切に考えておられるわけでございます。それらを十分に行うことができるようになるよう御治療に鋭意努めておられます。
両陛下に両殿下の健康診断のことでお心遣いを賜っていることを両殿下は有り難く思っておられると思います。

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文書C
宮内庁発表〈宮内庁長官発言と東宮大夫の記者会見をめぐる最近の皇室関連報道について〉平成20年12月24日
最近の皇室関連報道において、羽毛田宮内庁長官および野村東宮大夫の記者会見での発言を取り上げ、東宮大夫が宮内庁長官に対し、
皇太子妃殿下が長官発言に傷つかれた、あるいは妃殿下の方がより傷つかれている旨の反論を行ったなど、
あたかも宮内庁内部が対立しているかのうに報道する記事が見受けられます。
しかし実際は、宮内庁長官は、「皇室そのものが妃殿下に対するストレスであって、ご病気の原因ではないか」といった論調が
しばしば報道等で見られることに対し、両陛下が深く傷つかれた旨発言し、東宮大夫も長官の発言に同調し、
このような論調には妃殿下も深く傷ついている旨述べたものです。
また、皇太子妃殿 下が長官発言に傷つかれた、あるいは妃殿下の方がより傷つかれているとの東宮大夫からの発言は一切ありません。
したがって、東宮大夫が公の場で宮内庁長官に反論したとし、あたかも宮内庁内部が対立しているかのような報道は全くの誤報です。
宮内庁としては、報道各社に対し、客観的事実に基づいた記事を掲載するよう要請してきているところですが、
本件につきましては、宮内庁ホームページを通じ、正確な事実につき、直接、国民の皆様にもお知らせいたします。

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『文藝春秋』2月号への疑問
『文藝春秋』2月号が保阪正康氏の筆で「秋篠宮が天皇になる日」という大胆な論文を掲げましたので、一読後の感想を述べておきます。
「総力取材」とか「核心取材」といった語が踊っていますから、よほど確かな見通しのある証拠や証言に基づく記述かと思って読みましたが、
必ずしもそうとは いえません。国民が抱く皇室への不安の唯中でのこのタイトルの論文ですから、
当然、現皇太子が継承をとり止め、秋篠宮が次の天皇になるというかなり確かな取材中の証拠か、
感触かを得ての執筆だろうと思ったのですが、私の読み落しかもしれませんが、そういう風にも読めません。
あるいは言外に確実な見通しを語っているのかな、と反芻しましたが、やはりそうとは思えません。内容はこれまでにも報道されてきた兄弟の比較です。
天皇皇后にも周辺の人々にも気配りと配慮のある弟君に比べ、次第に存在感が薄くなっている皇太子像が描かれています。
社会性のある秋篠宮の見識や能力の高さは多分論文に書かれている通りであろうと思います。
明日天皇になっても大丈夫だ、といわんばかりの好意と敬意を込めて描かれた秋篠宮の人間像はよく分かりました。私もこれで安心しました。
しかし、こうした特別論文をわざわざ掲げた意味と目的が単にその程度のものなら、何もこんな驚かすようなタイトルを付けなくともよいのにと思いました。
次 の天皇、第百二十六代の天皇が秋篠宮であってもよいと言おうとしているのか、あるいはあるべきだと言おうとしているのか、その辺が判然としません。
もし後者であるなら、私が本論で考察した妃殿下のご病気と公務の問題、皇室のストレスという医師の認定が陛下を傷つけているという新たに分かった事実、
「新しい公務」への陛下の拒否感情、大野医師ひとりに頼る医療体制の不自然に対する陛下の責任追究の意識・・・・・・等々を『文藝春秋』も取り上げ、
正面から見据えて究明し、雑誌としての態度表明をするべきではないのでしょうか。目次に「天皇の心痛と怒りの核心は?」とあるのですからなおさらです。
秋篠宮が次の天皇であるべき理由は、これらの諸問題が風雲急を告げている結果にほかならないからです。

天皇の現実の苦悩
まず何よりも皇位継承の不安に関する天皇の苦悩にわれわれは目を向けなければなりません。
天皇の苦悩は、皇室問題は国家の問題だという認識に立っています。その認識は私たち国民も天皇と共有しています。
そしてそれは現実のきわめて厳しい問題です。厳しくしてしまっているのは皇太子ご夫妻です。
『文藝春秋』2月 号は現下の雅子妃問題についてひとことも触れていません。秋篠宮の皇位継承を唱えるのはいいですが、
その手前にある現実の問題をどう解決しようとしているのでしょうか。解決しなければならない諸案件、
例えばいよいよここへ来ての天皇陛下への御聖断の要請、皇室会議の招集の準備とか、手続き上の数多くの理由づけなどもきちんと考えた上で
「秋篠宮が天皇になる日」は書かれたのでしょうか。
単なる願望や希望を述べただけだというのなら少し無責任すぎます。
そして、例えば私の昨年の『WiLL』での発言を当てつけて「一部のメディアの雅子妃バッシング」などと言い放つのは無礼であるだけでなく、
当の現実を見届けようとしてきた私の問題への対応を真に理解してもいないのです。
『文藝春秋』の当該論文は秋篠宮の昨日と今日についてよく調べて書かれていますが、雅子妃をお可哀そうにと書く友納尚子さんの文章とどこでどう違うか、
よく分かりません。言いにくい問題からは逃げている点では同じに見えるからです。
田母神問題の言いにくい側面をも結局は逃げ、「ビンの蓋」に甘んじている最近の『文藝春秋』の論文の性格は、ここにも現れているように思えてなしません。
しかし、そうではない、「秋篠宮が天皇になる日」だけは皇太子夫妻の廃位を前提としているのですから、
「ビンの蓋」をスパッと思い切って取り除いた決断的 行為であると言いたいのかもしれません。
であるなら、次号にも引き続き具体的で現実的なそこへ至る手続きについて、御聖断を求める声があるならそれを、
政界はじめ要路の人々の真剣な討議のための方法論や事実報道を展開していただきたい。
時間が切迫していることを考慮し、そこまで本当に思い詰めての論考かどうかを疑う内容の一文を、私は論文中の最後の部分に見出しました。
「私には天皇・皇后が皇太子・雅子妃に求めていることは、まさに秋篠宮が実践しているようなコミュニケーションの回路を開くことではないか、と思われる。
なによりもまず、皇太子は雅子妃が病気のため難しいというのなら、愛子内親王だけでもいいから、
その手を引きながら、天皇・皇后のもとを訪れるべきではないだろうか:
こう書いているまだ呑気でいる保阪氏に、私は斎藤環医師の診断の示した一番の深刻さをご理解になっていないと申し上げたい。
医師は、治療のためには妃殿下 が参内を控える判断が妥当であるだけでなく、皇太子が一人で参内するのも、愛子さまを連れて参内するのも、
彼女の孤立感を深め、精神状態にダメージを与えるからやってはいけないと言っているのです。
私はかつてこの部分を読んだときに、病気がこういうことであるなら、ここから先はもはや国家の問題を優先させる提案以外に、
国民の一人としてはもう何もできないと思ったのです。
昨年『WiLL』5月 号に第一稿を書いたときの隘路に陥った私の絶望は深かったのです。保阪氏はその絶望を潜っているように思えません。
従って深く傷ついたと語った天皇の苦悩と怒りも察してはおられないように思えます。
もしそうでなければ「秋篠宮が天皇になる日」がなぜ雅子妃問題を避けたのか、皇室は日本国家の問題だとなぜ叫 ばないか、
どうしても理解できないからです。ただし、すでに確証をつかんでいて、論文の標題は内裏の決定路線であるというのなら以上の批判は撤回します。

権力が機能しない日本
さて過日、私は「新しい歴史教科書をつくる会」の運動を長年されてきた南九州に住む友人から、手紙を頂きました。
友人のご長男は自衛隊員であり、海軍少尉くらいのポジションにおられるようです。
そのご子息は、エルキャックという戦車を3台も積める水陸両用の戦闘艦「ホーパークラフト」の艦長の訓練を、歓び勇んで受けているそうです。 
しかし、その艦長になるためには「特別防衛秘密」、略して特防の資格を持っていなければならないそうです。
8年前には簡単に下りた特防の資格が、もう1年以上、下りないでいるらしい。
ある一等陸佐の話では、「今の自衛隊は腐っているよ。両親がシナ人であろうが朝鮮人であろうが幹部への登用はフリーパスだが、
右翼は駄目なんだよ」ということだそうです。
友人は「どうも私が原因で息子の特防が下りないらしいのです」として手紙を締めくくっています。
自衛隊はもともと保守運動をしている人たちの魂の拠り所で、逆に自衛隊にとってみれば保守運動をしている人たちは大事な支持者であるはずです。
これはとんでもないことが起こっているな、と私は心配しています。
田母神前空幕長にお聞きしたところ、「んー、そんなことが・・・・・・」とまさに寝耳に水というご様子ですたが、
先頃まで当事者だった方にもよくわからないところで事態は進行しているのかもしれません。もちろん、これは一つの邪推にすぎません。
しかし、こういうヘンなことが起こっているのと、まさにシンクロするように「村山談話」の思想を体現しなければ自衛隊幹部になれないという教育が今、
行われようとしているのです。

国際法は河野太郎私案が元
もう一人、私の友人で地方議員をしている60代の方が以下のようなことをお書きになっていました。
《外務省の中にチャイナスクールがあったのは去年までで、今はそれが拡大して政府も防衛省も全部がチャイナスクールになりました。
「つくる会」と自衛官だけがそれに犯されて侵されていない。今度の国籍法の改悪問題ですが、国の崩壊は一挙にくるのですね。
ある朝、我が家の前の刈り取り終わった田んぼの中に10以上のテント村が出現し、地主が咎めたら殴り倒され、駐在さんは手が出せない。
翌日、テントは50に増える。今度は警察署が来ても手が出せない。その晩、周辺の民家が襲われ、それを知った住民は大挙して避難を開始する。
翌朝、その地域全体がチャイナ人に支配される。1週間後、周辺の自治体が支配される。海岸から楽々チャイナ軍が上陸してくる。
自衛隊は駐在地を明け渡す。1週間後、中日合邦がなったことが発表され、かつて反チャイナの言動をした人がどこかに連れて行かれたままになる。
アメリカ軍は飛行機や船で全員が帰国する。まあこんな悪夢を見るこの頃です》
決してこれが明日すぐ現実になると言っているのではなく、私の友人の悪夢にすぎません。
しかし、笑っていられないのも事実です。今の政治家の質の劣化が、このような悪夢を引き起こす可能性をつねにはらんでいるからです。
 国籍法の改悪問題にしても、平成20年11月14日の閣議で国籍法の問題点を見逃してしまいました。そこで問題にしていれば、この法律は止められたのに、
吟味もせず通過させてしまいました。辛うじて付帯条件でDNA鑑定をするかどうかを検討するとしていますが、
付帯条件は法的効力がなく、犯罪が多発したときの改正案に役立つにすぎません。
周知のとおり最高裁が違憲判決を出したのを受けての国籍法改正でした。憲法で「国籍の要件は国会で定める」となっているにもかかわらず、
最高裁は違憲判決のあと判決文に「『父又は母が認知した』に改める」まで書き込むなどして、明らかに立法権を侵害していたのです。
しかしこれを疑問とした国会議員はいませんでした。国会議員は最高裁と聞いただけで金縛りになって、
自分たちの権限が侵害されても何とも思わない体たらくぶりです。
三権分立は立法府にもチェック機能を認めているはずです。今の政治状況は本当に恐い。永田町から国家の根幹が次々と全部破壊されて行きかねません。
さらにまた、重国籍法が新たに問題になりかかっているのですが、誰もまだ気づいていません。
重国籍法とは、韓国籍や中国籍のまま日本国籍を取れるという二重国籍が許される法案です。
しかも、その二重国籍のままで、警察庁長官、公安調査庁長官、各県知事、海上保安庁長官、東大総長、宮内庁長官と何にでもなれます。
二重国籍のままつくことができないのは、皇室、大臣、国会議員、外交官、判事、自衛隊の士官だけで、他はよしとしているのです。
自衛隊でも下士官以下、実力行使部隊には二重国籍の人がつくことができます。
これを法的に許す法案を、河野太郎議員は座長私案として提出しているのです。
この体たらくの責任は、自民党政調会の下部組織である自民党法務部会にあります。
その中の「国籍法問題プロジェクトチーム」座長である河野太郎議員の私案がこの重国籍法の元になっているからです。

立法府の資格なし
この事態に敏感に気づいた議員が動き出していますが、彼らが嘆いているのは、その部会に国会議員が何十人と出席していたにもかかわらず、
問題の存在に誰も 気づかないということです。ですから今度も座長一任で通ってしまう可能性があったといいます。
敏感な議員のおかげで辛うじて「待て」がかかっているという情況です。
これらの国籍法や重国籍法の問題は、外国人参政権を通そうとしてきた勢力が、反対が多くてなかなか通らないために
裏の手を使い出していると見たほうがよいでしょう。先の二つの法案が通れば、外国人参政権が通らなくても、事実上同じ効果が得られるからです。
以上のように、この国は本当に不思議な国で、国家を壊そう壊そうとする勢力が次々と沸き起こってきます。
そして、自由民主党はその歯止めにはならなくなったということです。総理大臣もこの悪法(国籍法)を認識していなかった。
そもそも今の国会議員には法律をつくる能力がないのです。官僚にそれを見透かされて、いいように操られています。
ここに人権擁護法が成立の日の目を見たら、警察以外の者が捜査権や逮捕権を握れるのですから、何でもやれてしまうでしょう。
私は法務省を危険官庁と見ています。恐らく法務省に特定のイデオロギーを持つ確信犯的官僚がいて、
これまでの危うい法案のすべてを操作しているに違いない と睨んでいます。
今の国会議員は目の前にこれら官僚の姿を見ていながら、それを追究する意志も見識もまったくないのです。
日本は今、国家の分水嶺に差し掛かっているということを切実に感じないではいられません。

権力はアメリカにあった
なぜ、このような事態が起こっているのか。それは、この国に権力が存在しなくなってしまっているからです。
「権力の顔」をしている政治家が、たとえば森喜朗氏だとしたら、申し訳ないが、何とも様にならない。
権力が機能していると、それは当然ながら暗部も抱えているわけですから、恐い。しかし、権力がしっかりしていれば、反権力も成立します。
権力も反権力もなくなったこの国は、自由でのどかでいいじゃないかとリベラル派は喜びますが、
それが様々な事態を統御できない国家崩壊の状況を生み出しています。心棒を失ってしまっているのです。
もちろん皇室は権力ではなく、権威です。皇室は権力から遠い位置にあるものであり、しかし一方で権力に守られる存在です。
そして権力に敵対しない。権力に包容されて、権力の上に立つご存在が皇室です。
しかし困ったことにその権力はアメリカでした。そのことがはっきり分かってきた。
平成になって以降、冷戦の崩壊、マネー敗戦、そして失われた15年と言われる経済の衰弱の時代に、日本はナショナリズムを失ってしまいました。
それ以前の時代には、日本は経済ナショナリズムを爆発させることができました。
プラザ合意(1985年)に至るまでは、アメリカは日本に手こずっていました。日本は敗戦国ではなかったか。戦勝国は本当は日本だったのではないか。
これが、冷戦崩壊時のアメリカの激しい叫びでした。
その時、日本は状況打破のためにアメリカが何をしてくるかわからず、恐かった。私も恐かったことを覚えています。
そうこうしているうちに日本のバブルが崩壊したため、アメリカは矛を収めました。そして日本を恐がらなくなった。
アメリカが日本を忘れたかのごとく振る舞うようになりました。
 
アメリカの忠犬ハチ公
日本はその後も潰れたわけではない。着実に、強く、日本人の暮らしは続いています。しかし、パワーの爆発力は落ちました。
これを、私はよかったとさえ思っていた時期があります。
というのは、これ以上、アメリカを追い込んだらわが国はやられてしまうのではないか、という不安な状況が90年代前後にあったからです。
そしてアメリカは日本を無視するようになった。「ジャパン・パッシング」という言葉さえ生まれました。
本当ならば、あの時、日本はナショナリズムを爆発させるべきでした。
つまり、経済ナショナリズムが駄目になった後、わが国に政治ナショナリズムや外交ナショナリズムがあれば、
国家としてこれからも持ちこたえる基盤ができたでしょう。しかし、結果が逆でした。
わが国はアメリカの従属国になり、おとなしい忠犬ハチ公になってしまいました。アメリカに服属しながら、
気力のない総理大臣を1年ごとに取り替えても、どうしようもない。なぜなら権力はアメリカにあるからです。
権力が国家にないからこし、誰が権力者になろうが関係ない。
アメリカに従順で、国民の富をアメリカに捧げることにうまく立ち回ってくれる人が権力者であれば、かえって便利でのどかに暮らせると、
この国は20年間それでやってきてしまったのです。
いよいよそのツケが廻ってきました。アメリカはなぜ、中国に顔を向けたのか。 
9・11同時多発テロの前までは、「中国包囲網」が着実に進んでいました。ブッシュ政権の最初のプログラムだったのです。
日本もオーストラリアと手を組んで、中国包囲網に参加する。アメリカは中央アジアにまで軍事力を発展させ、ロシアの南下を防ぐ。
そして中国を包囲する封鎖体制をアメリカは着実に作っていました。
ところが、9・11同時多発テロが起こってから、状況は一変しました。アメリカは「テロとの戦い」を看板に掲げ、中国には弱腰になりました。

アメリカの変心の理由
このアメリカの変心には、同時多発テロ以外にもう一つ、要因があります。
それまでは日米経済同盟がうまく運営されていました。今もなお根強く存在していますが、そもそもはこの経済同盟が世界の富の半分以上を押さえていました。

ニクソンショックで金本位体制を捨て、基軸通貨国となってから、アメリカはドル札を自由に刷ることができるようになった。
その基軸通貨国としての特権は、 軍事力と資本の力と企業の技術力、そして映画や音楽、ITなどの文明の最先端を走る国であるという
アメリカの強さに支えられていました。
しかもそれを裏で買い支えたのはわが国でした。ですから日米経済同盟はうまく機能し、そのおかげで日本も発展し、繁栄していたのです。 
ところがある時期からアメリカは、日本がドル国債を買い支えることに限界がきたと気づきました。その頃からアメリカは中国に目を向けています。
ですから、冷戦の崩壊と同時に、アメリカは中国に顔を向けていると言えます。クリントン政権を見れば明らかでしょう。
ただし、アメリカが中国を信用しているかどうかは、まだわかりません。それでも日米同盟の代わりに、米中共同体制を築いています。
中国が元の切り下げを 行っても、今までしきりに切り上げを迫っていたアメリカは文句の一つも言えません。
日本は頼りにならないし、中国しか米国国債を買ってくれる国はないと思っているからです。
それくらいアメリカは中国を頼みの綱とし、同時にアメリカは弱くなったということです。

北朝鮮も「ビンの蓋」
アメリカが無力であるという現実に、戦後はじめて日本はぶつかります。
もう何年も前から、日本の外交と軍事のお手伝いはしませんよ、というサインをアメリカは送っています。
それでも日本はのほほんとして、何かあればアメリカが守ってくれる、アメリカが守ってくれる、アメリカが救ってくれると思い続けてきています。
これは平成20年間のわが国の大失態です。
その間、アメリカは北朝鮮という国をとことん利用しました。北朝鮮があるおかげで、アメリカは簡単に日本を押さえることができたわけです。
アメリカは最初 から、拉致も核も解決する気がありません。いえ、あったかもしれませんが、今となっては最初からなかっただろうと言われても仕方がない。
北朝鮮という国をいつまでも生かし続けることが、日本を押さえるために都合がよかった。北朝鮮は日本の首根っこだからです。
日本は愚かですから、無力感にさいなまれています。平和が軍事力になっている時代です。
奇異な言い方かもしれませんが、平和の名において、戦争と同じ効果を発揮することができます。
核を持たないこの国は、自ら行動することができない。アメリカは平和の名において支配ができるということです。
アメリカも中国も平和の名において、日本をコントロールしているのです。
ですから私は、日本は六ヵ国協議を直ちに離脱すべきだと思います。これは北朝鮮をどうこうするものではなく、
日本を核武装させないための「ビンの蓋」なのです。
また、アメリカが北朝鮮のテロ支援国家指定を解除したのですから、日本は自らが北朝鮮をテロ支援国家として指定すべきです。
こういうことをすることによってはじめて、行うべき課題に気がつく。日本がテロ支援国家指定をしたところで、北朝鮮からはあざ笑われるでしょう。
その時に、この国は自らの本当の無力に気づき、恥を覚えるはずです。

アメリカの衰退と皇室
平成の20年 間はアメリカの衰退、ドルの乱発による経済危機の醸成がなされていたわけで、
わが国は少しずつ来たるべき時に備えて、準備をしなければならなかった。
日本人が精神的に自分を守る糧としていた経済ナショナリズムがなくなってから、それに代わる何かを見つけることが必要だったのです。
守るものがなくなった時、人間は楽なものです。安堵感さえ広がります。こんな快楽はないので、そこに甘んじてしまいます。
アメリカはニヤニヤ笑いながら、日本を快楽に溺れさせる政策をとっているのです。
責任を持って自分を律するというのは辛いことです。しかし、その困難を乗り越えて日本人が自らを何かで守るということがなければ、
屈服し、屈辱的な立場に甘んじたままです。
今、世界の多極化ということが言われます。これは一言で言えば、パックス・アメリカーナが終わったということです。
ロシアとフランスが急接近しているのは、露仏同盟のようなものです。かつての三国協商や三国同盟のような世界になっているのです。
おかげで我々にも、見えないものが見えてくるようになりました。日本は戦前の日本に立ちかえることが可能になった。
戦前のアメリカ、戦前のイギリス、戦前の諸外国と、戦前の日本は利害を争奪しあってぶつかっていました。今その時代が再び近づいています。
外交と軍事はアメリカに預けっぱなしで考えることも放棄するというのは、いわゆる戦後思想です。
この戦後民主主義思想は、敗北的主義と言ってもよいでしょう。
これは自分の国のことを考えなさい、という状態ですが、これからは戦前のあの感覚が蘇ってきます。そうしなければ生き残れないからです。
日本が自立しなければならないという状況の中で、国民と天皇陛下の関係、国民と皇室の関係は、また新たな局面を迎えるでしょう。
それがどういうものになるのかは分かりません。
日本の権力はアメリカにあった。しかし、アメリカが衰退して権力としての体をなさなくなったとします。
その時、日本の皇室はどの権力がお守りすればよいのか。日本の中枢以外に権力がどこかへ移行するという最悪の状況が私は恐ろしくてなりません。


					
  • 最終更新:2017-01-08 22:09:27

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