「茶番」と批判された校外学習

週刊文春Woman 2016新春スペシャル限定版

デスクA 
2015年は、平成皇室を語る上で節目ともいえる年でした。
天皇陛下、皇后陛下のご体調の問題が明るみに出る一方、皇太子殿下は2月のお誕生日に55歳になられた。
これは今上天皇が即位されたご年齢です。

記者B 
しかし次代に皇太子さまが何をなさりたいのか、誕生日会見からは分かりませんでした。
“公約数的”な発言ばかりで。

記者C 
以前から仰っている「時代に即した公務」についても未だ不明です。

デスクA 
一番憂慮すべきなのは孤軍奮闘するしかないという現状でしょう。
雅子さまが適応障害の療養に入られて12年。
昨年は12年ぶりに園遊会に出席されるなど少しずつ公務に復帰されてはいますが、皇太子殿下の“お一人公務”は日常的になっています。
今上陛下には美智子さまの存在が大きかったわけですが、その点、皇太子殿下は大変です。

記者D 
国民と密接な“平成流”は美智子さまなしには考えられませんでした。

記者B 
昭和の時代から、美智子さまは理想の妻であり母でした。
凛々しいお姿を拝見するうちに、自然と皇室への畏敬の念を持ったという国民も多いはずです。
皇位は男系男子で継承されていきますが、やはり女性皇族は重要な存在なんです。

記者D 
雅子さまも当初は国民、特に女性たちから尊敬と憧れを持たれていました。
国民の見方が大きく変わったのは、やはり2004年7月の適応障害の診断結果発表からです。
雅子さまは03年頃から公の場に出なくなっていたのですが、それが初めて表沙汰になったのは、04年5月の「人格否定発言」。
皇太子さまが「雅子のキャリアや人格を否定するような動きがあった」と会見で仰ったのは衝撃的でした。

デスクA 
当初は「雅子さまを応援したい」と考える女性も多かったのです。
皇太子殿下はよく仰ったと見る向きもあった。しかしその後、12年の間に応援の声は小さくなっていった。

記者E 
きっかけは雅子さまの“子育て問題”ではないでしょうか。
愛子(あいこ)さまの子育てを拝見するうちに、強い違和感を持つようになったのだと思います。

記者C 
決定的となったのが「山中湖お付き添い事件」でした(11年9月29日号)。
学習院初等科4年生だった愛子さまの山中湖校外学習に、雅子さまが付いて行かれた。

記者E 
あれは不思議な光景でした。初等科の生徒たちを乗せたバスの後ろから、
雅子さまの乗られたアルファードと白バイ2台、自動車7台の長大な車列が数分あけて追尾しているんです。

記者C 
いちばん驚いたのは、信号で止まったアルファードの窓がスーッと開いて、雅子さまが笑顔で沿道の人たちにお手振りされたことです。
ご自身のなさっていることを何とも思ってらっしゃらないのかなと。

記者D 
子供たちが立ち寄る場所には、雅子さまもほとんどついて行かれた。青木ヶ原樹海でハイキングもされました。

「茶番」と批判された校外学習

記者E 
山ガールファッションでしたよね。チェックのシャツにウエストポーチ、リュックを背負って、やる気満々。一方で東宮職は殺気立っていました。
雅子さまの姿を撮らせまいと、カメラマンの周りを男性数人で包囲。
愛子さまを撮影しようとしたら、東宮侍従から「家宅捜索するぞ!」と恫喝されました。

記者D 
学習院では過去に子供が怪我や病気の場合だけ、親が近くの宿で待機するということはあったようです。
だけど雅子さまは、子供と同じ「ホテルマウント富士」の、1泊12万円のインペリアルスイートに宿泊した。
保護者からも非難の声があがりました。

記者C 
ホテル側は雅子さまのために、壁紙をベージュから白地にグリーンの花柄に張り変えたんですよ。
食材にこだわった「特別懐石料理」も用意した。

記者B 
直後の東宮大夫の定例会見は大荒れになりました。会見内容は両殿下もご覧になるので、記者も言葉を選ぶ。
ところが、このときは「今回のお付き添いは、極めつけの茶番ですよ。皇室の尊厳もくそもない!」
という過激な発言が飛び出した(11年10月6日号)。

記者D 
東宮大夫は「長い目で見ていただきたい」と答えた。
それにベテラン記者が「国民はすでに長い目で見ている。
震災から半年、国民が大増税の時代を迎えようとしているその時期に
妃殿下は校外学習でインペリアルスイートに泊られた。常識的に考えられない出費。
“税金泥棒”との批判を受けるかもしれません。それを許した殿下はどうお考えなのですか」と詰め寄った。
緊迫の場面でした。

記者E 
皇太子さまはむしろ賛成されてましたよね。校外学習当日の朝も、初等科まで愛子さまに付き添い、
保護者や子供たち一人ひとりに挨拶されて、4台のバスがいなくなるまでずっと手をふっていらした
その光景に、記者たちは「逆一般参賀状態だ」と(笑)。

記者C 
山中湖事件の前から、愛子さまは登校拒否のような感じになって、お付き添い登校が始まっていました。
朝早いときは皇太子さま、遅いときは雅子さまがお付き添いされていた。

記者D
10年3月5日の定例会見では、東宮大夫が、愛子さまが不登校状態にあること、
その原因として初等科に「何人かの乱暴な児童たち」がいることを公にしました。
子供たちの問題が、一国を揺るがす事件になった瞬間でした。

記者B 
雅子さまは授業中に教室の後ろでパイプ椅子に座って、愛子さまを見守られるようにもなったそうです。

記者D 
その後、不登校は落ち着きましたが、いわゆる“母子密着”の状態は続きました。
愛子さまは髪をかなり長く伸ばして、雅子さまとほとんど同じ髪型でした。
外見的にも深く結びついていらっしゃるように見えたし、
愛子さまが順調だと雅子さまのお加減もよくなることもあり、
“母子シンクロ”とも言われました(14年12月18日号)。

記者B 
そして再び欠席・遅刻が始まったのが、学習院女子中・高等科にあがられた14年、中学1年生の6月頃から。
1学期、2学期の定期試験を欠席されました。

デスクA 
勉強はよくおできになるんですよね。

記者B 
英語はお好きなはずですし、歴史も得意だそうです。愛子さまは完璧主義なんだと思います。
試験前夜もおそくまで熱心に勉強するそうなのですが、朝になると登校されない。

デスクA 
なぜそんなことになってしまったのか。
当時、原因として考えられたのが、皇太子ご夫妻の「叱らない子育て」です。

週刊文春Woman 2016新春スペシャル限定版

  • 最終更新:2017-05-15 21:15:22

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